39 智也とエリーズ 後編
「エリーズ、あまり期待しないで下さい。俺の話は退屈かも知れない」
自分の王国を作るために今の自分がいるーーそう語ったエリーズの話に尻込みした智也は、スケールの違いを実感しながらも自分の事を語り出した。
嘘偽りの無い自分の人生を、そして何故自分がここにいて、これから何を目指すのかを。
このヘラの真下にあるレアアース採掘基地で働く父親と、海沿いにある城ノ岬市で働く母親……中流階級家庭で育った事。
大した趣味は無くスポーツも得意ではなかったが、不思議と勉強だけは出来て常にトップの成績を残した事。そして得意な勉強を生かした上での将来を見据えて、中学生時代に早々と研究者の道に進もうと決断した事を淡々と語る。
「研究者? 一体何の研究を目指すのか」
「海洋地質調査です。希少鉱物の発見や埋蔵量調査などを行い、採掘業界の労働者安定雇用に寄与したいと思っていました」
「なるほど、両親から受けた恩は忘れないと言う事か」
エリーズは手元にあった小さなベルをチリンと鳴らし、執事にお茶のお代わりを二人分用意するよう命じる。
「ただ、今年の春に中学を卒業して高校に入学した途端、俺の身の回りが次々と変化を起こし、気がついたら俺は今、あなたの目の前にいる」
幼い頃からずっと一緒だった女の子、当たり前のように幼少期を二人で過ごし、当たり前のように二人で大人になり、当たり前のように伴侶となって二人で老いる……そのはずだった恋人が今年の春に亡くなった事。
そして心の傷も癒えない内に突如出現した異世界ソ連軍と、それと呼応するかのようにポータルを持って現れた異世界の真衣香とスフィダンテ。スフィダンテと契約した事で後戻りの出来ない人生が始まった事ーー
「うむ、トモヤは運命に翻弄された人生を歩んでいるようだな。それにしても後戻りが出来ないとはどういう事だ? 人間やり直そうと思えばいくらでも……」
闘いに勝ち続ける事で敵の政治体制が揺らげば、いくらでも和平への道は開けるもの。そう感じたエリーズは抱いた疑問をそのまま口にしただけなのだが、智也の表情の変化に息を飲む。ーー怒りとも悲しみとも言えない感情が胸の奥から湧き上がるのか、顔をクシャクシャにしながら歯を食いしばっていたのだ。
「俺は人を殺しました……アレスの契約者を」
「戦争状態の中での結果だとは思わんのか? 一方的な殺戮ではなかったのだろ? 」
「確かに兵士ならばそれで良いでしょう、異世界の真衣香からもそう指摘されました。だけど俺は平和の中で育ったんです」
平和の定義は人それぞれ個人の価値観に帰する概念だと思います。例えば世界中全ての人々が幸せである事を平和と定義したり、国家間の戦争が無い時代を平和と呼んだりと、ほんと人それぞれです。
俺は民族紛争や内乱も含めて、大量殺人・大量虐殺や民族浄化の無い国を“平和な国”と定義しています。
そう言う自論から俺の国は平和だと言えます。そんな平和な国において最大最悪の罪こそが殺人なのだと思います。その人格を毀損する行為、その人の人生を奪う行為、その集大成が殺人です。
どんな理由があれ俺は殺人をおこしてしまった、その罪を償いながら生きて行かなければならないし、もう元には戻れない。正当防衛を主張してしまえば平和が終わってしまう。
「なるほど、戦争状況下での殺人が認められてしまえば、トモヤが抱く平和への願いは潰えてしまい、いよいよ日本に本当の戦争がやって来ると言う事か」
「そうです。異世界ソ連が日本侵攻を諦めない限り死者はどんどん増える事になる。そして俺のような敵の返り血を浴びる者も増える。俺にはそれが耐えられない」
「ひどく後ろ向きのようにも聞こえるがそれはうわべだけ。実際には覚悟しているようだな君は。スフィダンテを駆り自分一人で解決しようと考えているな? 」
「そうですね。死んでしまえばもちろんですが、返り血を浴びたまま故郷になんて帰れません。こんな思いは俺だけで充分です」
何をごちゃごちゃ言っておると、智也に向かって怒らなかった。些細な事を気にする弱虫だとも言わなかった。
自分の王国を作るために何千何万の兵士たちを葬って来たエリーズは、彼を見下したり侮蔑するなどは一切せず、むしろ好意的な視線を投げかけならがこう呟いたのだーー平和の戦士、孤高の挑戦者に幸あれ と
「エリーズ、俺の願いを聞いてくれないか? 」
「やめておけ、君が何を言おうとしているか妾には分かるぞ」
「俺たちが殺し合う理由が分からない。君ならば……君ほどの人ならば戦争は愚かだと分かっているはずだ」
「動き出した時代を変える事は出来ぬ。唯一妾が救われる時が来るとするならば、それは王国の誕生しかあり得ぬ」
悲壮感をにじませながら説得する智也
智也の言葉に耳を傾けながらも決して退かないエリーズ
自分を語り、互いを理解した上で、何故まだ平行線を辿らなくてはならないのかが二人の胸を締め付けている。
しかし語り尽くして満足だと感じたのか、エリーズがゆっくりと席を立つ。それは会談終了の合図だ。
「トモヤ・サイガタ、妾を娶ってルイ二十二世の父親になるかと聞こうと思ったが、やめておこう」
「エリーズ……全て口から出てるよ」
顔を真っ赤にしながら落ち着かなくなった智也が可笑しかったのか、エリーズの屈託の無い笑いがホールに響く。
ーー何故こんな素敵な女性と闘わなければならないのか? ーー
エリーズに促されて席を立つも、はらわたがかき回されるような違和感に襲われる智也。停戦の説得はもう無理なのかと、後ろ髪を引かれるように足取りは遅い。
「妾を尊敬してくれた事を感謝する。そして妾もトモヤを尊敬している事を忘れないでくれ。……平和の戦士よ」
「エリーズ……」
「さあ、湿っぽい話は終わろう。帰るんだ、自分がいるべき場所に」
智也に近付きポンと背中を叩く
もはや語り尽くしたかのようなエリーズの笑顔は残酷なほどに美しく、それでいて智也がこれ以上何を言っても揺らぐ事の無い威厳に満ちていた。
見送られながら社モードとなったスフィダンテに乗り込む智也。
まだそれでも未練があるのか、なかなかにハッチを閉められないでいる智也を前に、エリーズは何かを思い出したかのようにハッとした顔になった。言い忘れていた事があったのだ。
「今から二十四時間の時間をやろう。採掘基地の労働者たちを避難させるが良い。時間が来たらソビエトの占領軍を降下させる」
「分かりました……二十四時間ですね」
「それと、万が一このヘラが負けた事を想像してみよ。これだけの質量体が一気に海面に落下すれば何が起きるかだ」
「巨大な津波が発生すると? 」
「うむ。平和の戦士よ、自分が守らねばならぬものを守れ」
エリーズがハッチを閉めるよう手のひらでジェスチャーする、いよいよ別れだ
「さようなら、エリーズ」
「さようならトモヤ、必ず生き残れよ」
分かり合えて尚、殺し合う事を覚悟した二人
悲劇の待つ終焉に向かい、時は激しいうねりとなって動き始めた。
◆ 驚愕!要塞「ヘラ」襲来 編
終わり




