37 倒すべき理由
「スフィダンテ始動、戦闘モードに移行します。係留装置解除! 」
「スフィダンテのプレイヤー・ウィール、高速回転を確認、安定してます! 」
『スフィダンテは始動シークエンス終了確認後、電磁カタパルトに進め! 』
「カタパルトの充電率八十パーセント」
「カタパルト固定を確認、行けます! 」
「格納庫ゲート解放する、総員待避所に下がって点呼! 退避しろ退避! 」
『こちら管制指揮所、スフィダンテ搭乗員は応答せよ』
『こ、こちらスフィダンテ搭乗員、犀潟智也です』
『犀潟君、起動シークエンスは終了したかね? 』
『電装モニター系、通信系、全て終了しました』
『よろしい。電磁カタパルト、カタパルト・ハッチオールグリーン、これで発艦シークエンスの終了を宣言する。犀潟君ユー・ハブ・コントロールだ、自分のタイミングで飛翔しなさい』
ーー了解。スフィダンテ発艦します! ーー
スフィダンテは大空へと舞い上がった。
水平線から昇り始めた朝陽を一身に受け、神聖翡翠鎧は真っ赤に燃えるように熱く輝いている。
巡空艦神州を背に向けてどんどんと速度を上げるスフィダンテ。その向かう方角は何と東、敵リバティ・ギアのヘラが待つ新潟県の佐渡ヶ島近海である。
ヘラに対する強行偵察作戦において、スフィダンテの出撃は無いと言われていたはずなのに、何故こんな朝方にスクランブル出撃しなければならないのかには理由があった。ーー作戦を変更させてまでも、スフィダンテを出撃させなければならない理由が生まれたのである。
それは朝陽が昇り始める五時十分頃の事、作戦指揮所(CIC)に詰めている戦術通信班が未登録周波帯に流れる無線を傍受したところから始まる。
スフィダンテの専属レディオオペレーターであるマーゴット・平塚の隣に座るアジア系日本人、ジェシー・ラットリーが無線交信を受けて報告を上げたのだ。
「少尉、未登録の周波帯に感有り。当艦を呼んでいます! 」
「うん? 何だ。空自の秘匿回線か? 」
ラットリーに呼ばれたのは戦術通信班の責任者である山岸少尉。不審げな顔付きで彼女の卓に近付くと、ラットリーは予備のインカムを少尉に渡す。
インカムを耳に装着した少尉は、黙ったままラットリーと無線の発信元のやり取りに耳を傾けた。
(……こちら……である……)
「こちら所属無し亡命艦の巡空艦神州です。電波が弱く聞き取れません」
(……これならどうか? ……こちらは……)
酷く雑音が混ざった発信であったが、先方が何を言わんとしているのかを噛み締めて考えていた山岸少尉、導き出した答えに顔面蒼白となりながら、指揮卓に座る榎本艦長へと慌てて報告する。
「か、艦長! リバティ・ギア・ヘラからの通信が入っています! ヘラから、ヘラの搭乗者からです! 」
大声で言うものだからCICが騒然となるのは致し方無しとして、何故敵のリバティ・ギアから通話の要請が入ったのかが理解出来ないクルーたち。
榎本艦長は一瞬難しい顔をしながらも、自分が応対に出るからスピーカーに音声を回してと指示し、通話用の受話器を取った。
「巡空艦神州の艦長、榎本です。電波状況がよろしくありませんが」
(……ふむ、これで綺麗に聞こえるはずだ。妾の名はエリーズ・ド・アレクサンドリーヌ・ブルボン。フランス亡命政府軍所属でソ連組の一翼を担う者。リバティ・ギア・ヘラタイプの契約者でもある……)
「エリーズ嬢、はじめまして」
(……お初にお目にかかる。伝説の武人と言葉を交わせるとは恐悦至極、今日は折り入って頼みがあってな……)
「私は負け戦を重ねた上で落ち延びた者です、誇るものは何もありません。それで、頼みとは何でしょうか? 」
(……そちらにスフィダンテが格納されているのは既に感じている。どうだろうか? スフィダンテの契約者と直接話をさせて貰えないだろうか? ……)
「スフィダンテの契約者は、今この場にいません。また、私がそれを認めたとしても、本人の意向を踏まえての返答になりますがよろしいか? 」
(……なるほど“しんがりの榎本”は交渉上手でもあるか。ならば最高の船乗りに敬意を表して妾も腹の内を明かさねばならぬな……)
ボクシングで言うところの序盤戦……ジャブの応酬が終わり、いよいよ核心を突くストレートのパンチが飛び交うようになる。
ズイズイと懐に入りこもうとするエリーズに対してのらりくらりと身を引いてかわしていた榎本艦長。このままではラチがあかないと踏んだのか、エリーズは言葉遊びの一切を止めて本心をきり出した。
ーーナチスドイツ世界で母国フランスが蹂躙され、一族郎党が落ち延びた末に、異世界ソビエトから提供されたヘラと契約したのだが、いささか壊し疲れた。敵艦船からリバティギアから国土と、何十何百のそれらを葬って来て今思うのだが、闘う必然が薄れてしまって来ている。だから妾は欲しているのだ、スフィダンテを駆る者を倒すべき理由をーー
「なるほど、つまりエリーズ嬢はスフィダンテの契約者と一対一で話がしたいと? 」
(……フェイス・トゥ・フェイスを希望する、食事をもって迎えよう。その間は完全なる停戦状態を保証するし、汝らは偵察任務を続けても構わん……)
榎本艦長は一瞬だけ隣の徳永戦術長に目配せをする。それが何を意味するのか完璧に理解している徳永は、迷う事無く艦内放送のスイッチを入れて智也を呼び出したのだ。
「スフィダンテの契約者が今この部屋に来ます。彼は民間人なので我々の強制権は存在しません。よって、彼と直接交渉していただければ幸いです」
(……承知した。回線はこのままにしておくから、契約者が来たら呼んで欲しい……)
ーーこうして、犀潟智也は戦闘指揮所に出頭した後にエリーズと交渉、一対一の会談を受けたのである。
場所はヘラの中枢にある応接ホールで、朝食を食べながらの会談になる。
別に会談を行って分かり合えたからとしても、エリーズがソ連軍に反旗を振りかざす訳ではないし、智也が日本と神州を裏切る事も無い。
ただ……ただ単に、これから倒すべき相手の顔が見たい。それだけのために二人は顔を合わせる事になったのだ。




