23 決着
「落ちろ……落ちろ! 」
接近警報のブザーがけたたましく鳴り響くアレスのコクピット。
全体の戦力差やリバティ・ギアの練度から見ても、イリヤナの搭乗するアレスタイプは有利なはずであり、本来ならば余裕でスフィダンテを迎撃していなければならないはずなのだが、何やら様子が違う。
思春期にも入っていたあどけない少女の影は完全に潜み、蒼ざめた凶相そのままに射撃管制モニターにかじり付くイリヤナは、少女らしからぬ悪態を吐きながら電磁投射砲の引き金を引き続けていたのだ。
「何故、何故当たらないの! ちくしょう、ちくしょう! 」
接近警報は鳴り止む事は無い。むしろメインモニターにも射撃管制モニターにも警告表示がしつこく点滅される事から、スフィダンテがまるで体当たりでも敢行するかのように全速力で向かって来ているのは確か。
射撃を開始して直ぐに一発だけ直撃したものの、それからと言うもの精密射撃を繰り返しても、一発としてスフィダンテに命中しないのだ。
「ポータル教えて! これだけ撃ってるのに何で当たらないの? 」
『解答、通称【アレスの槍】と呼ばれる電磁投射砲を起動するには総延長2キロメートルのカタパルトが必要。四つの馬(球体型電極)とアレス本体を繋ぐ電子は常に等方向で均衡を保つ必要がある。推察! アレスの射撃体制を分析して射線を計測された可能性あり』
つまり、アレス本体と四つの球体がバリバリと電気を放電して繋がるこの射撃体勢から、どの方向に向かって鉄クズを打ち出すのかがバレてしまったと言う事らしい。
「だってしょうがないじゃない、こうしなければ撃てないんだから! どうしよう、どうすれば良いのよ! 」
『推奨! 無数の弾丸を一つにまとめて一斉射出する方法。チャージタイムが増えるが今なら二回斉射が可能! 』
「分かった、やるだけやってみる! 」
アレスの巨大な球体の目の前に電極が発生したかのようにバリバリと輝き出す。その際にクズ鉄で構成されたアレスの本体から小さな鉄クズが一個飛び出て電磁投射砲の弾丸となるのだが、イリヤナはそのまま電圧を上げ続けているのか、アレス本体からボロボロと鉄クズが剥がれ続けて一点に集まり始めた。
つまり、通常弾頭のレールガンであれば、点を狙って点を放つライフルのような武器なのだが、ポータルが推奨したのはショットガン方式。射線を読んで小刻みに回避行動するスフィダンテに対して、点ではなく面を狙って迎撃しようと言う事なのだ。
「やだ、いやだよ。死にたくない……お父さん、お母さん」
射撃レバーを握るイリヤナの手はガクガクと震え、まるで目前に迫り来るスフィダンテを死神と捉えているかのよう。アレス唯一無二の電磁投射砲が当たらなければ、それがすなわち何を意味するのかイリヤナは肌で感じていたのだ。
ーー政治犯収容所に送られる前までは、朝も昼も夜も顔を合わせればハグして頬にキスしてくれたお父さん。私が頑張って功績を上げればお父さんは釈放される。お父さんに会いたい、ジョリジョリのヒゲで頬ずりして来る大好きなお父さんに会いたいよーー
ーー少ない材料でも美味しい美味しいボルシチを作ってくれたお母さん。病気で倒れてからはずっと私が弟たちの世話してたけど、ごめんねっていつも泣いてた。元気になったみたいだから、またお母さんの美味しいボルシチが食べたいよーー
『充電完了を通達、充電完了を通達! 電磁投射砲の大量投射可能! 』
キイインと耳をつんざく高周波の充電音がコクピットにいるイリヤナの耳元にまで届く。今まで聞いた事がないほどにそれは凄まじく、モニターに映し出される弾丸は大型のダンプカーが五台分も並ぶような大きさに膨れ上がっている。つまり五十トンの鉄クズが散弾銃の弾丸となって、スフィダンテに向かって超高速でばら撒かれるのだ。
「アレスお願い! レールガン発射! 」
バチンッ!
全周モニターも射撃管制モニターも一瞬真っ白な光に包まれ、空気を裂く巨大な炸裂音がアレスのコクピットに響く。
電磁投射ショットガンを発射したその衝撃であり、生き残るためのアレスの咆哮、イリヤナの叫びである。
『命中、命中! スフィダンテ下肢部、右大腿部の粉砕を確認! 』
「ダメよ、まだアイツのコクピットは無事じゃないの! 次弾準備開始! 」
アレスのポータルシステムが命中を報告して来たものの、それが致命傷ではない事を瞬時に悟ったイリヤナは、即時に次弾の準備をポータルに命じで射撃管制モニターに食らいつく。
弾丸を発射して即時に弾丸を炸裂させる、ゼロ距離射撃を覚悟した彼女の目は真っ赤に血走っており、剥き出しになった口元の歯に見られるように、笑っているのか怒っているのかまるで分からないギリギリの表情だ。
『警告、警告! スフィダンテ交錯起動まであと十秒! 回避、回避、回避、回避! 』
ポータルが狂ったようにアレスの回避を求めて来るも、元々がこのリバティ・ギアは機動性に溢れた機体ではない。回避行動を取ったところで、機動性が高く上空から迫りつつあるスフィダンテの微調整から逃げられる訳は無いのだ。
ーーザハーロヴァ、ルスラン。お姉ちゃんは必ず勝つ、勝って生き残るの。可愛いお前たちが貧乏で不自由しないようにこのまま勝ち続けて、ソビエト共産党での立場を確立して、たくさんたくさんお金を稼ぐのーー
『スフィダンテ衝突まで、八秒、七秒! 』
ーーザハーロヴァ、あなたはたくさん勉強して動物のお医者さんになりたいって言ってたよね。お姉ちゃんが頑張るから! お姉ちゃんが頑張ってあなたが農業大学に通えるようにしてあげるから! ーー
『スフィダンテ衝突まで五! 四! 三! 』
ーールスラン、あなたはフットボール選手になりたいって言ってたよね。お姉ちゃん頑張ってソ連邦英雄の表彰を勝ち取るから、そうなったらスポーツ大学なんてよりどりみどりで、必ずオリンピックチームに入れるほどのアスリートになれる。あなたも英雄になれるのよ! ーー
「レールガン発射! 」
この言葉を言い終える前に、アレスのコクピットは巨大な質量と衝突したかのような振動に襲われ、それと同時に灼熱の炎に包まれた。
アレス本体を狙ったスフィダンテの右拳が見事に命中。充分な速度を持ったその拳は、アレス本体に当たった瞬間に火属性魔法の「指向性爆発」が発生し、その爆発の衝撃波がモンロー効果を発生させる。そして鉄クズで形作られた肉厚の本体深くにあったコクピットを粉砕したのである。
「……ギイッ! 」
コクピットが真っ赤な衝撃波に包まれた瞬間、この悲鳴にもならない悲鳴……イリヤナの断末魔の叫びを最後にアレスはその機能を停止した。
イリヤナのいるコクピットの裏に設置されていたアレスのプレイヤー・ウィールも破壊され、スフィダンテにその「アレスの刻印」も読み取られてしまったのだ。
勝ったスフィダンテも無傷とはいかなかった。
アレスに一撃食らわせた後、その衝撃で自身の右手から上腕部を粉砕させて、きりもみ状態で海に落下して行く。そして負けた側のアレスは上半身が炭化した無残なイリヤナと機能を停止した本体が沈黙したまま、スフィダンテを追うようにこれまた海へと落下して行く。
陰惨な結末を迎えてしまったが、犀潟智也と彼が駆るスフィダンテはソビエト連邦軍のリバティ・ギアである、アレスタイプに勝利したのだ。




