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第一次異世界大戦 武装神器リバティ・ギア  作者: 振木岳人
◆ 無垢なる神器「スフィダンテ」 編
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02 犀潟智也の近況



「先週やった抜き打ちテストの結果を配りま〜す! 」


 私立城ノ岬高等学校、一年C組の四時限目は世界史の授業。何の前触れも無く先週いきなり行われたテスト結果の答案用紙を配られ、生徒たちは一喜一憂に湧いている。


「はい、井上! 次、宇垣! はい次は江平……江平、お前ちゃんと勉強してるのか? 学期末テストこれじゃヤバイぞ」


 男勝りのべらんめえ口調で生徒たちを叱咤激励するのは、このC組の学級担任であり世界史の授業を受け持つ伊勢宮早希。


 昨年春にこの城ノ岬高校へ赴任して来た花も恥じらう二十八歳なのだが、子供の頃から古式空手を習得していた事もあってか、気性も性格も少々荒めだと生徒たちから評される才色兼備の女性だ。

 ただ残念な事に新学期早々のホームルームの時間において、調子に乗った生徒が手を上げながら「先生! 彼氏はいますか?」と大声で質問すると、顔を真っ赤にしながらお前ぇブチ殺すぞと吠えるほどに、まだ伊勢宮早希は乙女街道真っしぐらである。


「次、加藤! 部活も良いけど勉強と両立せいよ。そして次! ……さ……犀潟……」


 伊勢宮先生の声のトーンがガクンと落ちる。

 それは先生が“犀潟”の名を叫んだ瞬間の反射的な行為であり、何故そうしてしまったのかは犀潟の名前が理由である。そしてここにいる全ての生徒たちもその理由を知っていた。


 ゆらりと教壇の前に現れた犀潟なる少年。

 犀潟智也と言う名の身体的にはこれと言って眼を見張る様な特徴も無い、ごくごく普通の高校一年生の少年である。

 だが彼は先月からしばらくの間学校を休んでおり、先週の七月初旬に再び登校を始めたのだがまるで覇気が無い。


「犀潟、君にとっては久しぶりの登校なのにいきなりのテストは悪かったと思う。だが時計の針は絶えず進んでいる事だけは忘れないでくれ」


 伊勢宮先生にしてみれば、犀潟に対して最大限の配慮を見せたのだがそれも無理は無い。


 名前しか書いてないテストの答案用紙に得点など付けられる訳が無いし、“元”学年トップの成績優秀者に対してやる気が無いのか貴様はと怒る訳にもいかない。

 犀潟のやる気の出ない理由が分かっているからこそ、真っ白な答案用紙を本人に渡しながら、訓示めいた激励を掛けてやる事しか出来なかったのだ。


 先生の言葉が胸に刺さったか否かなど御構い無しに、犀潟は「はい」とだけ小さく呟き再び自分の席へとトボトボ戻る。


 同情の目・好奇の目・冷ややかな目など、クラスの生徒たちから様々な色をした視線が彼に刺さるのだが、犀潟智也はそれに反応する事など無く、高揚の対義語である低迷を地で行くような暗さを放ち、静かに自分の席に着いた。


 ーー高校一年生の七月と言えば、夏を目前に夢膨らむ貴重な時期である。


 義務教育が終わった後に出会う始めての友人たち。そして義務教育が終わった後に経験する初めての夏。

 早ければ小学生時代に終わらせる者もいる初恋も、中学生時代に入ってからの異性へ対する意識も、あくまでも子供の範疇から抜け出せていない幼いもの。

 しかし思春期真っ只中の高校生になれば自然と大人としての感覚も生まれて来る。責任を取る取らないは別として途中に行き止まりが待っている事は無く、突っ切ろうとすれば突っ切る事も出来るのだ。


 だから高校一年生の夏は何かを予感させる。もしかしたら夏休みに理想の相手が目の前に現れ、めくるめく日々を過ごして人生で忘れられない夏になると少なからず誰もが思う。


 まあ、思うのは個人個人の勝手であり、大体の場合は予感だけで夏が終わるのだが……


 いずれにせよ、この城ノ岬高校の一年C組の生徒たちも浮かれていた。

 二週間後に行われる学期末テストが立ちはだかっていても、その後に訪れる夏休みを意識して誰もが高揚して浮き足立っていたのだ。


 だが、そこに水を差す者が現れる。

 いるだけで配慮せざるを得ない者、賑やかな話を自粛せざるを得ない者。それが犀潟智也の存在だったのだ。


 『別のクラスの依田真衣香が六月に交通事故で亡くなった。犀潟智也の幼馴染だったそうだ』


 このニュースは誰もが知っている。確かに新年度がスタートしてから事故が起きるまでは互いが互いの教室を行き来したり、通学下校時に肩を並べて歩いていたのも知っている。

 仲が良いのは周知の事実だが、だからと言って落ち込み過ぎではないかと思う者が出て来てもおかしくはない。

 犀潟に対する同情の念はあるが、クラスの生徒たちはせっかくの夏を前に、湿っぽくなりたくないのだ。


 やがてその排斥の気運が膨らんで行けば、彼に対するイジメと言う結果となって現れるのだろうが、智也も同情される事に敏感になっていた。

 休み時間や昼休みは意図的に席を立って教室から離れ、余計な気を遣うクラスメイトが現れないように配慮していたのだ。



  ーー昼休み

 青みを増した空は水平線の彼方まで続き、校舎の屋上から見る日本海は険しさを和らげながら穏やかな白波を立てている。

 ふわっと身体を包む海風に揺られながら、犀潟智也は独り校舎の屋上で昼休みを過ごしていた。


 城ノ岬高校の昼休みは給食制度が無い。よって弁当持参の者や購買でパンなどの軽食を購入した者は、自分たちの教室もしくは公共利用のスペースで飲食が許されている。

 その他に学生食堂も完備されている事から、仲の良い者たちが集まっては賑やかな時間を過ごす事がごく当たり前なのだが、やはりそれも辛いのか配慮なのか、智也は独りを選んでいた。


 ただ、この屋上の心地良さは真衣香との思い出の一つでもある事は確か。

 まだ四月の肌寒い時期に彼女と身体をブルブル震わせながら景色に魅入っていた昼休みは、ある意味今の智也に甘い感覚を思い出させながらも、二度とそんな時が来る事は無いと自覚させるための、それは残酷な自傷行為にも似ていた。


「……失敗……したな」


 購買で購入したチキンサンドは一口かじっても喉を通らず、缶コーヒーで無理矢理流し込んではみたものの缶コーヒーすら飲み切る気力が無い。

 彼女との思い出だけが脳裏に溢れて、泣き出しそうになるだけだと自覚した時、智也は水平線の彼方に異変を見る。


「カミナリ雲……? 」


 今日は誰がどう見ても間違い無く快晴。雲一つ無い初夏の真っ青な空の下で日本海も凪の状態だ。

 それなのに智也が眼を細めた先の遥か彼方の水平線の上にだけ、何やら怪しい雲がカミナリを放っている。

 内陸から海に向かって地面を撫でる上昇気流も無い事から、スコールでも無さそうなのだが……。


「あっ、光った」


 智也が口にしたものは落雷の光では無い。やけに偏平で黒い雲の下で何かしらの光点が一つ輝き出し、ものの数秒もしない内に雲ごと消し飛んでしまったものを指した言葉であったのだ。




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