12 巡空艦神州、再び空へ
◆航空自衛隊小松基地
石川県小松市にあるこの基地は、民間の小松空港とその滑走路をシェアする珍しい施設ではあるが、日本海における対領空侵犯措置の任務に携わる重要な拠点である。
航空自衛隊中部航空方面隊隷下の第6航空団が、Fー15Jを主力とする第303飛行隊と第306飛行隊が日夜、領空侵犯に目を光らせていた。
広大な基地施設の至るところで蝉の大合唱が季節を感じさせている熱波の時期、その小松基地の一角には異様な光景が広がっている。
もちろん入り口門は厳重に警備されて一般人の目に留まる事は無いのだが、小松基地内にある様々な施設の中で、ズラリと並ぶ空自隊員の宿舎棟の一つが何やら物々しいのだ。
同じ自衛隊員すら中に通す積もりは無いのか、警備部の隊員が完全武装しながらズラリと宿舎を取り囲んで出入りを遮断し、そして宿舎の窓と言う窓には全てカーテンが敷かれて中を伺う事すら出来ない厳重さ。
その宿舎の中にはどのような人々がいて、どのような理由で監禁よろしくシャットアウトされているのか、小松基地に詰めている空自隊員ですらそのほとんどに知らされる事は無く、時折やって来る首都圏ナンバーの黒塗りの車に乗る者の素性ですら一切の秘匿事項として扱われていた。
その宿舎で監禁と言うか、軟禁状態にある人々は確かに存在した。
確かに存在したのだが軟禁する側もされる側も納得した上でのこの措置であり、待遇改善を求めた暴動などは一切起きず、七月の半ば頃からこの一ヶ月近く静かに時が動いていただけである。
この宿舎に軟禁されているのは日本人でありながら日本人ではない者たち。
突如異世界から現れてこの日本に救いを求めた日本人たちが一時の雨露をしのいでいたのである。
日本海の防空識別圏に突如現れた日本共和国空軍所属の巡空艦「神州」は、空自スクランブル機を通じて日本政府に亡命を申請した。その神州の艦長である榎本中佐麾下乗組員三十七名こそが、この宿舎に詰め込まれていたのである。
異世界から神州が運び込んで来たのは、それだけではない。
この世界にある電気や化石燃料や原子力による動力機構とは全く別の、プレイヤー・ウィール(マニ車)による魔力動力システムと言う驚くべき工業文化を持ち込んだ事については、日本政府側は諸手を上げて歓迎したのだが、それと共に頭を抱えるような積荷を持ち込んだのである。
ーー亡命希望の民間人二百七十六名、それはつまり政治難民ーー
政府側から派遣された高官立ち会いの元で、神州の艦長である榎本中佐や主要人物に聞き取り調査したところ、どうやら日本共和国は全く別の軍隊から攻撃を受けて、壊滅的被害を被った後に無条件降伏したそうなのだ。
開戦通告も無いまま襲って来たのは「ソビエト連邦日本自治州軍」。つまりは共産圏に取り込まれた日本軍であり、この世界……自由主義経済圏に身を置く民主主義国家日本国とは到底相容れない組織。
そのような緊迫した状況下で、巡空艦神州は難民を満載させて亡命して来た。
神州のクルーとは別個に、小松市外の某山間地の廃校に難民二百七十六名を収容されているのだが、もちろんそちらも外界とは遮断して存在すら公に発表されてもいない。
日本共和国の軍人と難民の亡命を正式に受け入れる事で、ソビエト連邦日本自治州軍側の不興を買い、開戦の口実とされてしまうか、それとも日本共和国を味方として受け入れて未知の魔法エネルギー機構を全世界に先駆けて手に入れるか……
政府与党と防衛省トップや自衛隊制服組は、なかなかに結論を出し辛い難題を前に、天秤をどちらに傾ければ自分たちにとって都合が良いか頭を抱えていた。
そして起きた「新潟県佐渡ヶ島沖、レアアース採掘基地襲撃事件」
明らかなる敵対行為と侵略行為に対して、日本政府は防衛活動を行う旨を表明。
ーー新しくはめ込まれたいくつもの歯車が噛み合い、そして一斉に動き出したのである。
そしてその異変を知らせる空気は、小松基地内の隊員宿舎に軟禁されている巡空艦神州のクルーも察知していたのである。
宿舎一階にあるロビーに今、数人のクルーたちがテーブルを囲みながら、コーヒーの香ばしい香りに鼻腔をくぐらせ雑談に興じている。
エアコン完備の宿舎である事から、宿舎のコンクリートをジリジリと焼く真夏の太陽や、小松市の北西に面する日本海から湿気をたっぷりと含んだ海風の影響は無く、快適に生活する事は出来るのだが、いかんせんカーテンの解放を禁じられている事と、クルーたちがこの世界の情報を得る事を避ける目的でテレビやラジオなどが全て撤去されてしまった事で、クルーたちの退屈はこの雑談で消化するしか無かったのだ。
テーブルを囲むのは五人の男女。
五人が五人とも軍人と呼ぶにはひどく若すぎる様相をしており、見る者によっては少年兵なのではと勘違いしてしまうほど。
中には純粋な日本人ではないのか、堀の深い金髪の青年や黒人の少女すら見受けられる。
「真衣香が見つかったらしい。今朝がた現地軍に連れ戻されたみたいだ」
「良かった無事なんだ。……って言うか、何でそんな情報をアンタが持ってんのよ? 」
「そりゃあセシルは美人副長のお気に入りだもん、情報ぐらい簡単に手に入るわよね」
「違うよ、昼の定時報告の際に艦長が教えてくれたんだ」
「あっ、私の時は艦長教えてくれなかったよ! 何なのこの差は! 」
「ふふっ、マリィはおしゃべりさんだから艦長に警戒されたのよ」
かしましい三人の少女たちが会話の主導権を握り、少年二人はあまり興味が無さそうな表情でコーヒーカップに口をつけているのだが、かと言って少女たちの会話がうるさいからとこの場から退散する訳でも無い。
この五人の少年少女が自室に戻らないのには理由がある。
本来の時間の流れで行動するならば、午後の時間は宿舎の一階広間に設置されたトレーニング器具を使って体力維持に努める時間帯なのだが、今日のこの時間だけは、玄関出入り口に隣接したロビーで周囲を伺う必要性を感じていたのだ。
何故ならば昼過ぎのタイミングに今まで見た事も無いような「位の高い」現地軍高官たちと政治家らしき文民が、巡空艦神州の艦長である榎本中佐の元に接見を求めて訪れて来たのだ。気にならない訳がない。
今ちょうど、この宿舎の二階にある談話室で榎本中佐と副長の岸田少佐がその一行と面談しており、その内容に彼らの好奇心は集中していたのである。
「真衣香ちゃんの事かな? それで艦長怒られてるのかな? 」
「いや、魔力テクノロジーについての供与はまるまる神州ごと現地軍に渡す話になってるから、真衣香の件は些細な事で済むはずよ」
「だね。スフィダンテは最重要機密だから艦長だってあの人たちには話していないはず」
「違う違う、真衣香にスパイの嫌疑かけられたら銃殺されてもおかしくないって、私は言ってんのよ」
「民主主義国家の日本なんだろ? 疑いだけで銃殺なんて事は無いさ」
榎本艦長たちと現地軍との話し合いが気になる五人は、時間潰しの雑談がいつのまにかヒートアップして喧々轟々と議論を始めていたのであるが、ある時をもって見事にピタリと止まる。
それまでシンと静まり返っていた二階から、何やら扉を開け閉めする音や複数の足音が階段を伝わって聞こえて来たからだ。もちろん五人は口をつぐんですまし顔。
彼らの見て見ぬ振りの視界の中に、先に階段を降りて来たのは現地軍の高官たちとスーツ姿の文官、そして彼らを見送る形で榎本中佐と岸田少佐が後から追随して来た。
「では中佐、よろしく頼みます」
「分かりました杉山空幕長」
見送る榎本中佐と岸田少佐が敬礼し、現地軍の高官たちは玄関から去って行った。
ーーほどなくしてその後
「艦長、どうしました? 何があったんですか? 」
訪問者たちの姿が消えた途端、心配そうな顔付きで榎本中佐の元に集まる少年少女。中でも仲間からマリィと呼ばれている黒人の少女はひどく不安な顔付きで榎本たちに詰め寄った。
「日本国政府が我々に出兵依頼をして来た。これは限りなく命令に近く、拒否する事は出来ない」
険しい表情の榎本艦長を見て、それまで浮き足立っていた五人が五人とも、いつの間にか直立不動の姿勢となっている。ーー亡命して匿われていても、未だ共和国軍人としての矜持は持ち合わせていると言う真剣な顔付きだ
「日本海佐渡ヶ島沖にソ連邦日本自治州軍が出現したそうだ。我々はその迎撃の任を受けた」
榎本は左後ろに立つ岸田少佐に「副長」と一声だけ声をかけ、五人に今後の具体的な行動を支持するように促す。
すると岸田少佐は心得ていますとばかりに、その凛々しく美しい顔に険しさを加えた表情で行動指示を下達した。
「今から五分後、ヒトヨンフタマルまでに全クルーをこのロビーに集めよ。自治州軍と渡り合うにはリバティ・ギアが必須の条件である事から、スフィダンテ回収作戦の後に自治州軍迎撃を行う旨、作戦説明を行う。君たちの力でもう一度神州を空に上げるぞ! 」
少年たちの目が輝く
それは宿舎に軟禁されて無為な生活を送って来た日々に別れを告げられる喜びの輝きでもあるが、闘いに赴く事に対しての、死の恐れも内包している事に間違いは無い。
しかし彼らには希望が見えたのだ。
副長は間違いなく「スフィダンテ回収作戦」と口にした。これはつまりポータルを持って消えた依田真衣香がスフィダンテの操縦者との接触に成功し、無事に契約が完了した事を意味している。リバティ・ギア・スフィダンテタイプが自軍戦力になった事の現れなのだ。
ソビエト連邦日本自治州軍がいかに強大な戦力を持って攻めて来たとしても“自由を勝ち取るための装置”を手に入れた我々であるならば、たとえ巡空艦神州一隻で事に当たっても、充分戦えると言う自信の表れなのである。
「さあ、呆けてないでみんなを呼んで来い。行け行け、行け! 」
勇猛苛烈な副長の叱咤を受けて、少年少女たちは一目散に駆けて行った。




