帰還した親友のTS少女が魔王でビッチだった
「ねぇ、とりあえず世界平和のためにセックスしよう?」
工藤トウヤに対して意味不明な事を言ったのは、銀の髪にアイスブルーの瞳をもつお姫様のような容姿の少女であった。
彼女は頬をほのかに染め魅惑的な微笑みを浮かべていた。
トウヤは自室を見渡す、見飽きた風景だが見慣れぬモノが目の前にいる。
ワンピースを着た少女は彼の部屋に突然現れたのだ。
正体不明な少女は美しかった。
日本人離れをした身体的な特徴、ビスクドールのように整った顔立ちとボンキュボンなナイスボディは、男ならこちらこそお願いしますと土下座をしてしまうレベルだろう。
アニメでしか見た事ねえよこんな女と、荒削りな顔をした少年は短髪の頭を掻きながら思った。
極上な美少女にエロいお誘いをされても平然としていられたのは、トウヤが昔気質の硬派な人間でも女慣れしている軟派な男だからでもない。
彼女の容姿が腐れ縁の幼馴染によく似ていたからだ。
「えっと……それで君がシロだって? 確かに姉弟ってくらい似ているが奴は男だ。君がシロの親戚なのかは知らないが悪戯にしては少々度が過ぎていないか?」
「本当にシロだって! だから、ね! セックスしよ!! きっと気持ちいいよ!?」
少女は両手で万歳する。そんな、おっぱい、おっぱいというノリで言われても無骨なトウヤとしては返答のしようがなくて非常に困る。
少女の胸部についている物騒な肉の凶器がたゆんたゆんと豪快に揺れ、息子も釣られてスタンダップヴィクトリーしそうで本当に困る。
内心はともかくとして仏頂面なトウヤの困惑に少女も気づいたのか、胡坐座りの少年の前に正座すると、こほんっと咳払いしてかしこまって言い直した。
「えっと……ボクと子作りして末永く幸せにしてください!」
「…………ひじょうに魅力的な提案ですが謹んでお断りいたします」
少女に頭を下げられ将来設計を迫られた少年は迷ったすえに頭を下げ返した。
◇
一騒動あり、汗をかいた二人は、互いに落ちつくためにクールタイムを挟んだ。
「貴様は本当にシロ……佐藤シロウなんだな?」
「イエス、ボス!!」
「この部屋で一緒に飛ばしっこ勝負したのはいつで、どうなった?」
「はいはい!! 中二の時で、ボクの勢いがありすぎてTVにぶっかけました!!」
「それじゃ、次は……」
トウヤの確認のための質問に正座して挙手で元気よく答える少女。
返答もそうだが短時間の間のリアクションからして、少女はトウヤがよく知る佐藤シロウ(元男)で間違いないようだ。
あのあと「先っちょ! 先っちょだけ! 婚前交渉だから!!」といきなりワンピースを脱ぎ捨て、怪鳥じみた動きと声をあげて襲いかかってきたパンイチな娘に、トウヤは咄嗟にチョップ攻撃をした。
美少年の奇行ならともかく、美少女の奇行という今までに経験した事のない状況だ。
欲情よりも先に恐怖を感じてしまい、暴力を振ってしまった自身の行いにショックを受けるトウヤ……だが同時にいつもの感触があったのだ。
常日頃から冷静なトウヤが突っ込み役でアホの子のシロウがボケ役である。
「シロ、なんでそんな愉快な事になっている……手術受けに海外にでもいったのか?」
「まっさか~そんな訳ないじゃんよ」
「まあ、そうだよな……というかその体は手術で何とかなるレベルではないよな」
生まれて初めて母親以外の生乳を見たトウヤは直ぐ納得した。
不本意ながら少年はちょっと、おっききしたのだ。
「あ……そうだよね? まずは最初に理由を話すべきだったよね」
「ああ、事情が分からないと何も言えん。話せる事があるなら言ってくれ」
素っ気ないが相手を気遣うトウヤの発言。
銀髪の少女は一瞬ほうけて、そして懐かしいといった表情で微笑んだ。
「起きた出来事をかいつまんで話すね。質問あれば途中で受けつけるよ……でもまあ、信じられないかもしれないけど?」
「お前が、女になっている時点で大抵の事は信じられると思うぞ?」
少女は一呼吸おくと、長い銀髪をそっとかきあげて語り始める。
「異世界に飛ばされて、王様から魔王倒してって言われ、仲間と一緒に魔王討伐した、以上!!」
「異世界って……おい、また凄まじくダイジェスト化したな」
「あはは、何だかんだで魔王退治するまでには一年以上かかったからね。詳しい事知りたかったら、ゆっくりピロートークしながらでも話すよ?」
「あのさ、お前は何でいつもそうやって誤解される事を……ん、一年? ……そうか一年か」
ある事実に気がついたトウヤは同じ言葉を二度つぶやく。
それに銀髪の少女は目ざとく反応した。
「お、ボクがいなくてやっぱり寂しかった? ねねっ!? ボクが一年もいないで寂しかったよね?」
「いや、まあ、でも一年もいなかったら流石に寂しくはなるかもしれないな……それでシロ、何度も聞くがなんで女になっているんだ?」
トウヤの発言に銀髪の少女は頬をそめ口元を手で押さえる。
事情を知らぬ者が見れば乙女チックな愛らしいさまだが、少年からしてみれば男の時と変らぬ誤解されそうな仕草にイラっとした。
「えっと、女になった理由なんですけど……」
「ああ」
「異世界に飛ぶ前に変な白い部屋に出て、そこいた人に、呼ぶやつを隣のと間違えたか!? でも男の娘……ありだな!! って言われた」
「それって神か……というか間違いって?」
気にしなーいとヘラヘラ笑う少女。
ずば抜けた美貌のせいか、だらしない顔をしていても非常に愛らしい。
「……そういう問題かよ、それでどうなったんだ?」
「ネットゲーする時は男キャラと女キャラどっち使うと聞かれて、男キャラって答えたら、オレは女キャラ、男のケツなんて眺めていたくないぜっ!! って言ってた」
「お、おう……それは微妙に分かりにくいが分かるような例えだな?」
「それで気づいたら、異世界にいて女になってたんだ」
「はい……?」
「キャラクリの要望だったのかなぁ?」
キャラクタークリエイト?
……え、つまりどういう事だってばよ?
というトウヤの視線に銀髪の少女は肩を小さく竦めテヘっと舌を出す。
「まあ、それでボクたちは確かに魔王を討伐する事に成功はしたんだけど、魔王が滅びる際にボクは彼女から特大の呪いをかけられてしまったんだ」
「呪いって……魔王は女だったのか?」
「うん、夢魔……サキュバスって知っているかな? 人の精を食料とする恐ろしい魔物」
シロウの問いかけにトウヤは無言でうなずいた。
主にサブカルなコンテンツで活躍している魔物で、一般的男子の嗜みとしてトウヤもエロいマンガを何冊か持っている。
「魔王の呪い……ボクは彼女の魂を体に宿してしまった。定期的に男の精を搾取してサキュバスの性を満足させないと、魔王はボクの体を使って復活してしまうらしい」
「……それでセックス? まじかよ?」
「うん、檄マジだよ?」
「……魔王ってやばい強さなのか?」
「戦っていた時は一万の兵士が一瞬で吹き飛ばされたかな……歩く災害レベル」
驚愕の事実にトウヤはシロウの美しい顔をまじまじと見つめてしまう。
少女は再び頬をそめ恥ずかしそうに視線を横に逸らした。
なぜ逸らす? そして、シロウはまったく危機感がないというか余裕がありそうだ。
「……それで、言っちゃ悪いが、なんでそんな状態で戻ってきた? 向うの世界で対策とかできなかったのか?」
「魔王討伐が終わって、説明されて、その場ですぐに帰還の魔法をかけられたんだよ」
「おいおい、それって!?」
「うん、約束通り元の世界に戻してくれたんだから、いい人たちが多かったなぁ」
「いや、それ騙されているぞ! 危険物をこちらの世界に押し付けられただけじゃねーか!?」
え、そうかな、そうかも!? あははっ!!
能天気に笑う駄目な子はシロウであると再確認したトウヤだった。
「この世界に戻ってこれたものの、一年以上も経ってるし、親に会いにくのもこんな体じゃためらいがあってさ……そんな時にトウヤの顔が浮かんでね」
「…………」
「家の置きカギの場所は知ってたから、こっそりと侵入して押し入れで待っていたんだ……」
切なそうに語る少女。
トウヤが押し入れを見ると確かに引き戸が開いていた。
「今のボクに頼れるのはトウヤだけなんだ……ごめん迷惑だよね、でも……」
「まあ、気にするな……オヤジさんは今も海外だろう? 後で俺から説明してやるから」
「父さんたちはまだ海外なんだ? ……その、ありがとうトウヤ、心強いよ」
「いいって……それと一年って話だけどな」
「え、うん……?」
「俺が男のお前に会ったのは昨日だぞ?」
「えぇ!?」
予想外の事を告げられ、アイスブルーの瞳をぱちくりとさせるシロウ。
トウヤは先程まで考えていた事を伝える。
「えーっと、つまりだな、俺の推測に過ぎないんだが……お前が異世界で一年過ごしたってのが確かなら、帰還した際に異世界に飛んだ日に戻されたんじゃないのか?」
「ま、まじで……!?」
「いや、たぶんだけどな……?」
そう言ってトウヤがスマホの日付表示を見せると、シロウの元々大きい目がより大きく見開かれた。
やがて彼女はうつむき、拳をギュゥと握って華奢な体を震わせ始める。
少女の心中は武骨で不器用な少年には察せられない。
「なあ、シロ……あのな……」
「うふふふふ、あはははははははははっ!!」
「お、おいシロ!?」
突然笑い出した銀髪の乙女に、微かな狂気を感じてトウヤはぎょっとした。
だがシロウは零れでた涙を指で拭くとトウヤに泣き笑いの顔を見せたのだ。
今まで見た事のない色のある表情に、どきっとする少年。
「あはは、ごめん大丈夫、大丈夫。……向うの世界にいた時はさ、戻ってもトウヤたちと同じ学年で過ごせないかなって結構不安だったんだ」
「シロ、お前……」
「これで不安が一つ減ったぁ~ありがとうトウヤ!」
「そうか、よかったな」
トウヤも一段落とばかりに男くさい笑顔を浮かべた。
実際には問題は何も解決していないが、こんな奇天烈な人間を作りだす隣の家のおちゃらけ夫婦なら、息子が娘になった程度すぐに受け入れるだろうという酷い計算もあった。
二人の間に生じる幼馴染同士の気負わない雰囲気。
だがしかし、銀髪の少女の次の言葉により場の空気はガラリと変わった。
「うん、だからねトウヤ、残った不安も解消するために……セックスしておこう?」
「へっ? なんでだよ!?」
「このままじゃ魔王復活で危険が危ない! 世界の平和のためにボクたち協力すべき!?」
「いやいやいや、まてよ。だから何で俺が相手なんだよ!? 出来ちゃったらどうするんだよ!?」
「だ、大丈夫だよ! 出来てもちゃんと生んであげるから! むしろトウヤの子ならドンとこいだあぁぁぁ!!」
ソプラノの絶叫と共にシロウがトウヤに襲いかかった。
自身の発言で興奮したのか瞳を潤ませた銀髪の少女はヤル気に満ちていた。
不意打ち気味にグリグリと抱きつかれたトウヤはというと表情も変えず、くそっ柔らけぇし良い匂いです、と初めて味わう異性との恋人的な肉体接触に心の中で悲鳴をあげた。
はた目に見ると美少女に抱きつかれているのに動じない仏頂面の少年という、なんとも野郎どもの妬みを買いそうな光景だ。
「や、やりたければ他の相手を見つけろ!? その顔なら余裕だろうがっ!?」
「ボクは昔から君以外にはまったく興味がない! 女の体になって改めてトウヤに会って実感した! 下腹部がひどく疼くんですよ! なので、ヤッチャってください存分に!!」
「俺限定の恐ろしいカミングアウトなホモ宣言はやめろよぉぉぉ!! 人のズボンのベルトを外そうとするなぁぁぁ!! 俺はクラスの腐女子をこれ以上喜ばせる気はねえぇぇぇ!!」
メロンサイズの柔軟なたわわを押し付けられながらもトウヤは、何人かのホモゥな女子を思い出して戦慄する。
少年はセイッと前かがみでシロウをベッドに投げ飛ばした。
体重の軽い少女は運悪くパイプベッドの角に頭をぶつけ、ゴンっという凄まじい音を立て床にずるずると崩れ落ちる。
「おぐぅ! おぐぅううううぅぅぅぅぅ!?」
「あ……す、すまん、大丈夫かシロ?」
激痛にオットセイのような呻き声をあげて頭を押さえる銀髪の美少女。
亀のようにうずくまり、裾の短いワンピからパンツに包まれたお尻が丸だしになっていた。
イタリア人の母を持つ少女のケツは安産型で肉つきがよく、女性を知らぬ年頃の少年はより前傾姿勢となった。
銀髪の少女は、ふぐぅふぐぅと半泣きになりながらもぷるぷると内股で立ち上がり、スカートの裾を伸ばしてトウヤに震える指を突き付ける。
「うぐぅ、ひいっく……な、ならトウヤ! 世界の平和のために、ボクの将来設計のために孕むまで力づくでも子作りしてもらうよ! 嬉し恥ずかし互いの初めてを交換といこう……く、くふふ」
「い、いや、勘弁しろよ。というかそのセリフ、生々しくてマジで病んでて怖いんですけどっ!?」
八畳の部屋で、やりたいホモな少女とやりたくないノーマルな少年が不毛に睨みあう。
「トウヤ……これでもボクは異世界で魔王を倒した元勇者。君に突っ込まれるだけのひ弱な以前のボクと一緒にしないほうがいい」
「なん、だと……!?」
「うふふ、まずは拘束魔法を使って体を動けなくする。そしてその後にじっくりたっぷりと糠床つくるレベルで揉み込んで、硬くなったヤンチャ棒をボクに突っ込んでもらうよ!!」
結局お前は突っ込まれる側かよ!? などとトウヤが言う間もなく、彼の目の前で銀髪の少女が呪文的な何かを唱え始めた。
シロウの瑞々しい唇から洩れる日本語でも英語でもない澄んだ発音――彼女の着ているワンピースが風になびくようにはためき、布地に不思議な文様が浮かんで淡い光を放つ。
幻想的な光の中で照らされる神秘的な美少女。
見ているだけなら神々しく美しいと思える光景だが、少年の額からは一筋の汗が流れた。
「拘束魔法だ! 受けろトウヤ!!」
「うわっ!?」
視界を埋め尽くす眩い光、トウヤは腕で顔をおおい目をつぶる。
それからしばらくの時間がすぎる……しかし何も起きない。
トウヤが恐る恐る目を開けると、銀髪の少女は自らの掌を見つめて美しい顔に疑問の表情を浮かべていた。
「う、うん? 失敗か?」
「あ、しまった……!?」
トウヤの指摘に少女は自分の体をまさぐり、最終的にたわわを両手でつかんで揉むと何かに気づいて声をだした。
「拘束魔法は媒体がないと呪文唱えても意味がないんだ!?」
「……魔法使うのに道具必要なのか?」
「くっ、魔王戦の後で使いきって作ってなかった! くっうう、うかつだったぁ!!」
どうやらアホな騒ぎも終わったようだと、ため息を漏らし警戒を解くトウヤ。
しかしシロウのアホさ加減と諦めの悪さ、そして発情っぷりは少年の想像を遥かに越えていた。
「な、なら、肉弾戦をさせてもらう! これでも魔王と最初から最後まで一対一でガチって討伐した勇者様だよ! 今のトウヤなんて軽く畳んでやるんだからぁ!!」
銀髪の少女は鼻息を荒くすると、白魚のような指で鉤爪を作って威嚇する。
何だかここまで愉快だとハムスター系のアホな小動物のようだ。
魔王とガチかよ!? 他の仲間はどうしたんだよ!? とはトウヤは聞かない。
アホでおしとよしな子だから、いいように利用されていたのは想像するに容易かった。
「見よ! 魔族との戦いで磨かれたボクの力を!!」
シロウはすくっと背筋を伸ばすと、ぐるぐると手を回して不思議な舞いを踊り始めた。
やがて両拳を握って人差し指だけを伸ばしガニ股気味に膝を曲げ片足立ちになる。
「あちょぉぉぉぉぉぉ!!」
「…………………………」
トウヤは変なポーズをとった小動物に威嚇された。
少女の構えはシェー……ではなく蟷螂拳が一番近いが、胸部装甲が重いのか随分とフラフラしていて指で突けば簡単に倒れそうだ。
「くらえっ! 酔拳(映画版)をベースに作られた対魔格闘術っ!!」
「酔拳かよっ!?」
最後まで見ていようと思ったトウヤだったが、習慣的な突っ込み癖でシロウの頭部に無駄のない綺麗な垂直チョップを落としてしまう。
それほどの威力でもないのに、へぴゃぁ!? と変な悲鳴をあげて、あっさりと床に片膝をつく異世界の元勇者……弱い。
見つめ合う……非常に気まずい沈黙があった。
「あ……すまん……その、つい?」
「う……うきゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
切れた子供のように握った拳を上にあげて半泣きで襲い掛かってくる少女を、少年はいつものようにチョップで冷静に迎撃し続けた。
――
数分後、完泣きしながら土下座して謝る少女と、それを困ったように見下ろす武骨な少年の姿があった。
「あー、その、まじですまん……それで質問していいかシロ?」
「えっぐ、えっぐ……は、はい、トウヤさん。な、何でも聞いてください?」
「ひょっとして、異世界の連中ってかなり弱いのか?」
「びぇ、びええええええええぇぇぇぇぇん!!」
トウヤの質問に銀髪の美少女はより激しく泣きだした。
この分だと魔王が出てきても問題はなさそうだと、少年は深いため息をついたのだ。
数日後、異世界の魔王がこの世界で復活してトウヤがなぜか夜這いされた。
無言でチョップを繰り返したら彼女に泣きながら土下座された。
そうして魔王は再びシロウの中に封印されたのである。