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――カランカランカランッ!
「おめでとうございます! 見事! 一等! 地中海リゾート、ペアの旅! 大当たりで御座います!!」
「………え? マジで?」
今どき見ない街興しイベント、時代遅れの商店街の福引きなんて……と思う事なかれ。スマホのアプリで街を巡り、スタンプを集めて景品ゲット。
船頭無くして時代の激流を下る個人商店の皆様方が、生き残りを賭けた最新アクティビティがコレだと言うなら、その底力は馬鹿に出来ない。しかも一等は海外旅行。地域の話題性は十分だ。最近めっきり潤いを無くしてしまった生活に癒やしを求めて、老若男女はこぞって参加した。
しかし、毎週日曜を暇潰しで浪費することの「贅沢」を理解できない学生が、ソレを掠め取ったのだから何をか言わんや。抽選会場に集まるイベント参加者たちは、羨望半分、嫉妬二百%といったところ。イベントの担当も苦笑い。祝福ムードはまるで無い。
更には……
「え、え〜……。お、お客様は、な、なぁんと、スタンプを二週分も集めておいでですので、続けて抽選頂けます。いや〜、随分と朝早くから参加してくださったんですね〜 しかし、残りの景品もあと僅か! でもティッシュはまだまだあるのでご安心下さい」
MCは下火になってしまった会場を温めるべく頑張った。笑いの沸点の低い方々が応えて下さった。それに勇気づけられて、ササッとこの厄介者を流してしまおう。コレが自分でなくて良かったと、僅かな同情心と共にデジタルな抽選機のボタンを学生に差し出す。
そして会場の液晶大パネルには、そのMCへの無茶振りがお題される。
「………あ。……お、おめでとうございますっ。とく、特賞ぉ! なぁんとっ、特賞だコンチクショおおおおっ! なんで今日、ここに来た! 宝くじ買った方が良かったんじゃないのか、このアンビリーバボーっ!!」
「………いや。ほんとそうっすね………。ははっ……は……」
会場にはマイクの音だけが響いた。
その場の全員が思う。
(どうして一人一回にしなかった)
流石はローカルイベント。ツメが甘かった。
高校二年――十七才を「少年」と呼ぶか「青年」と呼ぶかは意見が分かれる。
未だ自立していない被保護者であるから「少年」であると云えば、そうであろう。
未だ成熟に至らない溢れる若さを感じる「青年」であると云えば、それも一義だ。
では、この男子。妙なる幸運を手にした学生、桂久秀はと言えば。
現在――至って普通の家庭に育った自身の凡庸な半生の中で、そして、これからも当然縁がないであろうと思っていたオシャレな応接室の、これまた大変座り心地のいいソファーの上で――久秀は頭を抱えていた。
その様は、事業に失敗した経営者が闇金の事務所で、己に待ち受ける絶望の未来に震える姿と重なる。
彼の心はまさしくそれだ。
中肉中背。Tシャツにチノパン。平凡な容姿において、清潔感のある短い髪だけが特徴といえる。
それがヨレヨレのスーツでも着れば今すぐにでも「その役」に入り込めそうな老け込み方具合だ。
あの後、思わぬ幸運を手にし、そして自分の人生の運は使い果たしたと、彼は悟った。
何故なら、景品の内容についての説明を受けてもらうと、黒いサングラスにスーツの巨漢が目の前に現れてそう言い放ち。
それが二人。「双子かよ!」とツッコミたくてもツッコめない、窮屈な車内のサンドイッチ。高級車に安心感は備わってない事実を、久秀は知った。
生きた心地のしなかった問答無用のドライブでは、この先に待つ場所も未来も定かではなかった。そうして連れてこられた何処とも知れないオフィスビルの広々とした一室。ワンフロアに一室だけの案内先で、漸く考えを巡らす余裕が出てくる。
つまりは……
「――父さん、母さん。先立つ不幸を、お許し下さい………」
この後、今時なインテリヤクザでも現れて、海外直行、産地直送の内臓便にでもされてしまうのであろうか。高校生はその豊かな感性で想像の羽を羽ばたかせる。
自分の選択の何が間違っていたのか。暇な日曜、暇潰しなどせずに素直に勉強でもして己の未来に投資すべきだった。
久秀は半日経たずに大人になった。
「………何を俯いて震えているのですか?」
「うひゃあぅっ!?」
気配も悟らせぬ突然の声に、久秀は飛び上がろうとして……柔らかなソファーの中に沈む。反発がないのも考えものである。
ソファーで藻掻く滑稽な一人芝居。すぐ様姿勢を整えれば、舞台は間が悪い気味が悪い座りが悪いの、最悪の幕開け。
「………」
久秀は迷う。自分はここからどんな行動をすべきか。滑った芸人の心境だ。心臓が縮まり過ぎて胸が痛い。吹き出た汗で腋が気持ち悪い。
「………何故、返答を頂けないのでしょうか?」
冷たい、些か不機嫌そうな硬い問いかけ。それでいて高く澄んだ通りのいい音は、アルプスを流れる清水を思わせる。久秀の感じたソレはテレビの映像だが。
間違いなく、ソレは自分にかけられた言葉だろう。だがしかし、やはり迷う。この場面、何をするのが正解であろうか。久秀の半生にその「答え」はない。
故に選ぶのは沈黙。緊張に身を固めるだけ。概ね、不良に絡まれた時の対応である。主導権のない状況での思考停止は、愚鈍な「待ち」となって現れる。
「………ふぅ………」
己の背後から発せられた溜息。静かな室内で、そうでなければ聞こえないような僅かな音に、久秀は心臓が締め付けられる。感じとれたそれは「落胆」だった。より一層、身を縮ませる。
その背後から、コツ…コツ…と、音がゆっくり近付いてくる。広い部屋に響くそれは、何かのカウントダウンか。久秀はツバを飲む。
「人に物を訊ねられた際には、何某かの返答を返すのが礼儀です。それは言葉でも、拳でも、銃弾でも構いません」
……三分の二が物理とはこれ如何に。久秀の冷静な部分が疑問を呈す。
「重要なのはアクションを起こす事です。礼儀を重んじれば、無反応は下の対応です。コミュニケーションが成り立ちません。その場の作法に則った会話を採れれば及第点。先制を取れて可、主導権を維持できて優です」
それは会話といえるのか。その言に従うならば、久秀は間違いなく先制攻撃を受けている。
コツ…コツ…と、足音が近付き、そして久秀の座るソファーの横へと進む。久秀はその声へと目線を向けて待ち構え――目を見開いてあ然とした。
コツ…コツ…と、声の主が語る。
「そして最優は全ての流れを掌握する事。場の始まる前から、その終わり、そして次の場へ。出会う前から、相手が死ぬまで。生まれてから、自身が死ぬまで」
久秀の対面、上品なローテーブルを挟んだソファーの前に、声の主が足を揃えて彼を見据える。
「しかし、最上は相手を慮る心。それを以って相手と通じ合う事。それがなければどんな会話も虚しい一人遊びです」
久秀の前に立つ、それは少女、軽やかな足音の主。それに似合いの小柄な背丈、可憐な容姿。
赤みがかった深い栗色の髪。ショートに揃えた絹糸の如き繊細な髪が包む顔もまた、シルクの如き汚れ無き白。それを勝気に飾る、青の眼差し。
アンティークドールの様だ、と言えば大体の想像は付くだろう。
しかし、久秀が思い描いたのは『白磁のカップに注がれるお高い紅茶』であった。決め手は、声。そこに喉を焼きそうな温度を感じた。目を閉じれば音だけは涼しげだが、立ち昇る湯気を見れば一目で分かる。
そして何より、彼のイメージにジャストフィットする、その立ち姿。
「コミュニケーションとは、極まれば相手と相対せずとも通じ合うものです。その際たるものが『メイド』と言えましょう。それこそ、コミュニケーションに必要な礼節の最上の具現です」
……それはどうだろう……。久秀は首を傾げる。
「初めてまして、桂久秀様。わたくしは、アニエッタ・最上と申します。ご覧の通り、メイドで御座います」
はぁ……。久秀は締りのない顔で頷く。それは彼女が語った話からすれば及第点には程遠い反応だ。
しかし、アニエッタはそれで構わない。それを狙った演出なのだ。
「そして」
アニエッタはニコリと上品に、控えめな笑みを作る。それこそ久秀が感じたように、飲んでビックリな悪戯な笑顔だ。
「久秀様が引き当てました福引きの『特賞』に御座います」
「………へ?」
先手必勝。アニエッタ、メイドの心得である。
ついつい思いついたイメージで書いてしまった
続きに過剰な期待はしないで頂きたい
全く考えてないので
他にもチマチマ書いている作品があるにも関わらず、浮気してしまった産物なんです