前編
――幼い頃、よく見ていた夢がある。
幼かった私はどこかの森の中に立っていて、そこにいる動物達との触れ合いを楽しんでいた。
夢の中なんだけど、動物達のふわふわの毛の触り心地や草を踏みしめる感触、それらが妙にリアルだったのを今でも覚えている。
ふと喉が渇いてきて、辺りをグルッと見渡したら丁度少し歩いた先に綺麗な湖があった。
喉の渇きを癒やそうと湖に近付くと、ふと湖の中心に誰かが立っているのが視界に入る。
透き通るような綺麗な水色の長い髪に、彫りがちょっと深いとても可愛らしい顔立ちの、自分と歳が近そうな子で……ぼうっと見とれてたらその子がこっちを不思議そうに見てきたので、恥ずかしさのあまり慌てて近くの木の陰に隠れた。
するとその子が湖からゆっくりとこちらに向かってきて、あたふたしてたらいつの間にか目の前に立っていた。
「キミ、どこから来たの? ココは人間は入れないはずなんだけど」
「え? わたし……ねたら、いつのまにかココにいたの」
「へえ……じゃあ迷子かな? でもココに来る人間は初めて見たよ」
こっちに来た子が言う言葉を当時は半分も理解できなかったんだけど、来ちゃいけない場所に来たってことだけはなんとなく理解して不安な気持ちでいっぱいになった。
「わたし、かえれるかな?ママがしんぱいしてるかもしれない」
「多分そのうち帰れるんじゃないかな? 君が夢から来たっていうならね」
「ホント?! よかった……あ、わたしココからいなくなったほうがいい? ココきちゃダメなとこなんでしょ?」
「いや、いて良いよ……それに、君の魂はすごく綺麗だしね」
最後の言葉が上手く聞き取れなかったけど、此処に居て良いって言われてすごく安心したのを覚えてる。
それからその子と色々話したり、草笛の吹き方を教えてもらったりと楽しい時間を過ごした。
「そういえば、まだ名前聞いてなかったね……ボクはディーニアス、キミは?」
「わたしはみずき! ディーニアスっていいにくいから、ディーってよんでいい?」
「うん、構わないよ……ボク、まだまだみずきとこうして過ごしてたいな」
「わたしも、ディーとまだまだあそびたいっ」
なんて談話をしてて、ある程度の時間が過ぎた頃――ふと自分の脳内でお母さんが「みずき……起きなさい!」って声が聞こえてきたんだ。
「ママがよんでる……いかなきゃ」
「え?みずきまだ此処にいてよ……あともう少しくらいで良いから」
「ううん、ダメ! ママおこらせるとコワイの……またくるから、ごめんねディー」
私の服を掴んで引き止めようとするディーの手に自分の手をそっと添えて引き離し、立ち上がった瞬間――グラッと視界が揺れて、気付いたら自分のベッドの上に居た。
「みずき、やっと起きたわね……ホラ、幼稚園遅刻するから早く起きてご飯食べてちょうだい!」
「ふあ~い……なんだったんだろ?あのゆめ」
お母さんにベッドから下ろされて、半分まだ夢心地なまま服を着替えてご飯食べて幼稚園バスに乗って登園。
バスの中や幼稚園に着いてからも夢の事が頭から離れなくて、お遊戯の時間とかはぼうっとしてることが多かった。
幼稚園から帰ってきて、色々してから眠りに就くと――またあの森の中にいて、自然と足がディーのいる湖へと向かう。
「みずき! 良かった……また来てくれたんだね」
「うん、やくそくはまもらなきゃダメってセンセーいってたもんっ」
「ふふっ、そうだね……約束は守らなきゃいけないことだもんね」
ディーは湖のほとりに立った私の姿を見つけると、一目散に駆けつけてぎゅっと抱き締めてくれた。
そのことがなんかむず痒く、そして妙に恥ずかしくて私は良く分からないことを口走ってた。
それからまたディーに連れられて森の中を散策したり、虫を捕まえたりと色々遊んだ。
でも大体夢の世界が夕方になってくると、お母さんの声が脳内に響いて、引き止めるディーを離した瞬間に目が覚める。
そんな夢を幼稚園時代はほぼ毎日見ていて、色んな事を教えてくれるディーのことを、幼いながらに私は段々好きになっていった。
「ねえねえ! ディーはわたしのことスキ?」
「うん、大好きだよ……ずっと一緒に居たいって思ってるからね」
「ホント?! わたしたちりょうおもいだね!」
「ふふ、そうだね……じゃあ、結婚しちゃう? ボクたち」
「したいけど、おっきくならないとできないって、ママがいってた」
「そうなんだ……じゃあ結婚の約束しようよ、お互い大きくなった時にできるように」
ディーの事が好きになってた、私はその提案に大きく頷く。するとディーは嬉しそうに口元を緩ませ私の額に指先をそっと添え、何かを呟きながら雫の形をなぞる。
やってることはよく分かってなかったけど、私達が約束事の際にやる指切りげんまんなのかなって思った。
「コレは約束の印だよ……みずきがボクと結婚するためのね」
「そうなんだ! ありがとうディーっ」
ディーの説明に目をキラキラと輝かせて、私はぎゅっと抱き付いて喜びを表すとディーも抱き締め返してくれる――その事が当時の自分はすごく嬉しかった。
だけど私は……大きくなるにつれて、ディーとの遊びが段々とつまらないものに感じるようになってしまう。
草笛や虫取りなんて小学校にあがってしまうと、あまりしなくなる。それよりも現実で友達と人形遊びをしたり、テレビの話やゲームの方が楽しい。
キラキラしてた筈のディーと過ごす毎日が少しずつくすぶっていき、次第に夢の世界での表情はつまらなさそうなモノになってしまった。
「みずき、どうしたの? 最近ボクと遊んでてもつまらなさそうで、すごく悲しいよ」
「ディー、ごめんね。私、もうココに来ない……ディーとの毎日が退屈なの」
「そんな……イヤだよ、ボクはみずきとずっと一緒が良いっ!!」
はらはらと綺麗な雫を瞳から零して、ディーは切ない声で私に懇願したことで胸の内がチクッと痛んだけれど――寧ろ私としては一生懸命色々遊びとかの提案をしてくれるディーの気持ちを裏切ってるって、分かってたから首を縦には振らず申し訳なさそうに「ごめんね」と言うことしかできなかった。
私が謝罪を口にした瞬間――いつもならお母さんの声で目が覚めるのに、今日はいつもと感じが違った。お母さんの声が聞こえなくても、私の身体がグラッと揺れて……歪んでいく景色の中、ディーがこちらに手を伸ばしているのが見えた。
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前編ではヤンデレ要素ほぼないですが、後編で頑張って出したいと思います(´`;)