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第七話 全力疾走

 夢を、見ていた気がする。

 とうの昔に忘れていた、懐かしい夢を。


「……朝か」


 朝日に刺激され、体が自ずと覚醒していく。

 目を開くと、正方形の天井を、青い空が囲んでいた。

 そういえば、ゲームの世界に来たんだった。


 岩のベッドから起き上がると、体が少し痛む。

 目を光に慣らしていると、幼女の石像が視界に入り、少し驚いた。

 そういえば、自分で彫った石像だった。リアルすぎて怖い。


 ひとまずダンボールの無事を確認し、寝床を収納する。

 幸い、モンスターに寝込みを襲われるなどということはなかったようだ。

 周囲を見渡し、降りてきた崖とは反対の方向に進む。


 あの崖もあと少しで見えなくなりそうだし、目印が必要だ。

 俺はダンボールを構え、地面に細い直線を描いた。

 これに沿って歩けば、同じところを回り続ける羽目にはならないだろう。

 歩くたびに邪神像もついでに置いていき、進行方向を間違えないようにする。


 俺は焼肉を召喚し、食べながら線の上を走った。

 せめて朝のうちに走らないと、昼間の太陽で脱水症になってしまう。

 食料もいつまで持つかわからないし、一番の問題は水分補給だ。

 谷底に湖や地下水があったようだが、綺麗だという保証はない。

 ドラゴンの炎で殺菌しようにも、火力が足りないかもしれないし、

 逆に蒸発して水が消えるかもしれない。


 雨でも降ればいいのだが、雲が暴風で散ったばかりだしな。

 ここは別世界だし、降るのが酸性雨や黒い雨だという可能性もある。


 とにかく走ろう。

 俺が消した峡谷も、無限に続いているわけじゃないはずだ。

 以前の俺なら百回気絶しているであろう距離を、休憩せずに駆け抜ける。

 疲れないわけではないが、食料のことを考えると焦ってしまう。

 日傘代わりにダンボールをかぶり、高くなりつつある太陽の日光から身を守る。

 そこまで暑くないので、気候は春に近いだろうか。


 走ることに慣れ、少し余裕が出てきたので、邪神像を置くペースを増やす。

 二度目以降、石像をもっと短い時間で彫れるようになった。

 大きさやポーズを変えてみたり、服装を変えてみたりもした。

 疲労や空腹を紛らわせるにはうってつけの遊びだ。

 走りながら作れる上、体力を一切消費しないので、俺は調子に乗って大量生産し続けた。

 これを邪神が見たら、喜んでくれるだろうか。



****

 


 俺は地面に座って休憩していた。

 数時間走ると、さすがに少し汗をかいてきたのだ。


 暇なので休憩所を石で建ててみたら、いつの間にかパルテノン神殿みたいになってしまった。

 ずらりと並ぶ邪神像(下着ver.)が、柱として屋根を支えている。

 無駄に凝ってしまったが、久しぶりに童心に返れた気がする。

 せっかくだし、他の人のために残しておこう。


 息も整ったので、立ち上がって神殿から出る。

 来た道には邪神像が果てまで飾られており、アイテムボックスの恐ろしさを再認識した。

 俺は箱をかぶり、朝日に向かって走りだす。

 同時に地面をくり抜き、巨大邪神像を設置していく。

 規模をさらに大きくしたことで、遠くからでも見えやすいようになっている。

 ……俺は何がしたいんだ?



****



 太陽が南中したので、俺は休憩所を建築して日差しをやり過ごす。

 にしても、モンスターも人間も見当たらない。

 谷を丸ごと収納したから当たり前か。それでもだいぶ進んだと思うんだが。


 気晴らしにオークの肉を召喚し、豪快にかぶりつく。

 焼きたてホカホカなのだが、それが仇になった。

 なんせ全力で走った後なので、俺の体は燃えるように熱い。

 追い討ちのように襲ってくる肉の熱気が、さらなる汗を流させる。


「暑い……。朝はそれほどでもなかったのに」


 口に出しても逆効果だと知ってはいるが、つい愚痴をこぼしてしまう。

 昼寝でもして、夕方から本気出すか。


「うわ、これは……」


 いつの間にか、休憩所の周りに石造都市ができていた。

 まったく、自分の才能が恐ろしい。というか、いい加減自重しようか。

 目を閉じて休み、次の長距離走に備えた。



****


「はぁ、はぁ」


 夕日が沈んでも、俺は走り続けた。

 涼しくなったとはいえ、疲れはごまかせない。

 そろそろ真夜中だという頃、俺は糸が切れた人形のように倒れた。


 無意識のうちに邪神像を立てている自分が怖くなったのはさておき、

 地平線近くに浮かぶ半月を綺麗に反射する地面を見つめる。

 砂でも土でもなく、研磨されたような岩の面。

 どれだけ進んでも同じ景色が続くのは、苦痛でしかない。

 まるでその場から動いていないような錯覚にとらわれる。


 さすがにこれ以上は走れない。

 喉が渇いた。

 水、水が欲しい。

 冷えた水を勢い良く飲み下したい。


 誘惑に負けた俺は、谷から地下水を分離させて召喚する。

 頭の上に水が降り注ぐが、受け皿を用意していなかったので、大半が地面に流れてしまった。


「冷たい……」


 まあ、汗を水で流せたので、良しとしよう。

 石で水筒を作り、水を少しずつ召喚していく。

 水は濁っておらず、無色無臭だった。

 舌先で水を舐めてみるが、味に問題はない。


 俺は思い切って水筒をあおる。生き返るような気分だ。

 上質の天然水のようで、一気に飲むのがもったいないくらいだが、そんなことも言ってられない。


 水を注ぎ足し、再び飲み干した。喉が渇いた時の水は絶品だな。


「ぷはー、眠くなってきた……むにゃ」


 完全に力が抜け、水筒を手放す。

 一日中走る日々は、いつまで続くのだろうか。

 屋根のない星空の下、泥のように眠った。

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