第四話 食料調達
峡谷を収納するということは、食料も一緒に消えてしまうということだ。
消えた一帯に食料は見つかるまい。
いや、待てよ。谷ごと収納したということは、同時に食料も収納されているはずだ。
頭の中に峡谷を映し出し、いろいろ試してみる。
まず、この収納スキルとやらはすごく高性能らしい。
内部まで透視できて、物体を取り出すこともできる。
例えば、岩の隙間を這うように進んでいた蛇。
取り出すと収納リストに、峡谷とは別の項目が追加された。
『最終魔峡谷×1』
『キャニオンスネーク×1』
この通りだ。新たに蛇が加わっている。
しかし、物体がある程度独立している必要があるそうで、
この蛇を半分に割って収納したり、収納済みの谷から岩をくり抜いたりはできない。
一度召喚し直せば、別かもしれないが。
この要領で、邪神の服を剝ぎ取って見る。
ホログラムで映し出し、キャストオフの成功を確認。
どうだ、邪神プラナのフィギュア、下着バージョンの完成だ。
……あまり興奮できなかったので、ホログラムをそっと消した。
まったく、こんなことをしている場合じゃないだろう。
俺は峡谷をくまなく探り、めぼしいものを取り出してみた。
『シール魔水晶1593kg』
『デルタ魔水晶5589kg』
『エメラ魔水晶3340kg』
『ドクツルタケ×3』
『即死キノコ×7』
『岩塩1108kg』
『カオストリカブト×1』
なるほど、植物や一部の鉱石などは分離させることができるのか。
というか、食べたら死にそうな食料しか見つからなかった。
唯一まともそうな岩塩も、あくまで調味料だ。
腹が膨れるほど食べようものなら、塩分過剰摂取で死んでしまう。
うぅ、考えるほど腹が減ってきたんだが……。
仕方ない、モンスターを食べようか。
なるべく弱そうなやつを探っていく。
峡谷の中でも、邪神の城があった場所から離れるほど、敵が弱くなっている気がする。
『スライム×18』
『ゴブリン×13』
『オーク×3』
数分ほど谷底や洞窟を透視し、苦労して見つけたモンスターだ。
序盤に出てきそうなモンスターだが、やはり倒せるか心配だな。
一度、遠くにスライムを召喚させてみようか。
もし襲い掛かれれたら、再び収納すればいいだけだ。
「スライム召喚」
パッ!
遠くにスライムが現れた。巨大な雫とでも表現すべきだろうか。
食べれるかどうかさえ疑問だが、相手は最序盤に出てくることで有名な敵だ、弱いだろう。
それでも油断なく箱を構えながら、ゆっくりと近づいていく。
まずは、相手と意思疎通ができるか確認すべきだな。
「こんにちは。俺はハコヤ、高校生だ。君は?」
少し待ってみたが、相手はぷるるんと震えるだけで、返事はない。
まあいいか。この世界は弱肉強食、俺の夕飯になってもらおう。
(とはいえ、どうやって倒せばいいんだ? 素手で殴るか、足で踏むのか……)
体は資本なので、負傷のリスクは最低限まで下げるべきだ。
なら、段ボール箱で殴るか?
いや、箱を溶かされでもしたら、俺の生命線であるアイテムボックスが使えなくなる。
仕方ない、一度高所から落として反応を見よう。
「収納、召喚」
一旦スライムを収納し、十階くらいの高さから召喚し直す。
当然、スライムは重力に引っ張られーー
グシャッ!
消滅した。
落下地点に駆け寄るが、何一つ残っていない。
跡形もなく消えたらしいが……これもゲームゆえの演出か?
いずれにせよ、消えたからには食べることができない。
召喚リストに戻り、今度はゴブリンを召喚してみる。
棍棒を持っていて危険そうなので、もちろん高所から。
「ゴブリン召喚」
「ギェェェァ!」
緑色の醜いモンスターが空から落ちてくる。
鳴き声が実にエキセントリックだ。
グシャッ!
ゴブリンは地面に激突し、しばらくの間だけ震えていた。
俺は好機とばかりに駆け寄るが、ゴブリンは棍棒を残して消滅する。
相手は棍棒を持っていたし、正当防衛だよな。
腹が減っては戦ができぬとはいえど、武器が手に入ったのはラッキーだ。
棍棒を収納し、リストを確認する。
すると、武器の他に見慣れないものが追加されていた。
『古代樹の棍棒×1』
『ゴブリンの肉×1』
まさか、ドロップアイテムが自動的に収納されたのか?
おそらく、敵を倒すと一定確率でアイテムが手に入る仕組みなのだろう。
そうでもしないと、モンスターを倒す意味がない。人類は餓死してしまう。
そんなことよりディナータイムだ。
俺はゴブリンの肉を召喚しーー
「……生肉?」
これ、食べても大丈夫なのか?
そもそも、ゴブリン自体が美味しいとは限らないし。
加工はされているようだが、寄生虫とか病原菌とかに感染したらどうしよう。
想像しただけで鳥肌が立った。
せめて火を通して食べたいが、燃料も火種もない。
あ、でも、ここはゲームの世界だろ?
一度試してみたいことがあったんだ。
手を前にかざし、火をイメージ……
「ファイヤーボール」
一抹の風が俺の髪を撫でた。
……何も起こらない。
強いて言うなら、羞恥心で顔が赤く燃えたことだろうか。
いくら無感情な俺でも、さすがに恥ずかしい。
邪神の幼女には使えていたようだが。
まあ、多分俺が魔法のスキルを持ってないからだろう。
料理スキルはあったと思うが、器具もなしに料理なんて作れない。
この世界に来る前に、アパートを収納しておけばよかった。
いや、すぐにガスが切れて使えなくなるか。
「腹、減ったな……」
口に出すほど空腹感が増していく。
ひとまず歩きながら、俺は考えた。
とりあえず、生肉をたくさん用意しよう。
ゴブリンやスライムを空から落としていき、ついでにオークも落としてみる。
非人道的かもしれないが、これも生きるためだ。
断じて、ファイヤーボールの件が恥ずかしくて八つ当たりしているわけではない。
「召喚」
「ブゴォォォ!?」
ドスン!
墜落したオークは悶え苦しむが、消えなかった。
もう一度収納して落としてみると、今度はきちんと消滅した。
やはり強そうなモンスターは、落下の衝撃にも強いのだろう。
全てのモンスターを落としてから、収納リストで食材を確認する。
『スライムのゼリー×9』
『スライムこんにゃく×2』
『ゴブリンの肉×5』
『ゴブリンの皮×1』
『オークの肉×1』
『オークの皮×1』
皮とか……いらないんだが。
いくらなんでも、あの緑色の表皮は食べたくない。
ゼリーやこんにゃくも、スライムだけに気持ち悪くて気が引ける。
まあ、ある程度の生肉は確保できたので良しとしよう。
あとは炎が欲しい。ゲームで炎といえばなんだ?
そういえばドラゴンってさ、口から炎とか吐くよな。
「……あ」
俺はとんでもないことを思いついてしまった。