第四十三話 迷宮深部
五層の黒い空とは打って変わり、地平線に近い太陽が青い空の一部を赤く染めている。
幻想的な天空の下で、涼しい風が頬を撫でた。
「ここは、どこだ?」
俺は古代の神殿のような建物に立っており、雲の上に浮かぶ空中神殿のようだった。
綺麗に磨かれた白い大理石が空を反射し、その美しい様子に圧倒されてしまう。
「ここはきっと、迷宮の心臓部付近ですわ」
「心臓部? ラスボスの先にあるといわれている『ハート』のことか」
どこの迷宮も、ラスボスを倒した後は帰還魔法陣で入り口に戻れるようになっている。
しかし、迷宮を管理する心臓部に行ける裏道もある。
攻略難易度は比べ物にならないほど上がるそうで、生きて帰ることすら奇跡だそうだ。
「A級迷宮は死んでもやり直せますが、その効果が心臓部まで適応されているかはわかりませんの。存在自体が伝説のようなものでして、決して近づくなといわれているような場所ですし」
「死んだらそこで終わるって可能性もあるわけか……。帰るべきだろうけど、どうやって帰ろう」
俺とミリーは振り返る。
足場は途切れており、魔法陣のようなものはどこにもない。
先端まで歩くと、下には雲海が一面に広がっていた。
「帰り道がないんだけど……」
「飛び降りますの?」
「いや、やめておこう。命の保証がないならなおさらだ」
リスクに見合う勝算も度胸も持ち合わせていない。
せめて雲の下に何があるか、箱さえあれば雲を収納して確かめることができるのだが。
「それに、ひょっとしたらエレナたちもここに飛ばされたのかもしれない。慎重に探索しよう」
「あの、わたくしをここに置いていかれてもよろしいのですわよ?」
「何をいまさら。せっかくここまで運んできたんだし、最後まで連れていくさ」
そろそろお姫様抱っこにも慣れてきた。
命の危機が連続して、あれこれ意識している場合じゃなかったからな。
遠くを見れば複数の神殿が階段で繋がっており、一番高い場所にある神殿がゴールだろう。
まずは最初の階段に向かい、次の神殿に行こうとする。
「痛っ」
なぜか体が阻まれ、先に進めない。
どうしたものかと考えていると、空中に小さいスクリーンのようなものが浮かび上がった。
『勇者が持つ特権を一つ選べ。
A:魔王を倒す権利
B:不法侵入の権利
C:聖剣を抜く権利
D:世界を救う権利』
「なんだこれ……」
勇者が持つべきでない権利は明らかにBなのだが、持つ特権を選ぶのか?
そもそも特権とはなんだ。
勇者しか持っていない権利ということだろうか。
「妙な質問ですわね。全部正解のように見えますわ」
「いやBはどう考えても間違い……とも言い切れないのが世知辛い世の中なんだよな」
「でも、勇者じゃなくてもできることも含まれてますわね」
「不法侵入は泥棒の十八番だしな。魔王だって、勇者以外でも倒せないことはないんじゃないか?」
などと色々話し合った結果、Cを選ぶことにした。
勇者以外の者にエクスカリバーを扱えるとは思えないし。
押せばいいんだよな。
『正解』
スクリーンが消え、手を伸ばすと通れるようになっていた。
俺はホッと息をつきながら、落ちないように階段を登る。
幅は充分広いのだが、高さが高さなので落ちるのが怖い。
「あの問題、間違えたらどうなるんだろうな」
「侵入者にとって、いいことではないと思いますわ」
「だよなぁ。何がきても対処できるよう、気を引き締めておこう」
階段を登り切り、次の問題を見る。
『チートとは何か。
A:データを改竄し、他者の利益に損害を与える可能性のある不正行為及び犯罪
B:神が転生者の生存確率を上げるために与える特殊な能力
C:ゲームに奪われる人生の貴重な時間を減らし、早く飽きるための処世術
D:箱』
「チート? 聞いたことのない言葉ですわね」
「なんか一つだけ、ものすごく心当たりのある選択肢があるんだが……」
思い切ってDを押すと、透明な壁が消えたのがわかった。
この問題を作ったのが誰か、非常に気になるのだが。
俺は順当に問題を解いていき、次の神殿に向かっていった。
少し考えれば分からなくもない問題ばかりで、今のところ間違えてはいない。
途中で大きめの神殿に着いたが、ここだけ横にも階段が下に続いていた。
近づいてもスクリーンは出ず、進めない。
一方通行なのだろう。
「ハコヤ、音が聞こえますわ」
「え、音?」
「左側の階段の先ですの。もしかしたら、誰かがいるのかもしれませんわ」
ミリーに従って左側まで歩くと、一つ下の神殿で人影が動いているのが見えた。
「誰かいるみたいだな。何かと戦っているのか?」
「よく見えませんわね。あ、こちらに向かってきますわ」
「念のために警戒、って……まさか……」
見覚えのある服だ。
緑色、桜色、そして青色の髪。
相手もこちらに気づいたようで、急ぎ足で駆け寄ってきた。
「ハコヤじゃない!」
「エレナ! よかった、無事だったか」
「ええ、良かったのはいいのだけれど……説明してもらえるかしら?」
「え、あ、これは……ま、待て、説明させてくれ」
慌てて事情を説明すると、エレナの刺々しい視線が多少柔らかくなった。
正直、地上に戻ってお茶でも飲んでいるのかと思っていたが、ここで出会えるとは心強い。
「にしても、どこなのよここは。さっきも透明の変な虫が現れたりして失神しそうになったわ。矢で射抜いたら消えたのだけれど」
「ここはおそらく迷宮の心臓部ですわ。選択肢を間違えると、強力な魔物が現れる仕組みかと思われますわね」
「俺は今のところ全問正解だけどな。そろそろ一番上の神殿か?」
見れば、かなり高いところまで来ていたのがわかった。
一つ上の神殿は黄金に輝いており、終着点といっても良さそうだ。
おそらく次のが最後の質問なのだろう。
階段に近づくと、スクリーンが現れる。
『私は誰。
A:ピッチピチの美少女
B:謎に包まれた美少女
C:神に愛されし美少女
D:人類を導きし美少女』
「ますます意味のわからない問題だよね」
タクトがひたいに手を当てながら呟く。
まったくその通りだ。
「とりあえずおだてればいいんじゃないかしら。私はAだと思うわ」
「いや死語だろそれ。ここは空中神殿の雰囲気にふさわしいCで」
「いや、Dのほうが美少女本人の使命に重点を置いていてかっこいいと思うよ」
そんな会話が数分続いたが、
「残り物には福があるっていうからBでいいと思う〜」
エロンによる鶴の一声により、不毛な議論は幕を閉じた。
警戒しつつBを選択する。
『正解』
「おお、当たりか」
本当に福があったようだ。
そのまま全員で進み、少し長めの階段を登り終える。
この黄金の神殿だけ、他のとはかけ離れた神聖なオーラを放っていた。
中央に浮かぶ虹色の大きいクリスタルが、迷宮の心臓なのだろうか。
「やあやあ冒険者諸君、君たちならここにたどりつけると信じてたよ!」
出た。
黒セーラーのポニテ美少女、名前は確かミカだ。
「なんだい、みんなしてその顔は。私の美貌に見とれちゃった?」
「あのふざけた質問を作ったのは君だな? そんなことだろうと思ったが」
「まあまあ、ほとんど正解してたみたいだし、結果オーライでしょ。とりあえず、アルカディアの心臓部にようこそ! ここまで来れた冒険者は君たちが初めてさ」
ミカはクリスタルにもたれかかりながら歓迎する。
ラスボスはこいつだとかいうオチなのか?
「それで、私たちは何をすればいいのかしら」
「このアルカディアの秘密を知ってほしいのさ。そして、迷宮そのものが存在する意味もね。まあ紅茶でも飲んで休憩するかい?」
「もったいぶらずに教えなさいよ!」
エレナはしびれを切らしたようだ。
ミカは目を細め、含みの笑みを浮かべる。
「それを知る資格があるのか、君たちを試さなければならない。大丈夫、手加減はするからね」
ミカが体から神聖な光を放つ。
黒いセーラー服が消え、光が織りなす白いローブを纏い、両手には手頃な長さの剣と大盾が召喚される。
髪色が銀から黄金へと変化し、そして彼女の頭上に現れたのは、黄色く光る天輪。
「実は天使でした、なんてね」
ミカが光の翼を開くとポニーテールが解かれ、長い金髪が輝きながら舞う。
ラスボスはやはりミカのようらしい。
「戦闘用意だ。相手の力は未知数、迂闊に近づくな」
そう告げると、皆はハッとして武器を取り出す。
俺は後ろにある柱にミリーをもたせかけ、エロンのところに行く。
「エロン、例のブツを」
「ブツ? あ、箱ならここにあ――」
突如、まばゆい閃光が黄金の床に反射され、網膜を襲う。
視覚を取り戻した時には、箱が消えていた。
箱はあろうことかミカの手にあり、彼女はそれを亜空間に投げ込んだ。
「これは没収! ふふ、君のことはなんでもお見通しだよ、ハコヤくん」
「詰んだー、このゲーム詰んだー」
「「諦めるの早すぎでしょ!」」
エレナとミカが同時にツッコんできた。
どちらにしろ箱を奪うとかチートじゃないか。
お見通しなら、防御無視の包丁も通用しないだろう。
ならば交渉に持ち込むしかない。
「ミカ、どうやったら真実とやらを教えてもらえるんだ?」
「私に勝てたら教えてあげるよ。おっと、土下座しても無駄だからね」
こちらの切り札もあっさりと看破されてしまった。
ミカに勝てたらいいのか。
俺でも勝てる勝負なんて……あ。
「なら、料理勝負といこうか」
「いやいや、何のために剣と盾を召喚したと思ってるんだい?」
「け、剣は包丁に、盾はまな板に……」
「ふふ、面白い冗談だね。でも、私がしたいのは命のやり取りだよ」
「……ッ!」
いつの間にか、喉元に剣を突きつけられていた。
何ら戸惑いのない、見透かすような碧眼が告げている。
戦え、と。
「ウォールアッパー!」
目の前に黄金の壁が盛り上がり、ミカは背後に飛び退いた。
エロンが助けてくれたらしい。
「ハコヤ、大丈夫?」
「ああ、スマない。どうやら相手は本気らしいな」
「鼻から血が出てるよー?」
「だってあの天使パンツ……いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない」
ミカを注意深く観察する。
あの気迫からして、もはや何を言っても無駄だろう。
俺は腹をくくり、双剣を構えて駆け出した。




