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第四十二話 古代の竜

 少女は舞う。

 空中で青いレイピアを構え、古代竜の顔に狙いを定める。

 すぐさま展開された魔法陣は、彼女の莫大な魔力を一点に収束させていく。


「魔剣技――リミットコンヴァージ‼︎」


 ミリーが叫んだ直後、あらゆる音をかき消す無音・・が訪れた。

 竜に下された碧色の光線は、見ている者の五感をたやすく狂わせ、時をも遅らせる。

 ようやく音が現象に追いつき、空を切り裂くような衝撃が部屋中に振動をもたらす。


「おっかないなぁ……。さすがにこれは、やったか?」


 地面の揺れに、思わずそう呟く。

 俺は扉の近くでこっそりと戦闘を遠目に観察していた。

 かれこれ二分ほど経つが、誰もこちらには気づいていないようである。

 パンツは水……いやこれはどうでもいい。

 今まで両者とも互角に戦っていたが、今の一撃で決着がついたかもしれない。

 光の束が細まり、古代竜の顔が再び露わになる。


「なぜ無傷ですの⁉︎ なっ、まさか鱗に蓄積された魔力を暴走させて……!」


 リアクティブアーマーの魔力版といえばいいのだろうか。

 証拠に竜の鱗が崩れ落ち、地面に落ちて灰となっている。

 竜を消耗させたとはいえ、必殺の一撃を防がれたミリーには精神的にも辛いだろう。

 魔力の残量が低いのか、ミリーはすぐさま地上に降り、よろめく。


「ゴォォォォォン‼︎」

「……どうやら、ここまでのようですわね。一人で迷宮に入ったわたくしに、援軍なんて――」


 不意に後ろを向いたミリーと目が合ってしまった。

 お化けでも見たかのような顔で彼女は駆け寄ってくる。


「ここで何をしておりますの⁉︎」

「や、やあミリー。獲物を横取りしたら悪いかなぁと思って」

「あなたは確か……ハコヤでしたわね? まだ入学して二日目ですが、もう四層まで到達しましたの? やはり只者ではないようですわね」


 驚きの表情でこちらを見てくるミリー。

 古代竜に背を向けて呑気に会話をする度胸は感服に値する。


「仲間と一緒に来たおかげさ。この層ではぐれたんだが、見かけなかったか?」

「いえ、見かけませんでしたわ。ですが、この古代竜以外はすべて倒さずに通過したので、前の部屋のドラゴンにやられたという可能性もありますわね」

「やっぱりそうだよな……。で、なんでこの古代竜を無視して次の層に進まないんだ?」

「……くだらない私情ですわ。以前、街に襲撃した古代竜で大切な友人を失いまして、踏ん切りはついているのですが、どうしても」


 そんな事情があったのか。

 スルーした方が効率いいだろうに、

 なんて立ちふさがるドラゴンをすべて倒して来た俺は口が裂けても言えない。


「今からでも逃げて次の層に進むか? 足止めは俺に任せろ」

「それはこちらのセリフですわ。若々しい芽を摘むわけにはいけませんもの、ここは経験者のわたくしが囮になりますわ」

「ありがたい提案だが、俺は動きが遅くて防御力が高そうな敵に目がなくてな。ということで行ってく――」


 突然ミリーがしゃがんだ。

 同時に視界の右半分が一瞬黄金に染まり、宙に浮く。

 少しして、尻尾で遠くの壁に叩きつけられたのだと知った。


「このバリアタリスマンって本当、反則だよな」


 元いた場所から何やら叫んでいるミリーを尻目に、古代竜を見る。

 俺もただで吹き飛ばされたわけではなく、尻尾に切り目を入れておいた。

 双剣も強く握りしめていたおかげで手元に残っている。


「ゴォォォォ……!」


 こちらを見て忌々しげに低い鳴き声を上げる古代竜。

 どうやら注意をひきつけることに成功したらしい。

 尻尾の切り口から魔力が漏れ出ており、持久戦になれば俺の勝ちかもしれない。

 あの鉄壁の防御力は極限まで鱗に詰められた魔力が要だ。

 だが、防御無視の包丁を前にすれば弱点を晒しているようなものである。


 バリアにはまだ余裕がある。

 今は攻勢に出るのが一番だろう。

 なるべく攻撃を避け続け、最大の好機を見つけたら捨て身で斬りかかればいい。

 バリアを切らせて鱗を断つ作戦とでもいっておこう。


 改めて古代竜を見上げる。

 大きい。

 そういう単純な形容詞しか思いつかないほど大きい。

 図鑑で見たティラノサウルスを豪華にして翼を生やして巨大化した感じか。

 ……やっぱり無理じゃないか、これ?


「ガゥゥゥゥ!」

「くっ」


 古代竜が翼を扇ぎ、暴風を巻き起こす。

 不可視の竜巻を肌で感じ取りながら、俺は回り込むようにしてなんとか竜に近づいた。

 対象を見失った古代竜は、巨大な足でやみくもに俺を踏みにかかる。

 その前に俺は太い足を蹴って竜の腹部に張り付き、鱗を剥がして肉をくりぬいた。

 腹から転がり出る自分の肉塊を見て、古代竜もさすがに焦っているだろう。


「ガァァァァァン‼︎」


 古代竜の短い手では、腹に届かない。

 尻尾も足も、内部に侵入した敵に対しては無力だ。

 せいぜい地面に体を叩きつけ、のたうちまわることくらいしかできまい。

 と思っていたが、突然古代竜の腹部が高熱の光に照らされる。

 自分の腹に向かってブレスを吐いたらしいが、それは自分の肉を自分で焼くようなものだ。

 同時に肉に貯められた魔力が反応し、誘爆の連鎖が全身を瓦解させる。

 バリアが音を遮断したせいで何も聞こえなかったが、至近距離では致命傷になるほど強い音なのだろう。

古代竜の体は消滅し、俺は床に着地する。

 バリアはあと二回、古代竜相手にこれなら上出来だ。

 確かF級魔物だったか?


「ハコヤ、今のは何ですの?」

「え」


 ミリーがとても複雑な表情をしながら歩み寄ってきた。

 何と言われても。


「簡潔にいうと、古代竜が自爆しただけだ。これでいいか?」

「よくありませんわ! まず、どうして当たり前のように古代竜の鱗を切り裂けたのか、そしてなぜあの爆発を受けて無事で入られたのかが聞きたいんですの!」


 鋭い質問である。


「いや、切ろうと思えば切れるから仕方ないだろう? 君だって、魔法を使おうと思えば使える、それと同じさ」


 お茶を濁すことにした。

 正直、俺にもよくわからない。


「では、爆発の方はどうやって……?」

「仕様だ」

「はい?」

「ごめん、仲間を探したいんだ。ミリーは先に帰ってくれ」

「あのっ!」


 立ち去ろうとすると、ミリーに呼び止められた。

 振り返ると、膝をついたミリーが仲間になりたそうにこちらを見上げている。


「安心したら腰が抜けて、立てなくなりましたの」

「そ、そう。運ぼうか?」

「よろしくお願いしますわ……」


 恥ずかしそうに顔をうつむかせて言われたら、断ることどできまい。

 どうやって運べばいいのか考えるが、どう運んでもエレナの顰蹙を買いそうだ。


「じ、じゃあ、運ぶぞ」

「……はい」


 怪我人を見捨てれば、それこそエレナに怒られる。

 それに、古代竜に勝てたのは、ミリーが竜を消耗させたおかげかもしれない。

 ミリーをお姫様抱っこで持ち上げ、俺は五層への階段を駆け抜けた。



****


 階段で魔物に追われるなどということはなく、数分で無事五層にたどり着いた。

 腕に当たる太ももの感触が一番の脅威だった。


「ぜぇぜぇ、ついに五層か」

「申し訳ございません、わたくしが足を引っ張ってしまい……」

「き、気にするな。別に太も……いや、なんでもない!」

「ハコヤ、疲れで顔が赤くなっておりますわよ。休憩なされたほうがよろしいのでは?」


 煩悩を振り払い、ハコヤは辺りを見渡す。

 五層は遺跡のような場所で、神秘的な石版と石像が通路をかたどっている。

 天井は月も太陽のない空のように黒く、魔力を帯びて薄く光る岩が唯一の光源だ。


「ミリー、道はわかるか?」

「いえ、迷宮は認識を阻害する魔法がかかっているようでして、時間が経つと道順の記憶が曖昧になるのですわ」

「そうか、なら俺が指差した方向の反対に進もう」

「え、ええ。おまかせいたしますわ」


 困惑しながら返事をしたミリーを支え直し、苔らしきものに覆われた岩の間を慎重に進んでいく。

 自分の足音以外の音は一切聞こえず、時折吹く生暖かい風が不気味だ。


 やがて石が環状に並べられた空間に出る。

 中央には今にも動き出しそうな、武装した巨人の石像が鎮座していた。

 鬼のような形相でこちらを見下ろし、まるで大剣を振り下ろさんとばかりに――


「ハコヤ、避けてくださいまし!」

「まさか動いて……ッ!」


 間一髪で右に跳びのく。

 着地した直後、隣で地面が砕け散る音が鼓膜を揺らした。


『ズズズズズ……』


 石像の動きに合わせて耳障りな摩擦音が聴覚を引っ掻く。

 あの魔物は一体なんだ?

 ソウルスタチューという動く石像のようなC級魔物は知っているが、大きさは人間ほどのはずだ。

 巨人のような大きさとなると、その上位種なのか、別の魔物なのか。


「しっかりつかまれ! 逃げるぞ!」

「り、了解ですわ!」


 両手がふさがった状態で勝てるとは思えない。

 幸い相手は石像、あんな重い体で追ってこれるはずがない。

 俺は全速力で岩の間を抜け、壁に沿って走り続けた。


「はぁ、はぁ、ちょっと休憩しよう」


 辺りを警戒しながら腰を下ろす。

 五層は最上層のはずなので、どこかにラスボスがいるはずだ。

 しかし、一体どこにいるのか見当もつかない。


「ハコヤ、そろそろわたくしも自分で歩き……っ」

「お、おい。無理するなって。負傷した仲間を運ぶのも、迷宮探索で身につけるべき技術の一つだ」


 よろめいたミリーを支えると、彼女は気まずそうに俯いた。

 そんな顔をされると、ますます置いていくわけにはいかない。


「ミリー、君には学園を案内してもらった恩も、古代竜を弱らせてくれた恩もある。自分を責めている暇があれば、少しでも休んでくれ」

「……感謝いたしますわ」


 多少、ミリーの硬い表情がほころんだ気がした。

 俺は呼吸を整え、再び探索を開始する。

 歩き始めてすぐ、遠くから伝わってくる揺れに気づいた。


「この揺れ、地震か?」

「これは……きっとさっきの魔物ですわ」

「え? いや、そんなまさか」


 なんの冗談かと思ったが、揺れはますます大きくなっていった。

 大岩を地面に叩きつけるような音が周期的に発せられる。

 明らかに、何かがこちらに向かってきていた。


「逃げないと……」


 嫌な予感がし、すぐ壁のそばを離れた。

 その判断が正しかったと、振り向いた時にすぐ気づいた。

 上の方に岩の手が伸び、壁が一瞬で握りつぶされる。

 這い上がるように現れたのは、恐ろしい表情をした巨人の石像だった。


『ズギギギギギ』


 巨人はこちらを見据えている。

 どうやら壁越しでも敵の位置を確認できるようだ。

 慌てて逃げようとすると、近くに転がっている岩を掴み、俺めがけて投げつけてきた。


「わっ……! これじゃあ命がいくつあっても足りないな」


 七つあったバリア(命)も二つに減り、なるべく被弾は避けたい。

 だが、そうもいっていられない状況になってしまったようである。


「行き止まり、か」


 目の前は巨大な石版が行く先を阻んでいる。

 左右を見ると、知らない間に巨人が投げた岩がうまい具合に道を塞いでいた。


「こうなったらやけだ。どれだけ避けられるか、弾幕系シューティングにとことん付き合うとするか」


 RPGばかりじゃ飽きるからな。

 緊張も解け、早速飛んできた岩を俺は軽々と避けた。

 その時、岩が当たって石版の一部が崩れ落ちる。


「ハコヤ、あれはひょっとして……」

「か、隠し通路か?」


 名残惜しくも弾幕ゲームを中断し、現れた通路に転がり込む。

 飛んできた岩が入り口を塞いだが、これで巨人も追ってはこれまい。

 石版の内部は小さい部屋のようで、中央で白い魔法陣が薄く光っていた。


「転移魔法陣ですわね」

「迷宮の入り口に戻れるやつか?」

「いえ、この形は見覚えがありませんわ」


 なんとなく触れてみる。

 少し暖かかった。


「なんか、輝き始めたけど大丈夫なのか?」

「転移魔法が発動するかもしれませんわ」

「でも退路は断れたからな。行くしかないか」


 輝きを増した魔法陣に乗り、ミリーを強く抱く。

 次の瞬間には、浮遊感とともにどこか別の場所に飛ばされるのがわかった。

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