第四十一話 竜炎乱舞
アサルトワームに連れられて螺旋階段を上り終えた俺たち。
ペッと吐き出されるように三層に到着し、ワームの大群は去っていった。
「みんなー、ハコヤたちを運んでくれてありがとー」
「エロン……君が原因だったのか……」
「え? だってみんな遅いから、この木を通じて地下にいたアサルトワームを刺激したのー。二層から出られないみたいだから、これ以上は追ってこないよー」
勘弁してくれ。
なんにせよ、どっと疲れた。
「エロン? ……この世にはやっていいことと悪いことがあるのよ!」
「うわ、痛いよう〜。私はいい子だってばー!」
エレナが体を震わせながら立ち上がり、エロンの頭を拳でグリグリする。
どう見ても子供をたしなめる母親だ。
「口答えするだなんていい度胸ね!」
「ご、ごめんなさい〜! わ〜ん!」
相当ご立腹の様子らしいエレナと、涙目のエロン。
二人を放っておき、新たな層の様子を観察する。
二層の森とは打って変わり、石の壁に松明、という一層に似た形に戻っている。
一層と違う点は、通路がやけに幅広いことだ。
通路は一直線に続いており、天井も高い。
「タクト、三層について教えてくれないか?」
「えっとね、この層は道が一直線に続いてるんだ。途中でいくつか扉で仕切られた部屋があって、強力な魔物が中にいるみたい」
目をこらすと、遠くに扉があるのがわかった。
ゲームでいうボスラッシュというやつか。
「なるほど、道に迷うことはないが、敵を避けて通れないというわけか」
「いや、避けて通るのが普通だよ」
「……何だそれ?」
「長い通路を駆け抜けて、次の扉をくぐれば魔物は追ってこない。でも、そこには次の魔物が待ってるんだけどね」
散々階段で走らされて、また走るのかよ。
それも次の層まで休憩なしときた。
「なら、今のうちに休憩しておくべきね。そろそろ正午だし、お昼にしましょう」
エレナの提案により、昼食をとることになった。
外とは隔離され、時間の感覚が狂う迷宮の内部だが、ステータスの時計機能がそれを解決してくれる。
俺もステータス画面くらい見れるようになってもいいと思うんだが。
目の前に手をかざし、
「ステータス」
「ハコヤー、ご飯まだ〜?」
「あ、うん」
突き出したままの手に、エロンが箱を押し付ける。
俺は手早く四人分の食事を用意し、食べ始めた。
「そろそろパンも飽きてきたわね」
「えー、でも美味しいよ?」
「こ、これ……何これ……?」
三者三様の反応であるが、タクトの反応が印象的だった。
彼はひとかじりすると、パンを手放して目を見開く。
膝に落ちたパンを拾い、もうひとかじりして再び落とす様子がシュールだった。
「どうしたんだタクト?」
「いや、なんだかほっぺたが落ちそうで気持ち悪いんだ」
「…………」
ほっぺたが落ちそうで気持ち悪い、とは。
褒め言葉として受け取っていいのか?
「ならこれでも食っとけ。森でつまんだ雑草だ」
「え、いいの? ありがとう!」
エレナが哀れむような目でタクトを見ているが、人の嗜好も多種多様。
体にいい雑草ばかりを選んだので、問題はあるまい。
しばらくして全員が食べ終え、攻略を再開する。
威圧的な鉄の扉の前に立つと、扉は耳障りな音を立てながらひとりでに開いた。
緊張したまま中を覗き込むと、皆は顔を引きつらせた。
「レッドドラゴン……」
俺が呟くと同時。
ドラゴンは赤い体躯をこちらに向け、首をもたげて軽く炎を吐いた。
忘れるはずがない、あれはD級魔物、レッドドラゴン。
巨大で、空を飛び、炎を吐き、防御力も高い。
攻防備えた、純粋な強さを象徴する魔物だ。
生まれて初めて収納した魔物でもある。
「私、炎苦手なの〜。木の精霊だから〜」
「俺は大好きだ。ドラゴンの炎は焼肉などに使える」
「あなたくらいよそんなこと言うの」
調理器具や松明がない頃、あいつの炎は火種として最高だった。
収納と召喚を繰り返して地面に叩きつけたりして、懐かしいな。
「エレナ、箱使ってもいいか?」
「だ、ダメよ、それじゃつまらないじゃない。死んでも大丈夫なのだし、この迷宮くらい箱なしで攻略して見せなさい」
「いいだろう、ここは俺に任せて先に行け」
一歩前に出る俺。
何度も対面し、遊んでやった相手だ。
「ふっ、負ける気がしないな」
「どこから来るのよその自信は……」
呆れたエレナと怯えたエロン、そして何かを言いたそうにしているタクト。
「あの、やっぱり一緒に戦った方がいいんじゃないかな」
「タクト、敵はこいつだけじゃないんだ。あと何匹かやり過ごす必要がある。俺が足止めしている間に、足が遅いエロンとエレナをエスコートしてくれ」
「で、でも」
「後で必ず合流する。早く行け!」
無性にカッコつけてみたい気分だった。
別にトチ狂ったわけではなく、勝機はある。
レッドドラゴンの攻撃パターンは把握済みで、大振りで隙のある攻撃が多い。
バリアという保険のある俺が引き受けた方がパーティーの生存率は上がるのだ。
万一負けそうになった場合は逃げればいい。
バリアが残り一回という状況になったら、タクトを追いかけよう。
タクトたちが駆け出した。
追おうとするドラゴンの気を引きつけるべく、俺はすぐさま間合いを詰める。
「薄切り!」
抜刀した流星の双剣でドラゴンの足を切り裂いた。
剣はすんなりと鱗に食い込み、ハムを薄く切るように切り口を入れる。
剣の長さからしてドラゴンの太い足を切り取るのは難しいが、大きな傷であることに変わりはない。
「ガアァァァァァン‼︎」
悲鳴をあげたドラゴンは、左足から血を流しながら飛び上がる。
何度か旋回したのち、怒りの形相で急降下してきた。
あの口の動き、火を吐くのだろう。
剣を警戒し、ある程度距離をとって攻撃するつもりらしい。
微かな光がドラゴンの口から漏れた瞬間、俺は右に大きく飛び、転がる。
直後、背中に熱風が吹くのを感じた。
「熱っ……だが、隙だらけだ」
ドラゴンが着地し、口の向きを変えようとするが、俺はあえて炎をくぐり抜けて間合いを詰める。
敵の姿を見失ったドラゴンは闇雲に炎をばらまくが、灯台下暗しとはこのことか。
「千切りの舞」
双剣を水平に構え、円を描くように回転しながらドラゴンの腹を何度も切りつける。
ドラゴンの防御力を持ってしても、流星の双剣の前では大根よりも柔らかい。
相手が気付いた時には、腹は百枚に捌かれていた。
声も出ない様子のまま、ドラゴンはあっさりと消え失せる。
「やれやれ、包丁でドラゴンスレイヤーの仲間入りを果たしてしまうとは」
どうやら、動きの遅い魔物は流星の双剣にとって格好の餌らしい。
人間で例えるなら、重い鎧を着込んでいるほど、逆に倒しやすいということだ。
反して、身軽な服装で回避を得意とする相手は大の苦手というわけである。
にしてもこの包丁、切れ味が良すぎはしないか?
「とりあえず、タクトたちを追うか」
今から走れば追いつくかもしれない。
小さな足音を広く高い通路に響かせながら、俺は足を早めた。
****
「ハコヤ、大丈夫かな」
「つべこべ言わずに走りなさい」
時々後ろを振り返りながら走るタクトを、エレナが急かす。
四層のD級魔物は、下手したら五層の魔物よりも強いことがある。
逃げることを前提とした層なのだ。
「ねーねー、あそこに何かあるよ〜」
「エロン? 何があるのよ」
右側の壁を指差したエロンに、エレナが問う。
一見、何の変哲も無い壁に見えたのだが、エロンが近づくと何かが浮かび上がってきた。
「ほら〜、何かある〜」
「何よこれ。魔法陣かしら?」
「僕が解読してみるよ」
タクトが魔法陣を隅々まで観察する。
人の背丈と同じほどの大きさで、白く輝いている。
「これは、少し変わった転移魔法陣だね。一方通行で、起動して数秒後に発動する仕組みみたい」
「数秒後って……もう発動するんじゃないかしら?」
「そ、そうだ、早く逃げないと! しまっ――」
タクトが叫んだ瞬間、光の奔流が三人を包み込む。
****
タクトたちを追いかけて数分、俺は次の扉にたどり着いた。
「おかしいな。先に進んだのか?」
確かに先に行けとはいったが、せめて扉の前で待ってくれてもいいだろうに。
あとで文句をいってやろう。
少し寂しくなったのはさておき、思い扉が軋みながら開く。
その先には、水色のドラゴンが鎮座していた。
D級魔物、スカイドラゴン。
危険を察知すると飛んで逃げ出す、非常に面倒臭い魔物である。
苦労して追い払っても、ドロップも経験値も置いていかないため、冒険者から恐れられている。
別の意味でだ。
「まさか、全滅したのか……?」
ありえる。
仮にもD級魔物、タクトたちが勝てるとは限らない。
俺一人、取り残されたというわけか。
死亡フラグを立てていながら、皮肉なものだ。
なら、命を顧みずに行けるところまで行くまでだ。
攻撃は最大の防御。
スカイドラゴンは、相手の大きさで敵の強さを測る傾向がある。
魔物に比べてかなり小さい人間なら、相手はほぼ確実に油断するだろう。
裏を返せば、勝機は油断している時にのみあるといっていい。
初めの一撃でいかに致命傷を与えられるかが肝心だ。
俺はゆっくりと走り出し、それを全速力に見せかける。
ある程度距離が縮んだ瞬間、地面を蹴って一気に懐に潜り込む。
「角切り!」
垂直に交差する複数の剣筋。
スカイドラゴンは四角い肉となって崩れ落ち、消滅した。
勝利の余韻に浸っても良かったが、エレナたちを長い間待たせたくない。
いつか死ぬだろうと敵が強いことに期待しつつ、俺は先に進むことにする。
アースドラゴン、ポイズンドラゴン、そして新種の透明なドラゴン。
順調に倒していきながら、次の扉が開かれる。
奥にいたのはE級魔物のメタルドラゴン。
圧倒的な物理防御を誇り、D級以下の魔法は完全に無効化してしまうという、難攻不落の魔物。
さらに鋼の体を利用した重い攻撃が、うかつに近づけさせてくれないのだ。
翼があっても空は飛べず、足が遅いために『出会ったら逃げる』が冒険者の鉄則である。
「ひょっとしたら、包丁で切れない相手を見つけてしまったかもしれない」
メタルドラゴンに駆け寄り、飛び上がって首元を狙う。
……切れた。
顔を蹴って離れ、着地しながら様子を伺うと、メタルドラゴンはあっけなく消滅する。
防御力が高い分、HPが少なめとかいう設定なのだろうか。
運がいいのか悪いのか、ドロップアイテムが落ちていたので拾う。
虹色のオーラを放つ金属で、この大きさにしては意外と軽い。
腰に下げていた袋に突っ込み、鉱物コレクションに加えることにした。
気を取り直して進み、しばらくして扉が見えてくる。
以前の扉とは違い、金色の装飾があしらわれており、なかなか豪華だ。
ただそれは、何かすごいものが待ち構えているサインだと俺は思う。
「宝物庫だったらいいな。あるいは次の層への階段か」
希望的観測であるのはさておき、ぬぐい切れない嫌な予感が引き返せと告げている。
そんなことを知ってかしらずか、扉は音を開いた。
そこには天井に届きそうな大きさの古代竜と――。
クリーム色の髪をした少女、ミリー・ブラックネルが戦っていた。




