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第四十話 迷宮階段

 グランドフォレストが止まったのは、フロア中央の巨大樹の下だった。


「森の王さん、ありがと〜」


 エレナに撫でられると、嬉しそうに体を震わせ、グランドフォレストは去っていく。

 巨大樹に向き直ると、根元の空洞に螺旋階段が続いているのが見えた。


「うわぁ……これ登るのか?」

「ここまで歩かずに来れたんだからいいじゃない。体力は有り余ってるはずよ」


 早速上り始めるエレナと、それに続く三人。

 体は大丈夫なのだが、木の高さを考えると精神的に疲れるのだ。

 階段は広く作られており、中心の棒に長い板が扇子のように繋がっている。

 松明こそないが、大きめの蛍が腹部を発光させ、壁と階段を照らしていた。


 黙々と登り続けて数十分。

 一番最初に力尽きたのは、エロンだった。

 この中で一番若いので、仕方ないだろう。


「だめ〜。もう歩けないよ〜」

「よし、俺が背負って――」

「先に上で待ってるね〜」


 そう言い残し、エロンは木の壁に溶け込むようにして消えていった。

 恐るべしドライアド。


「俺も一緒に行きたかったな……」

「男なら何も言わずに上り続けなさいよ。といっても、私も少し疲れてきたわ」

「お姫様がそれだけ歩けるなら上出来だ」


 自宅に引きこもっているイメージのある貴族にしては、充分すぎるスタミナだ。

 エレナはこれでもトライ公国の公女なのである。


「お姫様って、どういう意味?」

「ああ、エレナは……いや、言ってもいいのか?」

「別にいいわよ」


 あっさりと許可するエレナ。

 軽く紹介しておくか。


「エレナはとある貴族の出なんだ」

「そ、そうなの? 全然気づかなかったよ」

「悪かったわね」

「い、いや、悪くはないよ? なんというか、貴族って高圧的で権力をかざす人とか、なんでも完璧にできてしっかりしている人とかを想像してたから」


 おてんば娘だから貴族の振る舞いとかそういうのは知らないのだろう。

 タクトの貴族のイメージはなんとなくわかる気がする。


「それで、どこの国の貴族なの?」

「トライ公国よ。迷宮都市の隣ね」

「へぇ、すっごく大きい国の貴族なんだね」

「たいしたことないわ」


 それっきり会話が途絶える。

 もう少し驚くと思ったのだが。

 『とんでもないご無礼を、どうかお許しください』とか言わないのか。

 そしてエレナが『気持ち悪いわ、今まで通り普通に接してもらえるかしら』とかいう流れに……。


「……コヤ、ハコヤ。ちょっとハコヤ?」

「え? ああ、どうした?」


 エレナが話しかけていたようだ。

 くだらないことを考えていて気づかなかった。


「何か音が聞こえるのだけれど」

「音? あ、確かに下の方から変な音が聞こえてくるな」


 不快な音だ。

 少しづつ大きくなり、俺は無意識のうちに足を早めていた。


「虫がざわめいてるような音だね」

「……タクト、フラグって知ってるか?」


 あえて言及しなかったのに、タクトがしっかり立ててくれた。

 後ろを向くと案の定、暗がりに小さい虫の大群が波のように押し寄せてきていた。

 どちらかといえば虫は嫌いな方で、俺は言わずもかな全力疾走していた。


「ちょ、待ちなさいよハコヤ!」

「すまない、ここは任せて先に行く」

「私も行くわよ馬鹿!」


 俺たちはとにかく走り続けた。

 どれだけ走っても一定のペースで登ってくる虫たち。

 とうとう体力が尽きてしまったのは、タクトではなくエレナだった。

 タクトってどう考えても魔法職じゃなくて物理職向きだろ。


「……どうやら私はここまでのようね。ハコヤ、あの群れに飲み込まれるくらいなら、あなたの剣に刺されて入り口にもど……死んだ方がマシだわ」

「エレナ、諦めるにはまだ早い」


 ていうか、入り口に戻るって言いかけたよな。

 なぜ言い直した。

 ドラマチックな演出のつもりなのか?


「相手は群れだ。それに体が小さい。範囲攻撃さえあればいいんだが」


 流星の双剣(ツインメテオ)を抜くが、あの量を捌ききれるとは思えない。

 箱は……こういう時に限ってエロンが持って行ってしまった。


「ここは僕が食い止める!」

「森の中で火気は厳禁だ、水とかで食い止めてくれ」

「え? ああ、うん」


 タクトが頷き、呪文を唱え始める。

 この反応、絶対燃やそうとしていたに違いない。

 いずれにせよ、なんとかしてくれ自称魔法使い。


「ABCDEF、遥かなる空より曇天が下す、何人たりとも逃れられぬ裁きの洪水、愚かなる存在を前に森羅万象を飲み込みたまえ――メガ・インエヴィタブルフラッド!」


 とにかく派手な魔法陣が複雑な模様を描いて回転する。

 個人の限界ともいわれている、戦術級(タクティクラス)最高位のF級創成魔法。

 どこからともなく水が宙に現れ、一箇所に集まってゆく。

 そしてタクトは魔法を放った。


 プシュー。


「水鉄砲かよ……」

「も、もっと強くできるよ!」


 凝縮させて放つことで水圧を上げ、さらに殺傷力を高めているようだ。

 だが所詮、ホースで水撒きをする程度の威力である。


「ほら見て、効いてるよ! 効いてるよっ!」

「そ、そうだな」


 相手が小型だったことが幸いしてか、タクトが満遍なく水をまくことで虫を流している。

 すごくウキウキしているように見えるタクトだが、まるで庭に水やりしてる子供だ。

 一通り水を撒き終えると、タクトは急に倒れ伏す。


「タクト、どうしたんだ?」

「魔力切れ……ごめん……」

「ハコヤ、休憩にしましょう」


 ぐったりとなったタクトとエレナ。

 俺たちは少々、迷宮を甘く見ていたのかもしれない。

 ここがやり直しのきかない、別の迷宮だと思うとゾッとする。


「ハコヤ、水が飲みたいわ」

「悪い、ダンボール箱ならエロンが持って行ったぞ」

「大丈夫、僕が水を……って魔力が空っぽだね、あはは」


 また虫でも這い上がってきたら目も当てられないので、早く進みたいところなのだが。

 この様子では、とても無理だろう。


「ねえ、ハコヤ」

「なんだ?」

「壁ができている木がするのだけれど」


 背後を見ると、空洞がピンク色の何かによって埋まっていた。


「壁じゃなくアサルトワームだろ」

「ああ、そうなのね」

「あの、二人ともどうして落ち着いてるのかな……?」


 C級魔物、アサルトワーム。

 森や土中に住まう細長い魔物で、人間に突進する習性がある。

 かつて人間に踏み潰されたミミズが、魔女によって蘇生され、凶暴化したそうだ。

 土を飲み込んで巨大化し、分裂を繰り返して世界を滅亡に追いやったこともあるそうな。

 名前からしてやばそうだしな。


 ただし、肌に1kg以上の塩分が付着すると例外なく即死するらしい。

 そこだけを見ればナメクジ並みに弱いので、C級魔物の中でも唯一、村人にも勝機がある相手だ。

 岩塩の塊ならいくらでも持っているのだが、こんな時に限って、箱がない。


「んー。これ、やばくないか?」

「そうね、やばいわね」

「だからなんで落ち着いていられるの⁉︎」

「なんというか、現実を受け入れたくないというか」


 試験の前日にベットに寝転がってぼーっとするのと同じ心理だ。

 今にも飛びかかってきそうなアサルトワームを前に、現実逃避せずにはいられない。

 嵐の前の静寂。

 いつまでも続けばいいのに。

 動かぬピンクの魔物を見ていると、時間が止まったような錯覚に陥る。


「ふぅ……」


 感傷的になり、ため息をつく。

 いつまでも、などというのはただの世迷言だ。

 人生も物語も、終わりがあるから美しいんじゃないか。

 だから、柄にもなく叫んでみる。


「ここは俺に任せろ! 君たちは先に行――」


 振り返ると、エレナとタクトの足が頭上に見えた。

 螺旋階段を駆け上っている。

 要するに、置いていかれたのだ。


「疲れてるんじゃなかったのか……? それに俺、仮にもリーダーなんだが」


 当然、返事はない。

 再び向き直った時、アサルトワームは目と鼻の先まで迫っていた。

 コンマ数秒後、俺は階段に叩きつけられ、転がり上がる。


「ぐっ……!」


 長い巨体の突進は、まるで列車に撥ねられるかのようだった。

 バリアが発動したものの、立ち直る前にアサルトワームが追撃を仕掛けてきた。

 さらに上まで吹き飛ばされ、バリアは残り五回。

 なんとか体勢を整え、双剣を抜き放つ。

 相手の突進に合わせて剣を突き出し、アサルトワームに突っ込んだ。

 剣先が敵の力を利用して頭皮を貫き、内側まで侵食していく。

 俺にも負荷がかかっているようで、バリアが発動する音が聞こえた。

 体に生肉のようなものがまとわりつき、精神的なのを含めると俺の方がダメージを受けている気がする。


「ぷはっ、気持ち悪い……」


 ようやく反対側に抜け、ワームを一刀両断、もとい二刀両断。

 へばりついた体液のせいで吐き気がする。


「でも、これでアサルトワームも消え……?」


 縦に割れたアサルトワームが再生を始めた。

 あっという間に新たな皮が体を覆い、復活する。

 割れた体が一つに戻ったのではなく、二匹になったのだ。


「まさかこれ、無限に分裂するパターンじゃ……わっ!」


 準備動作なしで飛び出す右の一匹。

 かろうじて回避するものの、体勢を崩したところに迫ってきたもう一匹を避けられるはずもなく。


「ぐはっ!」


 階段を転がり落ちる。

 反対側に来てしまったため、出口を魔物が塞ぐ形となった。

 このままでは出口から遠ざかってしまう。


「痛っ、腰痛が」


 背中の激痛を堪えながら、すぐに起き上がろうとする。

 バリアはあと三回……いや、まだ発動していない?

 そういえば、俺の体の飛距離が短くなった。

 分裂したことによって敵の質量が半減し、威力が半減したのかもしれない。

 それでも死ぬほど痛いのだが。


 間を置かずに連続で飛びかかる二匹のアサルトワーム。

 俺も負けじと剣で側面から切り込み、何度も往復して敵をさばいていく。

 しかし、どこまでも分裂するせいできりがない。


「なら、極限まで細かく切り刻むまでだ」


 刃に神経を巡らせるかのように集中する。

 素早く、繊細に、どこまでも小さく。


「料理の基本中の基本、みじん切り!」


 神速。

 

 双剣が複雑な軌道を描き、肉片が空を舞う。

 飛び交う魔物をかわしながら、慣性、重力、遠心力、その全てを利用して切る。

 縦に、横に、時には斜めに。

 まるで曲芸のごとき包丁さばきでアサルトワームを刻んでいった。


「はぁ、はぁ、はぁ、一丁あがり」


 双剣を収め、額の汗を拭う。

 大雑把に切っているとはいえ、元の大きさから考えると充分細かい。

 俺が初めて編み出した必殺技といってもいいのではないだろうか。

 体力の消費が激しいが、慣らしながら極めていけば、さらに高度な技に消化するだろう。

 さて……アサルトワームが当たり前のように回復しているのだが。


「おいおい嘘だろ……はは、もう詰んだよこれ」


 蠢く大量のアサルトワームを前に、俺は膝をついて、ただ笑うことしかできなかった。

 アサルトワームが迫り、津波のように襲いかかってくる。

 迷宮探索、最初の脱落者は俺か。


「一名様ご退場ってか? エレナ、タクト、足止めはしたぞ。あとは君たち次第だ」


 腹でも切って死……入り口に戻ろうかと思ったが、少しでも時間を稼ぐことにした。

 男がミミズの群れに飲み込まれるとか、需要がなさすぎるシチュエーションだ。

 今の俺は、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしているだろうか。


 ドドドドドド


 波に飲み込まれた。

 まだ死んでない?

 そうか、バリアが発動したのか。

 あと三……いや、四回だったか?

 発動した音が聞こえないな。

 耳元でアサルトワームが音を立てているからだろう。

 バリアってこんなに持つものなのか?

 死ぬ直前は時間の流れが遅く感じるというが、長すぎる。

 おかしい、俺はまだ死んでない。


 かろうじて群れから顔を出すと、俺はすごい速度で階段を上がっていた。

 アサルトワームが体を運んでいるのだ。

 細かく切ったことにより、突進の威力が大幅に減ったということか。

 それでも数が集まれば、人間一人を運ぶことなど造作もないというわけだ。

 これはもう、笑うしかないな。


「わ、何か後ろから来るよ!」

「何よあれ! 気持ちわるいわ!」


 前方にエレナとタクトを確認。

 アサルトワームの大群を見て、青ざめた顔をしている。

 やがて二人も一緒に飲み込まれ、仲良く第三層に向かったのだった。

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