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第三十九話 森林行歩

 第一層。

 言うまでもなく入り組んだ通路。

 早速現れた分かれ道を前にして、俺は腕を組みながら目を閉じ、そして見開く。


「右だ、右に違いない」

「はい、左ね。ご苦労様、ハコヤ」


 せっかく俺が右を指差しているというのに、逆の方向に進むエレナ。

 エロンはさも当然とばかりについていき、タクトは戸惑いながらも二人に追随する。


「ちょ、なぜそっちに行くんだ。俺がリーダーってさっき決めただろ?」

「あなたの方向音痴は折り紙つきよ。それを逆に利用すればすぐに次の層に着くわ」

「いや、それは重々承知なのだが、もう少し俺のことを信頼してくれても……」

「この前の探索で、少なくとも方向に関する信頼は地に落ちたわ」


 きっぱりと拒絶され、俺は多少へこんだ。

 女性陣二人は取りつく島もないといった様子だが、タクトはどうだろうか。


「な、なあタクト、君は俺のこと信じてくれるよな?」

「えっと……ごめん」


 タクトにすがるような目を向けると、彼は後ろめたそうな苦笑いをし、目をそらされる。

 俺は友情の儚さを思い知らされた。 


「どうせ俺なんて、おつかいに行こうとしたらうっかり隣の県に行くようなやつさ」

「ふてくされてないで、ちゃんと周囲を警戒しなさい」

「あ、ゴブリン出たよ! ここは僕に任せて!」


 エレナが言ったそばから出た魔物に、タクトが魔道書を開いて意気揚々と飛び出して行く。

 チームプレイなど必要のない段階なので、後ろから見守る。


「ABCD、混沌に隠れし魔導の真髄、アビスソウル!」

「あれは……D級闇魔法ね……!」


 エレナが驚愕のあまり目を見張る。

 なんせ一生を魔法の鍛錬に費やしてやっと使えるかどうかというレベルの魔法なのだ。

 目で目視できるほど濃い魔力の霧が浮かび上がり、ゴブリンにまとわりつく。

 相手の魂を蝕み、一瞬で命を刈り取る死神のごとき魔法。

 ゴブリンは叫び声をあげ――


「グギィィィ……ギ?」


 そう期待させるほどのエフェクトにもかかわらず、霧が消えてもゴブリンは健全だった。

 相手は少し戸惑いはしているものの、顔に砂でもかけた方がずっと有効だろう。


「タクト、さっきの魔法はなんだ?」

「こうして生まれた一瞬の隙が相手にとって命取りなんだ!」


 タクトは素早く距離を詰め、魔道書を振りかぶる。

 ゴブリンの頭蓋骨に直撃し、ボカッと痛そうな音が通路に響いた。

 ふらりと倒れ、消滅するゴブリン。


「あの、タクト」

「はぁ、はぁ、ぶ、物理魔法さ」

「いや、それって……」

「いいんだ、何も言わないで。僕が一番わかってるから。人前なら成功すると思ったんだ」


 目から光が消えたタクトが、魔道書を抱えて天井を見上げる。

 俺がいうのもなんだが、大丈夫か、これ?

 ゴブリン相手にかなり消耗しているようだが。


 二回目以降、敵が出現した場合はエレナが狩ることにした。

 こんな場所で体力を消耗するのもなんなので、効率を重視したプレイである。

 無論、矢はできる限り回収する。


 蟻を潰すようにあっさりと死んでいく敵、そしてそれを見て複雑な表情をする哀れなタクト。

 そんな調子で俺が指差す方向の反対を進んでいくと、以前、狼と戦った空洞の奥に着いた。

 中央にいた犬は、タクトの魔道書で遠くに吹き飛ばしてもらい、スルーする。

 またあの大きい狼が出てきても困るからな。

 そして、すぐに二層への階段を見つけた。

 

「もう着いちゃった。僕は何度も迷宮に潜ってるけど、こんなに早いのは初めてだよ」

「ハコヤのおかげね」

「あ、ああ」


 ずっと指示を無視された挙句、あっさりたどり着いてしまうとやるせない気分になる。

 役に立ったのなら、それでいいか。

 どうやら前回いた変なセーラー少女はいないようだ。

 階段は下ではなく上につながっているようで、結構長かった。


 松明に照らされた段差を登り続けて数分。

 出口から緑色の光が差し込んでくる。

 階段を登り終えると、先ほどの湿気た空気と違い、美味しい空気が肺を満たす。

 青空の下に広がる、林と森の中間くらいの密度で木が生えた森林地帯。

 開放感に満ちた空間だ。


「これは……すごいわね」

「わぁ、空気が綺麗〜。ここ好き〜」


 息を呑むエレナと、木々の下を楽しそうに駆け回るエロン。

 木漏れ日が彼女のメイド服を何度も照らす。

 やはり、建物の中とは思えない再現度だ。


「ここが第二層、森が広がっているフロアなんだ。魔物も手強くなってるけど、死角の多い森は奇襲にとても適した地形だから、警戒を怠らないように」


 得意げな顔で迷宮探索の先輩であるタクトが説明する。

 奇襲、それは箱を持った俺の数少ない弱点、そしてトラウマ。

 今すぐにでも森の木々を収納したい衝動にかられるが、我慢する。

 まずい、足が震えてきた。


「ハコヤ、なんか震えてないかしら」

「む、武者震いというか、琴線に触れたというか」

「何言ってるのよあなた……。エロンを見習いなさいよ」

「ふーんふふん。こんにちはー」


 まるでピクニックに出かける小娘のように鼻歌交じりで木々に抱きつくエロン。

 植物同士、会話でもできるのだろうか。

 一応ここ、魔物がひしめく迷宮のはずなんだが。

 エロンの無邪気な様子を見ていると、そんなことも忘れそうになる。

 清々しい風を受けながら、頭上から落ちてきた糸を反射的に切り落とす。

 ……は?


「な、なんだ今の?」


 流星の双剣(ツインメテオ)を握りながら地面に見ると、三つに切断された蛇がいた。

 身をくねらせたのち、蛇は魔力の粒子になって散る。


「A級魔物、ダークグリーン。体が緑色で、葉っぱに紛れて木の上から襲いかかってくる魔物だよ。よく気づいたね」

「手が勝手に動いたんだ。やはり俺は包丁の扱いに関して天性の才があるのかもしれない」

「包丁というか短剣じゃないの。まあ、戦力にさえなってくれればどうでもいいんだけれど」


 試しに木を切りつけてみると、幹が斜めに切断され、上の部分が滑り落ちて倒れた。

 C区画で様々な食材を切っているうちに、これほど切れ味が上がっていたとは。


「うわーんジョナサンさぁん! 待ってて、今治してあげるから! 少しの辛抱だから!」

「あ、ごめん……」


 エロンが泣きそうな顔で木に触れる。

 地面からツタが生え、落ちた部分を持ち上げて元の場所に戻す。

 するとどうしたことか、木がくっついてしまった。


「ハコヤ、ひどいことしないでっ!」

「ごめん、ほんとごめん、許してくださいジョナサンさん」


 さすがに俺も『君のご飯の約半分が植物の死体なんだよ』とか言えるわけがない。

 言った奴は斬る。


「許してくれるみたい。よかったね、ハコヤ」

「あ、ああ、よかった」

「見なかったことにするわ」

「見なかったことにするよ」


 なんだろうこのくだらない茶番。

 俺も記憶を消去して森を進むことにする。


「ハコヤ、どっちかしら?」

「あっちだな」

「じゃあこっちね」

「…………」


 こうして森を進んでいく。

 道中で蛇や兎の魔物に出会うことがあったが、エロンが事前に知らせてくれたために楽だった。

 さすが木の精霊ドライアドといったところか、木々の声を聞けるらしい。

 あとはエレナが先手で仕留め、あるいは流星の双剣(ツインメテオ)の餌食になる。

 大した危機もなく、木々の間を抜けていった。


 エレナのステータス画面曰く、約二時間半が経過した頃。

 薄れつつあった緊張感を取り戻させたのは、黄金の目を光らせる金色の熊。

 A級魔物の中でも上位に君臨する、その名もリッチベア。

 噂によると経験値の塊で、出会いたい魔物トップ10(ギルド調べ)の常連である。

 リッチベア本体は臆病で強くないのだが、その脅威は別にある。

 それはあまりの派手さにによる、判断力の低下 。

 貧乏な者や、貪欲な者ほど目がくらみ、周囲が全く見えなくなる。

 野良のパーティーなら、獲物を巡って内輪もめになり、全滅するのもザラらしい。


 このメンバーで一番貧乏なのは……

 言わずもかな、雑草が主食のタクトである。


「ABCD、停滞する世界――ディセレレイトフィールド!」


 D級減速魔法が逃げるリッチベアの動きを鈍らせるが、効果は微妙だ。

 すかさずタクトは魔道書を構えて駆け出す。

 それを待ち構えていたかのごとく、一匹の兎が木陰から飛び出した。

 スタンラビット、電気を帯びたアフロヘアを相手にぶつけ、稀に麻痺させるA級魔物だ。

 殺傷力こそないが、麻痺すると隙だらけになるため、他の魔物が近くにいる場合は危険である。


「タクト、危ない!」


 ナレーションをしていたせいで反応に遅れ、俺は叫ぶことしかできなかった。

 タクトの耳には届かなかったようで、彼の脇腹に柔らかな毛が触れる。

 バチッと音がなり、タクトはベアにあと一歩のところで崩れ落ちた。

 よりにもよって麻痺したらしい。


 同時に上から蛇がタクトに飛びかかった。

 タクトは首元を齧り付かれたようで、早急に治療せねばなるまい。

 そして泣きっ面に蜂の状態から、さらに悪化する事態が起きた。

 逃げていたリッチベアが振り返り、タクトに襲い掛かったのだ。

 汚いぞ、そんなのありかよ。


「エレナ、どうしよう」

「どうしよう、って助けなさいよ! 弓は誤射すると危険だからあなたが行きなさい!」

「そ、そうだな」


 顔を鉤爪で引っかかれているタクトを助けるべく、俺は流星の双剣(ツインメテオ)を振る。

 スタンラビット、ダークグリーン、そしてリッチベアを瞬く間に切断し、二本とも納刀した。

 片手剣の時の素人っぷりはもはや跡形もないくらい腕が上がっている。

 これが包丁スキルの真価なのか。

 それよりタクトの心配をしないと。


「タクト、無事か?」

「うん……。さっきの僕はどうかしていたよ」

「いや、無事じゃないだろ。蛇の毒とかも早く治療しないと」

「鍛えてるから。毒も慣れてるから問題ないよ」


 何事もなかったようにタクトは起き上がる。

 今思えば、ミヤビの料理を大食いするようなやつだった。

 普段から毒キノコでも食べ、毒耐性でも身につけたのだろう。


「ん? なんか落ちてるな」

「え? あ、こ、これはリッチベアのドロップアイテム!」


 タクトが拾ったのは、小石ほどの大きさをした琥珀色の丸い宝石。

 金色に輝いており、純粋に美しい。


「えっと、でも倒したのはハコヤだから……」

「生活に苦しんでる君を差し置いて受け取れるわけないだろ。きっと神様が与えてくださった生活補助金に違いない」


 タクトが差し出してきた宝石を押し返す。

 やはり彼は信用できる。

 決して呪われた宝石だとか、独り占めしようとしたら奪うとか考えていたわけではない。


「え、でも」

「売るなり取っておくなり好きにしろ。納得できないなら、一つ借りができたとでも思っておくんだ」

「あ、ありがとう!」


 タクトが顔を綻ばせ、大事そうに手で包んでから収納する。


「その宝石、伝説で聞いたことがあるわ。太陽の涙といって、黄金の熊が落とした宝石が勇者の仲間を復活させたらしいの」

「伝説か。興味深いが、あくまで伝説だろうな」

「ねーねーハコヤ、森の王がこっちに向かってるよ〜」


 エロンが俺の裾を何度か引っ張ると、唐突にそんなことを言い出す。

 やがて地面が揺れ、何かが近づいてくるのがわかる。


「ザザザザザザ」

「うわっ、なんだ?」


 木々の間をすり抜けるように現れたのは、体が木でできたアメンボのような魔物。

 アメンボにしては規格外の大きさで、確かB級魔物のグランドフォレストだ。

 攻撃力が高く、動きも素早いが、火に突っ込んでいく習性がある。

 山火事を止めるためとも言われているが、一定以上の火を吸収すると燃え尽きるらしい。


「は、早く逃げて! ここは僕が犠牲になるっ!」

「何言ってるんだ。俺も戦うに決まってるだろ」

「わー戦わないで戦わないで〜! この子、すごく優しい子なの〜!」


 双剣を構えた俺に、エロンが魔物をかばうように立ちはばかる。

 いつでもエロンを助けられるよう警戒していたが、どうやら害はないようだ。

 武器を収め、ため息をつく。

 戦っていても、勝てたとは限らなかったので、良しとしよう。


「まさか『歩く森』を手懐けるだなんて、エロンは何者なんだい?」

「エロンは木の精霊だからな。植物の友といったところか」


 巨体を優しく撫でるエロンを見て、しみじみと彼女のすごさを再認識する。

 かわいいな、うん。


「階段まで乗せてってくれるんだって〜。乗ろう?」

「わ、わかった」


 少し怖かったが、エロンが言っているのだから大丈夫なのだろう。

 グランドフォレストの足をよじ登り、背中に乗り込む。

 皆が枝に掴まると、グランドフォレストはゆっくりと静かに動き始めた。

 心地よくて眠たくなる自分の頰をつまみながら、俺は流れ行く森の景色を眺め続けた。

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