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第三十八話 不眠不休

 調理場に灯された、ランプの炎が揺れる。

 あれからというものの、ミヤビに基礎からしっかりと指南している。

 筋はいいのだが、プロを目指すならまだ甘い。

 今はミヤビの腕を支え、包丁で切り込む角度を確認していた。


「こら、まな板を切るな。ギリギリのところで止めるんだ」

「は、ハコヤさん、もう夜が明けますよ……勘弁してください……」


 調理台で、立つのも精一杯とばかりにミヤビが答える。

 かわいそうにも見えるが、仮にも忍者なら徹夜など、どうということもなかろう。

 まあ忍者だという確証はないのだが、一般人ならまな板は切れまい。


「早く細かく、みじん切りは基本中の基本だぞ。キャベツ半玉くらい五秒で切れるようになれ」

「む、無理ですよぅ。ならハコヤさんがやってみてくださいよ」


 俺はミヤビから包丁を受け取り、キャベツっぽい緑色の野菜を一瞬でばらした。

 三秒もかからなかった。


「ふむ、これはなかなかいい包丁だな。きちんと手入れもされている」

「おっかないですねぇ……」

「野菜を加速魔法で押さえつければ、手を切る心配もなくなるし速度も上がる。かつての弟子に、包丁に加速属性のエンチャントをかけて、他の追随を許さないみじん切りができるようになったやつもいた。せっかくの才能も、使い倒さないと意味がないだろう」

「なるほど。戦闘以外でもたくさん使い道があるんですね」

「そうだ。引退した冒険者が料理人になることが多いのは、そういった理由もある」


 剣術の心得がある者は、包丁さばきが見事だ。

 槌術の心得がある者は、肉を叩くのがうまい。

 魔法の心得がある者は、調理法の幅が広がる。

 ファンタジー万歳。


「よく理解できたので、そろそろ寝かせて欲しいんですけど……」

「理解できたか。なら、さらに実践的な魔法での調理法をいくつか教えよう」

「えぇぇ。や、やっぱり理解できてないので、今日は、その……」

「まず、君は根本的に電磁魔法を理解しなければならない。フレイムハンドといったか、君のは物質を内側から燃やし尽くすように工夫されてあるが、料理に必要なのは殺傷力ではない。熱媒を使用しない直火焼きなどの調理法では、焼き具合がわかりにくくなるのは致命的だ。肉を手に持たず、金網や鉄板越しに加熱するのがいいだろう」

「なるほど、さっぱりわかりました!」


 わかったのか、わからなかったのか、よくわからない返事だな。

 自分でも何を言っているのか、わからなくなってきた。


「ん? そういや、あれはなんだ?」


 調理台の下に、黒ずんだ古そうなバケツのようなものが置いてあり、網のようなものがかぶせてある。

 まさか、あれはサンマを焼く昔懐かしの調理器具か?


「あれですか? 七輪といって、料理の仕上げに使っています。フレイムハンドて焼いた肉は、外側が焼けていないように見えるので、これで美味しく見せるんです」

「詐欺だろ。……ってまさか、調理場で使ったのか?」

「はい」


 焦げ臭いと思ったらそれが原因か。

 よく生きていられたな。


「いいか、二度と密室では使うなよ? 一酸化炭素、ようするに毒ガスが部屋に充満して危険だからな」

「そ、そうなんですか? 毒には耐性があるので大丈夫たとは思いますが……」

「論外だ。それに七輪から漂う香りは集客効果もある。通りに出て、肉を炙りながら加速魔法で風を吹かせれば、客が寄ってくるかもしれないからな」

「客ですか! 人が多い時にやってみますね!」


 もはや別の店になっている気もするが。

 うなぎの蒲焼きでも焼かせてみたいものだ。


「その時は魚を持ってきてやるから言ってくれ。さて、次は加速魔法による気流操作だ。換気だけにとどまらず、燻製や冷却など広く応用の効くテクニックだから、使えるようにしておきたい」

「それは便利ですね!」

「一度外に出て大雑把なコツを掴んでみるんだ」

「はい!」


 元気を取り戻したミヤビを外に連れ出す。

 冷え込んだ空気が肌に触れ、熱を奪っていく。

 白み始めた暁の空が、近づく朝を予兆していた。


「よし、まずは俺に風を当てて見てくれ。下級の加速魔法で構わない」

「わかりました!」


 ミヤビがそう返事をして、すぐに弱い風が体全体に当たった。

 偶然、風が吹いたわけではなさそうだな。

 無詠唱、さらに魔法陣を消すとは恐ろしい。


「そういえばミヤビ、魔法を使う時に魔法陣は出さないのか?」

「ああ、相手に悟られないようにするためです。隠蔽スキルというんですけど、癖で使っちゃいました」

「癖って……。まあいいや、今度はさっきの風を絞るようにして、俺の右手に当ててみろ」

「はい!」


 次に吹いたのは、威力の増した鋭い風。

 右手に心地よい重みがかかり、俺は満足した。


「基礎はできているようだな。なら次は砂煙だ。今から地面を蹴るから、立った煙を維持してみるんだ」

「は、はい!」


 地面を力一杯蹴り、砂が舞い上がる。

 ミヤビが砂を魔法で捉え、煙を浮かばせたままにしようとした。

 しかし煙は形を歪め、消散してしまう。


「難しいですね、これ」

「空気を使わずに直接、砂の粒子を空気ごと捉えるんだ。点でも面でもなく、立体で支えるつもりでやるのがコツらしい。満遍なく重力加速度を打ち消すように逆ベクトルを展開させて固定するんだ」

「何を言っているのか意味がわかりませんが、もう一度お願いします!」


 再び俺が地面を蹴ると、今度は砂がその場で止まり、変なオブジェのように見えた。

 ところどころ砂が揺れたり漏れたりしているものの、上出来だ。


「はぁ、はぁ、ど、どうですか!」

「そのまま支え続けるんだ。集中を切らさずに」

「くぅぅぅぅ、これ、すごく疲れるんですけど!」

「続ければ慣れてくるはずだ。その調子その調子」


 まるでトイレを我慢するように震えながら踏ん張っているミヤビを見守る。

 しばらくすると、彼女の表情に多少の余裕が出てきた。


「ふふ、私って魔法の天才じゃないですか?」

「これからが本番だ。準備はいいな」

「えっ、まだあるんですか⁉︎」

「動かせなければ意味がないだろ。形を維持したまま、ゆっくりと横にずらしてみろ」

「無理ですって!」


 まあ、普通は無理だろう。

 一番優秀だった俺の弟子でも、五日はかかったのだ。


「無理かもしれないな。天才でもない限り」

「天才……? 私だってやればできる子なんです! 私は天才私は天才私は天才……」


 目を閉じてブツブツと唱え始めたミヤビ。

 はたから見れば危ない子にしか見えない。

 が、砂が少し横にずれたような気がした。


「気のせい……か?」

「ぐぬぬぬぬっ!」


 動いた。

 少しだが、形を崩さずに動いた。

 まさか本当にできるとは思わなかった。


「ど、どうですかハコヤさん!」

「そうだ、その感覚を忘れるな。もっと慣れるんだ」

「そんな、もう無理ですよ!」


 気温が低いにもかかわらず、遠目で見て分かるほどミヤビは汗をかいていた。

 もうひと押ししてみようか。


「何言ってるんだ。昨日と今日でかれこれ十回くらい『無理』と口にしてるのに、結局成功しているだろ? 自分を信じろ」

「ハコヤさん……」


 ミヤビは両手を開き、口を一文字に結んだ。

 巫女服の周りを蛍の光のようなものが漂い始め、足元の魔法陣が露わになる。

 これがミヤビの全力なのだろうか。


「よく見ててくださいね!」

「えっ?」


 砂の塊が加速し、自在に動き始めた。

 直線、曲線、急カーブ、まるで鳥のように飛んでいる。

 徐々に速度が上昇し、目で追うのが難しくなってきた。

 さすがに俺も、口をポカンと開けるしかなかった。


「で、できましたよ! すごくないですかこれ!」

「あ、ああ」

「もっと速く動かせそうです!」

「いや、もうやめ――」


 その時、視界が遮られた。

 魔球のごとく迫ってきた球を避けるすべなどなく……


「ガハッ!」

「ハコヤさん⁉︎ すみませんっ!」


 顔に突っ込んできた砂の玉に、強く咳き込む。

 砂の味はとてつもなく不味かった。


「ゲホッ、ゲホッ、き、気にするな」

「み、水を持ってきましょうか?」

「頼む……」


 しばらくしてミヤビがコップに汲んできたを受け取り、口をゆすぐ。

 髪の汚れを払い、目に入った砂を水で流す。

 ひどい目にあったが、ミヤビも泣きそうな目で反省していたので、水に流すことにした。


「うう、ハコヤさん、本当に申し訳ありません……」

「修行の成果に比べたらなんてことないさ。よくやった、ミヤビ」

「ハコヤさん! わ〜い!」


 ほっと息を吐きながら喜ぶミヤビ。

 かなり魔法の才能があるらしい。


「この調子で腕を上げて、もっと美味しい料理をタクトに食べさせてあげればいい」

「はい! って、なんだか照れくさいですよう。でも、タクトさんに食べてもらえると思うと……」

「僕がどうかしたの?」

「きゃっ!」


 横から声がしたと思うと、青髪の美少年、タクトが立っていた。

 完全に油断していて気づかなかった。


「ご、ごめん、驚かせちゃった?」

「たたた、タクトさん……? どうしてこんなところに?」

「どうしてって、もう日の出だよ? 待ち合わせの時間さ」


 空を見上げれば、一部がオレンジ色に染まっていた。

 とうとう徹夜してしまったようだ。

 俺たちはしばらく立ち話を続け、エレナたちが来るのを待った。


 やがてエレナが来て、こちらも笑いかけて来る。

 


「おはようハコヤ。ゆうべはお楽しみだったわね」

「は……?」


 開口一番にエレナがそう言った。

 そういえば、部屋に戻ってなかったな。

 やばい、完全に誤解されている。

 遅れて意味を理解した俺は、慌てて弁解した。


「ま、待て、徹夜してただけだ」

「徹夜で楽しむとはいい度胸ね」

「ち、違う、違うんだ。確かに楽しかったが、そう意味じゃないぞ」

「はぁ……まあ、学園に来てもハコヤはハコヤなのね」


 よくわからないが、理解してくれたのだろうか。

 ほっと息をつこうとした瞬間、矢が頰を掠めた。


「次からは、私に許可を取ってからにしなさいよ?」

「え、いや、その……はい」


 言い訳をしようとしたら弓を向けられ、有無を言わさずうなずかされた。

 尻に敷かれるのが目に見えているが、悪くはないか。


「みなさん、迷宮に出かける前に朝ごはんを食べて行きますか?」

「ミヤビさん! 喜んで食べさせ――」

「え、遠慮しておくわ。運動前の食事は控えておくべきよ」


 タクトを遮るようにエレナが断った。

 見れば、エロンも箱を抱えながらプルプル震えている。

 ……箱?


「そうですか。では、私は寝て来ますね。みなさん、がんばってくださいねー!」

「危なかったわ……。また一日が潰れるところだったわよ」

「食べたかったなぁ、ミヤビさんの朝ごはん」


 眠そうにあくびをしながら去っていくミヤビを見届ける。

 俺はエロンが持っている箱について聞くことにした。


「あの、その箱はどうしたんだ?」

「ハコヤー、エレナが使っていいって」

「待ちなさい、ただし条件があるわ。食料を取り出すこと以外に使わないこと。わかった?」

「そ、そうか。わかったよ」


 箱を手にする。

 持つだけで強くなった気分がするから不思議だ。


「そんな残念そうな顔しないでくれる? あなたにはこれがあるわ」

「あ、それ……」


 流星の双剣(ツインメテオ)、俺の愛包丁、もとい愛剣だ。

 なんと二つの鞘に収まっている。

 エレナにつけてもらい、心地よい重みが腰に伝わる。


「今朝、武器屋に行ったら完成していたのよ。持って来たわ」

「あとで礼を言いに行かないとな」

「そうね、ところで、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

 

 問い返してすぐ、ぎゅるるるる、と妙な音がなった。


「あれから何も食べてないのよ……。早くしないと飢え死にするわ」

「…………」


 箱を渡した理由はそれか。

 とりあえずベーコンエッグを乗せたパンを取り出す。

 ベーコンはオークの肉で、エッグは何かの卵だ。

 エレナとエロンはあっという間に料理を平らげ、三皿目でようやく満足したようだ。


「お腹いっぱい〜」

「少し食べ過ぎたかしら」

「運動前の食事は控えるべきって言ったのは誰だ……」


 呆れながら二人を見ていると、タクトも物欲しそうな目で指をくわえていた。

 仕方ないので雑草の揚げ物を差し出すと、彼はパッと顔を輝かせた。


「さて、探索の時間よ。ハコヤ、箱はエロンに持たせなさい」

「わかってるって。よし、行こうか。タクトもよろしくな」

「うん、よろしくね。精一杯頑張るから」


 そびえ立つ迷宮を見上げ、日が昇りきる前に入り口に踏み込む。

 さあ、そろそろ本気で攻略してやろうか。

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