第三十七話 和風料理
食事を口にしたものは皆、地面に倒れ伏していた。
ミヤビとタクト以外は。
「盛ったのか……。何が……目的だ」
「し、失礼ですねっ! 大切なお客さんに毒なんて盛るわけないじゃないですか!」
初めは良かったんだ。
なんの変哲も無い冷水を飲み、小分けにされた肉をフォークで刺し、口に運ぶ。
直後、エロンが椅子から落ちたのを合図に異変が起こった。
そう、不味すぎたのだ。
「こ、これ、中身だけ焦げてるわね……」
「物理的に不可能なはずだ……。それに、この不味さはもっと別の何かが……ごほごほっ」
「苦しいよぉ〜」
皆が悶え苦しみ、まるで地獄絵図のようだった。
「やめてくださいよ! そんなに不味いんですか私の料理!」
「僕は普通だと思うんだけどなぁ」
半泣きで叫ぶミヤビと、困った顔で笑うタクト。
この料理が普通……か。
確かに舌が肥えているせいで、必要以上に不味く感じている可能性もある。
「よく考えたら、食えないこともない、か」
「ほ、本当ですか?」
すがるような目で見てくるミヤビ。
肯定するしかあるまい。
「まあな。雑草より少し不味い程度だし」
「雑草と比べないでください! しかも負けてますし!」
起き上がり、もう一口。
そうだ、肉だと思って食べたから不味く感じたのだ。
「エレナ、エロン、腐った雑草だと思って食べてみると結構いけるぞ」
「ひどっ! そんなこと言わないでくださいよ!」
「あ、君も雑草食べるの? 僕はアストラルナズナが大好物なんだ」
「おお、あれを知っているのか。あれは天ぷらにするとさらに美味しくなる。俺は……好物というわけじゃないが、ドラゴンウィードという辛い草はパンによく合うな。他には――」
「吐いてくるわ……」
雑草愛食の同志を見つけ、話題が弾んだところで俺の声を遮ったのは、エレナの一言だった。
エロンを抱え、ふらつきながら店を出て行く。
吐くのか……?
「吐くほどの料理ってことですか……」
「自分で食べたことはあるのか?」
「ないですよ。味見はしない主義なので」
一度も味見したことのない料理を出すとは、料理人失格だな。
感想を聞かせてもらおうか。
「まあまあ食ってみろ」
「ちょ、やめてくださ、んぐっ!」
嫌がるミヤビの肩を抑え、無理やり口に肉を突っ込む。
数回咀嚼した彼女は、露骨に顔をしかめた。
「……まっずいですね」
「そういうことだ」
「うっぷ」
「ここで吐くな」
ミヤビを外に放り投げ、机に戻る。
少しかわいそうなことをしたかもしれないと、今になって思った。
しばらくしてエレナとエロンは部屋で休むと言って帰った。
俺とタクトは残って飯を食べ続けたが、大半はタクトが食べきってしまった。
「ごちそうさまー」
「よくそんなに食えるな……」
「いつでも食に飢えてるからね。あ、ミヤビさん。その、お勘定は……」
気まずそうに聞くタクト。
食費が免除されないということは、寮の生徒ではないのかもしれない。
「気にしないでください、タクトさんの懐具合は聞かなくてもわかりますから。だいたい、ここにくるお客様はタクトさんくらいですし、あんなに美味しそうに食べてくれると料理人冥利につきますよ」
「ぐずっ、ありがとう……女神様……」
「やーもー照れますってば、お世辞はやめてくださいよ〜」
泣きながら礼を言うタクトと、手を頰に当てながらくねくね照れるミヤビ。
これはコントか何かなのか?
「じゃ、僕はそろそろ帰るね。妹を待たせてるかもしれないし」
「は〜い、またいつでもお越しくださいね!」
「ミヤビさん、本当にありがとう。いつか必ず借りを返すから!」
「なら、あの……わっ、私を娶ってください!」
俺は口に含んでいた水を吹きそうになった。
吹きかけたところで止めようとすると、今度は吸い込んでしまった。
「あ……タクトさん、もう行っちゃいましたか……」
「ごほごほっ」
「な、何やってるんですか! 汚いですね!」
「いや、ご、ごめん、げほっ」
水が気管に入るとむせることがある。
実際には気管に入りかけている状態で、防衛本能が異物を吐き出そうとしているのだ。
「で、ようやく二人きりになれましたね」
「え? ああ、そうだな」
「水龍兄さん、こんなところで何をしているんですか?」
「……は?」
俺は間抜けな声を漏らす。
ミヤビはジト目で見てくるが、訳がわからない。
「水龍って、誰のことだ?」
「さっきは他人のふりをしていましたが、もう隠さなくてもいいんですよ。困った兄さんですね、全く」
「いや、その……」
「国はどうしたんですか国は! この大事な時期にほったらかしてこんなところまで来てしまったんですか? もっと皇族としての自覚を持ってください!」
何も悪いことはしていないのに、なぜか罪悪感を覚えてしまう。
ミヤビは俺が兄だと確信しきっているようで、どこにも遠慮なんてなかった。
「で、でもさ、俺は……」
「はるばるYAMATOから私に会いに来たなんて、どうしようもない人ですね。でも、また会えて嬉しいです、兄さん。いきなり怒っちゃってすいません」
「や、大和?」
顔を俺の胸に埋め、ぎゅっと愛おしそうに抱きしめてくるミヤビ。
名残惜しいが、おそらく人違いなのでこのままではいけないだろう。
そっと腕をほどき、ミヤビを遠ざけた。
「兄……さん?」
「あのな、俺は水龍なんて知らないし、君とも初対面だ。多分、顔がそっくりの人違いだと思う」
「ええっ⁉︎ じょ、冗談ですよね? どう見ても水龍兄さんなんですけど!」
「……すまない、赤の他人だ」
そう告げると、ミヤビは目をパチクリとさせる。
そして顔をボッと赤く染め、
「な、なんてことさせるんですかっ!」
「ぐはっ⁉︎」
ミヤビは俺に腹パンを食らわせた。
随分と綺麗に決まったようで、ついさっき食べた中身を吐きそうになる。
「エレナに殺されるよりはマシか……」
「あっ、ご、ごめんなさい! 私ったら、つい!」
「大丈夫、鍛えてるからな」
申し訳なさそうに慌てるミヤビ。
正直、死ぬほど痛かった。
「よ、よかったです。さっきのことは他言無用でお願いしますね」
「タクトのことが好きってことか?」
「ち、違いますっ! 私が迷宮都市に潜伏しているYAMATOの忍……って言っちゃダメじゃないですか!」
……忍者って言おうとしてたよな。
気のせいか。
「まあ、誤解が解けてよかった」
「ご迷惑おかけしてすいません。お詫びとして当店の裏メニューを――」
「結構だ」
「うっ、なんだか傷つきましたよ私……!」
悲劇のヒロインのごとく、ばたりと地面に倒れるミヤビ。
すごく感情豊かだな。
「そもそも、味見したことがないんだろ? それまで何を食べていたんだ?」
「生野菜です。美味しいんですよね〜、これが」
「ベジタリアンってやつか。仕方ない、正しい料理の知識を叩き込んでやろう」
「えっ? 水龍……ハコヤさんって料理できるんですか?」
「まあな。酒場で働いていたことがあるんだ」
俺は『C区画の食聖』という称号も持っている。
こんな料理を食わされたら、料理人として黙っちゃいられない。
「いいでしょう! なら台所にある素材を使って料理を作り、私を認めさせてください!」
偉そうな態度で言ったミヤビの挑戦を受ける。
部屋の裏の台所は、狭いながらも木の台と包丁、鍋と菜箸があった。
裏を返せばそれだけだ。
「なあミヤビ、火はどうしたんだ?」
「火は魔法で出せます」
「そうか。他に魔法は?」
「加速魔法も使えますよ」
どちらも料理人には嬉しい魔法だ。
道具がなくても特殊な調理法を行うことができる。
「水は?」
「水はそこの壺に。少し冷たいですよ」
「…………」
まあ、どこにでも水道があるとは限らない。
とりあえず壺から水を汲み、澄み通っていることを確認する。
幸いなことに流しはあったので、器具を洗っていった。
まずは食材の加工から始めた。
ちょうどいい大きさに切ったキャベツっぽい何か、
角切りにしたオークの肉、
輪切りにしたニンジンのようなもの、
小さいエビ、そして他多数を取り寄せた。
調味料をミヤビに聞いた時、俺はとてつもない衝撃を受けた。
「こ、これ醤油だよな? こっちはみりん、そしてこれは味噌!」
「よくご存知ですね! これは我が国YAMATOに伝わる調味料で、観賞用に少しだけ持って来たんです。勿体無くて使えてません……」
「か、観賞用? その大和、とやらはここから遠いのか?」
「遠いです。馬車で行けば数週間はかかりますね」
「そうか……。いや、気にしないでくれ」
その国にはきっと米と大豆があるのだろう。
今は無理だが、いずれ訪れて見たいものだ。
気を取り直して、どこにでもありそうな調味料を準備した。
鍋に具を入れ、水を入れ、他にも様々な工夫を施す。
この世界で用意できない材料は、代用品を探せば済む話だ。
「ミヤビ、火を頼む」
「あ、火ですね? ABC、フレイムハンド!」
燃え盛る青い火がミヤビの右腕から発せられた。
どこか厨二チックに感じられるが、これはれっきとした電磁魔法で、魔法の中でも高等な部類に入る。
台に置かれた鍋の下にミヤビの手を差し込み、加熱する。
「換気はしなくてもいいんだよな?」
「はい。魔力で出す火は、普通の火と違って安全なんです」
「よし、まずは強火で煮るぞ。もう少し強く、そう、そんな感じだ」
熱を確認し、蓋を閉める。
「そのまま火を絶やさずに、加速魔法で蓋を押さえつけるんだ。水蒸気を漏らさないように維持してくれ」
「ええ⁉︎ これで精一杯ですよ!」
「やればできる。鍋に空気を押し込んで、閉じ込めるようなイメージだ」
「えぇ……」
要するに圧力鍋というやつだ。
水は通常の気圧では、液体である限り百度を超えることができない。
しかし、高圧の環境では百度以上になることができ、様々な利点が生まれる。
本来は密封された頑丈な容器で行うのだが、今回は蓋を押さえつけて行う。
大変危険なので真似しないように。
「圧力も高まってきたな。蓋を外すと爆発するから気を緩めるなよ」
「え、え、え、先に行ってくださいよ! あとどれくらい続ければいいんですか⁉︎」
「そこまでかからないはずだ。七分くらいか?」
「もし魔力が尽きたらハコヤさんも共倒れですからね!」
俺はバリアタリスマンで致命傷を防げるから問題ないのだが、黙っておこう。
しかし、今にも破裂しそうで危なっかしい。
例えるならサボテン畑に漂う風船か。
この調子で淡々と加熱と加圧を続けていく。
途中で加熱を止め、圧力の維持に専念させる。
ミヤビが疲労と緊張で汗まみれになる頃、俺の勘が何かを告げた。
「まだですか、もう日が沈んだんじゃないですか、あぁ死にそうです……」
「今だ、慎重に減圧を始めてくれ。空気を抜く感じだ。圧力が下がると水の温度が上がるから気をつけるんだぞ。油断すると鍋の蓋が天井を突き抜けるからな」
「は、はい!」
時間をかけてゆっくりと減圧させ、ついに料理が完成した。
後はちょっとした仕上げをするだけだ。
床に倒れるミヤビをよそに、作業を続ける。
「も、もう二度としたくありません……」
「慣れると楽らしいぞ。客が欲しいなら、もっと練習したほうがいいな」
「くっ……。で、でも、ハコヤさんの料理の味が美味しいと決まったわけではないです! 自分で言っておきながら味見もしてませんでしたし!」
「今したから安心しろ。ほら、召し上がれ。オーク肉の角煮だ」
皿に料理を盛り、床に置いて箸を渡す。
ミヤビは緊張した面目で肉を箸で取り、それをまじまじと観察していた。
やがて意を決したように口に入れ、咀嚼したのち目を見開き、輝かせる。
「……ぁ」
「うまいだろ」
やっぱり箸を使えるんだな〜と思って見ていると、ミヤビが突然泣き始めた。
「神様! どうか私に料理を伝授してください!」
「え? お、おう」
その場で土下座したミヤビに気圧されながら返事をした。
見た目も出身国も和風っぽい感じなので、日本料理を重点的に教えてみようか。
教育しがいがありそうだ。




