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第三十六話 少年少女

 A級迷宮アルカディア、第二層。

 木々が生い茂る層は死角も多く、常に周囲を警戒し続けなければならない。

 少年もまた、視覚と聴覚を研ぎ澄ましながら森をゆっくりと進んでいた。


(これだけ潜って、まだドロップは無しか。つくづく運が悪いなぁ、僕は)


 男性にしては長めの青い髪をした少年は、自身の不幸を嘆く。

 名はタクト、学園最弱の魔法使いとして知られている男。

 誰よりも努力しているにもかかわらず、魔法は全然上達しない。

 生まれつきの才能の差というものをことごとく表現したような存在だ。


「シャァァァ!」

「上っ⁉︎」


 木の揺れを感じ取ったタクトは上を見る。

 ちょうど、大柄な蛇の魔物が飛びかかってくるところだった。

 A級魔物、ダークグリーン。

 森に溶け込むような深緑の鱗を纏う蛇は、目を凝らしても気づかないことが多い。

 タクトは慌てて跳び退き、手に持っていた黒色の分厚い魔道書を開く。


「ブラスト!」


 無詠唱のC級加速魔法を解き放つ。

 しかし、右手から出たのはA級にも満たないであろう、優しいそよ風だった。

 周囲の木の葉が少し揺れただけで、ダークグリーンは何もなかったように地面を這っている。


「ブックインパクト!」

「シャァ……⁉︎」


 何を思ったのか、タクトは魔道書を振りかぶり、飛びかかってきた魔物に思いっきり叩きつけた。

 頭を強く打たれたダークグリーンは、どくろを巻いて縮こまり、消滅した。


「ふ、ふふ、さすが僕の物理魔法」


 そう言ってタクトは膝をつく。

 ただ魔道書で殴るだけの攻撃が、自身のどの魔法よりも強いという事実が受け入れられないのだ。

 いっそ剣士になろうかと考えることもある。

 が、親から受け継いだ魔道書を使いこなすと心に決めたこともあり、魔法の鍛錬を続けていた。


 再び森の中を歩き始め、魔道書で魔物を殴ること数回。

 タクトは聞き覚えのある不快な足音を耳にする。

 ドスドスと地面を剣で何度も突き刺すような音。

 やがて、二層の主とも言われる魔物が現れた。


「ザザザザザザ」

「で、出た……」


 八本の足を震わせて木々が揺れるような音を出す、緑色の巨体。

 B級魔物、グランドフォレスト。

 体が木でできており、葉を生やしながら動く姿から、

 『歩く森』として恐れられている蜘蛛型の魔物である。


「ザザザッ」


 タクトの身の丈より上まで振り上げられた前足は、破城槌のような勢いで地面を叩きつける。

 フルプレートアーマーを着ていてもひとたまりもない威力。

 幸いなことに、タクトの着ていた黒いローブは、動きを阻害しないデザインだった。

 迫り来る足の連撃を素早くかわし、隙を見て魔道書を足に叩き込んだ。


「ザザ」



 グランドフォレストが一瞬だけ動きを止める。

 その一瞬を逃さなかったタクトは、すかさず魔物の真下で魔法を発動させる。


「ファイアボール!」


 難易度の高いC級電磁魔法。

 火に弱いグランドフォレストを倒すには絶好の魔法だったともいえよう。

 握りこぶし大の火の玉が、至近距離で発せられる。

 魔物の胴体に当たり、音も立てずに鎮火された。


「練習でダメでも、本番なら成功すると思ったんだけどな……」


 タクトの澄み通った翠緑の瞳が、迫り来る天井を映し出す。

 右手を掲げたまま突っ立っていたタクトは、魔物の巨体に押しつぶされて死んだ。



****



 時刻は昼過ぎ。

 迷宮の入り口に飛ばされた俺たちは、小屋に戻ってくつろいでいた。


「ハコヤ、これからどうするのよ」

「迷宮から出るときに傷は治ったみたいだが、今すぐに攻略を再開するのは流石に嫌だな」

「私も疲れたー」


 あの戦いで精神的に疲弊しており、気力が残っていないのだ。

 なので石をくりぬいてフィギュアを彫っている。

 ああ、箱に触れていると落ち着く。


「ハコヤー、何作ってるの〜?」

「えっと、人形って言えばいいのかな」

「エレナそっくりー。あれ、パンツはいてないよ?」

「まだ作ってなくてな。まあ、誰も見ないだろうし、ノーパンでも――」

「やめなさいっ!」


 顔を真っ赤にしたエレナに殴られ、フィギュアを没収された。

 そこまで怒ることもなかろうに。


「そう言えば、昼ごはん食べてなかったな。何がいい?」

「私はなんでもいいわ」「私はなんでもいいよー」


 口を揃えて告げる二人。

 聞けば、何を食べても俺の料理は美味しいかららしい。

 正直、俺もなんでもいい。


「なんでもいいって言われてもな……。そうだ、ミリーが紹介してくれた料理店に行こう。ファイナルファストフードだっけか」

「ハコヤの料理に敵うとは思わないのだけれどね。そんなに上手だとは思いもしてなかったわ」

「宿屋で作った料理にも限りがあるし、生徒は無料らしいから試しに行って見るのもいいだろ」

「それもそうね、場所はわかる?」

「散歩ついでに探そう」


 そうと決まれば散策だ。

 武器を置いて出歩くことにした。


 少し歩いていると、それらしき建物を発見した。

 見た目は他の小屋と変わらないが、看板が壁に立てかけてあるのだ。


「これじゃないか?」

「本当かしら」

「ほら、看板にFFFって書いてある。ファイナルファストフードの略じゃないのか?」

「ハコヤ頭いいね〜」


 エロンが俺の頭に触れようとするが、ギリギリ届かない。

 少し屈んでやると、彼女は顔をほころばせながら頭を撫でてくれた。


「いえ、焦げ臭いのだけれど」

「まさに料理をしている証拠じゃないか。早速入ろう」


 扉はすでに開いてるので、きっと営業時間なのだろう。

 店に足を踏み入れると、誰かがすごい勢いで向かってきた。


「いらっしゃいませっ! 逃がしませんよお客さん!」

「は、え、ああ、うん」


 いきなりハイテンションでしがみついてきたのは、巫女服を着こなした黒髪の少女。

 驚きのあまり適当な返答しかできなかった。


「……ハコヤ、これはどういうことかしら?」

「え、これは見知らぬ赤の他人がいきなり抱きついてきただけで特に意味は……」


 俺の首からぶら下がる少女は、鼻息が感じられるほど近くに密着していた。

 エレナ、そんな目で見ないでくれ。


「君もなんとか言ってくれよ」

「ああ、心配いらないですよ。初対面ですから!」

「初対面にしては、馴れ馴れしすぎるんじゃないかしら」


 確かに、いきなり抱きつくのはいくら何でもおかしい。

 首元に顔を埋めると、何だかいい匂いがする……って違う、体が勝手に動いたんだ。


「いいじゃないですか、ただのスキンシップですよ。ところでお兄さん、男前ですね〜」

「そ、そうか」

「一晩どうです? たっぷりサービスしますよ〜!」


 場が凍りついた気がした。

 ここってそういう店なの?


「ハコヤ、こういう店に連れて来るだなんて死ぬ覚悟はできているのかしら」

「こ、ここってただの料理店だよな。とりあえず君は離れてくれ」

「うう、振られちゃいました……これでも胸は結構ある方なんですよ?」

「知るかっ!」


 とにかく今はエレナが怖い。

 頑なに拒み続けると、少女は渋々と名残惜しそうに離れた。


「では気を取り直して自己紹介といきましょう。私はミヤビ、このファイナルファストフード、略してFFFを一人で切り盛りもりしてるんですよ! 誰もこないですけどね!」


 胸を張っていうことではないだろう。


「ところであなたたちは新入生ですか? 学園長に、ハコヤさんとエレナさんにご飯を振る舞うよう言われたんです」

「ああ、俺がハコヤだ。こっちはエレナで、この子がエロン。みんな新入生だ、よろしく頼む」

「それは何よりですね! たっくさん食べていってもらいますよ! そちらの机でお待ちください!」


 そう言い残してミヤビが去ろうとした時、後ろから声が聞こえてきた。


「ごめんくださーい」

「あれっ、タクトさんじゃないですか! 学園は休みですよ?」

「ちょっと迷宮にね。たった今、死んできたところだよ」


 そういって苦笑いを浮かべたのは、黒いローブを着たお人好しそうな少年。

 青い髪が左目を隠しおり、分厚い本を抱えているが、魔法使いか召喚士だろうか。


「タクトさん、よかったらこの人たちに迷宮のことを話してあげてください。新入生なんです」

「いや、僕って落ちこぼれだし、すぐに追い越されるさ」

「そんなことないですよ! あなたの知識量は学園の教授たちも一目置くほどじゃないですか」

「あはは、何かの冗談だよ。スライムすら倒せない僕の魔法のことくらい知ってるでしょ?」


 よくそれで魔法使いになろうと思ったな。

 魔法すら使えない俺がとやかく言える立場ではないのだが。


「ささ、生徒同士の交流は大切ですよ! 献立は私が勝手に決めて置くので、ごゆっくり〜!」


 俺たちに席に押しやるなり、厨房に飛んでいくミヤビ。

 気になる、調理法が気になる。


「……あなたはいつまであの女を見ているのかしら」

「痛たたた、違うって、ほっぺたつねるなって」


 エレナは相当ご立腹の様子だ。

 仕方なく、軽い自己紹介を交わし、たわいのない会話を始める。


「今日は一層の奥で苦戦してな、自分の実力不足を痛感したよ。倒した時にはボロボロでさ」

「初見であの犬を倒すだなんてすごいよ。僕なんて一ヶ月もかかっちゃった」

「二層はまだ進んでないんだが、どんなところなんだ?」

「一言で言えば森だね。天井がなくて驚くかもしれないけど、迷宮は常識が通用しないところだから」


 そういった層は別の迷宮でも見たことがある。

 一体どうなっているのだろうか。


「そういえばタクト、死んできたって言ってたよな。どこで死んだんだ?」

「二層だね。『歩く森』って呼ばれてる魔物に遭遇して、押しつぶされちゃった」

「それは……気の毒だな。こういうのを聞くのもなんだが、死ぬ時ってどんな感じか教えてくれないか?」

「別に死ぬほど痛いってわけじゃないんだ。一定以上の痛みは感じないようになってるけど、進んで死ぬ人がいなくなる程度の痛みであることは確かだよ」


 ほぼ練習用の迷宮とはいえ、死ぬのに慣れてしまうと元も子もないからな。

 少なくとも、死ぬほど痛くないというのは万が一の時に助かる。


「それに、身の回りにつけていたものも一緒に入り口まで送られるからね。わざわざ取りに行ったりする必要はないよ」

「そうなのか。よかった、服が脱げたりしたらどうしようかと不安だったんだ」

「「…………」」


 今日はいつも以上に視線が痛い気がする。

 期待していたわけではない、純粋に不安だったのだ。


「そ、そうだ、よかったら君も一緒に迷宮に行かないか?」

「えっ、僕が? いやいや、絶対にお荷物になっちゃうって」

「頼むって。いざとなったら俺を見捨てて逃げてもいいから」

「それはこっちのセリフだよ」


 俺たちのパーティーに欠けているのは、火力よりも経験。

 相手にも相手の都合があるかもしれないが、ダメ元でスカウトして見るまでだ。


「わかった、後で文句を言われても知らないからね。待ち合わせは迷宮の前、日が昇る頃でいいかな」

「それで構わない。契約成立だ、よろしくなタクト」

「よ、よろしく、ハコヤ」


 手を差し出すと、若干照れ臭そうに、それでもすぐに顔を引き締めて握手してくれた。


「いい話ですね〜。あ、ご飯できましたよ!」

「いいタイミングだな。今日は俺のおごりだ、好きなだけ飲んでくれ」

「寮の生徒は食費免除よ、ハコヤ」

「かんぱ〜い」

「「「乾杯!」」」


 そんなこんなで、俺たちは食事にありつくことにした。

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