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第一話 状況整理

 頰をつねる。痛い。

 顔を殴る。すごく痛い。

 近くにあった石を拾い、頭にぶつける。すごくーー


「痛っ!! ど、どうやら夢じゃないらしいな」


 非常にアホらしい行動だと自分でも思ったが、俺はそれくらい混乱している。

 こういう時は、深呼吸をすればいいのだろうか。


「はぁ〜、すぅ〜……ゲホッゲホッ!」


 ホコリを吸ったかのような感覚にとらわれ、思わず咳き込んでしまう。

 峡谷という大自然にいるはずなのに、空気が排気ガスより汚いのはなぜだ。

 というか、後ろの城から瘴気らしきものが漂ってくるような気が……しなくもない。


 まあ、これで少しは落ち着けた。

 まずは状況を整理するべきだろう。

 今、俺は崖の端に座っている。

 下を見れば、底の見えない谷がどこまでも広がっていた。

 以前の俺なら、慌てて離れていただろう。


「落ちれば即死なのに……怖くないな」


 冷静でいられるのは、生きる意味がなくなったからだろうか。

 もう二度と、京子さんと話せる気がしない。

 いっそ崖から飛び降りて死んだ方がマシなのか。

 悪魔が俺に『体を傾けろ』と囁く。


 生きても死んでも同じだろうか。

 人間はいつでも死ねる生き物だ。

 ……しかし、一度でも死ねば生きることができなくなる。

 髪と同じで、切るのは一瞬、生やすのは数年。

 なら、生きた方がいいだろう。

 死は勝手に訪れるものだから。


 ネガティブ思考を振り払い、崖から離れる。

 すると、足元に何かが落ちていた。

 石ころではなく、文字が書かれた石板らしい。

 興味を惹かれたので、拾って読んでみる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

邪神が出現し、人類は滅亡の危機に追いやられようとしている。

そこで神は、十人の赤子に『最強』の力を与えた。


最強の剣使い、ソルド

最強の槌使い、マレット

最強の拳使い、ルパン

最強の杖使い、タクト

最強の銃使い、ザガン

最強の弓使い、アローン

最強の石使い、ストーン

最強の鎧使い、モーア

最強の本使い、ラブラリイ

最強の罠使い、スネア


十人の『最強』が揃いし時、人類は決起する。

魔族と邪神は滅び、世界は救われるだろう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺には何の関係もない内容だ。

 そもそも俺、十人に含まれてないし。

 どこにも『ハコヤ』という名前は見当たらない。


 一体、誰がこの板をこんなところに置いていったのだろう。

 そもそも、この石板は人類に肩入れしすぎている。

 邪神が悪と決めつけられているが、理由もなく人類を滅ぼすわけがなかろう。

 俺は日本人として、どちらが本当に悪いのか、公平に見定める義務がある。

 日和見というわけではなく、中立だ。


 というか、ここは異世界なのか? ゲームの世界なのか?

 これほどの絶景なら、『グランド・キャニオン大峡谷』のように有名になっているだろう。

 にもかかわらず、ネットでもテレビでも見たことがない。

 つまり、ここは地球ではない可能性が高い。


 加えてこの石板、いたずらとは思えない彫刻のクオリティ。

 邪神を倒すという、いかにもゲームらしい設定。

 本来ならわくわくすべきなのだろうが、武器も食料もなく、

 こんな辺境の崖に放り出されたら、誰だって憂鬱になる。


 俺は生きていけるのか?

 こんな石板じゃなくて、せめて護身用の剣くらいは欲しかった。

 学ランのポケットを探るが、ハンカチすら出てこなかった。

 せめてバッグを身につけていれば、物差しやコンパスで戦えていたのに。

 ……いや、たいして変わらないし、石板で殴った方がマシだ。


 それにしても、ずいぶん不親切だな。

 ゲームの世界なら、メニューとかステータスの画面くらいあってもいいだろうに。

 チュートリアルもまだーー


 ドスン!


「うわ……」


 俺の思考に反応したのか、空から何かが落ちてきた。

 なぜまた石板なのかは置いといて、俺はざっと目を通す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<チュートリアル>

人間がすべきことーー

1.ギルドに入ってクエストを受ける。

2.敵を倒して経験値を手に入れ、レベルアップで強くなる。

3.体力が減ったら宿屋で休む。

4.孫に囲まれて死ぬ。


スキルとはーー

同じ行動を続けると、一年ほどでスキルが取得でき、

スキルレベルが上がるほど能力にプラス補正がかかる。


おすすめスキルーー

<剣術>:剣を上手に使えるようになる。

<収納>:アイテムボックスのようなもの。


あなたの後天スキル

<収納11><料理2><掃除1>

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 最近のゲームは説明がアバウトだな。

 孫に囲まれて殺されるとか、悲惨にもほどがある。

 孫を暗殺者にでも仕立て上げたのだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 スキルを見て、自分がしょぼいということだけはわかった。

 運動神経も普通だし、体を鍛えた経験なんてない。

 まあ、俺にもアイテムボックスが使えるらしい。

 そうだ、試しに石板を収納してみよう。


「収納……」


 石版に触れるが、何も起こらない。

 そりゃそうか、何かを収めるには箱が必要だからな。

 俺は周囲に手頃な箱がないか探すが、当然そんなものは……あった。


「なんでこんなところにダンボール箱があるんだよ……。これ、なんて読むんだ?」


 俺は『泉州キャベツ』と書かれた空っぽの箱を抱えてみる。

 大きくて持ちづらいが、これも生きるためだ。


「今度こそ、収納」


 別に声に出す必要はなかったのだが、この方がしっくりくる。

 すると、石板は一瞬で消え失せた。

 そのことにより、俺はここがゲームの世界だと確信した。


 箱の中を覗くが、何も入っていない。

 ダンボール箱は軽いままで、見た目も変わっていなかった。

 だが、脳内で石板の存在が確認できた。

 頭の中に物体が浮かび上がるような、不思議な感覚。

 試しにそのまま、石板を取り出してみる。


「召喚……うん、いけた」


 一瞬で思い通りの場所に、石板が現れる。

 俺は収納と召喚を繰り返し、石板をテレポートさせて遊んだ。

 うん、十秒で飽きた。


(暇だな。せめて食料を確保しておこう)


 さすがにダンポールや石を食べるわけにもいかないしな。

 俺は周囲を見渡すと、遠くに鳥が飛んでいたのを見つけた。

 すごく遠くてよく見えないが、あれを捕らえれば食料になるだろう。

 弓矢も銃も、罠も網も持っていないが、俺には箱がある。


 ……いや、生き物は収納できないんじゃないか?

 もし可能だとすれば、ゲームの主人公たちは最強だ。

 ラスボスをイベントリに収納し、ノーリスクで世界を救える。

 さらに、殺傷と違ってあくまで収納なので、道徳的な観点から見てもよろしい。

 うん、ありえない。収納は無理だ。

 さもないと、アイテムボックスという最善手を使わずに剣を振っている主人公たちが馬鹿に見える。


「まあ、ダメもとでやってみるか。餓死を避けるため、あらゆる手段を模索すべきだ。収納」


 パッ!


 なんということだ。鳥が消えてしまった。

 ゲームの主人公は今まで何をやっていたんだ?


 脳内で箱を意識すると、リストのようなものが浮かび上がる。

 そこにはきちんと、鳥が……鳥が……


『レッドドラゴン×1』


 どうしよう、食える気がしない。

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