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第十二話 結婚指輪

 ああ、これは夢だ、悪夢だ。

 朝日が差し込む神殿の石ベッドで、目が覚めると緑色の狐耳が視界に入った。

 焦るな、落ち着いて状況を整理しよう。


 要するに、俺はすやすやと眠るエレナに抱きつかれていた。

 ワンピースと学ラン、お互い服はちゃんと着ている。

 俺だけズボンが下がっていたので、さりげなく履き直す。

 うん、至って健全だ、昨日のあれは夢に違いない。


 俺は起き上がろうとするが、エレナが重くて動けなかった。

 仕方ないので肌をペチペチ叩くと、彼女は気だるそうに目を開く。


「ん……ハコヤくん? な、なんで私に抱きついているのかしら?」

「君が俺に抱きついているようにしか見えないが」


 エレナは慌てて俺から離れる。

 この様子じゃ、昨日の記憶が飛んでいるようだな。


「どういうこと?」

「昨日の晩、エレナが寝ぼけたまま俺をベッドに押し倒し、そのまま寝たということだ」

「下半身がスースーするんだけど、なんで私はパンツを履いていないのかしら」

「……え゛?」


 まさかと思い、周囲を見渡すと、床に脱ぎ捨てられた『白い布』を見つけた。

 つまりこれは、そういうことなのか?

 いやいやいや、寝る時に無意識で脱ぐ人がいてもおかしくなかろう。

 ここはゲームの世界だし、特殊な物理法則で睡眠中に布がずり落ちる可能性もありうる。


「……ん。今日もいい天気だな」

「…………」


 俺は何事もなかったかのように『白い布』をエレナに手渡し、神殿から出て行こうとする。

 が、首根っこを掴まれて止められた。


「ハコヤくん、説明してくれる?」

「その、あれだ、純潔を蹂躙される夢を見たような気がする。エレナってーー」

「私は処女よ、責任を取ってくれるかしら」

「俺も童貞だ、そっちこそ責任を取れ。食料一年分で手を打ってやる」


 よし、これで一年間遊んで暮らせ……いや待て、あれはただの夢だ。

 いつの間に本当にあったことになっているんだ?


「夢、あくまで夢だ。忘れよう」

「そういえば、心当たりがあるわ。私、発情期なのよね」

「ブッ」


 俺はポーカーフェイスのまま吹いた。

 発情期か。さすが耳と尻尾が生えているだけはある。

 にしても、獣人を去勢する方法なんて知らないしな。困った。


「……今、変なこと考えたでしょ」

「どうかな。で、その発情期とやらはなんだ?」

「私は人間と獣人のハーフだから、その、時々……エッチになることがあるのよ。普通は山籠りとかをして、ほとぼりが冷めるまで異性と接触するのを避けるのだけれど、こんなところにいたあなたが悪いわ」


 いや、怪しい連中に追われてるんじゃなかったのか?

 悪いのが俺とか、護衛しろと頼んだのはそっちだろう。


「もういい、なかったことにしよう。俺もあんまり覚えてないし」

「もう一つ、これはどうでもいいことなのだけれど……」


 エレナがこちらに左手の甲を見せてきたので、そちらに視線を移す。

 今までは気づかなかったが、薬指に金色の指輪がはめられていた。


「おい、まさか婚約指輪とかじゃないだろうな」

「これは生まれた時からはめているものよ。あなたの左手も見てごらんなさい」


 俺は恐る恐る自分の左手を確認する。

 いつの間にか、そこには金色の指輪がはめられていた。

 即座に外そうとしたが、一向に外れない。


「それは私の国における貴族の証よ。おめでとう、あなたは私の伴侶として選ばれたわ」

「外れないな。ちょっと収納してくる」

「ちょっ、ダメよ! それは外れない仕様なの! 別に貴族になったところで損はしないでしょ?」


 ダンボール箱を取りに行こうとする俺を、エレナがしがみついて静止する。

 これでしがみつかれるのは何度目だろうか。


「君が追われてるのって、貴族だからだろ? 俺にまで被害が及ぶじゃないか」

「否定はしないけど……そんなに私のこと、嫌いなのかしら」


 俺は言葉に詰まった。

 理由もなく即答したらツンデレみたいで嫌だし、ちゃんと理由を考えよう。

 まず、食料(生肉)をくれて、奇襲から俺を何度も助けてくれて、収納スキルの危険性を……

 よく考えたら、嫌いになる理由なんて思いつかないんだが。

 昨晩の件もお互い様だし、はっきり言って童貞なんて見分けつかないしどうでもいい。


「……人としては、嫌いじゃないかも」

「だったら問題ないわね」

「代わりに尻尾を撫でさせーー」

「それはまだ早いわ」


 拒絶された。

 なんだろう、この虚しさ。


 とりあえずダンボールを拾い、休憩所を収納する。

 エレナも麦わら帽子をかぶり、俺たちは出発した。

 遠くに見える草木は朝日を浴びて生き生きとしているが、俺が近づくと消滅する。

 ちなみに収納した木は一万本を超えているが、後でフィギュアにしてやるから許してくれ。



****



 森を歩いている間、俺は種族についてエレナから教しえてもらった。

 誰も聞いていないのはわかっているが、俺はあえて心の中でナレーションをする。

 これがプロ意識……まあ、夢を諦めた俺が言う資格なんてないだろうけど。


 一番多く存在するのは『魔物』。

 様々な種族をひとくくりにしたもので、倒すと消滅するのが特徴。

 鳥や狼、ゴブリンからドラゴンまで、その姿形は多岐にわたる。

 人間と敵対していることが多いが、スライムのような例外もおり、

 頑張って飼いならすことも不可能ではない。


 二番目に多いのは『人間族』、略して人間。

 人間に『族』をつけただけと言うネーミングセンスには脱帽するが、これも立派な種族だ。

 十分な栄養を摂っていれば六十年ほど生きられるそうだが、

 大抵の場合、その前に戦闘や病気で亡くなってしまうらしい。

 寿命が短く、初期の能力も他に劣る分、年中発情期で生殖能力が高い。

 余談だが、縄文時代の人間の平均寿命は二十年以下だという噂だ。江戸時代なら四十年。


 エレナの母方は『獣人族』。

 純血の獣人族は獣の顔と人間の体をしているらしいが、そんな彼らに惚れた人間もいたそうで、

 そこから生まれたハーフこそ、エレナのような獣耳っ娘である。

 整った顔立ちに加え、愛らしさをもたらす耳や尻尾が人間のハートを撃ち抜き、

 ハーフの人口が急増したため、純血の個体はもはや絶滅危惧種並みの数しか存在していない。

 よって獣人族といえば人間の血が混ざった、萌えに特化した獣人族のことを指す。

 寿命は人間族と大差ないが、魔力が低い分、身体能力がずば抜けている。


 他に多いのは『精霊族』、または『妖精族』。

 総合的に魔力が高く、高位の魔法を扱えるらしい。

 精霊は警戒心が強く、人前に姿を現さないことが多いのだが、

 ドワーフをはじめとする妖精は、普通に社会に溶け込んでいる。

 長い耳を持つエルフも妖精族だが、厳密には世界に五人しかいない不老不死の始祖であり、

 大抵エルフといえば、人間との間に生まれたハーフエルフの末裔のことである。

 ちなみに、ゴブリンやドラゴンは妖精じゃないとのこと。


 最後に『魔族』、聞くからに強そうな種族。

 魔物が一定の条件下で進化した存在らしく、素の戦闘力が他の種族と比にならない。

 言葉も話せるが、魔物だった頃の記憶が人格に影響するため、人間を憎んでいる場合が多い。

 魔族が新たな魔族を産むこともあるが、親は子に力を継承して弱体化するとかしないとか。

 弱い順で下級魔族、中級魔族、上級魔族、魔王、大魔王に分かれているらしい。


 他にも龍人族や魚人族、天族や破天族などが存在するのだが、エレナもそこまでは知らないらしい。

 というか、こんなに知ってるだけでも相当博識だと思う。

 念のために年齢を聞いてみると、十七歳だと言っていた。

 別に千年生きた妖怪九尾狐の化身だとか期待していたわけじゃない。


 そんなこんなで、俺たちは日が暮れるまで歩き続ける。

 時折無謀に飛びかかってくる魔物を容赦なく収納するが、エレナは完全にスルーするようになった。

 夜になったら肉を食べ、学ランの上から水を浴びる。

 シワシワになってきたが、都市に着いたら鎧とかを買えばいいだろう。


 神殿で寝る際、入り口を岩で塞いだので、見張りの必要はなくなった。

 ついでに部屋も二つに分断し、壁のおかげでエレナに襲われずに済んだ。

 本人曰く、一度発散したら次の発情期まで大丈夫だと言っていたが、念のためだ。

 さて、これで三日目の朝だ。そろそろ森を抜けてもおかしくはないと思うが。

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