第十話 禁断の箱
涼しい森の中を進みながら、俺たちはたわいもない話をしていた。
ふと思いついたように、エレナは俺に疑問を投げかける。
「聞き忘れていたけれど、あなたが使う武器は何かしら?」
「箱かな」
そう答えた俺に、エレナは訝しげな目を向けてきた。
いや、俺は事実を述べたまでだ。他になんと答えればいいんだ?
「箱が武器だなんて聞いた事ないわよ。本当にそれで戦えるの?」
「もちろんだ。決着は一瞬でつく」
「一瞬で負ける、という意味ではない事を祈るわ」
なんだか馬鹿にされたような気がして、少し悔しい。
それでも俺に護衛をさせた彼女は、藁にもすがる思いだったのかもしれない。
その前に、一つ疑問に思っていたのだが。
どうしてエレナは収納スキルがあるにもかかわらず、弓なんて使ってるんだ?
敵なんて収納した方が早いし、矢も消費せずに済む。
『対象に触れている』という条件があるからだろうか。
「キッキー!」
あれこれ考えていると、小さな猿が木陰から飛び出してきた。
毛が白いので、以前見た白ゴリラの手下だろうか。
「気をつけて、あれはホワイトモンキーよ。B級魔物の中では弱い方だけど、追い詰められたら『減速魔法』を使ってくるわ」
戦闘が開始する前に的確な解説を行ってくれたエレナに感謝しながら、俺は相手を見据える。
ホワイトモンキー、さしずめ白猿といったところか。
なかなか愛くるしい姿だが、念のために警戒した方がいいだろう。
「こんにちは、俺の名前はーー」
「キャッハー!」
「……収納」
パッ!
前回の白ゴリラと同じく、俺の挨拶を無視して飛びかかってきた生意気な猿を収納する。
名乗りの途中で襲ってくるなど、武士の風上にも置けないやつだな。
「どうだ、俺も役には立つだろ?」
「…………」
「エレナ、どうした?」
「い、いえ、猿の幻覚を見ていたの。おほほ、私ったら疲れているのかしら〜」
呆然と突っ立っていたエレナに話しかけると、何やら変なことを言い始めた。
幻覚も何も、普通に猿がいたと思うんだが。
まあ、疲れているのならそっとしておくべきだな。
黙ったままでいると、エレナが別のことで口を開く。
「ねえ、ずっと聞きたかったんだけど……それは何かしら?」
「何って言われても、邪神像だ。迷ったら困るし、目印として落としている」
エレナが指差したのは、背後にあった木製の幼女フィギュア、1/8スケール。
進行方向を間違えないために置いたもので、資材を節約するために小さくしている。
その分フィギュアはかなり凝っており、周囲に神社を建てて小さなジオラマのように仕上げたりした。
石と組み合わせれば、さらに表現の幅が広がるかもしれない。
金属とかも欲しいところだな。塗料があればベストだ。
「もっと普通の目印にしなさいよ。木に切り込みを入れたりして」
「……その手があったか」
よく考えたら、わざわざフィギュアやジオラマを置く必要なんてない。
通り道に生えている木を全て収納すればいい話じゃないか。
木材も確保できて一石二鳥、通り道ができて他の人たちも喜ぶ。
地球温暖化を考慮して森林破壊を避けていた俺だが、千本までなら問題ないだろう。
もしばれてしまった場合、お詫びとして二酸化炭素をアイテムボックスで収納すればいい。
そもそも、ゲームの世界に『二酸化炭素濃度』というパラメーターなど存在しないのでは?
「ねぇ。さっきから、背後の木が消えている気がするのだけれど……」
「普通の目印として、木を収納しているだけだ」
「そんなに入るわけないじゃない」
「入るからいいだろ。上限に達したことなんてないし」
「あなた何者よ……」
驚かれたのが不思議だったので、エレナが知る収納スキルについて聞いてみることにした。
彼女が言うところによると、収納スキルには限界重量と限界体積が設定されているらしい。
このいずれかを上回る場合、物質は収納できないそうだ。
限界はドロップアイテムを得るたびに上がっていくらしいが、その上昇量は微々たるもので、
このスキルを極めた者でも、鉄製の片手剣を三百本収納すれば限界に達するとのこと。
ちなみにエレナも片手剣テストを試したらしく、記録は三十本と言っていた。
もう一つ驚いたのは、所有権がスキルに適用されることだ。
要するに、他人の物は収納できないらしい。
所有権を得るには、持ち主から許可をもらうか、持ち主が死去するのを待つしかない。
誰のものでもない物品は、先に収納したものが所有権を手に入れることができる。
面倒くさいことこの上ないが、一度エレナの服を収納したら成功した。
一瞬で元に戻したので、本人は気づいていない。
おそらく、俺のダンボール箱は特別なのだろう。
しばらく歩いていると、遠くで黄色いバナナを食べている白猿を見つけた。
こちらに気づいた猿は威嚇してくるが、そんなことはどうでもいいので……
そのバナナをよこせ。
「キキッー!」
「今度こそホワイトモンキーよ、気をつけーー」
「収納ォォォォ!」
パッ!
バナナごと消えた猿。勢い余って周囲の地面まで削り取ってしまった。
こちらが必死に食料を探している間に、この猿は生意気にもバナナを食べていたのだ。
頬を撫でる微風を感じ、俺は冷静さを取り戻す。
いかんいかん、猿ごときに嫉妬してしまうとは、俺もまだまだだな。
「ね、ねぇ。突然あなたが無表情のまま叫んだと思ったらバナナを食べていた猿が塵一つ残さず消滅して球状にえぐり取られたような跡が地面に残っているのだけれど?」
「もっと落ち着いて話しなよ」
唖然としながら二本の尻尾をメトロノームのように振っている少女を放置し、俺はいそいそとバナナを召喚する。
食べかけのようだが、三分の二は残っている。
皮を最後までむいてから、ためらいなく口に入れた。
「うまいな」
「『うまいな』じゃないわよ。今のはあなたがやったの?」
「命までは取っていない。収納しただけだから」
「収納? 猿を? おほほほ、素敵な冗談ね」
信じてくれなかったので、その場にホワイトモンキーを召喚する。
「キキッ?」
「収納」
戸惑いを残したまま、再び収納される哀れな猿。
その一部始終を見ていたエレナは、笑顔を凍りつかせた。
「まさかとは思うけど……あなたのアイテムボックス、魔物を収納できるのかしら?」
俺は普通に頷く。
「地面のように、手に持てないものも収納できるのかしら?」
俺は当然とばかりに頷く。
「どんなものでも収納できるのかしら?」
俺は一度首をかしげ、やがて頷く。
今のところ、収納できなかったものはないはずだ。
エレナは衝撃を受けたような感じだったが、やがて深刻そうな表情をする。
「……それ、他の人には言わない方がいいわ」
「なんで? 誰でも使えるだろ」
そう返答したのだが、エレナは完璧な説明で俺を黙らせた。
まず、収納スキルでは『生き物』、『手に持てない物』、『他人の物』が収納できないらしい。
もし収納できたとしたら、人々は間違いなく恐怖に陥るそうだ。
自分が知らないうちに収納されるかもしれない恐怖。
防ぐ方法がないので、危機を感じた人々は真っ先に俺を殺しにくるだろう、とのことである。
「確かに恐ろしい力だ」
「気づくのが遅いわよ。もし生き物を収納する際は、魔物にしか使えないと言ったり、無詠唱の上級魔法で消したとか言ってごまかすことね」
「反転魔法? とにかく、適当にごまかせばいいんだな」
「ええ」
収納スキルも怖いが、なんだか人間まで怖くなってきた。
もし暗殺されでもしたら、収納スキルでも対処できない。
エレナが嘘をついている、という可能性は低いだろう。
貴族といえば腹黒いイメージがあるが、嘘をついても何のメリットもない。
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「君は俺を怖がらないのか?」
「まさか。私の護衛だもの」
「……変なやつ」
相変わらず、その自信はどこから来るのだろう。
人間、特に女は信じない主義だが、少しくらいならこいつを信用してもいい……と思う。
尻尾に触れようとすると、ひらりとかわされた。
「行くわよ」
「ああ」
エレナに手を引かれ、静かな森の中を進む。
にしても、あのバナナはうまかった。




