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第九話 少女の話

 聞くところによると、彼女の名前はアローン・トライ=エーレナらしい。

 初対面の異性を下の名前で呼んでいいのはイケメンだけだと聞いたことがあるが、

 その裏をかいて、苗字である『エーレナ』を縮めて『エレナ』と呼ぶことにした。

 が、日本とはマナーが違うらしく、逆に変な目で見られてしまった。


 どうやら怪しい連中に追われているらしく、街からここまで逃げてきたそうだ。

 弓で追っ手をかわしていたらしいが、矢が尽きてピンチに陥る。

 と思いきや、幸か不幸か嵐に見舞われ、何とか命拾いし、

 数日ほど森に隠れていたところで、雑草を貪る俺に出会ったらしい。


 ちなみに、ここの森は国境の真上にあるそうだ。

 俺がいた谷は『新魔帝国クール』の国土で、谷の名前は【最終魔峡谷】。

 収納リストにあった通りの名前だが、もう少しマシな名前をーー


「ねぇ、急に黙りこくってどうしたの?」

「少し待て、ナレーションの途中だ」

「はぁ?」


 とにかく、そんな名前の谷だが、そこから来たと言ったら笑われた。

 人類が新魔帝国と敵対している今、魔族の領土に足を踏み入れること自体が自殺行為らしい。

 邪神復活が予言されていることもあり、人々は刺激すまいと防衛に専念しているそうだ。


 次に、この森の向こうには『ガドン』と呼ばれる迷宮都市がある。

 各地に存在する迷宮を囲むように都市が建てられており、冒険者で賑わっているらしい。

 そして複数の都市が連携し、一つの国のように機能しているのだ。


 それぞれの都市は『区画』と呼ばれ、森から一番近いのはC区画。

 迷宮の難易度は中級らしいが、新魔帝国と隣接しているためか、腕利きが揃っている。

 実際に魔族からの侵攻を受けており、区画の外に出るのはリスクを伴う。

 護衛も付けずに森をさまよう命知らずは、俺たちのように何か事情があーー


「いい加減にしてくれる? 質問攻めをしてきたと思えば、今度は無言で思考に没頭したりして。私の時間は貴重なの」

「君が助けてくれって言ったんだろ。それで、食料は持ってるか?」

「食料? ちょうど昨日、底を尽きたわ」


 これでこの少女を助ける理由がなくなった。

 俺は無言で立ち上がり、森の中を……

 進もうとしたのだが、再び足にしがみつかれた。


「ねぇハコヤさん、どこへ行こうとしているのかしら?」

「いや、ちょっとトイレに」

「そんなわけないでしょ。食料がないと言った途端、立ち去ろうとしたように見えたわ」

「…………」


 『トイレ』という単語は通じるのか。

 しかし、この少女を護衛したとしても、食料が減るだけで何のメリットもないからな。

 共倒れしたら最悪だ。


「はいはい、どうせメリットがどうとか考えてるのでしょう? もちろん、タダで護衛しろとは言わないわ。これでも貴族の生まれだから、あなたが満足できる報酬を払えるはずよ」


 なんと、心を読まれた。

 無表情だったはずなのに、女の勘というやつだろうか。

 それより、報酬を用意してくれるそうだ。まさか貴族だったとは。


「お金でも地位でも、好きなものでいいわよ。どうしてもというのなら、私の体でも……」

「それはいらない」

「なっ!」


 顔を赤らめながら提案したエレナを一蹴する。

 即答されたのがよほどショックだったのか、少女は後ずさりした。

 いや、体とかいらないから、本当に。

 もっと面倒なことになるのが目に見えている。


「これでもルックスには自信があったのだけれど……」

「食料の方がよっぽど嬉しい」

「ぐっ、少しは気を使いなさいよ。いずれにせよ、食料だけはどうにもならないのよね」


 万事休すといった感じでエレナは肩をすくめる。

 そういえば、彼女はダンボール箱を所持していないように見えるが。


「アイテムボックスは持ってないのか?」

「収納スキルのことかしら。私のはレベル1だし、そんなに入らないわよ」

「なら、なんで箱を持っていないんだ?」

「箱? なんで箱が必要なの?」


 まさか、箱を使わずに収納が使えるのか?

 俺より強力なアイテムボックス使いに、こんなにも早く出会うことになるとは。

 いや待て、エレナは『そんなに入らない』と言った。

 俺は谷を丸ごと収納できたんだが……わからなくなってきたな。


「なら、モンスターがドロップする食材は残ってないのか?」

「モンスターじゃなくて魔物と呼びなさい。ドロップは収納品と別枠だけど、生肉以外は全て食べてしまったわ」


 モンスターじゃなくて魔物か。違いがわからない。

 ん? こいつ、生肉って言ったよな? 

 なんだ、ちゃんと持ってるじゃないか、食料。


「なら、その生肉が欲しい」

「正気? お腹壊すわよ?」

「大丈夫、俺が焼くから」

「あら、魔法を使えるのね。それとも魔道具?」

「山火事になったら困るし、森の中では焼かないよ。それは最終手段だ」


 やはり、魔法が普通に使える世界なのか。使えたら苦労しない。

 エレナの手のひらの上に召喚された生肉を、俺は続けざまに収納していった。

 三日はしのげる量だが、焼くのは森を抜けてからだ。

 それまでは、すでに焼いてある肉に頼るしかあるまい。


「あの……どうして肉に触れなくても収納できるのかしら」

「肉に? いや、手が汚れるし、俺は箱に触れていないと」

「スキルレベルが相当高いのかもしれないわね。収納レベル3とか?」


 ゲーム用語をさも当然とばかりに使用するエレナ。

 チュートリアルの石版にも書いていたような気がする。

 11という数字だけは覚えているが、それがスキルレベルだという保証はない。


「レベルってどうやって見るんだ?」

「……冗談でしょ? ステータス、と頭の中で念じなさい」

「ステータス、ステータス、ステータス」


 俺は念じた。頭が痛くなるくらい念じた。声にも出した。

 が、何も出てこない。俺が異世界人だからか?

 ファイヤーボールを唱えた時のトラウマを思い出してしまう。


「……何も出ないんだが」

「私に言われても困るのだけれど」


 気まずい沈黙が続く。

 いたたまれなくなった俺は、キャベツの箱で顔を隠した。

 このダンボール箱、あれだけ振り回しながら走り続けたというのに、傷一つ付いていない。

 汗を吸ってふやけていてもおかしくないのだが、防水加工でもされているのだろうか。


「さっきから気になっていたのだけれど、その箱は何?」

「え? ダンボール箱だけど」

「変な箱ね、見たことのない木材が使われているわ」


 まじまじとダンボールを観察しながら、少女は興味深そうにつぶやく。

 木材か。この世界では木箱が主流なのだろうか。


「木というのは間違っていないが、これは紙だ」

「紙……なかなか上質のようね。でも、もっと白い紙を知っているわ」


 包装を目的としたダンボールが白くないのは当たり前だろう。

 にしても『白い紙』を知っているだなんて、文明が発達しているのか、あるいはエレナの家がよほどの金持ちなのか。

 そこも踏まえて街を訪れてみたいところだが、エレナが追われているようだからな。


「まあいいわ、今は一刻も早く森を出るべきね」

「え? ずっと森に隠れないのか?」

「護衛が付いたんだもの、もう安全だわ」


 一体、その信用はどこから来るのやら。

 手を引っ張られ、俺は朝の木漏れ日が差し込む中、木々の間をくぐっていく。

 静かに揺れる尻尾と麦わら帽子を見て、なんだか新鮮な気持ちになった。

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