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プロローグ

 俺は箱根(ハコネ)箱也(ハコヤ)、ナレーションが趣味の高校生だ。

 周りから『顔だけはいい』と笑われるが、実際その通りだからぐうの音も出ない。

 モデル事務所に勧誘されたこともあるのだが、

 まともにポーズもとれず、作り笑いもぎこちなく、

 敬語すらまともにしゃべれないのも相まって、一日で解雇された。


 胸を張って他人に誇れるものなんて、何も持っていない。

 昔はあった。熱心に打ち込んでいたことがある。でも、昔の話だ。

 子供の頃からアナウンサーを目指して勉強していたのだが、

 学べば学ぶほど、テレビに映っているおっさんやお姉さんのすごさを理解してしまい、

 彼らが神に見えてきた時点で、俺は夢を諦めたんだ。


 しかし、そんな俺を神は見捨てなかった。

 人生でこれほどアパートに住んで良かったと思ったことはない。

 高校トップの成績に加え、容姿端麗な美少女が隣の部屋に引っ越してきたのだ。

 幸い俺たちは一年の頃からずっとクラスメートで、顔見知りの仲だ。

 俺は積極的にアプローチし、いい雰囲気になりつつあった。


 そして今日、俺は京子さんに告白する。


「遅いな……」


 夏の日差しに背を向けながら、学ランのボタンをせわしなくいじる。

 今朝、俺は早めに登校し、京子さんのリコーダーにラブレターを丸めて入ておいた。

 放課後に校舎裏で待つ、とだけ書いてあるのだが、

 よほどの鈍感でない限り、その真意に気づくはずだ。

 にしても遅い。リコーダーに入れたのがまずかったのだろうか。


「ハコくん、遅れてごめんなさい!」

「きょ、京子さん?」


 遠くから足音か聞こえてくる。

 頭脳、武術、容姿、性格、家柄、全てが揃った金髪碧眼のお嬢様。

 俺が到底釣り合うとは思えないが、夢を叶えるためだ。

 俺の夢、それは専業主夫になること。

 一人暮らしを続けてきたおかげで、家事スキルだけは自信がある。


「本当にごめんなさい、リコーダーを分解するのに手間取っちゃって」

「いや、いいよ。そんなことより、話があるんだ」

「う、うん。何かな?」


 ほんのり桃色に染まった少女の頰。

 何かを期待しているような、そんな表情。


 京子さんは他の女と違う。

 入学当時に集まってきた女たちは、俺の顔しか見ていなかった。

 時間が経つほど俺の平凡さが浮き彫りになり、みんな自然に離れていった。

 一時とはいえ、顔のせいでチヤホヤされていた俺はクラスメートから疎まれており、

 『ざまあ』などと笑われるだけで、友達の一人もいなかった。


 しかし、何度でも言うが、京子さんは違う。

 クラスで唯一、俺に挨拶をしてくれて、話しかけてくれる。

 一緒に出かけたこともあり、俺の素顔も知っている。

 そんな京子さんだから、俺は恋に落ちた。


「京子さん、俺……」


 迷っていても仕方ない。

 俺は相手の瞳を見つめ、潔く言葉を絞り出す。


「俺と結婚してくれ!」

「へっ?」


 京子さんは硬直した。

 それが喜びか、驚きか、拒絶か、俺にはわからなかった。

 長い沈黙があり、心臓の鼓動が加速していく。

 いたたまれなくなった俺は、自然と口を開いていた。


「俺には君しかいないんだ! 君だけが、俺をちゃんと見ていてくれた。消えそうな存在だった俺に気付いてくれた」


 しゃべればしゃべるほど、声が震えていく。

 それでも俺は続けた。全て伝えたかった。


「だから……ずっと、君の優しさに甘えさせてくれないか?」


 みっともない告白かもしれない。

 でも、京子さんならきっと……。


「あ、あの……私も……」


 相手はようやく言葉を発した。

 顔を赤くし、うつむきながら、震えながら。

 俺は返事を待った。

 神経が乱れて、体が炎のように熱かった。

 そして、京子さんは息を吸いーー


「……ご、ごめんなさいっ!」


 振り向いたと思うと、京子さんは駆け出していた。

 あっという間に離れていく。手の届かないところまで。


「ぇ……」


 嫌なはずなのに、悲しいはずなのに。

 不思議とその言葉を、俺はすんなりと受け入れた。


「そう……か、やっぱり……」


 俺は呼び止める気にもならなかった。

 俺は無表情で大地を眺めた後、校舎に目を移す。

 窓ガラスに映っていたのは、叔父からポーカーフェイスと呼ばれたことのある、

 口をきかない人形のような顔だった。


「……帰ろうか」


 涙すら流れないほどの失望感。

 それより辛いのは、京子さんを傷つけてしまったこと。

 告白なんかせずに、ずっと友達でいればよかったのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は足を進めた。



 俺は通学路の坂道を下りながら、道行く車の排気ガスを存分に味わう。

 カバンを教室に忘れてきたが、今更戻る気にもなれない。


 ふと、歩道の隅に白い鳩を見つけた。

 珍しいなと思いながら、何気なく足で音を立てる。

 普通なら驚いて逃げるはずだが、

 動じなかったところを見たところ、なかなか図太い鳩らしい。


 俺は地べたに腰を下ろし、そっと鳩に手を伸ばす。

 それでも鳩は逃げなかった。


「……鳩に触れたのなんて、初めてだ」


 鳩を撫でながら、俺は表情に出さずとも驚いていた。

 警戒心の薄い動物は、自然界で長生きできないだろうに。

 餌でもやろうかと思ったが、カバンを持っていないことに気づく。


「学校まで戻ろうかな、確か食べかけの弁当が……あ、逃げた」


 いつの間にか、鳩は車道の方に歩き出していた。

 初めは何も思わなかった。放っておこうと思った。

 しかし、いつの間にか俺は、その鳩が去る姿を京子さんと重ねていた。


「ま、待ってくれ! 君まで俺を置いていくのか……?」


 手を伸ばしても届かない。

 俺は走り出し、鳩を捕まえた。

 そんな俺の心を満たしたのは、安心感と罪悪感。

 どうすればいいか、わからなかった。


 キキィィィィ!


 直後、急ブレーキの音が聞こえてくる。

 迫りつつあるトラックを見て、俺はハッとする。

 なぜ気づかなかったのだろう、ここは人間が歩く道ではなく、車が通る道なのだ。

 とっさに鳩を解放し、歯をくいしばる。


 ドン!


 痛みすら感じないレベルの衝撃が体を襲う。

 痛覚を麻痺させるほどの衝撃だったのだろうか。

 俺は地面に叩きつけられ、少しだけ転がる。

 直後、思い出したかのように痛みが俺を蝕んだ。


「くっ……痛いけど……生きてる」


 よく考えたら、トラックはブレーキでかなり減速していた。

 死ぬほどの重傷を負ったわけではないのかもれない。

 事実、手足はなんとか動かせる。

 どう謝罪しようか考えながら、俺は起き上がって目を開いた。


「は……?」


 そこに広がっていたのは、深い谷のような景色。

 空は暗雲に覆われており、背後には城らしき建物がそびえ立っている。

 おかしい。俺はトラックに当たって転がっただけだ。


「ありえない……打ち所が悪くて、頭がおかしくなったのか?」


 ぽつりと呟くが、冷たい風が吹くだけで、誰も返事をしてくれない。

 夢の中か、死後の世界か。

 俺はぽかんとしながら、崖の下に広がる峡谷を眺めていた。

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