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22 終話

 盗人騒ぎから十日後。シドは今日も今日とていつものように幽霊屋敷を掃除していた。あれから、変わったことがいくつかあった。


 まず、屋敷の幽霊話が新たに加わった。それも、「黄昏に聞こえる叫び声」だ。十日ほど前から近所で噂になっているらしい、と幽霊屋敷探検を諦めていない三人組の子供からシドがつい先日聞いた。

 脱幽霊屋敷を掲げていたのに、と噂を提供した人間はこっそりと涙を拭った。シドのことだが。


 一番嬉しい変化は、食堂でヴァリアスが食事を取るようになったことだ。あの事件から、屋敷の探索をおろそかにしてはいけないと感じたシドは、一日探索に乗り出した。そして、どんな部屋があるのかを把握した。その中に、広間のあった棟に主人や客をもてなすための食堂があり、これは使わねば、と思い、いの一番に掃除した。そのことをヴァリアスに報告したら、使うといったのだ。その言葉を聞いたときは、夢かと思った。だが、ヴァリアスは昼食は可能な限り食堂でとるようになった。嬉しいはずが無い。


 シドは家庭料理だが精一杯作り、今日も食堂に一階の調理場から何度か往復して料理を運びこんだ。

 マッシュポテトにウィンナー。他にもいくつか惣菜を作った。パンはウィルフズ本家からの荷に入っていた、バターたっぷりのパンをほんの少しだけ焼いたものだ。ふんわりとした生地に香る甘いバター。食欲をそそる匂いだ。


 ヴァリアスが食堂のテーブルの椅子に座り、料理が並べられるのを待っている。

 シドは手早く、主人の前に皿を並べた。最後に、グラスを置く。

 ちらとシドが用意を終わったのを確認し、ヴァリアスはグラスを手に持ち、軽く上げた。シドはすかさず、ジャグに入った水を注ぐ。これは、食堂で食べ始めた頃にヴァリアスに注意されたことだ。


『グラスを上げたら、言われる前に水やワインを注げるようになれ。よい使用人というものは主人の行動を見、必要なものを先回りしてそろえられるような者だ』


 ヴァリアスは使用人としてシドを育てようとしてくれているのだ。シドもヴァリアスの注意には真摯に耳を傾け、一流は直ぐには無理だが、三流からは脱却したいと思えるようになった。あの、本家で見た使用人の人たちのように誇りを持って働ければ、と。


 静かな食堂で食器同士のぶつかる音だけが存在を主張している。

 ヴァリアスは話すことがあまり好きでは無いようで、殆どシドのほうから話し掛けている。だから、食事時は静かで穏やかな時間が流れていた。

 それが、苦痛とは思えない。シドはヴァリアスの斜め後姿を見ながら、微笑んだ。


 ヴァリアスがナイフとフォークを置いた。いつの間にか、結構な時間が経っていた。食事がおわったようだ。

「ヴァリアス様。今日の料理はどうでしたか?」

 ここ最近、シドは料理の感想を求めている。出来る料理は高が知れているし、貴族に食べさせるようなものでは無いと重々承知している。けれども、食べてもらえるから、改善したいと自然と思えたのだ。


「まあまあだ」

 口ではそういっているが、ヴァリアスは口元に柔らかい笑みを少しだけ浮かべていた。徐々にだが、無表情だった表情に温かさが混ざり始めている。

 シドもつられて笑みを作った。


 食べ終わった食器を片付けていたシドは、ふと数刻前にあった出来事を思い出し、顔を顰める。

「……そうでした、ヴァリアス様。昼食の準備をしていたときに、カルヴィアス様がひょっこり調理場に現れたのですが……」

「……またか。確か、三日前も来たな」

 グラスを手に持ち、水を一口飲んだヴァリアスも嫌そうな顔になった。


「最近、頻繁に来るようになったな。あの暇人は」

 王子を酷評する主人にシドは苦笑する。

「カルヴィアス様いわく、忙しい身の上ながら、ヴァリアス様を心配して見に来ている、とのことですが」

「……今までは、めったに現れなかったぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。そもそも、あれは私に会いに来ているのではなく、お前を見に来ているような気もするが?」

「え?」

「あれは悪趣味だ。おおかた、お前がこの屋敷で働けているのが面白いのだろう」

 なにせ、幽霊屋敷に不吉なことの起こる場所だからな、と自嘲するように言い、ヴァリアスは再度グラスの水を飲んだ。


(………そうだった。不幸ファンクラブと同類だった)


 嬉しくない、と抗議の声を上げたいが相手は王族。そこにいなくてもめったなことは言えない。シドは心中で思いつく限りの文句を言っておくだけに留めておいた。

「書斎に戻る」

 グラスと静かにテーブルに置き、ヴァリアスは椅子から立ち上がろうとする。シドは慌ててヴァリアスの背後に行き、椅子を引いて補助した。


「まだまだ、荒いな」

「う。精進します」

 洗練された動きとは言いがたかったので、ヴァリアスから注意を受けてしまった。

 シドは落ち込みそうになった気分を、軽いため息一つで切り替える。


「っと。ヴァリアス様。お昼を食べた後でなんなんですけど、今日の夕食の希望は何かありますか?」

 食堂の扉へと歩いていたヴァリアスは立ち止まり、一寸の間考える素振りをする。

「……そうだな。前に食べた、トマト煮込みの肉料理がいい」

「ああ、あれですね。判りました!」

 数日前に昼に出した料理だ。その料理をまた食べたいといわれ、シドは素直に嬉しさに笑顔が零れた。

 ヴァリアスはシドの言葉を聞くと、頷き、そのまま扉を自分で開いて出て行く。シドは一礼し、主人を見送った。


「さて、片付けますか」

 トレーをテーブルの上に乗せ、汚れた皿を乗せていく。そんなシドの背後から、ひやっとした冷気が存在を主張してきた。

「うふふ。最近、坊ちゃまったら、表情が豊かになったわよねー」

「……リエッタさん」

 幽霊のメイドはあの日から成仏する事無く、いまだ屋敷にいた。むしろ、シドに正体を明かしたために、人のふりをしなくてすみ、ポルターガイストなど幽霊らしいことを披露するようになった。一応、皮膚もある人の姿で現れてくれるのだが、足元は透けている。しかも、たまに、骸骨にドレスの姿で出てくるので、シドとしては悲鳴を堪えるのに精一杯な現状だ。


「食器運ぶの? 手伝ってあげるわ」

 そういうと、まだトレーに乗っていない皿が浮かび上がり、トレーに綺麗に収まっていく。全て、片付いたら、今度はトレー自体がテーブルから浮いた。

「………ありがとうございます」

 心臓に悪い現象だが、助かっている。素直に礼を言った。

 シドはトレーに乗らなかったカトラリーを手に持った。


 ここは、おかしな職場だ。


 なんだか、シドは今自分のいる場所が可笑しくなって、笑いが零れた。

 幽霊のメイドに、不吉といわれる主人。それに、不幸体質の自分。

 こんな、負の連鎖に陥りそうな、各々物騒な存在なのに。

 楽しい、とシドの胸中には不安よりワクワクといった期待感が沸き起こっていた。


 これからなにが起こるか判らない。けれども、この場所は落ち着く所だとシドの心が教えてくれる。

 自分は今幸運なのだろう。シドはそう思ってしまった。

「…………あ」

 ぞわっと項に寒気が襲った。

 次の瞬間。食堂の硝子を何故か突然大量のカラスが割って侵入してきた。

 カラスは最初から狙いを定めていたかのように、当然のようにシドに襲い掛かった。


「かあかかかかかかかあ!」

「うわあああぁー!」

 つつかれ、羽で叩かれ、シドは目を瞑って自分の身を守ることしか出来なかった。カラスのあまりに執拗な攻撃に、手に持っていたカトラリーを落としてしまう。すると、待ってましたとばかりに、カラスはカトラリーを嘴で銜え、あっという間に割れた硝子窓から飛び去っていってしまった。


 後に残ったのは、大量の黒い羽と、つつかれて破れたぼろぼろの服の切れ端、そして若干ついばまれて抜けたシドの銀髪の長い髪が床に散らばっていた。

「またかっ!」

 叫ぶと頭の上に乗っていた黒い羽がひらひらとシドをあざ笑うかのように舞い落ちた。


「さすが『不幸少年』」

 呆れたようにリエッタは呟く。幸いリエッタが浮かせていたトレーには羽が一枚落ちてきた程度で被害はなかった。

 シドは色々とこみ上げてくるものに負けて床に膝をついて俯いた。

「う~。なんの……これしき!」

 負けるものかと、がりがりと削られた精神力を気力で戻し、立ち上がろうと近くにあった椅子へと手をかける。


 バキッ


 片膝を上げ、椅子に体重をかけて立ち上がろうとした瞬間、今度は何故か椅子が真っ二つに割れる。

 椅子に体重をかけていた所為で、シドはそのまま割れた椅子の方へ身体がぐらついた。このまま倒れると、確実に割れた椅子の破片に頭が当たり、大怪我をしてしまう。


「とわっ!」 

 シドは持てる反射神経で足に力を入れ、身体を回転するようにして椅子から自身を遠ざけた。

 床を二回転して止まったシドはうつ伏せの状態になっていた。

「……今のは、坊ちゃまの『呪』かしら?」

 リエッタは傍観者としてまた呟いた。

 拳を握り締め、歯を食いしばるシド。暫く突っ伏していたが、やがてのろのろとした動作で顔を上げ、拳を突き出す。


「ま、負けません……勝つまでは」

 力なく言い、がくりと力尽きたかのように頭を下げると、額を床にぶつけてしまい、ごんっと言い音がした。

「今のは……ただのドジね」

 容赦なく言い放ち、リエッタは肩をすくめた。

「ううううう」

 呻きながらも、シドは何とか立ち上がり、食堂の惨状を確認するように部屋を見回した。


 割れた硝子にカラスの羽。椅子の破片もまたシドが片付けなければならないものに早代わりしていた。

「これって、掃除が終わらないような気がするんですけど……」

 泣き言をいってもいいじゃないか、といった心境になった。

 『不幸』と『呪』があるたびに片付けるものが増えていく。永遠に終わらない掃除になりそうだと戦々恐々だ。かといって、そのままでは幽霊屋敷の品格が上がってしまう。


 シドはがくりと肩を落とした。

「あらら。食器は私が運んであげるわ」

「はは。ありがとうございます」

 見るに見かねたリエッタが申し出て、そのまま、すーっと音もなく動き、浮いたトレーごと部屋を出て行った。当然、扉もポルターガイストで勝手に開いて、勝手に閉まった。


 束の間力なく項垂れて佇んでいたシドは、ため息を吐いて、つつかれて乱れた髪を撫でて少しでも元に戻そうとした。

「……項垂れていてもしょうがない、か。……さて、掃除しますか」

 幽霊がいて、人が苦手な主人がいて、何を考えているのかわからない王子が出入りして、これから騒がしくなりそうな予感がする。そんな未来を想像すると、自然と頬が緩む。

 これから先、解決しなければならない問題もあるし、考えなければならないことも沢山ある。けれども、今はこの充足感を覚えていたい。


 ヴァリアスを一人にしないですんだ。

 それは、自分が無力だと思っていたシドが自分で考えて出した答え。

 この答えに、後悔はしない。そう決めている。だから、この程度の掃除など、なんてことはないのだ。

 自分に気合を入れて、シドは食堂から早足で掃除用具を取りに出て行った。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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