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21-1

「……なんだか、今日一日が濃かった気がする」

 シドは手入れのされていない前庭に一人で佇み、疲れ切ったため息を零した。

 あれから、カルヴィアスが『風』の紋章術でどこかに連絡をとると、三十分もせずに騎士団が屋敷に到着した。


 大男の上に乗っていた扉は騎士が三人でやっと持ち上げるほど重く、顔面で扉を受け止めた大男の前歯はかけて、強面だった顔は歯抜けになったためどこか呆けている表情になっていた。

 頭を打っていたため、意識が戻らなかった大男は担架に乗せられ、運ばれていった。医者に見せたのち、問題が無ければ留置所行きになるそうだ。


 今まで散々盗みを働いてきたのだから、きっちりと調べられるだろう。盗られた物は調べが終われば、持ち主を探し順に返していくらしい。ウィルフズ家の翡翠も証拠品として騎士団が押収して行った。

 もう一人の盗人のオレンは怪我もなく、逃げ出す素振りを一つも見せず、騎士団の到着を大人しく待っていた。


 シドとカルヴィアスは屋敷の外までついて行き、騎士団にオレンが連行される様を眺めていた。

 オレンは終始カルヴィアスたちに怯えたような所はあったが、大男が倒れ、騎士団を待っている間に憑き物が落ちたようにほっとした表情になっていた。


 そのことが気になったシドは遠ざかっていくオレンを見つめながらポツリと呟いた。

「彼、これからどうなるんでしょうか……」

「……話を聞いていた限りでは、彼は強要されていた部分があるみたいだね。まあ、まったく罪を問われない、ということにはならないだろうけど、情状酌量の余地はあるんじゃないかな?」

 カルヴィアスの言葉に、そうだといい、という思いを込めてシドは軽く頷いた。


「……失礼します。王子、あの、この屋敷なんですが……」

 玄関から騎士の一人が現れ、敬礼した後、カルヴィアスに話しかけてきた。シドは話の邪魔にならないように、少しカルヴィアスから離れて庭に出ている騎士の人たちの動きを眺めた。

 騎士団の人たちは盗人はてきぱきと連行して行ったのだが、屋敷の検分に残ったものたちはどうも、精彩が無い。


 憧れの騎士団はこんなものなのだろうか。おっかなびっくりと腰が引けているような動きで動いている彼らに、シドはなんだか肩透かしをくらったような気分になった。

「……壁が……に………」

 カルヴィアスと話している騎士の声が時折漏れ聞こえる。シドはその話を気にしつつ、庭をぐるりと見回す。日が段々と翳っていく中で見る庭は、幽霊が出そうなほど草木が蔓延っていて薄気味が悪い。

 さすがの騎士団も気味の悪そうな屋敷は恐いのだろうか。そんなことを考えていると、カルヴィアスから声がかかった。


「シド君。ちょっと聞きたいんだけど」

「はい。なんですか?」

 近寄ってシドが聞くと、カルヴィアスはちょっと困ったような表情になった。

「うん? 屋敷を一通り騎士団が見たらしいんだけどね。調理場の近くの壁が大破しているのはどうしてなのかな?」

「……あ……」

 盗人騒ぎで忘れていた。シドはまったく片付けていない壁の破片を思い出した。


「……その。……前に突然、爆発? しました……」

「えっ!」

 言いにくそうにシドが言うと、カルヴィアスの側にいた騎士が驚きの声を上げる。

「……ああ。………シド君一人で片付けるのは大変だよね」

 カルヴィアスは視線を遠くに飛ばし、哀愁を含んだ顔になった。


「ば、爆発って……」

 騎士は絶句して、先の言葉が出てこなかった。

「まあ、そういうことなら、悪いけど君、ついでに瓦礫を屋敷の外に運んでもらえるかな?」

「え! ……あ、はい。屋敷の外くらいなら、数人で直ぐに片付けられますが。……あの、王子、その屋敷主に話を聞いたほうがいいでしょうか……」

「うん? 通常は話を聞くだろう?」

「そ、そうなのですが……その……」

 騎士はしどろもどろだ。その態度で、シドは気がついてしまった。どうやら、騎士団の人間もヴァリアスに対して怯えを持っているようだ。


 面白くない。

 シドは憮然とした表情になるのが判った。

 騎士の煮え切らない態度にカルヴィアスも含むものがあるのか、自分が証言をするから、ヴァリアスには聴かなくていいと一蹴した。

 ほっとした表情になった騎士はカルヴィアスに一礼し、早速廊下に散らばった壁の破片を片付けに向かった。


「…………シド君は、恐がらないんだね」

 むっとした顔で去っていく騎士をみていたシドに老成したような表情のカルヴィアスが声をかける。シドはカルヴィアスの方へ顔を向け、なにを恐がらない、のだろうかと一寸考えた。

「あ、ああ。ヴァリアス様ですか? 恐くないですよ。だって、僕の『不幸』がすこしだけ危険になっただけのようなものですから。むしろ、恐かったのは盗人の方です。僕、こんなに恐い目に遭ったのは初めてです」


 理不尽な『不幸』に出会うよりも、刃物が飛んでくる『不吉』な出来事よりも、襲ってくる人間の方が恐かった。そう素直にシドが吐露すると、カルヴィアスは束の間ぽかんとした表情になったかと思ったら、口元をゆがめ、ついには耐え切れず哄笑する。

「あ、ははははは! そ、そうか。盗人の方が怖いか」

「そうですよ。だって、今までずっと気づかれづに屋敷の中にいたんですよ? 幽霊並みに恐いじゃないですか」

「ふはっ。ははは。………そ、そうだねぇ。確かにそれは恐いね」

 カルヴィアスは目に溜めた涙を拭いながら、声を震わせている。


 王子に同意を得られたシドは、そうでしょうとも、と頷いた。

「ま、まあ。彼らが気づかれなかったのは『隠』の紋章術を悪用していたのもあるだろうが、おそらくこの屋敷にある隠し階段でも使っていたんじゃないかな?」

「隠し階段ですか?」

 聞きなれない言葉に、シドは首を傾げた。


「ああ、使用人用の階段だよ。たぶん、扉で隠れているんじゃないかな? 今は、そんなにこだわらないけど、昔は使用人は家主一家とはあまり顔を合わせないのが風潮だったんだよ。使用人は、幽霊のように気がつかれない様にするのが美徳ってね」

「へえ。初めて聞きました。そんなものなんですか? 僕はウィルフズ家の屋敷にしか行ったことはありませんが、使用人の人たちは皆さんこう、ピシッとしていて格好良くて見ていると、さすがお屋敷、って感じに感動したんですが……」

「ああ。まあ、今は逆に使用人を見せて、屋敷の権威を図っているからね。シド君のいうように、格好いい仕事の出来る使用人がいるのはその屋敷の主に人望があることだとされているんだよ。昔は義務教育なんてなくて識字率が低く、情報だってほとんど入ってこないような時代があったからね。その当時の貴族の使用人といえば聞こえはいいけど、あまり質がいいとはいえなかったらしいよ」

 カルヴィアスの言葉にシドはただ感心していた。


「……ん? じゃあ、質が悪かったから、あまりあわなかった、ということですか? なんだか、平民の方からすると胸がむかむかするような……」

 胸に手を当ててシドがむうっとした表情になる。カルヴィアスはそんなシドを見て、苦笑した。

「ふふ。昔は貴族も頭が悪かった奴が多かったんだよ。傲慢な貴族が多かったらしいからね。平民だって、学がなかった所為でそんな馬鹿に搾取されやすかったみたいだし。『平民も貴族も等しく変わらなくてはならない。』そう言った祖父の代から国を変えようとがんばって、父の代でようやく芽をつけ始めているんだよ」

 これからがまた大変なんだよね、とカルヴィアスは空を見上げて呟いた。口元に笑みを浮かべたその表情はまるで、たどり着くべき地を求めている旅人のようだった。


 深く、レーネ川のように人の側に寄り添っている、フェリス国の王族の横顔をシドは拝顔した気がして、畏敬の念を覚えた。

「…………カルヴィアス様……」

 胸が熱くなった。シドは王子の名を呼ぶ事しかできなかった。


 カルヴィアスは空を見上げることをやめ、俯いた。

「………ぷ……」

「は?」

 背を丸め、肩を振るわせ始めたカルヴィアス。シドは何事かと声を上げた。

「ぷくくくっ。ふ、不吉伯爵と不幸。なにその組み合わせー!」

 せっかく収まった笑いの発作が再発したのか、カルヴィアスは遠慮なく大爆笑し始めた。


「………は?」

 ぽかんとシドは腹を抱えて笑っているカルヴィアスを見つめる。

 そして、この王子が誰に似ているのかが思い当たった。


(よりにもよって、バーフィア所長と同類系!)


 どっと力が抜ける気がした。

 まさかアノ自称乙女と同じとは、とシドは肺が空っぽになるくらい大仰なため息を吐く。

 どうりで、既視感に襲われたわけだ。

 もしかして、貴族とは総じて変な人なのだろうか、とふと頭によぎったが、ウィルフズ家の人は多分まともだったと思い出す。

 アクの強い人が多いんだろうな、と王子や自称乙女は少数派だと思い込んでおくことにした。


「…………」

 相手は王子。騎士の人が点在して仕事をしている中で、さすがに反論するのはまずいだろう。という感覚は、平民のシドにもある。

 シドはささやかな抵抗として、無言でカルヴィアスと視線を合わせず明後日の方を向いて、彼の笑いが収まるのを待つことにした。


 横で王子が馬鹿笑いしている。心を無にして庭を眺めていると、あれやこれやと掃除した居場所が見つかり、いい時間つぶしになった。

 暫くの間シドが現実逃避をしていると、ふと誰かの気配を感じ振り向いた。王子の背後にいつのまにか騎士の一人が佇み、困った顔をしていた。

「あの、王子……」

 話しかけてきた騎士の声に、カルヴィアスはようやく笑いを収め、身体を向けた。


「……う、うん? どうかしたのかい?」

「はい、一通り調べを終えたので撤収しようかと……」

 騎士の言葉を聴き、カルヴィアスは思案するように顎に指を添える。

「……そうか。なら私も一緒に戻ろうかな」

「はっ!」

 敬礼した騎士に頷き返し、カルヴィアスはシドへと顔を向ける。


「というわけど、私は帰るよ。そうそう。ウィルフズ家から盗まれた翡翠の硝子細工も悪いけど、一度騎士団の方で預かって調書をつくってから返すことになる。まあ、伯母上には私のほうから言っておくよ」

 見送りはいいと、カルヴィアスは言い、シドは頷いて返した。

「はい。色々とありがとうございました」

 カルヴィアスの奇行には辟易したが、やはり、いい人だとシドは素直に感じ入り、様々な感情を込めて、頭を下げた。

「じゃあ、ヴィーによろしく~」

 手を振り、カルヴィアスは騎士と共に去っていった。

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