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20-9

「あーあ。やっちゃった」

 シドが聞いたその声は、まるで愚か者に対する最後通告に聞こえた。

 にやりと下卑た笑みを浮かべ、脳天をかち割ることを確信していた大男だったが、ふと何かに気がついたかのように、勢いを止め、驚愕の表情になった。それと同時に、振り下ろした鉈がヴァリアスの頭上で不自然に止まった。


「なっ!」

 大男は驚きの声をあげ、身体を揺らす。だが、まるでそこに縫い付けられたかのように動かない。

「なんなんだよ、これ! う、うごかねぇ」

 焦った声をだす大男。

 シドはなにが起こったのかわからず、ヴァリアスと大男を凝視した。

「……私は忠告の意味もかねて、この屋敷の主人が誰か、教えてあげたはずなんだけどねぇ」

 カルヴィアスが落ち着いた声で言う。その言葉が、やけに重く感じる。


「な、んだと?」

 大男は自分の身体を動かそうとしているのか、顔を真っ赤にして小刻みに揺れている。しかし、石像みたいに固まってしまっているのか、ぴくりとも動かなくなっていた。

「彼は、ヴァリアス・アニィ・ウィルフズ。王都ではちょっと名前が知られてしまっている『不吉伯爵』だよ? その屋敷に忍び込んで、あまつさえ、攻撃してくるなんて、『呪』を受けるに決まっているじゃないか」

「………あ……」

 シドはカルヴィアスの言葉に、ありありと思い出した。自分が掃除の最中にどれだけ命の危機があったのかを。たかが掃除でナイフが飛んできたりしていた。それが、攻撃してくる人間に対してなら、一体どれだけのことが起こるのだろう。


「……っち」

 ヴァリアスは苛立ちげに舌打ちをする。

 シドは彼が無事だとわかり、緊張していた身体の力が抜けていくのを感じた。

「は? 不吉伯爵? なんだよそれ! 紋章術だな。さっさと解きやがれ!」

 どうやら、大男はヴァリアスの噂を知らないようだ。

 シドはちょうどヴァリアスの左腕を見た。服の上からでもわかる。薄らと光が浮かび上がっていた。


(……あれが『呪』の紋章術?)


 光はまるで眠りを見守る月の女神のように暖かい感じがした。そんな、綺麗な光が『呪』であることに、シドは不可思議な気分に捕らわれた。

「さっさとはなせー!」

 まったく動かない自身に恐怖を覚えたのか、大男は今までとは違う悲鳴じみた声を上げる。その声にシドはうっかり見惚れていたことに気がつき、一度頭を振って大男へと視線を戻した。


「うーん。ヴィー。彼、どうなるんだい?」

 いつの間にか、シドの側にまで来ていたカルヴィアスが困ったような表情で聞く。すると、ヴァリアスは、うんざりした表情をシド達に向け、きっぱりと言った。

「知らん」

「……えぇー」

「し、知らんって、どういうことですか?」

「私の『呪』はどうなるか判らん。ただ、無傷ではすまなくなるのは確かだ」

「は? な、なんだよ、それは! おい、な、なんでオレの足が勝手に動いてんだよぉー!」

 大男は涙声で、叫ぶ。


 大男はヴァリアスに顔を向け、鉈を胸の辺りであげた状態のまま、徐々に後ろに何かに引きづられるように歩いている。

 顔は青ざめ、歯の根が合わず、大男は恐怖にカチカチと歯を鳴らしている。

「な、なんなんだよ。何が起こるんだよ!」

 階段辺りまで後ろに下がり、大男はやっと止まった。けれども、身体は先ほどの状態で固まったままだ。

 シド達と盗人達だけしか居ないはずの広間。なのに、なにか、そう大男より大きい存在が怒りを露にしている。そんな圧迫感をシドは受けた。


「ヴァ、ヴァリアス様」

 あまりに重い気配にシドは若干腰が引ける思いをしながら、ヴァリアスに声をかける。

「……近づくな」

 硬質な声が返ってきた。

「え?」

 シドは今までとは違う拒絶を感じた。

 ガシャン。

 ヴァリアスの態度に二の句がつけなかったシドだったが、頭上から何かが壊れるような音に顔を上げて上を見た。

「……あ、壊れてる」

 カルヴィアスも見上げ、顔を青ざめながら呟いた。


 頭上にあったのはシャンデリア。そのシャンデリアは八本の鎖で吊るされていた。そのうちの一本の鎖が何故か切れていた。

 鎖は切れた反動で蛇のように動き、シャンデリアの燭台の部分にガンッ、とあたる。燭台には蝋燭が何本かまばらの長さで残っていた。そのうちの長いのに鎖は丁度あたったのだ。蝋燭は根元付近からポキリと折れてシャンデリアから離れ、勢いよく一直線に飛んでいく。


 シド達はその蝋燭を目で追っていた。

「あ」

「あー」

 思わず口を開けたまま、変な声を出して行方を追ったシド達の視線の先には、いまだ身体を動かすことが出来ない大男が立っていた。 


 ポコーンッ


 蝋燭はいい音を立てて、大男額を直撃した。

「イッテー」

 蝋燭はそんなに大きくも無く、握り締めてもてるくらいの太さだった。たとえ自分の頭を蝋燭で殴っても、血もでない。地味に痛みがあるくらいの柔なものであろうと一目で思われるくらいの大きさであったはずなのに、大男は大げさと言えるほど痛みを訴えた。


「え?」

 ずっと土下座して怯えていたオレンも、異様な気配を感じ顔を上げて成り行きを見ていたのだが、大男が痛がっているのを見て驚いた。


 オレンと大男は同郷だった。生来から気弱なオレンとそのオレンを子分のようにこき使っていた大男。オレンはいつも大男の機嫌を伺って生きていた。彼は、とても恐いと身にしみて知っていたからだ。いつも、何かあればオレンが殴られたり、暴言を吐かれていた。

 そして、彼が痛がって、泣くような場面を見たことも無かったので、オレンは大男はきっと泣くことなんて無いんだろう、と思っていた。

 オレンと違って、何かあれば泣いているような弱虫ではないのだと。だから、オレンは今見た光景を信じられなかった。

 とても恐かった大男。いつも威張り、殴り、従わなければ酷い眼に合わされると恐怖の対象だったはずなのに、彼は今、なぜか目撃者の一人を殺そうとしていたはずなのに、途中で手を止め、怯え、そして痛みのせいか目に涙を浮かべている。

 オレンはぽかんとした表情で、ただ、大男を見ていた。


「ち、畜生! なんなんだよ、なんなんだよ」

 大男は額から血を流して、怯えていた。いつの間にか、身体の硬直はとけ、手足が動いていることに気がつかないくらい、動揺していた。


 大男にとってオレンはちょっと脅せば使える道具だった。

 オレンを使って、楽に儲けていたはずだった。

 同郷で目をつけた道具。それが、オレンだった。

 いままで、オレンの能力を使って色々なことをしてきた。不意打ちだって簡単に出来るオレンの紋章術、何で自分にその紋章が来なかったのかと悔しがったこともあったが、大男は自分がオレンを使えばいいだけのことだと早々に結論を見つけ、それからと言うもの、オレンを暴力で従えていたのだ。王都に来たのは、ここの方が金目のものがたくさんあると思ったからだ。結果は上々。こんな丁度いい幽霊屋敷も見つけ、ここを財宝の隠し場所にして、貴族の屋敷に何度も忍び込んだ。オレンの能力を使えば、辛抱さえあれば屋敷に侵入するのも、お宝を奪うのも簡単だった。


 段々と物物しくなっていった貴族街の警備。けれども、大男にとって『隠』を使えばなんでもないものだった。欲しいものは簡単に手に入る。ならば、この次は王城にでも忍び込もうか。そんなことを上機嫌に考えていた。

 今日もまた、新しい獲物を奪い、オレンに見張りを命令し、自分はちょっと一杯引っ掛けに言っていた。

 ただ、今日はオレンの奴が一度誰かにぶつかった。酒を飲みに行こう路を歩いていた大男はそのことが気に食わなくなり、一度オレンを殴って躾けてやろうと考えて戻ってきたのだ。そうでなければ、大男は明日まで帰っては来なかっただろう。


 侵入者を見つけたとき、大男はこじゃれた餓鬼が三人、どうとでもなる。そう思っていた。  

 大男は故郷でも王都でもあまり見ないほどの大柄な男だった。力比べでも負けたことが無い。こんなひょろっこい奴ら、分けも無いと思うのは大男にとって当然の考えだった。


 実を言えば、王子、と言った人物は殺す気はなかった。

 捕まえて、王城へ案内してもらおう。きっと、世間知らずだから、殴れば言うことを聞くだろう、と。

 大男は自分が成功することを信じていたのだ。だから、邪魔になりそうな残りの神経質そうな餓鬼をまず殺そうと決めた。


 もう一人の餓鬼は銀髪で珍しいから、もしかしたら商品になるかもしれない。だから、殴るだけにしておこう。そんな考えで、鉈をふるった。

 直ぐに片付く。そう安易に考えていたのに……


「ああ。蝋燭の中に、燭台に挿す円錐の青銅製の釘が入っていたのか……」

 カルヴィアスが冷静に告げる。

「あああああぁ! ふざけんなー」

 王子の冷静な声に、大男はかっと目を開き、吼える。

「てめぇら許さねぇ。ぶっ殺してやる!」

 一歩踏み出そうとした大男。しかし、今まで動かない身体を無理に動かそうとしていた所為で、力がうまく脚に伝わらなかった。


「あ?」

 膝の力が抜け、後ろに身体が反る。そのまま、大男は後ろに倒れこんだ。

 ドシンッ、と大きな音を立てて倒れた大男は、階段の所為でうまく受身が取れず、頭を盛大に打った。

「がああぁあぁ」

 痛みに持っていた鉈を手放して、頭を抱えて転がる。獣の呻きのような声を上げて、大男は痛みに耐えた。

「……え、え?」

 シドは何も無いのに勝手に倒れた大男に目を白黒させる。

「……これぞ、ヴィーの『呪』。傍から見ると、心霊現象が起きて、標的にされた人間が攻撃されて悶絶しているようにしか見えないんだよねー」

 カルヴィアスの言葉にシドは思い当たる節があった。


(そういえば、僕のときもナイフとかがどこからとも無く飛んできてたような……)


 まあ、『不幸』と似たような現象だ、と内心で一人納得した。

 自分に降りかかるか、相手に降りかかるかの違いなだけな気もするのだが。

 ガコン、と今度は何かが外れるような音がした。

 音をたどると、開きっぱなしだった片方の扉の蝶番がすべてはずれていた。

 グラン、グランと枠から外れた扉がまるで酔っ払いのように左右に揺れ動き、手前に一歩二歩と出てくる。

 大男は倒れた状態で、頭を反り頭上を見る。ゆっくりと近づいてくる扉が目に映った。


「ああ?」

 後頭部の痛みでまとまらない思考を無理に回転させながら、大男は扉の動きを注視する。


 なんで、扉が動いているんだ。

 広間にいた全員が思った。


 何故か、扉は大男の手前で左右の揺れが止まる。そして、今度は小刻みに前後に揺れ始めた。

「…………」

 シド達はあまりに現実離れした、不可解な出来事に誰も動くことが出来なかった。

「あ……」

 声を上げたのは誰だったか。その声が引き金になったのか、前後に揺れていた扉は何かに押されたかのように前に倒れ始めた。そう、大男の方に。


「へ?」

 間の抜けた声を上げた大男。

 目の前に影が迫り、艶のある渋い扉が続く。

 熱い抱擁を求める熱烈な恋人のように、扉は大男に一直線に倒れこんだ。

「ぎゃああああ!」

 扉は意外と重さと厚みがあった。

 扉が大男に抱きついたのが先か、大男の哀れな悲鳴が先か。ドシーンという音が広間に響き、そして、静寂がやってきた。


 埃がもうもうと舞っている。

 カルヴィアスが埃を払うように手を振った。

「……やれやれ。盗人は無事かな?」

 顔を顰め、盗人の心配をするようなことを言っているが、その声音にはどこか盗人に対する蔑視が混ざっていた。

 大男は階段に倒れ、その上に扉が覆いかぶさったので、扉が斜めになり、ちょうど大男の伸びた手足しか見えない。


「………が、顔面に当たってますよね。あれ?」

 呆然とした表情で、シドは手足の生えた扉を指差した。

「ははは。さすがヴィーの『呪』。容赦ないね」

「…………」

 ヴァリアスは無表情で前を見ていた。

 大男は暫く経っても、ピクリとも動かなかった。

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