20-8
侵入者がいるようなので、探索したら驚くことに世間を騒がせている盗人を見つけてしまった。さすが、幽霊屋敷。人が住んでないと思われて、拠点にされていたようだ。
シドはこの男を騎士団に突き出したら、早く掃除して、人が住んでいることを知らしめねば。と使命感に燃えた。
縄は見つからなかったが、ふと、カーテンを止めている紐にシドは目をつけた。
(あれなら、結構頑丈そうだから、大丈夫かな?)
やおら立ち上がった時、しゃがれた大声が広間に響いた。
「この役立たずが! なに見つかってやがんだ!」
シド達三人は声をしたほうへ反射的に顔を向ける。声の主は開いたままだった扉の前で仁王立ちし、憤怒の表情で睨みつけていた。
「てめぇら! 俺の財宝をどうしようってんだ!」
大柄で、髭で顔の半分が埋まっている熊みたいな男が唸り、怒声を上げる。その声は、広間をビリビリと振動させるほど大きい。
この男も財宝を盗んだ盗人の一人のようだ。どうやら、盗人は二人いたらしい。それにしては、男の言がひっかかる。まるで、自分だけの物のように言っていた。
シドは男の怒気に飲まれ、動けなかった。
大男は肩を怒らせ、荒い息を吐いている。今にも、シド達三人に向かって突撃しそうな気概も見られる。
もう一人の犯人。気弱そうな男が「ひっ」と短い悲鳴を上げるが聴こえた。
シドの背中を冷や汗が流れるのを感じた。
そんな、緊張感漂う雰囲気をぶち壊したのは、ため息だった。
「……むさ苦しい」
カルヴィアスがポツリと零した。
「……は? いや、今はそんなことを言っている場合じゃないかと!」
悲鳴じみたツッコミもカルヴィアスの口を閉ざすことが出来ない。
「でもねぇ。シド君。こう、鮮やかな手口の盗人ってなんだか格好いいような。血が沸くような浪漫に似たワクワク感があるだろう」
「……はあ」
何をいいだすんだろう、この王子は。
シドは曖昧に返事を返すだけで精一杯だ。
そんな、シドの困惑気味の合いの手なぞ何のその。カルヴィアスは段々と自分の世界に入って、苦悩するように、額を手で押さえた。
「なのに、見た目が熊男。せめて、貴族の屋敷に侵入するなんら小奇麗にしていてもいいものを。見た目が熊男!」
くうっ、と悔しそうに唇噛む王子。
シドはもう何も言えなかった。
「誰がどう見たって、山が似合いそうな山賊みたいな熊男! 私の浪漫を返したまえ!」
額に当てていた手を、ビシッと扉の前の大男に向けて、きりりとした表情で締めくくった。
「…………はぁ」
呆気にとられたシドが、どう反応すればいいのかわからないという感情を交えてため息を零せば、
「………はあ」
と、頭が痛そうな素振りでヴァリアスも苦渋を込めたため息を吐いた。
「うん? 二人ともどうしたの?」
「……まったくもって効果は無いとは思うが一応忠告しておこう。王子たるもの偏見なものの見方をするな」
ヴァリアスがこめかみを指で押さえながら言うと、カルヴィアスはにこりと笑った。
「大丈夫。私、王子としては完璧って言われているから。公衆の面前ではちゃんと王子になってるよ?」
色々と聞きだしたくなるような言い回しだ。
シドは、現実逃避をしたくなった。さすが王子、とでも言えばいいのだろうか。
(もうやだ、この人なんか恐い)
掴み処の無いカルヴィアスに心の内で泣きたくなった。
「なにごちゃごちゃ言ってんだ、てめぇら! オレの住処に勝手に入ってんじゃねーよ」
大男はいつの間にか手に鉈のような武器を持っていた。その鉈を振り上げて、威嚇するように大声を上げる。
それに怯えたのは、シドとなぜか犯人の仲間のはずの男だけだった。
「………ぶあっははははっ! き、聞いた? 聞いたかい、ヴィー。お、オレの住処だって!」
笑いの壷に入ったのか、カルヴィアスは声を震わせ、腹を抱えた。
「なにが可笑しい!」
大男が怒鳴る。
「だ、だって。……ねぇ」
いまだ笑いを収められないカルヴィアスが目に涙を溜めながら、シドとヴァリアスを交互に見やる。
シドはカルヴィアスの爆笑で怯えが薄れ、ヴァリアスにいたっては、手の平で顔半分を覆い隠し、苦虫をつぶしたような顔になっている。
「……君には色々と聞きたいことがあるけど、一つだけ訂正させてもらうよ」
「ああ?」
怪訝そうな顔になる大男。カルヴィアスはやっと笑いが収まり、息が整ったのか、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「この屋敷は、ここにいるヴァリアス・アニィ・ウィルフズのものだよ」
「……は? 幽霊屋敷の空き家だろここ」
意外な言葉に大男は怒気が削がれたのか、素で答えた。
カルヴィアスはその答えにまた爆笑し始めた。
まあ、誰だって、そう思うだろう。
シドは大男が勝手に侵入したのは見た目、誰もいなそうだからしょうがないと納得できる。自分だって、関係なければどう見たって、この屋敷は廃墟に近い幽霊屋敷だ。誰もいなそうだ、と思うだろう。
だが、しかし、この屋敷の掃除を任された使用人としてはなんだか今の言葉に苛立ちを覚えるのも事実。
ちらりとカルヴィアスを見れば、腹を押さえて笑いが収まらないようだ。ヴァリアスの方も見れば、どこか遠い目をしていた。
「~~~っ! いい加減にしやがれ! 人を馬鹿にしやがって! おい、オレン! オレの姿を隠せ! こいつらやっつけてやる」
ニタリと大男が嗤う。その笑みは、人を傷つけることに慣れた者の歪んだ表情だった。
大男は一方的な暴力が振るわれることになるだろうと信じて疑っていない、狂気を宿した目で三人を睨め付ける。
「で、でも、この人、王子って言っているし。そ、それに、住んでいる人がいたみたいなんだよ? お、俺だから、盗みはやめようっていったのに。その上不法侵入になってるよ。……も、もうやめようよ」
シドはオレン、と呼ばれた男に視線を送る。捕まえようとしていた男のことだ。
オレンは震えながらも、土下座の姿勢で、顔を上げ顔を青白くしながら、大男に必死になって懇願する。
「ごちゃごちゃうるせぇーんだよ! てめーは黙ってオレの言うことを聞いていりゃ良いんだ! 要領が悪くて行く当てのねえてめぇを拾ってやったのはこのオレだぞ! ちったぁ役に立て!」
「ひいっ」
怒鳴り声にオレンは怯え、目を強く瞑り、身を縮ませて震えた。
あまりの大男の身勝手な言い分に、シドはムカついた。
「ひどい」
思わず、非難の声が口から漏れた。
大男はその声が聞こえたのか、ふんと鼻で笑った。
「はっ。こいつはな、宝の持ち腐れってやつなのさ。てめぇの紋章が『隠』でどんな大きさのものでも、自分と視界に入るものなら誰にも気づかせず隠すことができる、なんて便利な紋章術を得たってのに、やることといっちゃあ森で猛獣から身を守ったり、こそこそと隠れるくらいにしか使やしねぇ。だから、オレが扱いてやってんだよ。正しい使い方ってやつをな!」
「なるほど。いつの間にか美術品などが消えていると思われていたが、消えたんじゃなくて、隠されていたのか」
「そうさ。貴族の屋敷に入る前に『隠』れりゃ、門が開いたときなんかに、一緒に入っちまえば気づかれねぇ。その後は、頃合を見計らって、金目のモンをまた『隠』してかっぱらうだけだ。そうすりゃ、簡単に財宝はオレのものになるって寸法よ。ついでに、ここまで『隠』してもってくりゃ、誰かに気づかれることもねぇ。これほど楽な商売はねえってのに。この馬鹿はいつまで経ってもぐずぐず「いやだ」だの「悪いことをするのはどうかと思う」だのあまったれたことしか言やしねぇ」
「で、でも。『隠』せるものは見たものだけだから、見たことの無いものまでは『隠』せないし……お、俺、こういうことは駄目だと思うんだよやっぱり……」
オレンが怯えながらも大男にぼそぼそ、とか細い声で反論する。
シドはその言葉に、脳が痺れる様なひらめきを受けた。
「わかった。だから、青と緑の光りだったのか」
「どういうことだ、シド」
大男の動きを注視しながら、ヴァリアスが聞いてくる。
「あ、はい。翡翠は緑と青の硝子で出来ているでしょう? たぶん、子供達が見たのは、翡翠に光が当たったためにできた光線だったんじゃないですか? 翡翠は室内においてあったから、光にかざされた時の光の筋はできないでしょう?」
「……ああ、なるほど。『隠』すときに見ていなかった光の筋までは隠せず、持ち運ぶときに太陽光にあたって硝子の輝きだけは見えてしまった、と言うわけか」
シドの言葉にヴァリアスが続く。
「……なんというか、間抜けだね」
カルヴィアスが呟くと、耳ざとく聞こえた大男はくわっと目を見開き怒りを滾らせた。
「誰が間抜けだ! てめぇら、ゆるさねえ」
があっと獣のように吼え、大男は得物を振り上げ、階段飛び降り、広間の中央、シド達がいるところに突進してくる。
「わっ!」
憤怒の表情の大男に恐怖を覚える。シドは自覚なしに短い声を上げた。あまりの恐ろしさに目を瞑ることも出来ない。
混乱したシドの耳に後ろの方から「ひいっ」と小さな悲鳴が聞こえる。そのときになって、シドは自分の後ろに、盗人の仲間がいることを思い出した。なのに、近づいてくる大男は仲間のことなどおかまいなしに得物を振り下ろそうとする。
動けない。
シドは身体が硬直したように動けなくなっていた。
眼前に迫る大男は近づいてくるにつれその体躯の大きさが際立っていることが判る。シドやヴァリアスの二人や三人が飛び掛ってもびくともしなそうなほど筋骨隆々としていた。
シドの前にはカルヴィアスとヴァリアスがいる。このままでは、真っ先に犠牲になってしまうのは貴族と王子だ。
様々な『不幸』にあって突発的なことにはなれたはずなのに、シドは恐れ、動けない自分にいらだった。
「うおおおぉ!」
大男はヴァリアスに狙いを定め、鉈を振り下ろす。その瞬間がシドにはやけにゆっくりに感じた。
「ヴァ………」
咄嗟に手を伸ばし、シドは動かない足を動かそうともがく。
振り下ろされる鉈がヴァリアスへの軌道を逸らすはずも無く、脳天に吸い込まれそうになる。
自分の動かない足に苛立ち、見ていることしか出来ない。歯がゆく、奥歯を噛み締めることは出来るのに、こんな探検をするんじゃなかったと後悔してももう遅い。そう思った。




