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執事はオーリスが出て行ったのを確認し、扉をゆっくりと閉めた。シドはもう一度座るのも可笑しいと思い、浮いていた腰を持ち上げ、背筋を伸ばして、その場に立った。
執事は立っているシドの前に近づいて、厳めしそうな顔を少しだけ綻ばせた。
「……そのように緊張しなくてもよろしいですよ。シド君と呼んでもよろしいですかな? 先ほどは自己紹介もしていませんでしたな。私目はアラン・フィード。当家の執事をしております。なにも、難しいことをやってもらう訳ではありませんので肩の力は抜いてください」
「そ、その。よろしくお願いします」
「はい。では、仕事内容のほうは、旦那様からお聞きになりましたか?」
「あ、はい。屋敷の掃除とヴァリアス様のお世話だと……」
「若様の……?」
シドの言葉を聞いて、執事はかすかの目を見開き、囁くように言葉を発した。
(あれ? なにか、問題でもあるのかな?)
執事が驚いたそぶりをみせたので、シドは内心不安を感じた。その心内が滲み出て表情が曇った。
執事は目敏くシドの表情に気づき、顔つきを元に戻した。
「あ、いえ。なんでもありません。では、仕事内容をもう少し詳しくお話します」
「……はい。お願いします」
執事の態度が気になった。多分、ヴァリアスについてだろう、ということは推測できるが、雇われたばかりの人間が聞くべきではないだろうと考え、シドはその話題には触れないことにした。
執事の話では、シドは通いの使用人として働くということだ。朝に屋敷に向かい、夕方に帰る。主な仕事は、あの幽霊屋敷と見紛うばかりの屋敷の景観を少しでも取り戻すこと。普通は、庭は庭師の仕事なのだが、シドにある程度の草むしりや、簡単な剪定も行って欲しいと言われ、シドはびっくりした。
「え? でも僕、庭仕事は雑草を引き抜くくらいしかできないんですが」
「では、気になることや、やり方がわからない場合は、面倒かもしれませぬが、当家に来ていただいて、園丁に話を聞いてください。他の仕事についても同様に、屋敷の者にはシド君に教えるように、と言っておきますので」
執事は事も無げに言い切った。貴族の使用人というものはそれぞれ専門の人間がいると聞いたことがあるし、庭の木なんてものはそれこそ職人の領域だと思っていたが、どうやらシドはヴァリアスの屋敷でどの使用人の仕事もこなさなくてはならないような口ぶりだ。
「あ、あの、僕は掃除人、として雇われているんですよね?」
シドはてっきり屋敷と庭の噴水などの物を掃除するものとばかり思っていたが、なにやら理解の違いが出てきているような気がしてならなかったので、恐る恐る執事に聞いてみた。
「はい。掃除は屋敷内から庭まですべてです」
「す、すべて?」
「はい。すべてです。庭木から調度品の汚れや曇りまですべて。できればピカピカにしていただきたいのですが、さすがに一年では無理かと思いますので、せめて人が住んでいることがわかる程度に綺麗にしていただきたいですな」
「は、はあ……」
一人でやるには、なんという広さだろう。シドはため息のような返事しか返せなかった。
「それと、若様のお世話なのですが……」
一度言葉を止め、執事は一考する仕草をする。
「なにか、問題でも?」
「ああ、いえ。若様は一人でいることを好まれる方なので、あまり近づかず、若様から用があったら動くようにしてください」
「……じゃあ、基本的に掃除をすれば良いんですね」
「まあ、そうですね。……ああ、それともう一つ、若様の屋敷の方へ三日に一度日用品や食料などを届けに行く者がいますので、その者から渡された物を必要な場所に収めていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「判りました」
シドは頷いて了承した。
「では、別邸に物を運ぶものと顔を合わせておいたほうがいいでしょう。案内しますので、付いて来てください。それと、掃除に必要な知識も一通り、教えましょう」
「はい。よろしくお願いします」
シドの返事に、軽く頭を縦に揺らし、執事は踵を返して応接間の扉を開き、シドを先に廊下に送ってから、彼の前を歩き始めた。
シドは一度、父親のネクタイを締めなおし、執事の後についていった。