20-7
シドが一点を見ていることに気がついた二人は、その視線を追いかける。
空間のヒビは始めは目を凝らさなければ判らないような大きさだった。それが段々とパキパキと音を立てながら広がり、大人の身長ぐらいまでの大きなヒビになった。そのまま、ヒビの周りに小さな亀裂が入り、パンッと薄い硝子のようなものが勢いよく弾け飛んだ。
近くに破片が飛んできそうだったシドは反射的に顔を背け、腕で身を守った。しかし、痛みがなかったので、腕を下ろし、ヒビがあった場所へ視線を向けて驚愕した。
「な!」
「おや、これは壮観だね」
三人がいる広間の中央辺りより少し奥の一角。そこには絵画や金の延べ棒。重そうな木箱に芸術品など高価な品物が幾つも積み上げられていた。
「な、何ですかこれは!」
突然現れた品々にシドは驚きが隠せず、立ち上がって、目を丸くする。
「うーん。どう見ても、絵画や金銀財宝だけど。……シド君には別のものにでも見えるのかい?」
「いえ。僕にも同じものに見えますけど。そうじゃなくてですね!」
誰だって、突然金銀財宝が目の前に現れたら混乱するはず。なのに、カルヴィアスはどこか落ち着いている雰囲気で、笑い声を上げた。
「あはは。解っているよ。まあ、私もさすがにこんな所で財宝を見るとは思っても見なかったな。どこから手に入れたのか、とか詳しい経緯はやっぱり、この気絶したふりをしている人に聞くのが一番だろう?」
「え?」
カルヴィアスが目の前で倒れている男を指差した。シドも下を向き、男を見る。
男は先ほどから、ピクリとも動かない。てっきり、まだ気絶しているものとばかり思っていたシドだったが、カルヴィアスはニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「所で、シド君は知っているかい? かまいたち、と言う現象を」
「かまいたちですか?」
「そう。何も無いのに物がすっぱりと切れる風の現象の一つで、確か、旋風の中心に真空が出来ると切れるそうだよ」
「はあ?」
何故そんな話をするのだろう。シドはカルヴィアスの意図を測れす、困惑した表情になる。
そんな、シドをお構いなしにカルヴィアスの笑みは更に深くなる。
「ためしにやって見せようか?」
王子の視線はちらりと下を見た。
「…………」
「ああ。もちろん、話せないと困るから、手足だけにしとくよ? 私の創るかまいたちはそれは評判なんだよ。鉄製の槍もすぱっと切れる、っていう具合でね」
「………寝転がっている相手だ。床は切るなよ」
家主が了承するようなことを言う。シドは止めた方がいいのかちょっと迷ったが、男がびくっと肩を揺らしたことに気がついた。
カルヴィアスの言ったとおり、気絶しているふりをしているようだ。しかし、起きる気配はない。
「って、どうやって床を切らずに切るんですか!」
風をどう動かせばすぱっと寝転がっている相手だけを切れるのだろう。そんなシドの疑問は笑みを崩さない王子によって簡単に解決した。
「え? シド君が男の脚とか手を持ち上げてくれたら、その付け根辺りをね。こうすぱっと?」
手で薙ぐような仕草をするカルヴィアスに、シドは一瞬納得しかけたが、はっとした。
「ちょ、それってカルヴィアス様が失敗すると僕もすぱっといくんじゃないですか!」
「おや、心外だなあ。私、王子だよ? なのに、疑うなんて……」
「自分の身の危険を感じるんです!」
「す、すぱっとだけはやめて下さい!」
シドの叫びの直ぐ後に、まったく聞いたことのない声が混じった。
三人が声の主に顔を向ける。うつぶせに倒れていたはずの男が青ざめた顔で、後ろに曲がりながらハイハイの要領で三人から離れ、土下座して縮こまった。
「……ふふふ。作戦どうり」
カルヴィアスが呟く。その言葉にシドはほっとした。
「さてさて、不法侵入の上、金銀財宝を人の屋敷に隠す。どういう了見なのか、教えてもらおうか?」
カルヴィアスの言葉に、男はそろっと顔を上げる。そして、カルヴィアスの背筋が凍りそうな黒い笑みを見てしまい、また急いで床に額をつけた。その際、勢いがつきすぎた所為で、ゴンと痛そうな音がした。
「い、命だけは勘弁してください!」
「うん? そうかい。嫌なら、さっさと話すべきだと私は思うんだけど。ねぇ、ヴィー?」
カルヴィアスが視線でヴァリアスに同意を求める。シドもヴァリアスへ目を向けると、ヴァリアスは呆れたような、怒りのような、複雑な感情を顔に出して、積まれている財宝を見ていた。
「…………新聞で騒がれた消えた美術品がいくつかあるな」
「ええ?」
ヴァリアスの指摘にカルヴィアスも財宝の方へ顔を向ける。
「おや、まあ。……確か、あの絵はラッセル子爵の家の家人の前で消えた『微笑む貴婦人』。そっちの、木箱の一番上にあるのはシューマル男爵家から忽然と消えた、硝子製の一点もののランプ」
カルヴィアスは財宝のいくつかを指摘して驚きの声を上げた。
「………あの木箱の上にあるのは、我が家から盗まれた翡翠の置物だ」
無造作に木箱に立てかけられている絵と木箱の隙間に隠れるように、ちょこんと置かれていた硝子の翡翠。 シドも覚えている。あの、綺麗な青と緑は確かにウィルフズ家で消えたものだった。
「おやおや。なんでここにあるのかな? 説明してくれるかい?」
財宝から男の方へ視線を戻し、カルヴィアスは声だけは優しく問いかける。男は怯え、頭を下げたまま、身体を震わし、口ごもった。
「こ、これはその……」
「言えない? じゃあ、こう聞けばいいかな? もしかして、君。貴族街で頻繁に多発している、消える盗人の正体かな?」
「……っ! ……」
男は肩を跳ねさせ、さらに縮こまる。
「……カルヴィアス様。ここにあるのは全部、盗まれたものなんでしょうか?」
シドは男を気にしながら聞く。すると、カルヴィアスは頷いた。
「恐らくね。一応、貴族が被害にあっているから、私のほうにも何が盗まれたのか被害報告が来ている。見える範囲での絵画や美術品、調度品なんかは報告にあったもので間違いないね。まあ、いくつか聞いていないものもあるけど。家人が気づいていないのか、言えないものなのかは今後の捜査しだいかな?」
「でも、どうやって翡翠の置物を盗んだんでしょうか?」
そう、忽然と消えたときシドはその部屋にいたのだ。なのに、気がつかず、翡翠だけ持ち出された。
シドは男に視線を固定したまま、訝しげに言った。
「うん? そうだね。今までの話や推測を整理していけば判るはずさ」
カルヴィアスは楽しそうに口の端を上げて笑んだ。
「さて、まずは先ほどの現象を見ただろう? つまり、彼は周りから何かを隠すことが出来るようだ。ならば自分自身を隠して、物を盗ればいい。実に簡単で、手口を知ってしまえば推理するほどのことでもない」
「……紋章術を悪用したんですね」
紋章術に憧れを抱いているものとしては、あまり気分のいいものではない。
カルヴィアスも残念そうな表情になる。
「その通り。嘆かわしいことに、紋章術はフェリス国民のために初代国王が祈り表れた奇跡。なのに、犯罪に使う国民は居ないわけではない。もっとも、紋章術だろうと、錠前破りだろうと犯罪を犯せば捕まえるけどね」
苦悩するように額に手を当て、もう片方の手を胸にそっと置き、深いため息をつく。
カルヴィアスの大げさな身振りにも大分慣れてきたシドは特にそのことについては何も言わない。
「……さっさと捕らえろ」
ヴァリアスも慣れたもので、端的に言うだけだ。
「はい。じゃあ、なにか縛るもので……」
「私は無視されたのかい、もしかして?」
カルヴィアスは拗ねるように唇を尖らせながらも、男が怪しい動きをしないか見張り、ヴァリアスも同じように見ている。
男は観念したのか、震えたまま床に額をつけたままだ。
シドは見張りを二人に任せ、男を縛る縄などが無いかと辺りを見回した。




