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20-5

薄い色合いのカーテンの隙間から零れる光が照明の代わりに広間を照らしていた。長方形の部屋は、まるで微睡でいる人間に対して春の女神が微笑んでいるような、優しい雰囲気に包まれていた。しかし、鼻腔を擽るのは花の匂いではなく、埃とカビの土臭い臭いがした瞬間、優しい幻が消え、そこはまるで、時を止めて朽ちていくことを待ち望んでいるような、そんな寂しげな場所に早変わりした。


 室内は変わった造りをしていた。

 扉からフロアを大股で三歩も歩けば階段にあたり、二段ほど下りると平らな床になっている。まるで、持ち手が四方についた長方形の耐熱皿のような印象をシドは受けた。

 部屋の中央には埃被ったシャンデリアが存在感を醸し出し、部屋の隅にはテーブルや椅子が積み上げられていた。


「………変だね?」

「そうですね……」

 カルヴィアスとシドは中央の下がった床を見つめながら小さな声を出した。

 昔はそこでダンスを踊っていたり社交の場だったのであろうその場所には埃が殆ど見当たらなかった。明らかに可笑しい。シドは、今更ながら、侵入者が何者なのか恐くなった。もし、相手に出来ないような人間だったらどうしよう。そんな不安が湧き出てきた。


「……ほんと変だよね。……普通、広間って階段とかつかない筈なんだけど」

「…………って、そこですか!」

「え? 大事でしょ。だって、広間ってダンスはもちろん会食の場になったりするんだよ? 階段なんかつけたら、いちいち物を運んだりするのがめんどくさいじゃないか。これ、絶対様式美にこだわりすぎて、機能性を考えない建築家が造ったんじゃないかなぁ」

「だい、大事……なんですか?」

「ねえ、ヴィー。そういえば、この屋敷って誰が建てたんだい? こんなおかしな造りなんて、よっぽど変わった建築家に頼んだか、妙なこだわりを持った家主だったと思うんだけど?」

 シドの当惑を無視してカルヴィアスは後ろのヴァリアスに話しかける。

 ヴァリアスは面倒だと表情に貼り付けつつ、扉の側まできて、肩を扉に寄りかからせた。


「さてな。私は静かに暮らせる場所だからと、父上に紹介されただけだ。屋敷の詳しい経歴などに興味を持ったことはない」

「……そういえば、ここで働くと決まったときに簡単に屋敷の説明を受けましたが、なんでも、変わった貴族が商業区の近くに家を欲して建てたとか? ああ、でも、ヴァリアス様が住むまでは人が入っても直ぐに出て行ってしまっていたとも聞いてます」

 カルヴィアスの言動はいちいち反応するだけ無駄だと割り切ったシドは、二人の話に加わった。


「へえ、その変わった貴族っていうのがもっと詳しく知りたいなー」

「すみません。そこまではちょっと知らないです」

「……ああ、確か六十年位前だと聞いたな。この屋敷が建ったのは。そして、三十年位前から次々と所有者が変わっている。速くて数時間、長くても十日前後で屋敷から出ていったと聞いたな」

「おや、六十年前なんて随分最近なんだね。それに、次々と変わる所有者ってちょっと意味深だねー。まあ、ヴィーが住む前から幽霊屋敷だったみたいだから、所有者が代わって行った理由はなんとなくわかるけど」

 ちろりとヴァリアスを見てカルヴィアスは一度言葉を切る。


「話半分に聞いていたからそれ以上は知らん。知りたければ調べるといい」

 ぞんざいに言葉を放つヴァリアスにカルヴィアスは苦笑して、言葉を続けた。

「……未だに幽霊屋敷扱いなのはヴィーがご近所付き合いをまったくしていない所為だと思うんだけどねぇ」

 ヴァリアスは沈黙で答えていた。


(六十年前は結構昔のような気もするが、貴族からすれば最近なのか。いや、それよりも、ヴァリアス様にはもう少し、この屋敷に住んでいることを周知してもらいたい。カルヴィアス様、いい事を言うなぁ)


 カルヴィアスの言葉にシドは心中で同意した。

 二人の落ち付いた言葉を聞いていると、シドの胸の内の渦巻いていた不安が静まっていくのを感じた。気になる内容だったので、そちらの方に意識が向いているのかもしれないが。

 何があっても、咄嗟に動けるようにはしておかないと。と意気込むシドの耳に嬉々とした声が入ってきた。

「ところで、床がかなり綺麗になっているね。これは、調査の仕様がありそうだ」

「……やっとですか!」

 シドがおかしいと思っていたことをやっと指摘してくれた。


「え、なにが?」

 なのに、カルヴィアスはきょとんとして、シドのツッコミを理解してくれない。

「………なんでもないです」

 シドは肩を落として意気消沈するしかなかった。

「さて、侵入者は明らかにこの部屋に何度か入っているようだと推測できる。なぜかと言えば、簡単なこと。床が驚くほど綺麗だ。つまり、掃除しておかなければならないことがこの部屋にあるから。ならば、ここに何かある、と考えられる。では、何かあるのならば、何度もこの部屋に入る必要性があるのではないか。そう! 何度も出入りしている、ということなのだよ諸君!」

 顎に手をあて、広間の綺麗になっている床をビシッと指差す王子。そんな、王子の横辺りと後ろの方から無言の冷えた視線が発生した。


「…………ごほん。では、侵入者の目的は一体何なのか。ここに侵入者は本当にいるのか。……とりあえず、手分けして探してみようか? 殆ど開けた場所だから探す場所は無いように思えるけど」

「…………」

「…………」

「ねえ、お願い。何か話して! 無言はイヤー」

「……じゃあ、僕は階段を下りて中央辺りを探してみます」

「……左のフロアを見てみよう」

 シドは階段を下り、ヴァリアスは左のフロアへと歩いていく。一人扉の前で残されたカルヴィアスは、自国の王子に対してあっさりと背を向けた二人を交互に見てポツリと一言呟いた。

「……似たもの主従だよ。ほんと」

 ため息をついて、優雅に右のフロアの方へ歩いていった。


 右フロアの窓際に面と面を向かい合わせるように、積まれて並べられた長机はどれも重厚感があり、脚には職人の粋を込めた彫り物がされている。さぞかしパーティーの時には料理の引き立て役になったであろう想像に難くない。

 並べられ、ひっくり返って積まれている長机の一つの脚にカルヴィアスは指を滑らせた。

 つるりと通ると指後がくっきりと残っている。滑らせた指の腹を見ると埃がついていた。ざっと見回してみても、右のフロアには誰かが触った形跡や、歩いた形跡は見当たらない。あるのはカルヴィアスが通った足跡くらいだ。

 カルヴィアスは少し考える素振りをしたあと、中央の方へ身体を向け声を上げた。


「なにか、変わったものはあったかい?」

 王子の声は広間に響く。

 左のフロアにいたヴァリアスはしゃがみこんで端に寄せられていた長机の下を覗き込んでいたが、カルヴィアスの声に反応したのか、腰を浮かし立ち上がり、カルヴィアスの方へ顔を向けた。

「特に、何も」

 簡潔に答えを返す。カルヴィアスは肩を竦めて、こちらも何も無い、と答えを返した。

 シドはどうなのだろう、とカルヴィアスが視線を向けると、シドはどうにも奇妙な行動をしていた。

「シド君。一体どうしたんだい?」

 シドは困惑した表情で、中央辺りをまるで餌をもらえず苛立っている熊のようにうろうろしていた。


(うーん。なんだ? なにか、ここら辺違う気がするような……しないような?)


 シドは自分の感覚に戸惑っていた。階段を下りたときから、なにか変だと思った。それが何かわからない。なので、とりあえず、真ん中辺りまで歩いてきたのだが、そこで足が止まりうろついていたのだ。

「シドくーん」

 カルヴィアスが呼んでいたが、シドの耳にはまったく入らず、シドは自分の思考に没頭していた。


(なんだ? なにか、そう、なにか、同じようなことがあった気がするのに、なにかが違う)


 シドはきょろきょろと辺りを見回す。なにか違和感を感じるのは確かなのに、それが何か思い出せない。


(これは……そうだ! 不幸が起こる前兆で感じる、ちりちりした感じに似ている)


 自分の思考の中で答えがでて、シドはすっきりした気持ちになったのも束の間、自分の出した結論にはっとした。

「……つまり、ここで、不幸到来?」

 呟いて、シドはばっと左右を確認する。

 そんな奇妙な行動を暫く見続けた王子は何かあったのでは、と心配になったのか、階段を下りようとする。シドはカルヴィアスの行動に気がつき、慌てた。


「ちょ、カルヴィアス様、そこから動かないでください!」

「え?」

 強い口調で止められ、カルヴィアスは驚いた様子で立ち止まった。

 ヴァリアスもシドの怪しい行動が気になったのか階段近くまで来た。

「どうしたというのだ?」

 戸惑った声で聞いてくるヴァリアス。しかし、シドは警戒して辺りを見回していたため、その言葉に気がつかなかった。


「なんでだ? 僕、何かいいことがあったっけ? というか、なんでこんな場所で? いや、それよりも……」

 上のシャンデリアが落ちてくるのか、下の床が抜けるのか。はたまた、右から仔猫でも窓を突き破って大量にやってくるのか。

 シドはどんなことが起こるのか、戦々恐々としながらも周りの僅かな違和感も見逃さないように油断なく警戒しつつ、ゆっくりと後ずさりを始めるシド。


 傍から見れば、唐突に突飛な行動に出た変な人にしか見えない。

 カルヴィアスとヴァリアスは何がしたいのか判らないシドをただ見ていた。

「…………あ、職場復帰って幸運じゃん、僕」

 ぽん、と手の平を拳でたたいて納得した。幸運の後には不幸が来る。いつものこととはいえ、こんな場所で一体何が起こるのだろう。


(いや、まて。ウィルフズ家からこっちに来るまでにも結構いろいろあってたけど……)


「……まさかの時間差かい!」

 頼むから、屋敷破壊はやめてくれ。

 不幸で壊したら、請求はシドに来るのだろうか。そんな恐ろしいことを考えてしまい、目に涙を浮かべる。

 逃げられるように神経を尖らせ、どくどくと煩く鳴る心臓の音を耳で捉える。

「頼むから、破壊行為はやめて……」


 シドの緊張が頂点に達したとき、後ろに後ずさりしていたシドの左足のかかとに何かがぶつかった。あとはもう自然の摂理に従った。

「え?」

 ゆっくりとシドは後ろに倒れていく。

「シド!」

「ちょっと、なにしているんだい。シド君!」

 ヴァリアスとカルヴィアスの叫び声をシドは天井あたりを眺めながら聞いていた。右手が何かに触れた。シドは真っ白になった頭のでその何かを掴み、そのまま床へと倒れこんだ。

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