20-3
シドは頭をかいた。カルヴィアスとのやり取りで自分がその前に考えていたことがなんだか小さなことのように思えて、気が楽になっていたのだ。もしかして、シドの気持ちを落ち着かせるために、わざとあんなことを言ったのだろうか。
シドは息を吐いて気分を変える。
開けられたままの部屋の扉を閉めて、二人から少し離れて歩き出そうとすると、シドの後ろから声がかかった。
「ちょっと、シド。シド」
小さな声に、シドは一瞬聞き間違いかと思ったが、振り返り声の発生場所を探そうと首をめぐらせると、意外なところに声の主がいた。
「え? あれ、リエッタさん?」
いつの間にいたのか、リエッタがヴァリアスの寝室の扉の前辺りにある、廊下の窓を隠す緞帳のように重たそうな、床につきそうなほどの長いカーテンの隙間から手をだして振っていた。
「どうしたんですか。……といいますか、どうやってそんな所に?」
窓とカーテンの合間に身体をすっぽりと覆い、手と顔だけ出している。夜に出会ったら、幽霊だと叫ぶ自信を持ちそうなほど、この屋敷には似合っている格好だ。
「もう。細かいことはどうでもいいのよ」
シドの疑問をあっさり破棄して、リエッタはシドに近くに来るようにと手招きする。シドは色々と言いたいことがあったが飲み込んで、先輩の側に近づいた。
「あの、なんでしょうか?」
目の前まで来たシドの耳元に近づき、リエッタは耳打ちするように口元に手を添えて、小声で話す。
「さっき、広間の方から音がしたんだけど、あんたそっちに行った?」
「いえ。……そもそも広間ってどこですか?」
「……このまま真直ぐ行って、廊下の奥にある、おっきな部屋のことよ。基本的にダンスパーティーなんて華やかな催しものをするときに使われていた部屋よ。もう、部屋の場所くらい覚えて置きなさい」
呆れを含んだ表情で先輩に言われ、シドは小さくなった。
「うっ。はい。掃除しながら覚えます」
「よろしい。で、広間に行った?」
リエッタに言われ、シドはちょっと考えた。
広間のある棟の二階には殆ど行ったことが無い。それに、カルヴィアスはシドと一緒に二階に来たし、ヴァリアスも書斎から殆ど出ない。
「リエッタさんは広間の方にいたんですか?」
「え? ええ。ちょっと、用事があってね。でも、いたのは広間の手前の部屋よ。だから、音が聞こえたからびっくりしたの。シドでもいるのかと思ったんだけど……でも、シドたち三人とも書斎から出てきたのよねぇ」
「………それって、まさか……」
シドは背筋がぞっとするのを感じた。
「何をしている……」
「わっ!」
唐突に背後から、押し殺したような淡々とした声がした。シドは驚いて声をあげ、慌てて後ろを振り向く。そこには、腕を組んで不機嫌そうなヴァリアスが立っていた。
「……ヴァリアス様」
「何をしている。さっさと来い。私をあれと一緒にしておくな」
くいっと顎を向けるその先には廊下に並べら得ているチェストの上の壷を手にとって顔をはめそうなほど間近でじろじろと無遠慮に眺めているカルヴィアスがいた。
それほど、一緒にいたくないのか。
自由すぎる王子は最強だ。
シドはヴァリアスの気持ちを察し、引きつった笑みを浮かべた。
「そ、そうだ。ヴァリアス様。広間で物音がしたそうなんですが、行って見ませんか?」
「広間で? ………いや、その前に、誰に聞いたんだ?」
「え? 誰って、ここに……あれ?」
シドが振り向いてリエッタがいたカーテンへを目をやったが、いつの間にか彼女は消えていた。人がいたであろう跡を残すように、ゆらと揺れているカーテンだけがそこにはあった。
「そこに、誰かいたのか?」
「あ、はい。さっきまで……」
「広間に何かあったのかい?」
シドの言葉を遮り、にゅっと湧き出るようにヴァリアスの後ろからカルヴィアスが顔を出して聞いてきた。
「…………」
ヴァリアスは後ろに立たれるのが嫌なのか、無言で窓際の方に体を寄せた。
カルヴィアスはそんなヴァリアスに気にする事無く、その場所で背中の方に腕を回して、ニコニコと傍目には優しい王子の笑顔に見える笑顔で立っている。
「で、広間に何があるんだい?」
ちらりと自分の前から避けたヴァリアスに視線を送った後、カルヴィアスはシドに再度尋ねる。シドはリエッタのことを言う機会を逃した。だが、きっとメイドのことも知っているだろう、と考え、先輩メイドのことはひとまず置いておくことにして、気になった情報をまずは話すことにした。
「はい。そこで物音がしたそうです」
「いつ?」
「ついさっきだそうなんですが。僕達は書斎にいたのに、です」
「ほほう。それは怪しい。実に怪しい。……よし。では広間に行ってみよう」
「は、はい」
では、しゅっぱーつ。と勢いのいい声を上げ、カルヴィアスは踵を返して数歩歩き出して止まった。シドは不審に思ったが、直ぐに疑問は解けた。
「………で、広間はどこかな?」
振り返りカルヴィアスが聞く。シドは一瞬言葉を忘れ、固まってしまった。
「………このまま、真直ぐ行って一番奥の扉だそうです」
決して、知らずに動こうとしてたのか、というツッコミは入れなかった。




