20-2
「さて、我々探検隊はまず、どこから調べようか? ……まあ、近場の書斎の隣から順番に調べてみよう」
言いながら、カルヴィアスは書斎の隣の扉の前で立ち止まった。シドもつられるように立ち止まる。
「ということで、シド君まず、この扉を開けてみようか?」
「はい。って、僕が開けるですか?」
「他に誰が開けるというんだい?」
「…………あ、そうですね」
シドの言葉に不思議そうな顔で返すカルヴィアス。言われて、シドはウィルフズ家では執事やメイドが扉を開けていたことを思い出した。
(貴族は自分で扉を開けないのが決まりなのかな?)
カルヴィアスが一歩下がる。シドは、そういう決まりなら従った方がいいかな、と自分の考えに納得して扉に近づく。すると、カルヴィアスがにっこりと貼り付けたような笑顔を見せた。
「ほら、もし侵入者がいたら、急に入ってきた人物に驚いて襲い掛かってくるかもしれないじゃないか。と言うわけで、気をつけてねシド君」
話しながら少しずつ廊下の窓際の方まで下がって、手を振るカルヴィアスにシドから遠慮が吹き飛んだ。
「って、そんな理由ですか! 僕はてっきり屋敷の扉は使用人が開ける決まりがあるのかと思いましたよ!」
何かあったら盾にします、と言われ、シドは振り向いてカルヴィアスに文句を言う。そんな、シドに王子は面白そうに笑った。
「ははははは。基本的には使用人に扉を開けてもらうことが多いけど、自分でも開けるよ? そんな決まりがあったら、使用人が居ないときに外に出たいときとかどうするんだい? 開けられないじゃないか。変なことを考えるねシド君は。それにほら、私王子。何かあったら一大事だろう?」
「そうだけど、そうなんですけど……」
消化できないもやもやを抱えつつ、シドは何を言えばいいのか思い浮かばず、何度か口内で文句を呟いてからため息をついた。
「解りました。じゃあ、開けますね」
この王子は思い出せないけれど、知り合いに似ている気がする。
体力をカルヴィアスに吸い取られているような気になりながら、シドはちらりと離れているヴァリアスに視線を送り、いることを確認してから扉に向き直った。
「………では、開けます」
ノブを回し、ぐっと力を入れて前に押す。ガチャ、と扉からは音がしたが、それだけだった。
「あ、あれ?」
何度か回して押すが、ガチャガチャと音がするだけで、扉は開かない。
「どうしたんだい?」
「この部屋の扉、開かないんですが……」
「え? そうなの。鍵が掛かっているのかな。ヴィー、この部屋の鍵は?」
カルヴィアスがヴァリアスの方へ顔を向けて声をかける。
「………………寝室だ」
離れた場所の窓際に背を預けて、二人の行動を眺めていたヴァリアスが億劫そうに口を開いた。
「え? ………もしかして、ヴィーの?」
まさか、そんなことはあるまい。そう言いたげな表情でカルヴィアスが聞くと、ヴァリアスは軽く頷いて肯定を返した。
「ああ」
「………え? 本に埋まって寝ているんじゃなかったの?」
カルヴィアスの表情は素だった。
「……人を何だと思っている、貴様」
従兄弟の、自分に対する印象に青筋を浮かべる。ヴァリアスの声には若干怒気が含まれていた。
「……シド、お前もだ。何故目を逸らす」
ヴァリアスは二人の会話を聞いていた使用人がさっと目を逸らしたのに気がつき、鋭い視線で問う。
ビクリッ。
シドは視線に驚き、肩を揺らすも、視線を逸らしたまま、あさっての方向に顔を向けて問いに答えた。
「い、いえ。なんでもないです。ほら、どこで寝ているかなぁ、なんて不思議に思ってはいましたよ? それだけですよ?」
「…………つまり、お前も私が書斎で寝起きしていると、思っていたわけだな?」
視線で人の意識を刈り取ってしまいそうなほど剣呑になっていくヴァリアス。
「あ、ははははは」
そんな主人の視線をばしばし浴びながら、シドは冷や汗をかいた。実はそうなんです、などと言ったら、せっかく出てきたのに、また書斎に戻られてしまいそうで。
「でもね。私は書斎にいるヴィーしか知らないから、そう思っても仕方が無いと思うんだけど」
「ちょっ!」
シドの心配など軽く消し飛ばすように、カルヴィアスがあっけらかんと言い放つ。シドは慌てて、声を上げたがその先の言葉が続かなかった。
カルヴィアスに顔を向け、手を上げたり下げたりして、戸惑っているシドは気がつかなかったが、ヴァリアスは軽くため息をついて、視線を和らげた。
「…………書斎から寝室に繋がっている。そこの扉を使う理由が無い」
「なるほど。それなら、この部屋は調べる必要はないかな?」
「そうだ。………さっさと進むといい」
「わかったよ。じゃあ、次の部屋を見に行こうか。……シド君? 変な格好になっているけど、どうしたの?」
「え? ああ、あ、なんでもないです」
腕を胸の高さまで上げたまま、シドは二人の会話を聞いていた。シドの心配したようなことは一切起こる事無く、話は終わり、カルヴィアスは次の部屋を目指して歩き始めた。シドは、その後姿を視界に納めて、自分が腕を上げたままでいたことに気がつき、ゆっくりと下ろして後についていった。そのさらに後ろをゆっくりとヴァリアスがついてくる。
三人は少しの間無言で足を進めた。
シドは先ほどの会話を思い出し、なんだか胸の辺りがしくしくする。
(なにか、変なもの食べたっけ?)
心当たりがないシドは、誤魔化すように頬をかいた。
「さて、次はこの部屋だね」
そう言ってカルヴィアス立ち止まったのはヴァリアスの寝室の隣の部屋の扉だ。
シドは心得たように扉の方へ近づく。カルヴィアスは下がり、ヴァリアスもまた同じように少し離れて立ち止まった。
「じゃあ、開けますね」
今度の扉は、いとも簡単に開いた。
部屋の中は埃にまみれた寝室だった。
「………ここは、屋敷の主の家族。子供が使う寝室かな?」
シドの横でカルヴィアスも部屋の中を覗き込み、口元をハンカチで覆いながら篭った声で言う。
「そうなんですか?」
シドが振り返るようにしてカルヴィアスに聞くと、カルヴィアスは部屋を覗き込むのを止め、扉から若干離れてから、口元を覆っていたハンカチを外して話した。
「うん。貴族の屋敷は棟や階ごとに区域のようなものがあって、住み分けが出来ていることが多いんだよ。まあ、場所とかは屋敷によって違うけど。この屋敷の場合、書斎のある棟の二階が家族のための区域だったんじゃないかな? ほら、寝台の上にぬいぐるみが置いてあるだろ? だから、多分子供部屋だったんじゃないかな。………ヴィーが趣味で置いたわけじゃないならだけどね」
ちら、とカルヴィアスがヴァリアスの方を見た。
「…………誰が置くか」
ヴァリアスはあっさりと一刀両断する。
そんな二人の軽い応酬にシドは苦笑し、自分がカルヴィアスに嫉妬を感じていることを唐突に理解した。
うらやましいのだ。ヴァリアスと対等に会話していることが。
それに気づいたシドは、苦笑いを深めた。
(二人は従兄弟同士。僕より長く一緒にいるんだ。当たり前のことじゃないか)
そんなことは、判っていてもうらやましいのだ。
シドはヴァリアスと仲良くしたい。なのに、すでに仲のいい人がいる。
はっきり言ってしまえば、疎外感も感じている。
そんな自分の感情にシドはため息を零したくなった。
(大事なのはこれからだろう。こんな感情に振り回されて、二人に迷惑をかけたら本末転倒だよな)
「………君。シド君?」
「え? あ、はい」
ごちゃごちゃと考えていた所為で、意識が内側に向いていたようだ。シドは自分に声をかけられていたのに、気がつくのが遅れた。
「どうしたんだい。ぼうっとして? ………まさか、埃を吸いすぎて頭の中にクモの巣が!」
「恐いですよそれ!」
頭の中で、かさかさ足を動かしているクモをうっかり想像してしまい、顔を若干青ざめさせて、シドは叫ぶ。
「あ、埃吸っても噎せるだけか。あははは」
「自分で言って否定するんですか!」
「だって、想像したら気持ち悪いでしょ?」
首を傾げて言うカルヴィアスに、シドはげんなりした表情になった。
「想像してしまったんですが……」
性格が独特すぎて疲れる。
ツッコミが追いつかなくなりそうだ。
「……はっ!」
シドは我に返った。相手は王族なのにツッコミなんていれていた自分。
王子に対してなんてことを、と顔から血の気が引いた。
「じゃあ、次に行って見ようか?」
一通り部屋を眺めたカルヴィアスは次の部屋を求めて歩き出す。そうやら、シドの態度は気にもしていないようだ。
「あれ?」
肩透かしを食らったように、シドは拍子抜けした表情でカルヴィアスの後姿を目で追った。
ヴァリアスも何も言わず、シドの横を通り過ぎ、何も言わずついてい行った。




