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19-3

 カルヴィアスの背が見えなくなって直ぐにシドは正気に返り、急いで彼の後を追う。

「ちょっ! カルヴィアス様待ってください!」

 カルヴィアスの足は速く、シドが追いついたのは屋敷の玄関に着いた彼が振り返った時だった。

「どうしたんだい、君? 随分と息が切れているけど?」

「はぁはぁ……。追いかけてきたんですが………」

「うん? 誰を? はっ! まさか、幽霊かい? この屋敷って幽霊話に事欠かないからねぇ。……まあ、もっともその幽霊も最近の噂だとちょーっときな臭いんだけどねー」


「………………いえ……」

 とっても足の速い、フェリス国の王子を追いかけてきました。なんて言えなかった。

「いえ? 違うってことかい? ふーん。まあいいや。さて、今日は我が従兄弟に出会えるといいな。いざ、探索ー」

 ばーんと玄関の扉を音を立てて開き、カルヴィアスは慣れた足取りでそのままホールを通り二階へと続く階段を上がっていった。


 慌てて扉を閉めてついていくシド。もう、どうにでもなれ、といった心境に陥っていた。

「はははー。相変わらず、趣味の悪い甲冑だなー。私としては南の蛮族と言われているウィニ族の戦士仮面とかを飾った方がいいと思うな。君もそう思うだろう?」

 二階の廊下にあるか甲冑を横目で流し見て、歩みを止めず、カルヴィアスが言う。

「は、はあ」

 聞かれてもシドはウィニ族の戦士の仮面なんてどんなものか知らないので、曖昧に返事を返す。


「うん? もしかして、知らない? ウィニ族の仮面はね、うひょーって人が言っているような形で真っ赤な羽根を鬣のようにつけて、顎の部分にバナナの形をした木彫りの彫刻をぶら下げてるんだよ」

「バ、バナナ?」

「そう。しかも、そのバナナが妙に精巧に出来ているんだ。すごいよね」

「は、はあ」

 すごいと言うより、なんでやねん、とツッコミを入れたかったが、相手は王子。シドは自制して、生返事でかろうじて返した。


「お、着いた」

 カルヴィアスがヴァリアスの書斎の前にたどり着き、呟いた。

 廊下が程よい長さでよかった。シドは心の底から思った。

 カルヴィアスの話は聞いてると面白いのだが、ツッコミも下手に入れられないし、王子に対しての言葉使いもよくわからない。そんな相手と長時間一緒にいるのはどうすればいいのか困るだけだ。


 ほっとしたのも束の間。シドはこの状況でいいのかと疑問を覚えた。

 貴族の習慣はまだまだ知らないが、普通、まずお客は応接間に通して、主人を呼びに行く。なんてことをチラッと近所のおばちゃんから聞いたことを思い出したのだ。そのおばちゃんは劇の中で貴族の屋敷に招待された人の行動、というので教えてくれたのだが。

 もしかして、このお客様にもそうした方がよかったのだろうか?


 シドは今更ながら、どうしようか、と混乱しそうになった。そんなシドなどお構いなしに、カルヴィアスは書斎の扉を叩いた。

「おーい。ヴィー。優しくて、頼りがいのある従兄弟のカルヴィアスが来たぞー。あーけーろー」

 ドンドンドンドン、と間隔をほぼ空けず叩きまくるカルヴィアスだったが、シドがこのまま扉が壊れるのではと危機感を抱くほど、段々と早く強く叩き始める。


「ちょ、ちょっとカルヴィアス様。強く叩きすぎです!」

 さすがにミシッと時折聞こえる音に変わり始め、シドは慌ててカルヴィアスを止めに入った。

「うん? どうして止めるんだい、君? これではヴィーが出てこないじゃないか」

「止めますよ! 扉が壊れるじゃないですか! なに考えているんですか!」

 我慢の限界を越してしまった。シドの頭は相手が王子だということをすぽんと忘れ、つい叫ぶように怒鳴ってしまった。


「…………あっ!」

 気がついたが後の祭り、シドが慌てて口を隠すように手で覆ったが、カルヴィアスは目を大きくしてシドを凝視していた。

「……………くっ……はーははははは! 君、さいこー!」

 肩を震わせたかと思うと、カルヴィアスは突然大笑いした。

「え、ええ? えええ?」

「なるほど。なるほど。おじ様が嬉しそうに教えてくれるわけだ! なに君、ほんとさいこー。いいな、いいなぁヴィー。こんな面白い子を独り占めしていいなぁ」

「は? はい?」

 目を白黒させているシドを置いて、カルヴィアスは何かに納得したような表情で笑い続ける。


「…………黙れっ。変人!」

 王子の笑い声は扉の開く音と低く苛立ちを含んだ声で止んだ。

「……やあ! ヴィー、二ヶ月と三日ぶりだね。私が目の前まで来ているのに、出てきてくれないなんて事は無いとは思ったけど、この間は一時間も私が素晴らしい台詞の数々を披露したのに、君、ぜんぜん出てきてくれないから傷ついたんだよ?」

 カルヴィアスは書斎から出てきたヴァリアスに向けてにこりと微笑んで手を上げた。


「…………っち」

 ヴァリアスは扉に肘をつけ、心底嫌なものを食べたときのような苦虫をつぶした表情で舌打ちする。そんな、ヴァリアスにカルヴィアスは不思議そうに瞬いた。

「おや? どうしたんだい、ヴィー? 今日も嫌に機嫌が悪そうだけど……。っは! まさか、この使用人君との相性が悪かったりするのかい? だったら、私が貰い受けるけど……」

 カルヴィアスに言われ、シドはそっと心の中で傷ついた。

 ヴァリアスもまた、更にすごく嫌そうな表情になる。


「貴様がこのまま背を向けて帰れば、これ以上機嫌が悪くなることはあるまいよ」

「なるほど。つまり、私にあえて嬉しいと言うことだね。奇遇だね、私もだよ。ははははは」

「………………」

 大きく口を開けて笑っているカルヴィアスを暫く眺めていたヴァリアスは表情をすとんと無くし、シドへ顔を向けて一言言った。

「これをさっさとゴミと一緒に出してしまえ」

 本気の顔だった。


 シドは、頬を引きつらせ、主人の要望は叶えにくいことを告げる。

「あの……さすがに無理です……」

「……ならば、ボロ布を被っているんだ、そのまま包んでレーネ川に捨てて来い」

「……冗談だと思うんですが、それをやると僕が捕まります」

「……………」

 ヴァリアスの瞳は「冗談だと思うか」とシドにひしひしと訴えかけている。シドはそっと目を逸らして、主人の冗談、だと思いたい言動から身を守ろうとする。その間、二人の間にはゴミ呼ばわりされていた、カルヴィアスの暢気な笑い声が響いていた。 


「ははは! ああ、笑った。笑った。君達いい相方みたいだねぇ。あ、大丈夫だよヴィー。せっかくボッチの君の元に来てくれた使用人君を奪ったりしないよー。私達従兄弟だろ?」

 ヴァリアスは笑いを収めた従兄弟に視線を向け、胡散臭い、と目で語った。

「ま、今日来たのは、使用人君を見に来たのもあるんだけど、ヴィー。君にちょーっと込み入った話をしたいんだよ」


「話し? ならば、そこからしろ。私は書斎に入る」

「うん。そんなことをしたら、私が大声を上げないといけなくなるじゃないか。私はか弱く優しい王子様として通っているんだよ? 誰かに聞かれたらせっかくの印象が台無しじゃないか!」

「………だったら。…………貴様の言う二ヶ月と三日前の、どこかの令嬢にささげるような愛の言葉の数々を我が書斎の前で大声で叫んでいたのはどこの誰だ! しかも、真夜中の二時過ぎに!」

「私に決まっているじゃないか!」

「って、叫んでるじゃないですか! しかも、近所迷惑な時間帯に!」

 自信満々に胸を張って答えたカルヴィアスにシドはとうとう耐え切れずツッコミを入れてしまった。


 カルヴィアスはシドの言い分に目を見開いて、自分の胸の辺りで両手を開いて甲を見せた。

「何を言うんだ使用人君。ここはご近所が認める幽霊屋敷だぞ! 私の愛の言葉は次の日には新たな幽霊伝説になっていたに決まっているじゃないか! 素晴らしい!」

「素晴らしくないですよ! 脱幽霊屋敷を目指しているのに、変な噂を立てないでください!」

「心外だなぁ。この屋敷では昔から、自分の首を捜している料理長とか、血の涙を流して庭をさ迷う庭師。それに、ご主人様を探している幽霊メイド、とか。けっこういろいろ幽霊話があるんだよ? 私が一つぐらい提供したって大して変わらないよ。使用人君は浪漫を解って無いね」

「…………浪漫って幽霊話に感じるものでしたっけ?」

「……本来は、夢や冒険に感じる憧れのようなものだったな。………この変人の感性にまともに付き合える人間はそうそうおらん」

 シドとヴァリアスの主従はそろって、自分の言ったことに悦に入っているカルヴィアスを白い目で見た。

 

 そんな二人にお構いなしに、カルヴィアスはにこりとヴァリアスに笑顔を向けた。

「さて、久しぶりの世間話はこれくらいにして、ヴィーそろそろ本題に入りたいんだが、書斎に入れてくれないかい?」

「……貴様に何を言っても無駄なことは解っている。入れ」

 ため息を一つ吐いて、ヴァリアスは扉から身体を横にずらし、カルヴィアスに入るよう促す。

「いやぁ。ありがとう。君の書斎に入るなのは久しぶりだなぁ」

 カルヴィアスはそう言うと、ローブを脱いだ。ヴァリアスはその様子を確認した後、背を向けて書斎の中に入ろうとする。


 シドは二人の話しに、ここに自分がいてもいいのか迷った。そんな、シドの悩みをあっさりとヴァリアスが打ち消した。

「何をしている。お前も入れシド」

 振り替えり、ヴァリアスはシドが動かないことをいぶかしんだ表情でこともなげに言う。シドは名前を初めて呼ばれたことに驚き、目を瞬いた。

「え? え? 良いんですか」

「……これと狭い空間にいろと? 『呪い』が発動する前に、分厚い本を自ら投げつけるほうが早い」

「………ご一緒させていただきます」

 ヴァリアスの真剣な声に、シドは一礼して恭順の意を返した。頭を下げたシドの顔はにやけそうになるも、表情筋を引き締めて、笑いが零れないようにしていた。

 名前を呼ばれた。それは、やっとヴァリアスに側にいてもいいと認められたような気がして、嬉しかった。

 シドは奥歯を噛み締めて、にやけ顔にならないように注意しながら、顔を上げた。


「へー。使用人君はシドっていうのか。私もシド君って呼んでいいい?」

「え。あ、はい。よろしくお願いします。カルヴィアス様」

「うんうん。シド君は素直だねー。ああ、そういえば、使用人は初体験だっけ?」

「はい、そうですが……」

「じゃあ、主人や客が外から来たとき、ローブとかコートとか着ていたら、脱ぐだろ? そうしたら、使用人が預かって掛けておくものだから。はい、私のローブでやってみようか?」

「そうなんですね。教えて下さりありがとうございます。僕、掃除が主なもので、そういう細かい部分はまだまだ知らなくて」


 カルヴィアスはシドの使用人としての未熟さを叱るわけでもなく、好意で教えてくれたようだ。こんな、優しい人だったのか、とシドは変人だと心の中で思ったことにそっと謝罪しつつ、恐縮するも感謝した。

 笑顔のまま、カルヴィアスはローブをシドの前に差し出す。シドは練習させてくれるというカルヴィアスの好意にありがたく乗っかろうと手を伸ばした。


「……待て」

 シドの伸ばした手を止めたのはヴァリアスの少し焦った声だった。

「うん? なんだい、ヴィー。この優しくて人格者の人気者の王子である私がシド君に使用人としての仕事を任せようとしたのに、止めるなんて」

「ヴァリアス様?」

 手を止めたまま、シドはヴァリアスの方へ顔を向ける。先に書斎に入っていたはずのヴァリアスはまた、扉の前に戻って険しい表情でカルヴィアスとシドの間にあるローブを睨みつけていた。


「なにを仕込んだ」

「うん? 人聞きの悪い台詞だな」

 ヴァリアスの言葉にカルヴィアスは気分を害する様子もなく、笑顔を崩さない。ヴァリアスはそんなカルヴィアスに対してますます険のある目つきになった。

「自称優しくて人格者の人気者王子だろう。貴様が自分から優しい言葉をかける時はたいてい、相手をいたぶるための仕込みがしてあるだろう」

 ヴァリアスの言葉にシドはぎょっとしてカルヴィアスの顔を凝視する。

「あ、はははっ。信用してくれたまえ。私はヴィーを怒らせるつもりは無いよ? 恐いじゃないか」

 カルヴィアスはどこか空々しい笑い声を上げ、そうっとローブを自分の方へと寄せていった。


「……私の使用人に、何をするつもりだった……」

 確信めいた声音でヴァリアスが問う。

 あっちこっちと視線を動かしていたカルヴィアスはヴァリアスの無言の威圧にあっさりと屈指、ローブを自分の肩にかけて、降参と両手を軽く挙げた。

「ちょっとした、おちゃめだよ。このローブに触れた者は衣服を脱いでローブだけしか着られない呪いがかかっているんだよ。……あはは。ほら、せっかくだからシド君と友好を築こうと思って? みたいな?」

「…………」

 そんな呪いでどうして友好が築けるのだろう。シドは改めて、カルヴィアスは変人だと認識する。

「………自分で呪いにかかれ。そして、捕まればいい」

 ヴァリアスは暫くの沈黙の後、しみじみと言った。シドもその言葉に同意するように心の中で頷いた。

 長いため息を吐いて、ヴァリアスが書斎へと消えていく。

「ええ? それだけ? もうちょっとこう。どこでそんな素晴らしい一品を手に入れたんだ! とか、このローブは自分の分は無いのか! とか、いろいろ聞くことあるんじゃない。ねぇ、ヴィー」

 肩にかけていたローブを自分の腕にかけなおし、カルヴィアスも文句を言いつつ書斎に入った。シドはカルヴィアスの言葉に半笑いを浮かべながら、最後に入り扉を閉めた。

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