19-2
「さて、これらは一時調理場においておくべきか、それとも他においてもいい場所があるのだろうか……」
一輪車に積んだ鎌やスコップが車輪が進むたびに、がちゃがちゃと音を鳴らす。あまり整地されていない道が調理場へと続く近道だから歩いているが、もしかして、遠回りでも整備されている道を通るべきだったろうか。何度か石に躓き、がっちゃん、と零れ落ちそうなくらい揺れる品を気にしながら、シドはことさらゆっくりと進んでいた。
勝手口に向かう途中で、向こうからリエッタが早足で駆けてきた。シドは一輪車を止め、ハンドルから手を離す。
「リエッタさん、どうしたんですか?」
「ああ、シド丁度いい所に。ちょっと、裏門へ行ってくれない?」
「裏門に? どうかしたんですか?」
シドの前まで来たリエッタが両手を合わせるようにして上目遣いでシドを見上げた。シドはそんな女性らしい仕草にどきっとしながらも、聞き返した。
「……うっ。実はさっき、裏門近くに行ったら人がいたのよ」
「人? 誰ですか?」
「…………苦手な奴」
リエッタはよほど言いたくないのか唇を尖らして、そっぽを向いて小さな声を出した。
「苦手……意外ですね」
そんなリエッタの表情に珍しげな眼差しを向け、シドは薄らと滲んできた額の汗を拭った。
「意外ってなによ。私にだって苦手の一つや二つあるのよ。ほら、か弱い女性が困っているんだから。あんたちょっと裏門の方に行ってそいつを追っ払ってきてよ」
「ええっ? お客さんじゃないんですか?」
「裏門から来るのよ? あんなやつ怪しい人で十分よ! 毎回毎回うっとうしくなるくらい居座るんだから!」
どうやらリエッタの苦手な人物は幽霊屋敷に平然といられる豪胆な人物のようだ。先輩であるリエッタの話しを聞く限りでは、彼女の苦手な人であって、この屋敷、ひいてはヴァリアスとの関係が良くわからない。シドがその辺りを聞こうとしようとしたら、リエッタはすでに背を向けて屋敷に走って戻ろうとしていた。
「ちゃんと追っ払ってよー!」
大声でそれだけを言うとさっさとシドの視界から消えるように走り去ってしまった。
「…………裏門に行って、聞いてきた方が速いかな?」
誰が来たかはわからないが、用件も聞かずに追い返すのはさすがにまずいだろう。シドは一旦、一輪車を脇にどけて停め、裏門へと足を向けた。
裏門へ向かう道はあまり整備されておらず、水はけも悪くぬかるんでいる。だから、シドは気がついた。
「あれ? 可笑しいな………」
先ほど裏門から勝手口まで通ったのはシドだけだったはずなのに、足跡が増えている。それも、足跡の大きさからして大人のようだ。
もしかして、リエッタが言っていた人が入ってきたのだろうか?
しかし、それにしてはおかしい気がする。足跡はシドのものが少し小さく見分けがつくが、他の足跡はどう見ても三人分はある。
ちょっと立ち止まり、なんだが釈然としない思いを持て余したシドの耳に木々の葉擦れの音に混じって声のようなものが聞こえてきた。
「……………だって……」
「………お前は………だ……」
「ん? なんだ?」
誰かがいるのだろうか。シドは耳を澄まして、声のする方向を特定しようとした。
ざあっと風が吹き、木々が揺れる。
風が止むと、声らしき音は聞こえなくなっていた。
「………なんだったんだ、一体?」
幽霊だったのだろうか。一瞬そんな想像をしてしまったが、直ぐに打ち消すように頭を振り。シドは裏門へと急いだ。
「………えーっと」
裏門に着いたシドは戸惑いの声を上げ、裏門からかなり離れたところで立ち止まった。
そのまま背を向けて走り去りたかった。それほど、見てはいけないものがそこには存在した。
裏門の周りは壁につる性の草が這い、鬱蒼とした緑に囲まれている。そして、門扉は閉ざされていた。そこまではいい。先ほどシドが通ったときと同じ状態だ。いや、いずれもう少し緑を減らして風通しを良くして光を取り入れたいと思っていはいるが、現段階では特に問題はない。
問題は、門扉に何かが張り付いていることだ。遠目から見ているシドには布がべったりと門扉を覆い隠しているように見えた。ただし、なんだか荒い息使いが聞こえる。
リエッタが言っていた苦手な人物なのだろう、と当たりをつけてシドはゆっくりと、しかし何かあれば逃げられるように腰を引きつつ近づいた。
近づくにつれ、布の正体がはっきりと見えてきた。
布はどうやらローブのようだ。それも薄汚れている。ローブを着た人物が両手を広げ、門扉の鉄柵を握っている。
「はぁはぁはぁ……」
門扉に張り付いている人物は、門の中を覗きながら荒い息を吐いていた。はっきり言って、変人にしか見えない。
シドは引きつった表情になりながらも、目的も、正体もわからない人物に意を決して声をかけることにした。
「あ、あの……」
じっと門の中、直ぐ下辺りに視線を固定していた人物がシドの声を聞き、バッと顔を上げた。
その動きはまるで、ゾンビが獲物を見つけたときのような素早さで、シドは恐怖のあまりに悲鳴を上げそうになった。
「ひ、ひ、ひ……」
ローブの人物はどうやら男のようだ。フードを目深に被っていたが、顔を上げた拍子にずれて、顔が露見する。白い肌に薄い唇。目はゴーグルで隠されて、どんな瞳の色をしているのかわからない。髪は項辺りまでの長さの金色。シドを確認すると、男は喉仏を震わせて、ひ、を繰り返している。
シドはあまりの恐ろしさに、泣きたくなった。
(こ、これは逃げてもいいよね? というか、リエッタさんが苦手って言った意味がわかったかも。これは恐い! 恐すぎる!)
シドの恐怖などお構いなしに、男は「ひ、ひ、ひ……」をいまだ繰り返し、ゴーグル越しにシドに強い視線を浴びせた。
「ひ、ひ、ひ………人がいるよー!」
「ぎゃー」
ひ、を繰り返していただけの男が突然叫んだ。シドは恐怖のあまりに、喉の奥に留めていた悲鳴を上げてしまった。
「すごいよ! 奇跡だよ! おじ様の言ったことは本当だったんだ! ああ。フェリス国の始祖にして我らの神に感謝します」
男はうっとりとした声音で、門扉から手を離し、自身の胸の前で祈りを捧げるように手を組んだ。
「……………」
逃げることも忘れ、シドはその場に立ち尽くしてしまった。
「…………うん? ああ、君、君」
うっとりと、空を仰いで祈りを捧げていた男が不意にシドに視線を向けて、話しかけてきた。
「は、はいっ!」
シドは驚いてかすれた声で返事を返す。
「君が、ヴァリーの使用人で三日以上続いている猛者で間違いないかな?」
「は、はい。………えっと、別に猛者じゃないですけど。三日以上はここに通っているのは事実です」
「す・ば・ら・し・い!」
男は歓喜し、組んでいた手を解き、天に向かって両腕を大きく広げた。
「ひぃ」
シドはこの男が何者で、何がしたいのかさっぱり判らず、大げさな動作に何が起こるのかと警戒し、小さな悲鳴を上げる。
「うん? うん? もしかして、私が何者か知らないのかい?」
「は、はい。………あの、どちら様ですか?」
シドの怯えに気がついているのかいないのか、男は上に上げていた両腕を下げ、片頬に人差し指を当てて首をかしげて聞いてくる。まるで、いちいち芝居をしているような大仰な仕草だ。
もしかして、どこかの有名な役者なのだろうか。そんな疑問がシドの中で浮かんだが、それにしては、怪しい格好だ。顔がわからないようにしてある。
(ああ、有名だから顔を隠しているのかな?)
「ふふふふ……私が何者か。ああ、なんと言う素晴らしい台詞! 聞かれたのならば答えなければ、あるときは北から来た旅のいい男。また、あるときは東のとある町で有名な色男。はたまた、西の商業街では気風のいい若旦那。しかして、その正体とは…………」
男は台詞に合わせて、まず「北の~」の所で顎に手を当ててきりっとした表情をし、次に「東の~」ではローブを脱いで肩にかけ、すっと佇む。そして、「西の~」ではゴーグルを外しキラリと光る白い歯をみせて笑う。
そして、最後の台詞で髪を撫でつけ束の間、間をあけ答えようとしていたが、シドはゴーグルを外した顔を見てぴんと来た。
「あ、王子様」
新聞の記事でご公務が紹介されたときに見た顔だった。しかし、王子が目の前にいるなど現実味がなく、無感動に呟いてしまった。
「………そう、私は王子だ。って、台詞をとらないでくれたまえ! しかも、台詞が違うしっ! 本当は『カルヴィアス・アレッド・フェリスだ!』だったのにぃ!」
ローブの変人。否、カルヴィアスは悔しそうに地団駄を踏んでいる。
ぽかんとした表情でじっと見つめているシド。そんなシドに気がついたカルヴィアスは直ぐに居住まいを但し、こほん、と咳払いをして地団駄を踏んだ所為で乱れた前髪を撫で付けた。
「いや、すまないね。取り乱してしまったよ」
「は、はあ………」
「……『はあ』って君、それだけ? 他に何かあるんじゃない?」
「へ? 他ですか?」
カルヴィアスの言葉にシドは一瞬、王子が何故ここに! とか、言えばいいのだろうかなどと考えたが、王子の言いたいことに検討がつかず、困った。王子に何を言っていいのかもわからないのに、何を聞けと言うのだろう。
そんな困惑を感じ取ったのか、カルヴィアスは、ちちち、と人差し指を振った。
「決まっているだろう。『なんて素敵な決め台詞ですか!』 と私に聞くべきことだということぐらいっ!」
カルヴィアスは言葉に熱を持ち、最後はばっとまた両手を広げて清々しく言い切った。
「……………えーと。ナンテステキナキメゼリフデスカ?」
シドは勢いに押され、抑揚のない声で聞き返した。シドの言葉にカルヴィアスはうんうん、と嬉しそうに腕を組んで頷き、きらりと好青年の満面の笑みを浮かべた。
「そうだろう。そうだろう。徹夜で考えたのさ!」
(…………ああ。確かに、徹夜のノリで出てきそうな台詞だったなぁ)
シドは心の中だけで力なく頷きを入れておいた。
「さて、台詞も決めたことだし、君、中に入れてくれたまえ」
「え? あ、でも、ヴァリアス様に聞いて……」
唯でさえ人を近づけないヴァリアスが、こんなに不思議な人を向かいいれるという想像は出来ないが、万が一客かも知れないので、急いでヴァリアスに聞いてこようと、しどろもどろにシドが言おうとすると、言葉を遮るようにカルヴィアスが話した。
「なに。大丈夫さ。私とヴァリーは従兄弟だ。それに、君が来る前も時たま来ていたしね」
「そうなんですか? じゃあ……」
「もっとも。勝手に来て、勝手に帰ってたけど。ヴァリーに出会うときは少なかったんだよねぇ……どうして彼って五回に一回位しかあえないんだろうね?」
希少生物みたいだよね、と言ってカルヴィアスはあはは、と笑う。
シドはこの人をどうすればいいのか考えあぐねた。
シドはヴァリアスの従兄弟だという王子の言葉を信じ、案内しようかと思ったが、もし違ってヴァリアスに危害を加えるような人だったらどうしよう、ともふと思ってしまった。
この人物は自分の手に余る。
シドは目の前の人物に失礼を承知でヴァリアスの元に一っ走り行って聞いてきた方が速いような気がしてきた。
纏めた考えを伝えようとカルヴィアスに視線を向け、口を開くシド。
「あの、カルヴィアス………様?」
しかし、シドの考えはカルヴィアスにあっさりと打ち砕かれた。
カルヴィアスはシドに門を開けて欲しいといっていたはずなのに、自分で開けていつの間にか入っていた。
「うん? なんだい? ほら、早くヴィーのところに行こうじゃないか。君がいるってことは今日はヴィーに会える可能性が高いってことだろう?」
はははは、と高らかに笑いながらカルヴィアスはシドの横を抜け、慣れた足取りで屋敷の方へと歩いていった。
シドはあまりの自由すぎる王子の行動に固まり、背を見送ってしまった。




