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18-3

「さて、入りますか」

 子供達と話したおかげか妙な緊張感が解れた。シドは、正面門より二周り以上は小さい、人が二人くらいしか通れない大きさの裏門を開けて敷地内へと足を踏み出した。


 裏門から屋敷へと続く路はまだ一切手をつけていないので、薄暗くじめじめしていた。緑の木々はもっさりという言葉が似合うほど元気に緑緑している。ここもいずれ手を出さなくてはならないのかと、気が遠くなりそうになったが、まずは最初の難関にして難問。ヴァリアスに挨拶をしてまた雇ってもらったことを報告しなければと思い、調理場の勝手口へと急いだ。


 途中、ぬかるんだ路を通った。ぬかるみには足跡が幾つもあり、ぐちゃぐちゃとしている。誰かが頻繁に出入りしているのが見て取れた。

 ウィルフズ家の使用人でも通ったのだろう。シドはその足跡を何気なく横目で捉えつつ歩みを止める事無く目的地へと向かって行った。


 抱えていた荷物を片腕と顎で押さえ、数日、離れていただけだというのに妙に懐かしさを覚える勝手口の木戸を開けて入る。すると、ふわりと埃っぽさが空気中を漂っていた。そのことにシドは首を傾げる。自分が休んでいる間はてっきりリエッタが軽く掃除をしていてくれていると思っていたのだ。メイドとして主人の屋敷に埃を漂わせるようなことはしないだろうと。しかし、そこでシドは思い出した。シド自身が掃除をするためにこの屋敷にやってくる前は埃が我が物顔でそこらじゅうに充満していた。ならば、メイドであるリエッタの仕事は一体何なのだろう。


「まあ、まずは挨拶。次に掃除か」

 リエッタにあったら今度、仕事内容を聞いてみようと頭の隅で考えつつも、シドは荷物を調理場の机に置き、自分の格好を一度見回した。最初に貰った仕事着の一着を着ている。怪我をしたとき着ていた服はさすがに血に汚れ、所々破れてしまっていたので着ることができない。


 そういえば、その着られなくなった服はどうすればいいのか聞こうと思っていたのだが、騒ぎですっかり忘れてしまっていた。

「ま、急ぐことでも無いし。今度、行ったときに聞いてみよう」

 シドは肩掛け鞄を椅子に下ろし、中からエプロンを取り出して着付けた。


 机の上にはシドが持ち込んだ荷物の他に木箱が二つ置いてあった。まず、シドはその木箱の蓋を開けた。中は、シドの想像通り食料や日用品が入っている。三日に一度の配達の箱だった。ざっと中身を確認した後、料理をどうするるか考えながら蓋を閉じた。


「………よし。そろそろ挨拶に行こう」

 料理の献立を頭の中で考えてやっと、ヴァリアスの所へ行こうと決心がついた。シドは二階の書斎へと向かおうと、廊下に出て驚いた。

「こんなに酷かったのか?」

 廊下に出て直ぐに、シドは瓦礫の山に直面した。シドが巻き込まれた謎の爆発の惨状だ。元は使用人の広間だった部屋の壁が無残にも砕けている。その瓦礫が廊下に散乱しているのだ。よく、こんな状況のなか額を切っただけですんだな、とシドは自分の『不幸』体質に初めて、ちょっとだけ感謝したくなった。


「………これ、誰が片付けるんだろう。…………どう考えても、僕か」

 誰も片づけをしていない現状から、簡単に導き出された答えに、シドが深くため息をついてしまうのもしょうがない。瓦礫の大きさはまちまちで、細かい砂のようになって廊下を白くしているものから、大きいものは両手で抱えられそうに無いほどだ。


 掃除が済んでいたはずの廊下だったのに、この仕打ち。項垂れたシドは再開初日からため息の数が一気に増えそうな予感がした。

「あー! シド。帰って来たのねっ!」

 明るくはち切れんばかりの嬉しさを滲ませた声がシドの前方から響いた。

 声に誘われるように顔を上げると、瓦礫の向こう側にリエッタが満面の笑みで手を振っていた。


「リエッタさん!」

「お帰りシド。よかったぁ。あのまま戻ってこないかと思って心配してたのよ」

 リエッタは危なげなくない動きで瓦礫をひょいひょいと避けてシドに近づいてくる。そのあまりの避け具合に、もしかして、何度も瓦礫を避けてこの廊下を通っていたのでは、と疑問が湧いたが、とりあえずシドは久々の再会を喜ぶことにした。


「お久しぶりです、リエッタさん。すみません、心配をおかけしてしまったようで」

 手を頭の後ろに沿え、謝るように頭を下げるシドの目の前まで来たリエッタは優しい笑顔をシドに向けた。

「ううん。無事でよかった。また、今日から働くんでしょ?」

「はは。そのつもりなんですが、まだヴァリアス様から許可はいただいてません」

 力ない笑みで答えるシドに、リエッタはまるで出来の悪い弟を見つめるような生暖かい視線を向ける。

「でも、働くんでしょ?」

「はい。当面の目標はこの屋敷を綺麗にすること、ですね」

「ふふふ。当面ね。じゃあ、最終目標はなにかしらね」

 ニヤニヤ笑ってシドのわき腹をつつく仕草をするリエッタにシドは数日会っていなかったために感じる懐かしさと、自分がどうしてこの場所にいるのか、気持ちを見透かされているような気恥ずかしさを感じ、口をへの字にして困ったような表情になった。


 このままではからかわれると思ったシドは急いで話題を変えようと、目の前の現状を聞くことにした。

「と、ところでこの瓦礫の山なんですが、誰も片付けなかったんで……」

 シドが聞こうとしようとした言葉をリエッタが遮って喋る。

「ああ。がんばって片付けてね。まさかとは思うけど、この非力で可憐なメイドのリエッタさんに手伝わせる、なんてこと考えて無いわよねえ?」

 疑うような眼差しで、リエッタは腰を屈め下からシドを見上げる。

「………………わー。がんばりまーす」

 感情の篭っていない声で返すのが精一杯だ。リエッタには敵いそうもない、とシドは内心意気消沈する。


「そう? ならいいのよ。……ほらほら。仕事の前に早くご主人様に挨拶してきなさいよ!」

 シドの答えに満足げに笑みを浮かべ、リエッタはシドの背後に回って肩を押して瓦礫の中を歩かせようとする。

 一歩二歩とリエッタの力に押されシドが歩く。

「ちょ。リエッタさん。まって、わかったから。自分で歩きます」

 そのままぐいぐいと肩を押されていたシドは足元の瓦礫に躓きそうになり、慌ててリエッタを止めようと声を上げると、リエッタの手が肩から離れ、シドはそっとため息をついた。女性の手は柔らかくて、小さくて、どうにも心臓がドキドキしてしまう。そんな、シドの心情などお構いなしに、リエッタは片方の手を腰に当て、逆の腕を天に振り上げて激励する。


「ほら、行った行った! 行って文句の十や二十聞いて、土下座でも何でもして必ず仕事の許可を貰ってきなさいよ! 男手が無くてほんとーに困っているんだから! 男子たるもの突撃あるのーみ」

「はははは……。い、いってきます」

 突撃して撃沈されたらどうするんだ、なんてことは聞いたら倍返しされそうだ。シドは力なく笑って、瓦礫に足をとられないように足元を見ながら廊下を歩いていった。


 玄関ホールへと差し掛かったシドの背後から更にリエッタのありがたい激励が続いた。

「シドー! もしもの時は骨を拾ってあげるからねー………………」

 ありがたすぎて肩の力が抜けた。なんだか、色々と考えていた自分が馬鹿みたいな気分にさせられた。リエッタは後半部分も何か言っていた様だが、大分離れてしまっていたので良く聞き取れなかった。だが、おそらくシドのためを思っての言葉だったのだろう。シドはそう当りをつけて、玄関ホールに向かった。


「さて、がんばりますか」

 玄関ホールにたどり着いたシドは二階へと続く階段を仰ぎ見、気合を入れなおそうと、肩に手を当てて首を回す。

「冷たっ! え? なんで」

 触った肩は冷え切っていた。緊張したから冷えたのだろうか? なんだか腑に落ちないかったシドだが特に問題は無かったので気にせず、階段を上がっていった。


「………おー。行ったわねー」

 いつの間にか玄関ホールにリエッタがいた。彼女は階段を上がり、二階の廊下へと消えていくシドをまるで太陽を見るように目を細めて見上げている。

 シドが完全に視界から消えると、リエッタはにんまりと三日月のように口元に弧を描いて、ふふ、と笑みを零す。その声は空気に溶けてしまいそうなほど透き通っていた。

「もし、骨になったら、ねぇシド?」

 ふふふふ。ふふふふふ。

 リエッタの笑い声が玄関ホールに薄く、しかし鳴り止む事無く木霊していた。

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