18-1
定期船でレーネ川を渡り、南の貴族街地区から東地区に戻ってきたシドは、東地区の外れにあるヴァリアスの屋敷に近づくにつれ緊張が高まっていくのを感じていた。
怪我をしてから幾数日。最初は、今日から職場復帰だと意気揚々としていたが、段々と心配をさせてしまったヴァリアスに、どんな顔をして会えばいいのかと思い始めてしまい、足取りが重くなっていった。
そもそも、気分が高揚していた際、船で川を渡っていたら突然大きな魚が水面から飛び出してシドの横すれすれを通り過ぎていったり、東地区を歩いていたら、民家の上からなぜかレンガがシドの周りをぐるりと円の形で囲むように落ちてきたり、といつもの『不幸』が立て続けに起きたのも気分が沈んでいく要因になった。
どれだけ、ヴァリアスの屋敷で働くのが嬉しいのだろう。シドは自分の『不幸』が嬉しいときに起きやすい事を身に染みて知っていたので、嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬が紅くなったのは人に知られたくない。
気分の浮き沈みを何度か繰り返していると、あっという間にヴァリアスの屋敷前についてしまった。屋敷は今日もどんよりとしている。もしかしたら、最後に見たときより緑が増えているような気がしないでもなかった。
掃除の終わりが遠のいたようだ。
ぐるぐる考えても始まらない。シドは苦笑を零して、屋敷に行こうと門に手をかけて開けようとする。その時、先ほどみかけた元配達人の言葉を思い出し、裏門がどこにあるのか気に掛かった。敷地内からだと見つけられにくそうだが、外からなら塀に沿って歩いていれば見つかるだろう。シドは一度裏門の場所を見ておくのも良いかも知れないと考え、門から手を離し、荷物を持ち直して塀に沿って右回りに歩き出した。
門から遠ざかり曲がり角を曲がるとそこは裏道のように狭く、屋敷の敷地からはみ出さんばかりの木々の葉が覆うように生え、辺りを日中だというのに暗くしていた。これは、夜に歩けば何も見え無そうだ。シドは昼間なのに何かが出てきそうな薄暗い路を恐々と歩いていく。
数分歩くと目の前に子供が二人、鉄格子に手をかけ顔を格子の間にはめ込みそうな勢いで中を覗こうとしている。
シドは彼らに見覚えがあった。少し、悪戯心が湧いたので気配をなるべく消してそうっと二人の背後に近づいた。
「こーら。なにしてるんだ?」
「わぁっ!」
「きゃあっ!」
子供らは短い悲鳴を上げて、鉄格子から手を放し、シドから離れるように後ろに跳んだ。心臓の上を押さえるように小さな手を添えて、零れ落ちそうになるほど目を見開いてシドを凝視しているが、目じりには涙が薄らと光っていた。
気の強いキーザと気の弱そうな小柄なウィンだ。二人はシドを見たまま暫く何も言え無そうだった。キーザも泣きそうになっているので、シドは悪いことをしたかな、と思いつつも、こんな薄暗い場所で子供が二人だけでいるのは危ないと注意しようとすると、キーザがシドに向かって指を差した。
「あ、幽霊っ!」
「………生きてます。って、前にも言っただろう」
注意しようとした文言が頭から消えて、ついツッコミを入れてしまった。
「……ほんとうのほんとうに?」
ウェンが驚きを引きずっているのか目にさらに涙を溜めながら、シドが本当に幽霊じゃないのか確認するように視線を動かす。
どうやら、子供達から未だに幽霊疑惑を持たれていることを再確認したシドは苦笑いしか浮かばなかった。
「ほら、幽霊なら明るいうちから現れたりしないし、僕は透けてもいないだろう? だから、幽霊じゃないんだよ」
「でも、最近姿見せなかったじゃん。俺、てっきり退治されたのかと思ってた」
なかなか疑いが晴れないようだ。キーザは唇を尖らせて納得いかないようだ。
「…………まあ、色々あって、暫く屋敷の方に来られなかっただけだから。うん。退治された訳じゃないよ。というか、一体誰に退治されるんだ僕は」
「……うーん。神父様とか?」
キーザは腕を組んで、首を捻りながら答える。
「僕は悪魔かっ!」
「え? 悪魔なのっ」
シドの突っ込みにウェンはびくりと肩を揺らし、半歩後ろに下がっる。いつでも泣き出しそうな状態で、怯えた表情だ。
「いや。違うよ? 僕は人間だから。幽霊でも無いし、悪魔でも無いよ? ほんとうだから!」
恐がらせたウェンの誤解を解こうとシドは慌てて否定するも、ウェンはシドの顔を窺いながらキーザの側に近づき身体を半分隠すようにキーザの後ろに立った。
「あっ! 幽霊兄ちゃん、ウェンをいじめんなっ!」
キーザが腕を上に上げて抗議する。
「………い、いじめてないよぉ」
シドは子供二人にコテンパンに伸された気分になり、力なく反論する。
幽霊じゃない、と言いたいが子供の思考はたまに自由すぎてついていけない。シドはもういいや、と投げやりな気持ちになりながらも、とりあえずこんな人気の無いところにいることの理由を聞くことにした。
「もう、幽霊でもいいよ。……所で、なんでまた屋敷を覗いているんだ?」
シドは両手に持っていた荷物を、片脇に抱えるように持ち直し、屈んで子供たちの目線にあわせながら聞いた。
キーザとウェンはシドの問いに、ちょっと口をつぐんだ。そして、キーザは上半身を軽く捻って後ろを向き、ウェンはキーザに目を合わせるように見上げ、視線で会話をするように少しの間見つめあった。ややあって、ウェンがキーザの腕の後ろから顔を出しおずおずと話し始めた。
「あのね、さっきいつもの門のところでね、遊んでいたら何かが通ったの」
「何かが?」
「うん。すーって誰も居ないはずなのに通ったの。そしたら、キラキラしたのが見えたよ」
「キラキラ?」
おそらく、正面の門で遊んでいたら何かが通ったと言っているのは解るのだが、キラキラと言う表現がわからず、シドは首を傾げて聞き返した。すると、キーザがずいと一歩シドに近づき興奮した口調で言った。
「本当だぞ! 俺だって見たんだ! 緑色したキラキラしたのがこっちの方に来たんだ」
「そうか。……で、そのキラキラって結局なんだったんだ?」
「キラキラはキラキラだよ!」
「いや、キラキラは解ったから。どういう物だった? 丸とか四角とか形は見た?」
キーザとウェンはシドの言葉に虚をつかれた様に、きょとんとした顔になった。
「………えーと。もしかして、キラキラって、光っているのが見えただけで、形とかは解らなかったのかな?」
「……さっきから、そう言ってんじゃん」
シドの言葉に、キーザはやっと気がついたのかと言わんばかりの呆れた表情だ。
「…………うん。ごめん、気がつかなかったよ」
「さっしわるいぞ幽霊のにーちゃん。かーちゃんが言ってたぞ、さっしのわるいおとこはモテナイって」
「………………キヲツケマス」
ぐうの音も出ないほどシドはキーザから精神的な攻撃を受けた。子供は時に残酷とはよく言ったものだ。
(どうせ、恋人なんて出来たこと無いよっ!)
恋に憧れている年頃の少年には、中々きつめの一発だ。シドは心の中で絶叫するも、年上としての威厳を持たせるために、無理やり笑みを顔に貼り付けた。
「あのね……キラキラは青色だったよ? 光が当たった川の色みたいに濃い感じだったの」
「そうなのか?」
ウェンが話を続けたので、これ幸いとシドはこれ以上精神的負荷が掛かる前に話題を修正しようと話しに乗った。すると、キーザもウェンに負けじと話に食いついた。
「違うって。あれは緑色! ビヤの瓶を太陽に当てて地面に移った色にそっくりだった!」
ビヤとは苦味の跡に甘い葉っぱの香りがする微炭酸の発泡酒だ。深い緑色の瓶につめられ栓がされて販売されており、フェリス国では一般的によく呑まれいているお酒の一つだ。その瓶の深緑色といえば川底に生えている藻のような色合いでぱっとみ綺麗とは言えない。
しかし、シドが子供だったころ、さまざまなガラスに光を当てて地面に色を表すのが子供たちの間ではやったことがあった。その時に誰かが持ってきたビヤの瓶にも光を当てて楽しんだことがあったが、光に当てた瓶の色は芽吹いた若緑色の葉に少し深みが増したような、新緑と深緑の中間のような不思議な色合いで綺麗だった。そんな不思議な色と、光のあたった川の青色。
なんとも美しい色合いだと思うが、一体どうしてそんな色が見えたのだろう。
シドは子供たちの言い分を信じたいが、子供達は門のところからこの裏門の方までキラキラが続いているような話をしている。どうやって、キラキラした色だけが動いていたのだろう、と疑問を覚える。
「二人とも、緑と青って言っているけど、どちらか片方の色が交互に見えたのか? それとも二色同時にみえた?」
子供たちの言っていることが本当だとして、見えた色が合っていないのはどうしてか、とりあえず、まずはそこを聞いてみようとシドが問うと、キーザもウェンも考えるように首を傾げる。そして、二人はシドに背を向けこそこそと話始めた。
「どうだった? ………で、……だろ?」
「でも、……だったよ?」
微かに聞こえてくる二人の会話に、どうやらどんなものを見たのか二人で確認しあっているようだ。シドは二人の話がつくまで少し待つことにした。




