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17-5

屋敷前の庭を歩き、門に向かっていると、庭の木々の間から、あの日、シドに文句を言ったアークが顔を見せた。荷物を持っているようだったアークがシドに気がつくと、顔を見るなり青ざめて、くるりと背を向けてそそくさと逃げるように荷物を抱えたまま小走りで駆けていってしまった。あの日、ヴァリアスが現れたことがよほど恐かったようだ。


 そんなアークの態度にシドは鼻を鳴らして不快感を露にした。できれば、これからもあまり顔を合わせたくないが、配達はしてもらわなければならない。貴族の食べるものや日用品など、さすがに町の商店街で平民と同じものを買うのはまずそうだ、ということぐらいはシドだって判る。

 肩を軽くすくめて、シドが歩き出そうとすると、背後からシドを呼び止める声が聞こえてきた。

「シド君!」

 その声に、振り向くと執事が早足でシドに近づいてきていた。


「? どうしました」

 シドの手前で立ち止まった執事は少し困った顔になっていた。

「いえ。すみませんね。一つ伝え忘れてしまっていたことがありました」

「伝え忘れ、ですか?」

「はい。若様の屋敷に配達に行っている者なのですが、当人から変わって欲しいと言われてしまいまして、新しく、別の人間が配達に行くことになりました」

「別の人、ですか?」

 ちょうど、配達人だったアークを見た後だったので、なんという頃合だろうとつい彼がいた場所に視線を向けてしまった。


「……どうかしましたか?」

 誰も居ない場所に視線を送ったシドに不思議がった執事が聞いてきたが、先ほどのことは別に話すほどのことではないと考えたシドは「なんでもありません」と誤魔化した。

 執事はシドとシドが見ていた場所を交互に見比べ、特に言及することではないと思ったのか、気にせず話を続ける。

「それでですね、暫くは何人か交代で若様の屋敷に向かうかと思います。しかし、まだその任が決まっていないので、今日紹介することは出来ません。なので、配達をするものにはウィルフズ家の家紋が透かされている手紙を持たせますので、それで確認していただきます」

「判りました。……配達の人が来たら、手紙を持っているか確認して、その手紙に透かしが入っているのも確認すればいいんですね?」

「ええ、そうです。配達は今まで同様に三日に一度ですが、もしかしたら毎回顔ぶれは変わるかもしれません。専任の者が出来ればいいのですが……」

 執事の声は段々と沈み、憂う感情が伝わってきた。


 この人も、ヴァリアスのことを心配しているのだとシドは感じて嬉しくなる。

「………本当に……惰弱な若造どもめ……」

「……………ん?」

 ポツリと穏やかそうな執事から無骨な発言が漏れ聞こえた気がする。シドは、自分が聞いた言葉が信じられず、瞬きをした。

「……すいません。いま、何か言いましたか?」

「………はっ。いえいえ、何も言ってませんよ。ええ。何も言ってませんとも……では、そういうことなので、シド君お願いしますね」

「……は、はい」

 朗らかな笑顔のはずなのに執事から妙な威圧を感じ、シドは先ほどの台詞は気のせいだと自分に言い聞かせながら頷いた。

「では、くれぐれも気をつけてください」

 執事はシドの返事に満足したのか、威圧はなくなり、シドの身を案じ屋敷へと戻っていった。


「……………うん。気のせいだ」

 残されたシドは、もう一度自分に言い聞かせてから、止めていた足を再び動かし、門に向かって歩くことにした。

 庭は手入れをされ、緑が青々としていて綺麗だった。自然と人の手で創った草花の芸術は見るものに感動と安心を与えてくれる。薔薇の花壇にアーチ。季節の花々は絨毯のように様々な色で咲き乱れている。その花の色を際立たせるように、青い葉をつけた木々が立ち並ぶ。


 シドは前回着たとき緊張してよく見られなかった庭の美しさを堪能しつつ、時折拭く風に尻尾のような髪をなびかせ門の近くまでたどり着く。

 門の外を警戒していた門番が背後のシドに気がついたのか振り向こうとする。そのとき、風がびゅうと一段と強く吹いた。風の強さにシドは荷物を持った両手に力をほんの少し込めて、目を細める。細めた視界から門番も強風から手の平で目を隠すようにしているのが見える。


 フェリス国はクガン山から吹き降ろす風で、時折水の匂いが混ざった強風が吹き荒れることがある。冬の間は強風は少ないのだが、春から初夏にかけてが一番多い。その強風は春を知らせる風として親しまれ、クガン風と呼んでいる。


 ただ、あまりの強風で洗濯物が飛んでしまう、という話がしょっちゅうある。そして、その風で飛ばされた洗濯物を探しているときに、落ちた場所で出会った人と意気投合して、恋人になったという逸話もあり、別名お見合い風なんて呼ばれ、若い娘は家の洗濯物が飛ばないか、と心待ちにしているそうだ。もっとも、飛んでいく洗濯物はせめてタオルくらいがいい。自分の下着が飛んだら、恋人を見つける前に、下着を見つけてなかったことにしたくなるだろう。


 びゅうびゅうと風が吹く。今日の風は一段と強い。

 シドはたまらず目をきゅっと閉じ立ち止まってしまった。髪が乱れ、前髪が顔に当たる。ちり、と項が疼いた様な気がしたが、風が項の辺りをくすぐるように通り、解らなくなってしまった。強風がやむのを待っているシドに、門番の激しい警告の声が聞こえた。

「危ない! よけろ!」

「えっ?」

 切羽詰った声に、シドは目を開ける。門番の視線はシドの横。強風が吹いてくる方に向いていた。シドもつられるように門番の視線を追うと、緑の何かがシドの顔面に向かって超速で飛行して来ていた。


「ひえいっ」

 奇妙な悲鳴を上げながら、考えるより先にシドの身体が動いた。今まで散々経験してきた、伊達に理不尽な不幸の数々にあっていた訳ではない。持ち前の反射神経でシドはまず両手に持っていた荷物を飛んでくるものに傷つけられないように前に投げ飛ばし、そのまま足に力を入れて、自分の身体を前に倒すように倒れ、地面に顔面が接触しないように手の平を先に延ばし、そのままべしゃっと蛙がつぶれたように着地した。

 ドスッと何かが突き刺さった音が、地面を視界一杯に広げたシドの耳に聞こえた。


「おいっ! 大丈夫か!」

 慌てた声で、駆け寄ってくる門番。

「……な、なにが……」

 シドは突然の出来ごとに驚き、心臓が跳ねるようにドクンと動く。ドクドクと体中の血液が活発に動くのを感じた。荒れた川のように耳の奥で血流が煩く流れる。


 地面に倒したままの両腕の力で肩をあげて、首を後ろに回して飛んできた緑の物体を確認する。シドは飛んできたものを理解して絶句する。

 シドの後ろの木の幹に、それは蕾を二三つけた薔薇の太い枝が先端から突き刺さっていた。枝は途中から無理やりに折られ、人の人差し指の爪くらいの大きさの棘が無数についている。今にも咲き出しそうだった蕾からが花びらが、はらはらと地面に落ちていく、そんな、危険で美しい淡い紅色の薔薇の枝。強風の中では緑しか確認できなかったが、今はさわやかな風に揺られ、枝をしならせ、花弁を舞い落としている。


「………」

「怪我はないか!」

 シドの直ぐ側まで近づいてきた門番の影がシドを覆う。後ろを向いていたシドはその影に釣られるように首を戻し、上を見上げた。

「だ……大丈夫……です」

 背中に冷や汗が流れた。ヴァリアスの屋敷で起こった『不幸』も恐ろしかったが、今回も避けられなかったら薔薇の枝に突き刺さっていたのは木の幹ではなく、自分の肉体だったかもしれない。そんな空恐ろしい想像がシドの脳裏に駆け巡った。その、恐ろしい想像を打ち消すようにシドは頭を軽く振って、立ち上がる。


「風で棘だけが飛んだかもしれない。棘は刺さってないか?」

 立ち上がったシドの無事を確かめるように門番が力強い力で服を叩いた。

「大丈夫です。さすがに、今回は肝が冷えました」

 バシバシ叩かれて痛かったが、これも心配してくれているからだと解っていたシドは叩かれる反動で身体を揺らしながらも、このことについては何も言わなかった。


 門番はシドの腕を掴んで身体を軽く捻るように動かす。シドは抵抗せず、背中を見せたりした。暫くして、怪我がないことを確認した門番はほっとした表情で、掴んでいたシドの腕を放した。

「怪我はないようだな。服も破れてないし。………よかった。たいしたことなくて」

「はい。あ、ありがとうございました」

「うん? なにがだ?」

「教えていただいたおかげで避けることが出来ました」

 いつものように危険を感じて項がちりとなったのに、風にまぎれてしまった。警告がなかったら、もしかしたら気がつかなかったかもしれない。シドはやっと自分が無事なことを実感でき、肺の中の空気を全て出し切るように息を吐いた。


「なに、誰だって危ない奴がいたら声をかけるだろう? 当然のことをしたまでだ。……しっかし、すごい運動神経だな。あんな速い枝を倒れて避けるなんて」

 門番は呆れたような、感心したような顔だ。シドは、その表情に苦笑を返した。

「ははは。今までの経験の賜物です」

「経験って………」

 シドの言い分に門番は絶句する。


 語るのも涙を誘う今までの『不幸』の経験を語れば一日は掛かる。シドは曖昧に言葉を濁すことにした。

「ま、まあ、気にしないでください。……っと、忘れてた。服!」

 門番の横に投げ出されていた包みを、シドはしゃがんで両手に持ち上げ、立ち上がってから片方の腕で抱えるように持ち、空いた手で軽く叩いて汚れを落とす。


「あ、ああ。服も大丈夫そうだな」

 シドに誤魔化されたことに若干納得がいっていないようだったが、門番はそれ以上聞いてくることなく、服が入った包みが無事なことをシドと一緒に確かめた。

「はい。さっき支給されたばかりなのに汚したり破れていたら、いくら僕でも落ち込みそうです」

「ははっ。まあ、本当に無事でよかったよ。……しかし、どこから飛んできたんだ?」

「そうですね。結構太い枝みたいですけど……。風で折れるもんなんですね。薔薇の枝って」


 たいしたことが無かったことにお互い安堵しつつ、疑問に思うのはどこからか飛んで来た枝についてだ。二人は息を合わせたかのように、突き刺さっている薔薇の枝の方へ顔を向ける。

「いや。いくらなんでも強風とはいえ、あれくらいの風で折れるような太さの枝じゃないぞ。それに、門の近くの薔薇は赤色だ。薄い紅色の薔薇は屋敷の傍のものだよ。なんでその薔薇が門のほうへ、しかも横から飛んでくるんだ?」

 門番の言葉にシドはふと嫌な予感がした。


「………もしかして、人為的に風にまぎれて飛ばしてきた……なんてことは、ないですよね?」

「……………いや、そうそう人為的なことを疑うのは良くない。が、うちの庭師が切った枝を放置するなんてことをするはずはないし。ここいらにない薔薇の枝がいつかの風で木に引っかかってた、なんてことも考えられない。とすると……君、もしかして何かやった?」

「やってませんよ! なにをやったら、僕が狙われるんですか!」

「だよなあ。……まあ、不可解なとっていったら、まあ、でもなあ」

 門番の歯切れの悪い言葉の中に、ヴァリアスの『不吉』が起こったのではないか、という言外の意味をシドは感じてしまった。しかし、門番はそのことを否定したいような苦悩を見せている。そのことに、シドは嬉しさを覚えた。


 ふと、人為的というならば、もう一つ可能性があることにシドは気がついた。

「もしかして、盗難の犯人とか?」

「盗難? 何のことだ?」

 どうやら、門番はまだ、屋敷内で盗難が合った事を知らないようだった。シドは言ってもいいか迷っていると、屋敷の方から一人若い使用人がかけてきた。

「すいません!」

「うん? どうした」

 使用人はシドの横をすり抜け、門番の方へ駆け寄り、息もろくに整えずに門番に耳打ちする。

話を聞いていくうちに、門番の表情は険しくなっていった。


 話が終わると使用人は一礼して慌てた表情で、二人から遠ざかり屋敷へと戻っていく。どうやら、木の幹に刺さった枝には気がつかなかったようだ。

 使用人が戻っていくのを黙って見送っていた門番は、ちょっと考えるようにした後、口を開いた。

「………今言った話は、さっき起こったっていう盗難のことか?」

「……あ、はい」

 唐突に話を振られ、シドは慌てて返事を返す。


「……そうか。……しかし、解らないんだが、どうしてその話で君に攻撃することにつながるんだ?」

「あ、そうですよね。……僕、奥様と一緒に応接間にいたとき、翡翠の置物が取られたのを最初に見つけたんです。犯人を捜すように奥様が言っているのを聞いたので、つい犯人がまだ屋敷の中にうろついているんじゃないかって思ってしまいました」

「ああ、なるほど。まあ、よく目撃者は消されるっていうのが推理小説の定番だもんな。ん? じゃあ、もしかして、犯人見たのか?」

「いえ。気がついたら無くなってました。犯人は見ていないです」

「……聞いたのとおんなじ手口か。…………まあ、考えても答えはでないな。犯人の手がかりはまだ、何一つないらしいからなあ。なんにせよ、枝が飛ぶなんて危険だからな。庭師に枝の始末をきちんとするように言っておこう」

 ため息をついて門番は仕方が無いと言わんばかりに首を横に振った。


 シドもこれ以上考えても正解はわかりそうにないし、枝の始末をきちんとしてくれると言ったので、この件で話すことは無いと思い、同意するように頷いた。

「……さて。ではでは、短い間だが門のところまで護衛がてら、一緒に向かいましょうか。同僚殿」

 気分を変えるように、門番が軽く腰をかがめ、片腕を門のほうへと伸ばし、もう片方の腕を背に回して、軽やかに強面でウィンクを見せ、おどけるように言う。


 その行動は様になっているのにどこか笑いを誘い、知らず強張っていた肩の力が抜けて、シドはくすりと笑った。

「はい。おねがいします」

 門番に付き合うように、シドも明るい声で返すと、門番は心得たといわんばかりに頷き返した。

「では、こちらでございます」

 女性をエスコートするように門番とシドはほんの数十歩の距離を一緒に歩いた。

 門の手前につくと、門番は閂をあけ、人一人分の幅を開いた。


「あ、そういえば、門は開けてもいいんですか?」

「うん? どういうこった」

「すみません。変な言い方でした。えっと、よく小説とかに、犯人が見つかるまでって扉とか開けないようにするような事が書いてあったのを読んだことがあって。その印象があったので……」

「ああ。そういうことか。って、そんなことをしたらお前さんが出られなくなるだろう? それに、ここの門は俺が常時いるからな。怪しい奴は出さないし、入れたりはしないよ。さっき来た奴にも、見たことの無い怪しい人間を出さないようにって言われたしな」

「……それもそうですね。変なことを聞きました」

 自分で言ってて、間抜けな質問だったとシドは苦笑した。


「気にすんな。ということで、どうぞ、お通りください」

「あはは。ありがとうございます」

 両手の荷物を抱えなおして、シドは敷地の外へ出た。門番はゆっくりと門を閉め、閂をかける。その一連の手順は単純なはずなのに滑らかに動き、無駄の無い美しい玄人の技を魅せられた気がした。

 シドはそんな門番の動きに感動を覚えた。


 自分の動きがまだまだぎこちないのは百も承知のシドは取り合えず自分に出来ることは、これから向かうヴァリアスの屋敷でしっかり働くことだ、と心の中で気合を入れ直した。

「おお。そうだ」

「はい。なんですか?」

 閉めた門の中から門番が声をかけてきた。

「その、な。まあ、なんだ、危ないこともあるかもしれないが。……あー、あれだ。言いたいことってのは……坊っちゃんを頼むわ」

 視線をあちこちさ迷わせ、早口で言い切った門番の耳が紅くなっているのにシドは気がついた。

「……………………はい」

 門番の言葉に、気の利いた返答が一つも思い浮かばず、せり上がって来る感情に喉を詰まらせ、シドは掠れた声で返事を返すだけになったが、門番はその言葉にどこか照れたように笑顔を見せた。


「おう、気をつけてな」

「……はい。失礼します」

 シドは我が事のように嬉しくなり、このままいると嬉し涙が零れそうだった。泣き顔を見られるのは恥ずかしいので、一礼し門番に背を向けて歩き出した。

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