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16-3

「だー! とにかく! 兄ちゃんは仕事を続けます!」

 ランカの大笑いを打ち消すくらいの大声を上げて、シドは宣言する。

 シドは椅子に座りながらも、背筋を伸ばして強い眼差しで意思を変えるつもりがない事を教える。

 その言葉と態度に、ランカは笑うのをやめ、呼吸を整えてから真剣な表情でシドに向かった。

「でも兄さん。今回は大事にならないほどの怪我で住んでも、不吉伯爵といわれているような人の傍にいれば、今度こそ命を脅かすような大怪我をするかもしれないんだよ。父さんも母さんも行方不明の今、今度兄さんが大怪我したりしたら俺たちはどうすればいいの?」

ランカの表情は迷子になった子供のようだった。


 こんな弟は始めて見た。シドは返す言葉が見つからず、言葉に詰まった。

 見回してみれば、先ほどの楽しい雰囲気から一変して、他の弟妹達も心配そうな顔でシドを見ている。

 自分の怪我がこれほど弟妹達に心配かけていたのかとシドは改めて己の迂闊さを思い知り、歯噛みした。

「……ごめん。でも、どうしてもヴァリアス様の所での仕事はやめたくないんだ」

 搾り出すように、気持ちを吐露するシドに、暫くじっと見つめていたランカが詰めていた息を吐き出すように嘆息する。


「どうして?」

「今やめたら、きっと気になってしょうがなくなると思う。だってさ、不吉だからって、傍にいたら怪我するって言って、誰も傍にいないのは寂しいと思う。そりゃ、衣食住足りていて、たまには一人になりたいって思うこともあるかもしれないけどさ。それって人の目が優しいか、気にしていないから独りでいても、どこかで繋がっているって感じられるから寂しくはないんだと僕は思う。でも、人に蔑まれたり、無視されたりしながら独りでいるのは、心がさ、泣きたくなると思う。……ヴァリアス様は不吉だから誰も近寄らない、でもさ、ウィルフズ伯爵は息子である彼のことを気にしているんだ。気にしているけど、きっと気にしないようにしている。ヴァリアス様のために。……気にしないと無視は違うんだよ」

「どういう意味ですか?」

 レンが聞いてくる。シドは一つ頷いて言葉を続けた。

「無視は悪意が含まれていることがあると僕は考えている。どうでもいいって感じかな? 気にしないは適度な距離感を持っているだけだと思っているんだ。伯爵は気にしないようにして、ヴァリアス様が心安くいられればいいと思っているんだと思う。……まあ、僕の勝手な想像だけど。そんな印象を受けたんだ」

「印象を受けたって?」

「あ、そうだった。今日手紙が来てさ、この先仕事をどうするかって。その中で、わざわざ伯爵が手紙をしたためてくれたんだよ。普通一般人に貴族からの手紙なんて、ありえないだろ? だから、ヴァリアス様のことを大事にしているんじゃないかなって思ったんだ」

「………兄さんの言いたいことは分かったけど、どうして、そこで兄さんが仕事を続けるって言うわけ?」

「そうだな。ヴァリアス様が独りじゃないって解っているのか、知りたい。もし、知らなかったら教えてあげたい。……その、僕も『不幸』を呼んでは色々迷惑かけてるだろう? でもさ、母さんやランカ達がいてくれるから、その、なんていうか、まあ、寂しくないって言うか、ありがたいって言うか」

 最後のほうは言葉にするのに勇気がいった。シドは段々と自分の言っていることに恥ずかしくなり、顔を赤らめ、弟妹達から視線を逸らすようにしながら早口になっていた。


「……に、にいさん」

「……こ、これは……」

「……こ、告白ですか」

 戸惑ったような、けれどもどこか嬉しそうな声色が混じったランカの声の後には、ライとレイがめったに聞けないほど動揺した声音だった。

 気になったシドがチラッと前を向くと弟達も赤面していた。


 そんな表情をみて更に恥ずかしくなったシドはそっぽを向いて話を続ける。

「……僕は、ヴァリアス様を放って置けないんだ」

「……? どうして」

 ランカの疑問に、面と向かって話すべきだと思ったシドは、頬をまだ赤らめたまま、しっかりとランカに視線を合わせた。


「さっきも言っただろう。僕も『不幸』で結構いろいろな目に遭っているだろ? でも、お前たちはそんな僕を見捨てないで傍にいてくれるから、かな」

「基本的に、被害にあっているのは兄さんだけだし、俺たちには怪我は無いから」

「うん。でも、ヴァリアス様は自分に被害が無くて、周りに被害がある。僕は……」

 シドは少しの間言葉を途切れさせ、逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。

「僕は昔、一度だけ自分の『不幸』で人を傷つけたことがあるんだよ」

「嘘でしょう!」

「本当ですか!」

 双子が信じられないと言わんばかりに声を上げた。


「うん。といっても、巻き込んだわけじゃないんだけどね」

 刹那。どこか、遠くへ視線を送ったシドは直ぐに戻り、苦笑した。

「まだ五歳くらいだったかな。リズたちはまだ生まれていなかったし、ライとレイも小さかったから覚えて居ないと思うけど、その年の夏は暑くて家族そろって避暑地に旅行にいったんだよ。でも、ついた途端ランカが熱出して、観光どころじゃなくてさ、そんな時にそこで知り合った女の子と遊んでいたんだけど……それが、すごく楽しくて。楽しすぎて幸運だって思っちゃったんだよね。で、いつもどおり『不幸』が起こったんだ。そのときは、浜辺で遊んでいたんだけどね。それが、突然僕の周りに竜巻が起こって、僕が飛ばされて海に落とされたんだよ。まあ、まばらに大人がいたから、いち早く気づいた大人に助けてもらったんだけど」

「……まあ、兄さんにはよくある『不幸』だよね」

「そうだね。って、否定できないのが辛い。……今はそこじゃないな。で、その時、竜巻に砂のほかに漂着物の木の枝とかも一緒に巻き上がっちゃってさ、その一つが彼女の頬を傷つけたんだよ。かすり傷だったんだけどさ、それに気がついたとき、この世の終わりが来たと思ったくらい目の前が真っ暗になったよ」


「それは……」

「大げさかもしれないけどさ、自分の『不幸』の所為で彼女は怪我をしたのは事実だ。その時理屈じゃなくて、心が、『どうしてこんなことに! 傷つけたくなかったのに』って思った。悔しくて、後悔して、どうすればいいかわからなくなった」

 シドの言葉に、弟妹は黙り込む。シドは話を続ける。

「誰かを自分ではどうしようもない力で怪我をさせるのって、怖いし、辛い。幸い、僕の場合は直ぐに直るような怪我だったけど、それでも、その後彼女に会うのが怖くて仕方がなかった。次の日、けろっとした顔で現れて遊びに誘ってくれたときは、ちょっと泣きそうになった。……なあ、父さんに言われたことがあったの覚えているか? 誰かを殴りたくなったら、自分が殴られた場合を想像してみなさいって」

「え? 確か、『自分が痛いと思うなら、自分で殴った相手も同じ痛みを覚える。そして、もし、君自身が誰かを本当に殴ったら、君自身も痛みを感じるだろう。それは、体の痛みかもしれないし、心の痛みかもしれない。君はそんな思いをしたいのかい。よく考えて、想像しなさい。君にはそれが出来るのだから』……だよね?」

 唐突に話が変わったことに戸惑いながらもランカが続けた。その言葉にシドは頷いて合っていると、返した。


小さいころに言われた父の言葉は妙に頭にこびりついて残っている。

「だから、僕も想像してみたんだよ。もし、僕が僕の『不幸』で家族を傷つけたらって。……きっと、自分自身が許せない。友達にかすり傷を負わせただけで、目の前が真っ暗になったんだよ。家族ならなおさらだ。そんな許せない思いを、ヴァリアス様はずっと抱えているんじゃないかって」


 この二日間。少し気を緩めるとちらつくヴァリアスのあの表情。まるで「お前でもだめなのか」そう言っているようだった。伯爵の手紙にも書いてあった。シドほどヴァリアスの隣にいた人間はいなかった、と。最初はヴァリアスの不吉な出来事など一笑に付していたが、何度も身の危険が付きまとうような不可解なことが起きるようになって、もしや、と疑念を抱いていたのも事実。それでも信じなかったのは、話すときに一瞬だけ遇わされるヴァリアスの眼が、まるで子供が縋っているようだったからだ。自己満足かもしれない。でも、人と関わらないように幽霊屋敷に住んでいるヴァリアスの側にもう少し居たいと思ったのは事実だ。


「兄さん……」

「……ほら、僕も不幸な目に結構遭っているから、ヴァリアス様の不吉な出来事くらい、どうってことないと思うんだよ。今回はちょっと怪我したけど、それまでは大丈夫だったから、もっと警戒して怪我しないようにするから、頼む」

「……でも!」

 座ったまま頭を下げたシドにランカが何かを言おうとするのに被せて双子が言葉を発した。

「良いと思います」

「良いんじゃないですか」

「な! ライ、レン!」

 ランカが、思わず双子の名前を叫んだ。

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