15-3
郵便屋を見送ったシドは小さく吐息を零す。
「……今度斡旋所にいったら、今回の礼の前に御礼参りするべきか?」
情報を売ったであろう、筋骨隆々の自称乙女の顔を思い出して、シドは若干腹立ちを感じたが、ここで文句を言っても始まらないと考え直して、気持ちを落ち着かせるように郵便屋から受け取った手紙を見た。
受け取った手紙は二通あった。一通は、両親が所属している、紋章研究所からだった。その送り先を目にした途端、両親に関して何か進展があったのか、と気が気ではなくなり、ペーパーナイフを取りに行くのを惜しんで、糊付けされた封筒の端の糊づけの甘い部分を見つけて、手荒にはがしていく。
手紙を取り出し、ざっと目を通すも、いろいろ探しているが進展なし、と簡潔に書いてあるだけ、一気に力が抜けた感覚に陥り、長息した。
研究所からの手紙をテーブルに置いて、もう一つの手紙に視線を落とす。送り主は人材斡旋所のバーフィアからだった。
この手紙には急ぐ気が起こらなかったので、シドは立ち上がり、居間の梁に取り付けられた、飾り棚に近づいた。これは二年位前にランカが学校の授業の一環で作ったものだが、木材で細部まで凝った花柄が彫られ、店に売りに出されてもおかしくはないような出来栄えだ。飾り棚にはブリキの缶とブリキの兵隊の人形が置かれている。缶の中にはペーパーナイフと定規が入れられている。二つとも特に飾りもなく無骨な印象を受けるが、意外と花柄だが可愛いというよりは洗練されている意匠の飾り棚と合って室内に華を添えている。
しかし、この飾りだなを見るたびに、ランカは手先が器用なはずなのに、なんで料理は壊滅的なんだろう、と一度は首を傾げたくなるのは家族としての気安さからだと思うのだが、二度と料理は食べたくないのが正直な気持ちだ。
うっかりこの間の料理の味を思い出しそうになったシドは、爪先立ちをして飾りだなに置かれているブリキの缶からペーパーナイフを取り出し、手紙の封を切って、さっさとペーパーナイフを元に戻し、椅子に座った。その間、極力飾り棚を見ないようにした。見ると破滅の料理が近づいてくるような気がしたからだ。
斡旋所からの手紙は二枚入っていた。一枚目は所長のバーフィアからの手紙だった。
『はあ~い。シドちゃん、頭のほうはどう? あ、間違えちゃった。頭の怪我の具合は大丈夫? エリー、シドちゃんに会えなくて、さ・び・し・い・ぞ! ……………』
「うげっ」
頭の傷からではなく胃の辺りから痛みを感じた。
バーフィアの手紙はピンクの用紙にハートマークが乱立している。最初の一行ちょっと呼んだ所で、シドは精神的に打ちのめされ、そうっと手紙を裏返し、卓の上に置いた後、右の人差し指で、すーっと出来る限り自分から離すように卓の上で手紙を滑らせた。
気分を落ち着かせるように眉間を抓んで揉んでみた。揉むと傷に響いて地味に痛い。シドは二三度で止めた。
手にしていたもう一方の手紙に目を通す。送り主は、ヴァリアスの父親からで、仕事を続けるかどうかを問う確認の手紙だった。
その手紙には、まず、シドの安否が心配される内容が書いてあり、続いて、七日以上も息子の傍にいて無事だった人は初めてだと言うこと、それと、感謝の言葉が記されていた。そして、怪我の慰謝料代と給料を払う旨が書かれていた。それだけだった。
読んでみれば、今までに対する感謝の念しかない。そのことに、シドは何故かひどく落胆していた。
シドはてっきり、この先も続けても良い、と言う言葉が入っているものとばかり思っていた。
(何でそう思ったのだろう?)
当たり前に続けることを考えていた自分がいたことに、シドは驚き、そして納得した。
(ああ、そうか。続けたいんだ)
仕事といえば掃除だけだが、シドはあの邸で自分が仕事をしていることに満足していたのだ。日に日に埃がなくなり綺麗になっていく部屋の数々、見たこともないような豪奢な調度品を掃除するのはまだ怖いが、あの邸が本当に綺麗になって幽霊屋敷と言われなくなったらどれだけ充足感を得られるのだろう。いや、それだけじゃない。シドが『不幸』にあっても続けて雇ってくれたのはヴァリアスの邸が初めてだった。それが、何よりも嬉しかった。
リエッタもシドの先輩として色々と教えてくれた。『不幸』にあっても嫌な顔をせずに接してくれた。シドは自分がどれだけ素晴らしい場所を見つけたのか今更ながらに気がつく。
シドが怪我したときに見せたヴァリアスのあの表情。あの表情の意味をシドは言葉には出来ないが、理解できた気がした。
(ヴァリアス様はきっと優しい人だ)
そして、その父親である公爵も息子を想い、息子の邸で一使用人として働いていたシドに心配と感謝の手紙を書いてくれる優しい人。
公爵からの手紙はまだ続いていた。シドは続きを読んだ。
「息子の傍にいてくれてありがとう」そんな言葉で最後が締めくくられた手紙。シドは読み終わった後には胸の辺りが暖かくなった気がした。
「………これから、どうしよう」
答えは、出ている。でも、もしも今回の怪我がヴァリアスの『呪』ではなく、シドの『不幸』の所為で起こった理不尽な現象だったら?
怪我をするのがシドだけじゃなく、ヴァリアスやリエッタにまで及んだら?
自分のわけの解らない『不幸』が他人に不幸を呼ぶ。それほど、恐ろしい物はない。
シドは迷いに迷って、一度挫折したピンクのハートが飛んでいる所長の手紙のほうを見やる。
(………読んでなかったなからな。仮にも所長の手紙だし)
迷っていても踏ん切りがつかない。シドは、とりあえずバーフィアの恐ろしい手紙を最後まで読むことに決めた。
遠くにやった手紙を抓んで慎重に自分に近づける。さながら危険物に対して警戒しているように。
手前まで近づけたら、手紙を抓んだまま、そーっと上に上げて文字を目で追う。今度は最後まで何とか目を通せた。怪我の心配のあとには、この先仕事を続けるかどうか、と聞いてきていた。バーフィアはウィルフズ伯爵には自分が紹介したけど、無理ならやめてもいい、と言うことと、シドなら、『不幸』でヴァリアスの『呪』に打ち勝って傍にいられるんじゃないかと思っていたことが書かれていた。男爵家のバーフィアの実家とウィルフズ侯爵家は地位は違うがお互いの祖父が友人でそれ以降仲が良く、ヴァリアスの噂も知っていた。そして小さい頃から独りぼっちだったヴァリアスがどうしても見過ごせなかったことや、シドの『不幸』なら、と公爵に紹介したのは自分だと言うことが書かれてあった。
最後に「シドちゃんが、決めていいからね?」とかかれ、締めくくられている。
本来なら、口も聞くことも無いような貴族二人からの手紙は、シドが気兼ねしないようにか心安さがにじみ出た、優しさが溢れた手紙だった。ピンク色のほうは若干別のモノが滲み出ていたような気がしたが。
二通の手紙に共通していたのはシドへの心配と、どこか諦めているような印象を受けたことだった。
シドはその二通の手紙をもう一度読み直す。そして、一度目を閉じた。
「よし!」
と、何かを決めた響きを秘めた声を上げて、目を開いたときには、燻っていた迷いはどこかに吹き飛び、意思の強い眼差しになっていた。




