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15-2

シシリー家が取っているのはフェリス国で発行部数一番のフォーシーズン新聞だ。毎朝早くに届き、時事から王家の式典、地域の話に季節の花まで、おおよそ国内の様々な出来事を網羅している大衆紙だ。

 新聞を広げると一面に『消えた貴重品。貴族の屋敷に現れる怪奇な幽霊の目撃淡』とでかでかと書かれていた。


 興味を持ったシドが読み進めていくと、ここ最近貴族の屋敷で盗難が相次いでいるようだ。それも、白昼堂々の犯行で犯人の目星はついていない。犯行は家人がその場所にいても起こっている。一瞬目を離しただけでも、屋敷に飾られている高価な壷や絵画、宝石や高額な硝子細工などが飾られていた場所から忽然と姿を消しているのだ。


 新聞では、解っているだけですでに十三件の被害があり、どの犯行も使用人がいた場所で起きている。そのため、使用人の中に犯行を隠蔽していたり共犯ではないかと疑われている、という一文で締めくくられていた。


「使用人って、大変なんだなー」

 記事を読み終わって、同情的な感情を抱きつつ呟いた。

「……って、僕も使用人やってたよ!」

 つい、自分で自分に突っ込みを入れてしまった。

 つかの間、沈黙が下りる。

「…………あー、やっていたんだよね……」

 ヴァリアスに来るなのと言われて二日目なのだ。思わず口に出た、過去形の言葉に落ち込みたくなった。

「なにやってるんだろ……」

 今の自分が、何だかもどかしくて、シドは卓に突っ伏して、言葉にならない呻き声を挙げた。


 どれくらい、うじうじしていたのか、うーうー唸っているシドの耳に玄関の戸を叩く音が聞こえた。

「シシリーさーん。郵便でーす」

 続いて聞こえた声に、シドは傷に触らないように頭を上げて立ち上がる。

「あ、はーい。いま出まーす」

 答えながらも、玄関のほうに向かって歩き出す。シドが扉を開けると郵便屋さんが帽子のつばをくいっと上げて挨拶をした。

「こんにちわ、シド君。郵便です」

「こんにちわ、郵便屋さん。いつもご苦労様です」

 にこやかな郵便屋さんに釣られるようにシドも笑みを返した。


 郵便屋さんはシドの住む町の配達担当で、町の住民からは親しみを込めて郵便屋さんと言われている。シドも何度も会ったことのある顔見知りだ。当然、シドの『不幸』も知られている。

「あれ? シド君どうしたんですか、その怪我は。もしかして、また不幸な目にあったんですか?」

「あ、はは、その……そんなものです」

 また、と言われ落ち込んでいた気分が更にへこみ、力ない声になってしまった。


 郵便屋はシドの頭の包帯を見やり、心配した表情になった。

「その、シド君の不幸はそんなに大怪我をすることはないって聞いたんですけど……本当に大丈夫ですか?」

「え、はい。その、不幸なんですが、いつもと違う要因があったようななかったような……」

(な、何で知っているんだ郵便屋さん!)

 内心叫びつつ、シドはしどろもどろになんと説明しようかと迷いながら口にだすと、郵便屋は、ああ、となぜか一人で納得したように頷いた。


「あ、そのーもしかして、ウィルフズ伯爵の所のご長男の邸宅で働いているって聞いたんですが、それが原因だったりしますか?」

 あっさりと出された答えに、シドは目を丸くした。

「え? なんで、僕がウィルフズ家のところで働いているのを知っているんですか?」

「え? だって、町の人は皆さん知っていましたよ? いつまで持つんだろう、って皆さんが噂しているのを聞きまして」

「は?」

 郵便屋さんの言っていることが解らない。

 シドはぽかんと口を開けて固まってしまった。


「えーと私の聞いた噂ですと、何でも、シシリー家の長男は学校を休んで兄妹を養おうとがんばっているのだけれども、最初が飲食店の皿洗い従業員で半日後に、なぜか突然やってきた子牛の集団に突進されて、店に予定外の出入り口ができて突如休業を余儀なくされて、追い出されたとか」


「あ!」


「次に働いたところは、花屋さんで、店主が仕入れてきたばかりの花を整理しようと手を伸ばしたら、その花の隙間から大量のミツバチが出てきて、追い掛け回されて、夜になって何とか戻ってきたら、店主は夜逃げしていたとか」


「い!」


「それで、伯爵のところで働く前は、年齢をごまかして、夜の繁華街で女性の方とお酒を飲める店の看板もちをやったけど、酔っ払いのおじさんに絡まれたけど、そこで颯爽と現れた、逞しい現おねーさんに助けられた挙句に口付けももらって、悲鳴を上げて逃げて、夜明けに店に戻ったらクビにされたって、聞きましたけど?」


「ううぅー!」


(なんで、自分の行動を町中の人が知っているんだ! というか、僕の私生活は筒抜けなのか! 町の人たちとは家族のように密接な繋がりがあるけど、だけど、だけど!)


 言いたいことは色々あったがシドは言葉につまり、うぐうぐと、喉をうならせているだけしかできなかった。

「……その怪我も、伯爵のご長男の不吉な呪いとシドさんの不幸が激突した結果だと聞いたのですが……」

「……郵便屋さん、最後の仕事の話は前の前のことです。思い出したくないです。といいますか、それはどこのジショウオトメから聞いたんデスカ?」

 郵便屋の言葉にぴんと来るものがあった。こんなにも、人の不幸を把握している上に、嬉々としてばらすような奴を、シドは一人しか知らない。


 シドは郵便屋さんに悪魔のような形相で詰め寄ると、慄いた郵便屋さんは白い手袋をした両手を顔の近くの前に持ってきて一歩引いて、少し顔を背けた。

「えっと、この間仕事斡旋所に郵便物を届けてきたときに所長さんに……」

「やっぱり……」

 うつむいて搾り出すように声を出したシドに、郵便屋は何か恐ろしいものを感じ取ったが、恐る恐る声をかける。

「……シ、シド君?」


「あいつかー! いつぅ!」

 くわっと、顔を上げて大声で怒鳴ると、頭の傷に鋭い痛みが走った。

 痛みに耐えるようにシドが包帯に軽く手を添えて呻く。眩暈を感じて身体がぐらっと揺れた。

「大丈夫ですか!」

 郵便屋は慌ててシドの肩を両手で支え、そのまま「お邪魔します」と言いながら家に入り、玄関からすぐにある、テーブルの一番手前にある椅子にゆっくりと座らせてくれた。


 顔を顰めて耐えていると、段々と眩暈も治まり、痛みも鈍くなってきた。

 シドの表情が柔らかくなったのを確認した、郵便屋が声をかけてきた。

「すみません、勝手にお邪魔して」

「いえ、助かりました」

 痛みが和らいだので、シドはゆっくりと顔を上げて、苦笑いを返した。

「怪我をしているんですから、あまり、無理をしてはいけませんよ」

 郵便屋にまで心配をかけてしまい、シドはから笑いしか出来なかった。

「はは、気をつけます」

「はい。気をつけてくださいね。あ、そうそう。シド君にお手紙です」

 シドの答えににっこり笑みを返して、郵便屋は肩掛けかばんから、シド宛の手紙を渡す。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、お仕事ですから。じゃあ、シド君失礼します」

 手紙を渡した郵便屋は玄関へと歩き、腰を軽くかがめて挨拶をして出て行こうとする。去っていく姿に、シドは立ち上がろうカ一瞬迷ったが、無理はだめだといわれたばかりだったので、座ったまま声をかけた。

「いつも、ご苦労様です」

「はい。ありがとうございます。では……あ、安心してくださいね。シド君の職歴を知っているのは、町の人たちだけだそうですからー」

「は、ははは、ソウデスか」

 シドの微妙な心情を理解しているのかしていないのか、郵便屋は少し帽子のつばを抓んで上下に動かしたあと、玄関から外に出た。そして、上下左右を確認したあとおもむろに左首に左手をそっと当てた。

「『飛翔』」

 言葉と同時に薄い緑色の光が触れた辺りから溢れ、風が郵便屋の周りを取り囲むように流れ出した。とんと地面を軽く蹴ると、シドの目の前で、郵便屋はゆっくりと空高くへと浮かんでいく。


「あ、最近貴族の屋敷ではいつの間にか物がなくなるそうですけど、貴族じゃないからって油断したらだめですよー。戸締りはきちんとして、気をつけてくださいねー」

 郵便屋の足が玄関の上近くまで飛んだときに聞こえた声に、シドは先ほど見た新聞の内容を思い出す。

「気をつけまーす」

 すでに足も見えなくなってしまったが、郵便屋の心使いに感謝の意味もこめて、大きな声で返した。


 郵便屋の姿が消えると風が一陣強く吹いた。その風圧で、シシリー家の玄関の戸が勢い良く閉まった。

 とんとんとん、と家の屋根の上から軽快な音が聞こえる。おそらく、郵便屋が屋根を伝ってこれから他の家に郵便配達をしにいくのだろう。郵便配達員は空を飛ぶことに関係している紋章を持っているものが多く、王都に住んでいると、屋根から屋根へ伝って郵便配達をしている姿が良く見かけられた。

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