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あの、恐怖の夕食事件があってから二日が過ぎた。
出血は激しかったが、傷のほうはたいしたことがなかった。おかげで、もう普通に動いても問題ない。たまに激しく動いたりするとピリッと痛む程度だ。
「……やることがない」
シドは絶賛、卓の上に顎を乗せて、だらけている状態だった。
ランカの恐怖の料理はその翌日に兄妹緊急会議を開き、一人を除いて満場一致したので、あらためて料理禁止令を次男に出しておいたが、当のランカだけは納得できないような顔をしていた。家事は兄妹で分担しながらやるようになった。今まで、殆ど一人でこなしていたシドは弟達の成長に寂しいような嬉しいような、くすぐったい思いを抱いていた。
掃除も洗濯も弟達がやったので、今日のやることはあとは食事を作るくらいだ。それも、夕方までまだまだ時間がある。本当は、シドがいるから三つ子たちは家にいてもいいのではとは思ったが、怪我に響くといわれ、町守の家に預かってもらっている。そのためシドは今一人で家にいる。あまり動かないように弟達に言われ律儀に守っているが、やることが無くて暇を持て余していた。
「………はぁ…」
ため息をつき、卓から顎を離し、頬杖をつく。思い起こすのはヴァリアスのことだった。屋敷から追い出したときのヴァリアスの表情が忘れられない。
仕事を続けるか、やめるか。
ランカには続けるとはいったが、あれから仕事の話は一度もしていない。バーフィアにも言われたが、どちらにせよあと二三日もすれば、一度は斡旋所のほうに顔を出したほうがいいだろう。
やめたくはない。でも、ヴァリアスの『呪』とやらで自分が怪我をしたら、兄弟達も、きっとヴァリアスも苦しめるような気がする。思い出すと、あの時のヴァリアスは後悔していたように見えた。
シドにも覚えのある。ランカはシドの『不幸』がシド限定だといっていたが、一度だけシドはシド以外の人を巻き込んで『不幸』を起こしたことがあった。その人は怪我もたいしたことはなかったが、あの瞬間の気持ちはもう二度と味わいたくないと思うほど苦しかった。自分が世界で一番の悪者になった気分に陥り、ただ、申し訳ないと謝罪する以外に償う方法がわからない。自分の『不幸』をその時ばかりは呪いたくなったほどだ。ヴァリアスはそんな気持ちを何度も味わっているのではないだろうか。
ぐるぐる回る思考にシドは溜息を零して打ち止めた。
「お茶のも……」
ゆっくりと立ち上がり、台所に向かい、茶をいれてまた居間の卓に戻ってきた。
行儀悪く、だらけた格好で熱いお茶をすするり息を吐いた。
「……何もしないのが、こんなにも苦痛とは……。あ、夕飯の下ごしらえ……」
やることを見つけて、腰を浮かしたシドだが、はっと思い出し、また椅子に腰掛けた。
「……は、食材がないから無理だ。ランカが帰りに買ってくるんだった……」
今の時間帯は昼を少し過ぎたばかり。夕方までまだまだ時間がある。三つ子の迎えも双子がするといっていた。掃除も傷が治るまでは弟達が順番に行うといっていた。つまり、やることがない。
手持ち無沙汰に何度目かの零れそうなため息を、お茶をすすって飲み込んだ。
今まで体を動かしていたのに、急に何もしないのがこんなに辛いとは思わなかった。
「……暇だ……」
何をしようかと、何かすることがないかと思い視線をさまよわせると、卓の上に新聞が置いてあった。
(……そういえば、今日の新聞はまだ見てなかったな)
やることが見つかったシドはいそいそと茶器を脇に退かし、手を伸ばして新聞を手に取った。




