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14-3

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 閉じた瞼が夜の暗さを感じ、肌が夜独特の冷たさに震える。

 ふっと意識が覚醒したシドの目前に、覗き込んでいる同じ顔が二つあった。

「っ!」

 シドは完全に眠気が吹っ飛び、目を見開いてビシリと固まった。心臓は走りこんだ後のようにバクバクと鳴っている。


 人間、驚きすぎると叫べないって本当なんだ、と妙に冷静な部分で自己を分析しつつも、じいっと覗き込んでいる同じ顔が怖くて視線が外せなかった。

 どれくらい一人対二人で無言で見つめ合っていただろう。シドの驚いた心臓がゆっくりと落ち着きを取り戻し、同じ顔が弟のレンとライだと解ってからも、まだ双子はシドの顔をじーっと見つめている。


 ようやく満足したのか、シドの顔を覗きこむのをやめ双子は互いに顔を合わせ、こくりと頷きあった。

「…………生きていますね」

「……生きていましたね」

 そう言って、双子はもう一度頷き合った。


 シドは驚きすぎて詰めていた息をゆっくりと吐きだし、上半身を起こそうと身体を動かした。その動作にランとレイが敏感に反応した。

「無理して動いたらだめですよ」

「無理して動くものではないですよ」

 双子の無表情は相変わらずだったが、その中に心配の色が見えた。シドはのろのろとした動きで上半身を起こし、双子に顔を向けた。


「大丈夫。寝て起きたら大分マシになったよ。痛みも結構引いたから」

 長男の言葉に、双子はほっと安堵の息を吐く。

「ところで、どうしたんだ?」

「夜です、シド兄さん」

「夕飯です、シド兄さん」

「ああ、もうそんな時間か。……そういえば、リズたちはどうしたんだ?」

「僕たちが」

「迎えにいきました」

「そうか。ありがとう」

 シドが起き上がる意思を見せると、双子はベッドから一歩下がった。


 頭を揺らすと傷が痛むので、シドは首にぐっと力を入れて固定しながら鈍い動作でベッドの縁に腰掛ける。

「夕飯は、どこで食べるか」

「と聞いてこいと言われました」

「ん? 皆と一緒に食べるよ」

 シドが返事を返すと、双子はそろってどこか虚ろで遠い目をした。


「………そうですか」

 ぽそっと言葉を発したライは、まるで全てを諦めた老人のようだった。

 そんな弟達の様子にシドは瞬きを繰り返した。

「? どうしたんだ、いったい」

「………大事にしてください」

 虚ろなままレンが言う。

「だから、一体何が?」

 無表情ながら目が死んでいる双子に怪訝そうな顔で聞くも、ライもレンもそっと視線を逸らすだけで何も言わなかった。


 双子の行動に内心首を傾げながらも、シドはベッドの縁に手を突いて少しずつ身体を動かして、立ち上がった。頭の傷は時折痛みを思い出す程度でそんなには酷くない。

 ゆっくりとした足取りで歩くシドの歩幅にあわせるかのように双子もぴったりと横につき、部屋の扉を開けて廊下に出る。


「頭は繊細ですから傷には気をつけてください、シド兄さん」

「頭は悪くなると困りますから気をつけてください、シド兄さん」

「…………うん……」

 ライの微妙に心を抉る言葉を聴きながら、シドたち三人は居間に向かった。


 居間につくと、小さな三つ子たちが椅子によじ登り、卓の上に兄妹の人数分、そおっとスプーンを置いているところだった。

「……なっ!」

 シドは衝撃を受けた。今まで夕飯の手伝いをあまりしていなかった三つ子が率先して自分達でできることをやっている。


 なんてことだ、と言わんばかりにくわっと目を見開き、三つ子の成長ぶりに感動で打ち震えていると、一仕事終えた三つ子たちが長男がやって来たことに気がついた。

 椅子を危なっかしく降りて、三つ子たちがシドの足元によってくる。

 リズがおずおずと言葉をかけた。

「にーたん、へーき?」

「痛い? 痛い?」 

 クランはシドの怪我の部分しきりに気にしている。

「……ん、生きてる」

 アレンはシドの膝辺りをぺたぺた触って無事を確認していた。


(……どれだけ、心配かけていたんだろう僕は……)


 シドは自分がいかに間抜けだったのか、思い知った。兄妹の為と言いつつも心配かけるなんて本末転倒だ。つんと鼻の奥が痛くなった。

 三つ子の視線に合わせるように、シドはゆったりとした動作で片膝を床につけて屈んだ。

「大丈夫だよ。心配かけて、ごめんね」

 不安がらせないように笑いかけようと思ったが、謝るのにそれも変かと思いなおし、苦笑いのような表情になってしまった。

 リズたちは長兄の言葉にほっとした顔になった。そこに大皿を持ったランカがやってきた。

「リズ、クラン、アレン、フォークはもう運んだ?」

「あ! わすれてた」

「いそげー」

「………むう」

 三つ子は慌てて食器棚に向かい走り出す。


「こら、ご飯のときは埃を立てたらだめだろう」

 ランカが注意すると三つ子はぴたっと一瞬止まり、それから泥棒のように抜き足差し足で動きだした。

「はーい」

「ごめんなさーい」

「ゆっくり、いそぐ」

「どうやって、ゆっくりいそぐんだ?」

 うんうん頷きあいながら、そろそろと歩いていく三つ子の後姿を見つめながら、シドは思わす突っ込みを入れてしまった。


「あはは、確かに。レン、ライまだ料理があるから運んでくれる?」

 持っていた大皿を卓に置いたランカは、シドの傍にいた双子に声をかける。

「……解りました」

「……承ります」

 双子は妙に神妙に頷き、台所へと向かった。

「あ、じゃあ僕も……」

 しゃがんでいたシドも、手伝おうとゆっくりと立ち上がるとランカからストップが掛かった。

「兄さんは椅子に座ってて。怪我をしたんだから、暫く家事は休みだよ」

 腰に手を当てて、きっぱりと言われてしまった。

「ええ! 家事って洗濯とか、掃除とかもか」

 弟の突然の提案にシドは驚いた。今まではシドが殆どこなしていたというのに。


「そうだよ。兄さんは仕事をしているのに、家事の殆どをやっていただろう。それじゃあ、兄さんに負担が掛かりすぎるし、俺たちも甘えすぎていると思ってさ。これからはしっかりと当番制にしよう、ってレイたちとも話したんだ。兄さんは怪我が治るまで家事は一切休みだからね」

 シドは弟の発言についていけず、ぽかんとした。そんな状態のまま、椅子に座るよう促され、特に抵抗する事無く流されるように座った。それを確認したランカは台所に引き返していく。


 周りが動いて騒がしいのに、自分だけぽつんと座っていることに落ちつかない気分にさせられる。そんなシドの両隣にのそのそとリズとアレンが椅子をよじ登り、持っていたフォークを、これまたのっそりと先に置いておいたスプーンの横に並べていた。向かい側ではクランが一人で同じようにフォークを並べている。


「……どしたのー?」

 今だぽかんとしているシドに気がついたクランが卓の向かい側から声をかけてきた。シドの視線は台所の辺りをさ迷い、クランの方を見る事無く、呆然としたまま、ぽそりと言葉を零した。

「……弟達が自主的に行動しています」

 思わず、ですます調で話すシド。クランは卓に手をついて倒れそうなほど頭を横に倒し、直ぐに元に戻ると、うん、と一つ頷いて言った。

「こどもは、せいちょうするものです」

 クランの言葉にぎょっとしたシドは呆然としていた意識がハッキリし、クランのほうに首を向けた。

「………深いね」

 一気に年老いたような雰囲気を醸し出しながら、一言いい深く深くため息を吐いた。そこに三人がそれぞれ皿を持って来た。


「お待たせ、しました」

「お待たせ、したくなかったです」

ランカたちが台所から料理を運んできて卓に並べる。レンとライの双子はなにやら歯切れが悪い。

「レンもライもさっきから可笑しいけど、どうかしたの?」

 弟達の妙な物言いにランカが首を傾げて聞くと、普段の無表情が崩れ、双子ははっきりと無理していますと顔に書かれていなくても解るような、貼り付け方を失敗したような引きつった笑みになった。


 不真に思ったシドは並べられた料理の皿に視線を送ると、石化したように身体を硬直させた。

 シドの料理は家庭の料理といった感じに素朴な盛り付けの料理が多いが、今日の料理はレストランで出てくるような綺麗な盛り付けのサラダと魚の料理だった。シシリー家でそんな器用な盛り付けが出来る人間は一人しか居ない。


(………ま、まさか……)


 ごくりとシドの喉が鳴った。

 ランカ以外の兄妹たち、五歳の三つ子達さえも神妙な顔で、それぞれの席についていく。

「ら、ランカが作ったのか?」

 向かいに座ったランカに恐る恐る聞くシド。


「え? そうだよ」

 ランカは周りの兄弟達の緊張感を理解していないのか、あっさりと事も無げに言い切った。

「さ、食べよう。今日のは、ちょっと自信作だから。……あ、そうだ。これからは兄さんにばっか負担かけないように、兄さんの怪我が直った後も出来ることをやっていこうと思うんだけど、どう?」

「賛成します。とりあえず、明日からは僕たちが食事担当がいいと思います」

 レンは何かを決意したように無表情ながら力強く頷いた。

「同意します。なんとしても、明日からは僕たちが料理を作ります」

 ライもまた、戦場に赴く戦士のように重く頷く。


「リズも! がんばります!」

「クーもー」

「……ん。運ぶ、できる」

 三つ子たちも手を挙げて元気に返事を返した。

「うん。あ、でも明日の朝食も俺でいいよ。ほら、二人とも朝、起きるの苦手だろう?」

 ランカの親切心の一言に双子の動きがぴたりと止まった。


 一拍空白の時間ののち心なしか体を振るわせ始めた双子は重く口を開いた。

「いえ。僕たちで作ります。絶対に」

「問題ありません。僕たちで作れます。なんとしても」

「え? そう。そんなに言うなら、頼むよ」

 あまりにも真剣な表情な双子に、ランカは良く解らないといった表情をしながらも頷いた。

「「はい!」」

 元気な双子の返事に、シドは詰めていた息をほっとついてから、卓に並べられている料理に視線を移した。


「じゃあ、食べようか」

 ランカがにっこり笑って食事を促す。他の兄妹は一寸の間スプーンやフォークに手が伸びなかった。

「? どうしたの」

 兄妹達の行動に不思議そうな顔になりながらも、ランカが率先して、大皿の料理を小皿に移し、それぞれの前に置いた。

「い、いや。さ、さあ食べよう」

 シドは傷の所為ではない背筋の寒さを感じながらも、震える手でフォークに手を伸ばす。


「審判のときです」

「裁きのときです」

 双子が不吉なことを言う。

「もう、なに言ってるんだよ」

 あはは、と笑うランカを横目に、シドと双子はさっと視線で会話した。


『味見したのか?』

『しくじりました』

『……変な食材を使っていないことは確認できましたが……』


「「「………」」」

 三人は沈黙を守ることにした。

「……たべていい?」

 空腹が勝ったのか、リズが小首を傾げて愛らしく聞いてきた。

「うん。じゃあ、食べようね」

 ランカの一言でシド達は覚悟を決めた。それぞれ、料理を口に運ぶ。


「………ぐぅっ」

「ぐぇ」

「ぐぉ」

 シシリー家の居間に獣のような呻き声が鳴った。


 口に入れた瞬間になんとも言えない、泥臭いような青臭いような匂いが口内中を駆け巡り、脳を直撃した。


(まずいまずいまずい)


 思考回路が「まずい」以外の言葉を瞬間的に忘却の彼方へ送ってしまった。咀嚼するのも恐ろしく、かといって吐き出す勇気もない。どうにもならない恐怖の食物にシドは頭の傷の痛みも忘れ、のた打ち回りたくなった。


 何とか飲み込んだシドは涙目になり、噎せながらもなんとか声を振り絞った。

「う、ま、まず、う……ら、らんか、おま……料理……」

 最後までいえず、シドはランカを見て驚愕した。

 ランカは普通に料理を食べていた。

「あれ、どうしたの兄さん。料理? ああ、今日の料理は、この間調理実習で作った料理だよ。でも、変なんだ。俺と一緒の班の子は白目剥いてひくひく哂いながら食べてたんだよ。……変なもの入れていないはずなのに」


「そ、それは……き、危険だったの、では?」

「そ、それは……生命の、危機だったの、では?」

 双子も真っ青な顔になりながらも、突っ込みを入れてくる。まるで、マヒ状態にでもなったように身体を震わせている。

「まじゅい」

「むりー」

「………どく……」

 リズ・クラン・アレンの三つ子も一口食べただけで、スプーンを手に持ったまま、半泣き状態になっていた。


「え? え? どうしたの皆」

 どうやら、判っていないのはランカだけのようだ。天は二物を与えず。さわやかな顔立ちの女性にもてる、シシリー家次男の料理の破壊力は身に染みていたはずだが、どうやら、いつの間にか腕が上がっていたようだ。


「……ランカ、料理、禁止で」

 長男の息切れしながらの一言に、ランカ以外の兄妹は盛大に頷いた。

「ええ! なんで!」

 理解していない次男の抗議の声は無視した。というより、舌がしびれる感じがしてうまくしゃべれない。もしかして、ランカは料理に毒を付随させる紋章でもどこかについているのだろうかと一瞬疑ってしまうほどの凶悪無慈悲で衝撃的な味だった。


 シドは綺麗に並べられた皿の数々に視線を戻す。なんだか、皿が倍増したような錯覚が見える。

「ははははは……はぁー」

 乾いた笑いが意識せずに漏れ出した。長く息を吐いて、シドはランカを見る。弟はなぜ兄妹たちが変な表情になっているのか、本当に判っていない様で、おろおろと視線を動かしていた。

 シドは遠い目になった。


(………これは、残せないよなー)


 ランカには心配をかけてしまったし、兄妹全員がそれぞれ出来ることをやろうとがんばり始めてくれている。そんな状態でせっかく作った料理を残したら、ランカが落ち込むのは目に見えるようだ。まあ、次は禁止したから命の危機は去ったと思い込んでおこう。

 シシリー家の教育は褒めて伸ばすのを信条にしている。長男であるシドが真っ向から否定するのは教育によくない、はずだ。いや、もしかしたら、ここはきっぱり言った方がいいのだろうか。若干の逡巡の後、シドはとりあえず、食材を捨てるのはもったいない、という結論に至った。口の中に残る牧草のような味の所為で思考がまとまらない所為でもあるが。


 どっと歳をとったような気分になりながらも、シドは意を決して手を動かした。その後は壮絶な味との戦いだった。

 結論から言えば、シドは気がついたらランカのベッドに寝ていた。途中の記憶がなかったが、口が終始痺れていたことだけは覚えている。


 いったいどうしてベッドの上に寝ている状態になったのか、と今日から暫く一緒の部屋の双子がそれぞれのベッドで、魂が飛んだようにぼうっとしていたのだが、しびれる舌をもつれさせながら聞きいてみると、顔がまだ青白かった双子は口をそろえて言った。


「「ユウシャ(シド兄さん)ハ、マオウ(料理)ヲ、タオシテ(完食して)チカラツキタ」」

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