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14-2

兄弟二人は無言のまま家路を急いでいた。まだ昼も過ぎた辺りで、町は活気付いているのに兄弟の間だけは夕暮れ時の寂しい一時のようだった。


 シドはちらちらとランカに視線を送るが、弟は兄の視線に気がついていないのか、真直ぐ前を向いたまま歩き続けた。


(……い、居た堪れない)


 シドの腕は少し浮いた状態で、一歩先にいるランカにずっと掴まれたままだ。さすがに腕がだるくなって疲れてきたが、放して欲しいなどととてもじゃないが言えそうに無かった。そのまま、言葉は一つも発せられず、とうとう家に着いてしまった。


 シドは弟に逆らわずに家に入り、自分の部屋を通り過ぎて、隣のランカと双子が使っている部屋につれて来られた。

 部屋を入って右側の隅には二段ベッドが置かれ、左側の隅にはベッドが一つ置かれている。チェストや机が品良く並べられおり、シドと三つ子の部屋はごちゃっとした印象を受けるが、ランカと双子は整理されたこざっぱりとした部屋だった。


「兄さん、俺のベッドで眠ってて」

 示されたのは左側のランカが使っているベッド。シドは何故自分自身の部屋に連れて行ってくれないのか疑問に思ったが、まだ先ほどの怒りが残っているのか弟の言葉が硬いような気がしたので、伺うようにしながらゆっくりと口を開いた。

「えーと、ランカ。僕は自分の部屋で寝ようと思うんだけど……」

「寝ているときに三つ子に寝相で襲撃されるよ。傷が開いたらどうするの」

 至極あっさり言われ、シドは思わず納得してしまった。


「…………暫く、ベッド借ります」

「そうして。俺が三つ子と眠るから。……っと、ちょっと待ってて。兄さんの服、今持ってくるから」

「あ、うん」

 隣の部屋に早足で向かうランカの背に向かって、シドは軽く頷いた。

「っつ!」

 頷いた拍子に、怪我をした部分が引き連れて、ピリッとした痛みが走った。咄嗟に片手で傷の部分を軽く押さえ、痛みに耐える。束の間で引いた痛みにほっと胸をなでおろし、シドはランカがまだ来ていないか確認するように扉に視線を送った。


(……ほっ。まだ来ないか。良かった、今の見られなくて……)


 手を下ろし、突っ立っていると段々としんどい状態になってきた。さすがに汚れた服のまままベッドに腰掛けるのは躊躇する。

 シドがどうしようかと一考している内にランカが新しい服と濡れタオルを持って戻ってきた。

「兄さんお待たせ。はい、顔とか汚れているから、まずこのタオルで拭いて、それからこの服に着替えて」

「ああ、ありがとう」

 埃まみれでぐっしょりとした血の感触も肩口に感じていたシドはありがたく、弟が差し出した濡れタオルを使うことにした。


 新しい服はランカのベッドに置いて、濡れタオルはランカに持っててもらう。

 血がついたシャツは、もう血が殆ど乾いていた。ボタンを外し、ゆっくりと脱いでランカから渡されたタオルで身体を拭いて、新しい服に着替えた。

 頭に負担をかけないように、ゆっくりと枕の上に乗せ、上掛け布団を首までしっかりとかけた。

 シドが横になったのを確認して、ランカが出て行こうとする。


「あ、そうだ。今日の夕飯……」

 ポツリと独り言のように零した兄の言葉に、ランカが反応して、扉近くからベッドの脇まで戻ってきた。

「……俺たちでやるよ」

「いや、でも……」

 苦笑して言葉を返すランカを上目で見上げながら、シドは眉を寄せて困った顔になる。そうすると、額辺りの筋肉も一緒に動いて、少し怪我に響く。


 シドは寄せた眉をすぐに戻して、痛みが起きたことがばれない様に取り繕った。

 ランカはちょっとシドの顔を伺ってから、首を軽く振った。

「兄さんはいつも頑張りすぎだよ。俺たちだって掃除洗濯は出来るよ? 母さん達がいた時だって、たまには手伝ってただろう。母さん達がいなくなってから兄さん、なんだか無理してない?」

 ランカにそう言われると、シドはかなり身に覚えがあり押し黙ってしまった。


「俺は兄さんとは二歳違いだけど、何も出来ない子供じゃないよ」

 その言葉を聴いた瞬間、シドはなんだか肩の力が抜けた気がした。

 どれだけ、力が入っていたのだろう。自分ではなんてことのない気がしていたが、ランカの言うとおり無理をしていたようだ。

「…………ごめん」

 消え入りそうな声でシドが言うと、ランカはまるで幼子に語りかけるように優しい口調で言葉を発した。

「何に対してのごめんなの、兄さん」

「別に、お前たちが何もできない子供だと思って無いけど……」

「けど?」

「けど……その」

 その後の言葉が見つからない。


 自分は長男だから、しっかりしなくちゃいけない。そのことばかり考えて、もしかしたら弟たちを蔑ろにしていたかもしれない。そのことに気がついた、シドは自分がなんだか情けない男に思えた。だから、「けど」の後の言葉が見つけられなかった。


 口を噤んでしまった兄に、ランカは額に空いている手を当てて、ため息を軽く吐いた。

「兄さん。なんでも自分がどうにかできるって思ってないよね」

「……思っていないよ。その、ほら、僕はいつもお前たちに迷惑かけているから、母さん達が居ない今はこれ以上迷惑かけないで、何とかしなくちゃって思ってたんだ」

段々と小声になりながらも今まで感じていた胸の内を吐露する。すると、ランカは暫く何も言わず、やがて、ふう、と深いため息を零し、しょうがないなと言わんばかりに微笑した。 

「『不幸少年』だもんね」

「『不幸少年』って言うな。好きで不幸に巻き込まれているわけじゃない」

 間髪いれずに言葉を返すシドに、ランカは肩を竦めた。


「別に、いいよ無理しなくて」

「え?」

「不幸な目に遭っているのは基本的に兄さんだけじゃないか。家族なんだから心配するのは当たり前だし、迷惑だと思ってないよ。むしろ、最近はどんな面白い目に遭うのかちょっと気になってきてたりする」

「ランカ……」

 殺しきれない笑みを湛えている弟に、シドは取りあえず良い事を言っていた前半部分の感動を返せとじと目を向けておいた。


 身内に某所長と同類になりそうな不幸ファン予備軍がいたとは。まさかの伏兵にシドは落ち込みたくなった。

「しばらくは安静だって言われたし、今日はしっかり寝ててね」

 そう言って、ランカは出て行った。


 弟の背が扉に消えるのを確認してから、シドため息を吐いた。

「僕は空回りしていたのかなぁ?」

 両親が失踪してから、やっと肩の力を抜いて、自分の行動を振り返る余裕が出た。ランカに言われ、自分と言う不幸な男が結構無茶をしていたものだと、苦笑する。


 ランカにこれ以上心配をかけないように、おとなしく寝ることにした。

 布団を肩までかけなおし、ぼうっとしているとゆっくりと瞼が下りてくる。眠りへといざなうはずの、うとうととしたまどろみの時に思い出したのは、シドを追い出したときのヴァリアスの後悔と苦悩の表情だった。


 独りは寂しい。彼はこれからも独りでいるのだろうか。どうかしたいのに、思考がまとまらない。

 ぐるぐると考えながらも、シドの傷ついた身体は睡眠を欲し、すとんと眠りへと誘われた。

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