14-1
「兄さん!」
カーネリアン仕事斡旋所のハート硝子のはめ込まれた扉を壊すような勢いでランカが入ってきた。
受付の近くに一脚出した椅子に腰掛け、受付嬢の一人に手当てを受けていたシドは頭の包帯が巻き終わったのと同時に扉のほうへと顔を向けた。
「あ、ランカ」
息を乱した弟を視界に捕らえたシドはへらっと笑ってランカに手を振って答えた。
「怪我したって、学校で、だ、大丈夫なの!」
普段はさわやかに笑っている弟が髪を乱し、今にも泣きそうな心配げな表情になりながらシドに近づいてくる。
「平気、平気。ちゃんと処置してもらったし、見た目より酷くないよ」
「ほ、本当?」
少し震えた声で聞いた。ランカは座っているシドと少し間隔を開けたところで立ち止まり、兄の言葉が正しいのかどうか伺うように怪我をしている頭のほかに全身を確認するように視線を動かす。
白色のシャツは左側の肩から二の腕辺りまで赤黒く染まり、怪我の酷さを物語っている。父親譲りの銀色の長い髪もところどころ赤色に染まり、黒いズボンに至っては灰色に見えるくらい汚れが付着している。
ちょんちょんと包帯をつつくような仕草をして困ったような笑いを作り、シドはランカを安心させようとする。しかし、シドの目論見は成功せず、ランカは兄のあまりにも酷い姿に瞳を揺らし、喉を何度も鳴らし、溢れてくる感情を急きとめようとしているように見えた。
「………ランカ、僕は本当にだいじょうぶ……」
「なわけ無いでしょう。血がドバドバ出た状態で入ってきたときの阿鼻叫喚を何だと思っているのよっ! あたしがついに悪鬼になって死鬼を呼び出したー! なーんて不愉快なこといってくれちゃった人がいたのよー。……アイツ後で過酷な仕事を斡旋してやる」
シドの言葉に被せるように話してきたのは、所長室と書かれたプレートがついている部屋から出てきた、カーネリアン職業斡旋所の悪鬼、では無く自称乙女の所長バーフィアだった。最後のほうの言葉は小さくて聴き辛かったが、室内にいるのに声が届いた人間の背筋がぞっとしたので碌でもない事をいったに違いない。
今日もフリルとピンクの筋肉が良く見える今にも千切れそうなシャツを着ている所長に目もくれず、ランカはシドを見ている。
「そんな顔するな。ちゃんと治療してもらったから平気だぞ?」
シドはランカを見上げ、優しい口調で諭すように声をかけるも、ランカは今にも倒れそうなほど顔を青白くしたまま微動だにしなかった。
シドが一度苦笑し、ランカの名を呼ぼうかと口を開きかけたところに、ランカが拳を握り締め怒鳴るように声を荒げた。
「兄さん。今すぐ働くのを辞めてくれ!」
あまりの迫力に斡旋所内がシンとした。所内の人間が全て、シドたち兄弟に注目している。
シドはランカのあまりの迫力に虚を衝かれ迫力に呑まれそうになったが、ぐっと奥歯を噛み締めてから、困ったような顔をした。
「実は、ヴァリアス様にもやめろって言われたんだよ」
「……じゃあ……」
兄の言葉にランカは安堵の息と一緒に言葉を零す。その言葉の先には、辞めてくれるんだね、と続いているのだろう。
シドはそんな安心したような弟の表情に一瞬チクリと心臓辺りが傷んだ気がしたが更に言葉を簡潔に続けた。
「でも、辞めるつもりは無いよ」
ランカは兄の言葉にカッと心火が燃え広がり、目をくわっと見開いた。
「なんでっ!」
「……んもぅ。ランカちゃん、シドちゃんは暫く絶対安静よ~。怒っちゃだめよぅ」
絶妙な間でバーフィアは兄弟の間に近づき、くねくねとシナを作って止めに入った。
ランカは所長と兄を交互に見てから、肺の中の溜まった空気を吐き出すように深く息を吐いてから、
「……とりあえず帰ろう、兄さん」
と、小さな声を零した。
「あ、ああ。そうだな」
ランカは一見爽やか人物に見えるが、意外と沸点が低く、怒り出すと一通り言葉を吐き出さないと止まらないような激情的な一面も持っている。その弟がいくらバーフィアの地味に疲労が蓄積するような行動を見せ付けられたからといって、こんなに簡単に止まるとは思っていなかった。なんだか、拍子抜けしたような感じを受けつつもシドはゆっくりと椅子から立ち上がり、ふと疑問を思い浮かべた。
「あれ? そういえば、どうして怪我してここにいるって判ったんだ? それに、学校は?」
斡旋所に血みどろで入ったのはつい一刻前だ。それに学校はまだ授業が全て終わっていないはず。そんなシドの疑問はあっさりと解決した。
「受付の人が、学校にわざわざ知らせてくれたんだよ」
「ああ、うちの受付ちゃんの一人に風の紋章を持っている子がいてねぇ、風に声を乗せて伝言を送ったりするのが得意な子なのよ。重宝してるのよ~伝言を伝えるのがあっという間だから~。まあ、受け取る側にも風の紋章を持っているか、風の魔法を使えないと無理なんだけど。風魔法の初級よ~。まあ、他の利用方法でとある不幸を観察するのにお願いしたりしていたりするんだけどねぇ」
うふっとシナを一つ作り、バジンッと音がしそうなウィンクをしてから、ひらひらと手を振り、なんてことは無いように話すバーフィアのそつの無さに、シドは感謝の気持ちを持ったが、最後の台詞を聴いた瞬間素直に、ありがとう、と言う言葉が出なかった。
むぐっと口を噤んでしまった兄の横に来たランカはバーフィアに頭を下げた。
「兄がお世話になりました。………さ、帰ろう兄さん」
にっこり笑ってシドが座っていた傍においてあった鞄を持ち、反対側の手で腕を掴んだランカに妙な迫力を感じたシドはぎこちなく頷き返した。
「あ、ああ。……その、お世話になりました」
頭の傷に響かないように軽く頭を下げる。
「カーネリアン仕事斡旋所は紹介した人の仕事中に起きた厄介ごとを解決するのも仕事だもの~。気にしなくていいのよぅ。シドちゃん、お大事にね。あ、一応治癒の術をかけているから直りは早いと思うけど、念のため十日間は家で養生してね。それと、先方には怪我で休養するってこっちから連絡入れておくから気にしないで。……それで、やめるにしろ続けるにしろ手続きが必要だから、直ったらこっちに顔を出してね」
「あ、はい。解りました」
シドの言葉に満足げに頷き、ついでバーフィアはランカとシドの顔を交互に見た。一見、どっちを獲物にしようか狙っている山賊のように見えたが、きっと本人は苦笑しているのだろう、と予想をつけられるくらいは長い付き合いのシドはバーフィアが何を言いたいのかが解らなかったので、次の言葉を待った。
「……シドちゃんは最近働きすぎだから、一度兄弟皆でじっくりこれからのことを話し合ったほうがいいと思うの。まあ、いらない忠告かもしれないけど……」
バーフィアの言葉を聞いてシドも先ほどのランカの激高で感じたことだった。
「ねぇ、シドちゃん。一生懸命なことは大事だけど、一生懸命すぎるのは大事なことを見失うときもあるのよ」
「………」
シドは俯いて何も答えられなかった。そんなシドのつむじを見下ろすように眺めていたバーフィアは、獲物を前に嗤う猛獣のような凶悪な顔になった。但し、本人からすれば、心配で心配で仕方ないけど、年下の友人のが悩んでいるのが可愛いという微笑ましい笑みのつもりだった。
所長と殆ど面識の無かったランカは人は見かけによらないと両親に教えられてはいたが、ぞくっと背中に冷たいものが流れてこれ以上はいないほうがいいと判断した。
「に、兄さん行こう」
「あ、ああ。じゃあ、失礼します」
若干声を震わせて兄の腕を引っ張るランカに気づく事無く、力なく俯いたシドは促されるまま引きずられる様に所内から出て行った。




