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11-2

「……そういえば、シド兄さん。怪我はしていないですよね?」

「……そういえば、怪我をしている様子ではないですねシド兄さん」

 黙々と下を向いて朝食を食べていた双子が同時に顔を上げ、しげしげと長男の顔を見ながら数秒差で口を開いた。


「? いきなりだな?」

 双子の急な問いにシドは目を瞬かせた。

「いえ。シド兄さんが働いている雇い主のヴァリアス・ウィルフズについての噂をいくつか仕入れたもので」

 と、レンが言うと、

「はい。以下同文です」

 ライが一つ頷いて簡単に終わらせた。


 なんだか、朝から疲労感が肩に圧し掛かったような気がしたシドは肩を落として軽くため息を吐いた。

「………そうか。一応言っておくが、雇い主はヴァリアス様じゃなくて、その父親だから。あと、ライ……いや、そうか」

 弟に特に言う言葉が見つからず、長男は力なく笑って言葉を濁した。


「で、昨日食料を買いに商店街に行った時、にそれとなくヴァリアス・ウィルフズの住んでいる屋敷付近の商店に買い付けに行っている雑貨屋の主人に聞いてみたら、その屋敷は何十年も人の住んでいない幽霊屋敷のはずだと言われました」

「で、奥さんの尻に敷かれている雑貨屋の主人に、他にその幽霊屋敷について知っている人間はいないかと聞いたら、主人の弟の子供の従兄弟の知り合いが知っているはずだというフォーシーズン新聞の記者をやっている人を紹介していただきました」

「……うん? それって、赤の他人でいいんじゃないか?」


「何を言っているんですか。情報はしっかり正確に伝えるのが一番です」

「そうです。そして、噂は面白おかしく変化させて伝えるのが一番です」

「…………」

 双子がうんうんと無表情で納得するように頷いているのに対して、シドは食事の手を止めて半眼で前の席に座る同じ顔を眺めてしまった。


「……兄さん。手が止まっているよ?」

 隣からランカが苦笑交じりの言葉をかけた。次男の言葉を合図にシドは軽くため息を吐いて食事を再開し、目線で続きを促す。

 双子はお互いに数秒顔を見合わせ通じ合っているかのように目配せしあい、口を開いた。

「その記者に聞いたところ、幽霊屋敷に勤めた者は三日で廃人になる、といわれているそうです」

「判っているだけでも、一人は屋敷の主に挨拶に行こうと屋敷を歩いていたら、廊下に飾られていた鎧の剣が突然外れて、足の甲に刺さって大怪我したとか」

「またある一人は、屋敷の主を見かけた途端に誰かに押されて階段を転げ落ちたとか」

 レンとライが交互に知りえた情報を語っていく。シドは再開していた食事の手を止めて聞いていた。出てくる話はどれも、ヴァリアスとは直接関係無いような事故のように聞こえるが、偶然とは言えないほど、ヴァリアスの傍で起こっているようだ。なんだか、胸の辺りから苦い物がこみ上げてくる感じがして、シドは残り少なくなっていた食事にもう手をつける気が起こらなくなっていた。

「………」


「ああ、あとは屋敷にいると女の人の笑い声が聞こえてきたりするっていう話もありましたね」

「ああ、掃除をしろ~って女性の声で背後から突然言われて、驚いて逃げたら庭に出て草に足をとられてすっころんだ挙句に複雑骨折した人もいるとか」

「……………」

 双子の話がヴァリアスの話からなんだか逸れたような気がするが、重大なことを聞いた気がする。

(え? やっぱり幽霊がいるのか?)

「……怖いですね」

「……怪奇ですね」

 一通り話し終えたレンとライは同時にため息を吐いた。シドは双子の無表情になんだか妙な哀愁を感じてしまった。


「で、シド兄さんは何か呪われているような現象は起きてはいませんか?」

「で、シド兄さんは何か取り付かれているような現象は、まだ起きていないんですか?」

「……ん?」

 ライの言動に微妙に引っかかりを感じたシドだったが、自分を心配してくれているのだろうと思い、この何日間について思い巡らせた。

 思い出しているシドは唸り声を喉で小さく上げて首を傾げた。

「んんん? いや、いつもどおりの不幸くらいだと思うが……まあ、ちょっと頻繁に起きてはいるかもしれないが、問題は今のところはない、かな?」


 シド自身も少しだけ、いつもと違って身の危険を感じるようなときもあるが、おおむねいつもどおりの不幸といっても過言ではないような現象ばかり起きている。きっと、仕事がずっと続いていると言うような幸運状態だから、いつもよりほんのちょびっとだけ危険度が上がっているのではないだろうかと推測している。

「「…………」」

 兄の不幸状態に双子は押し黙って、互いに目配せを軽くした。


「……そうでした。シド兄さんは不幸に祝われていたのでした」

「……そうでした。シド兄さんの不幸は呪いのようでした」 

 双子はそろってため息を零した後、

「「違いが判りません」」

 と、諦観したように呟いた。


「悪かったな。違いが判らなくて……」

シドもため息で返した。

 朝早くから、これ以上自分の不幸について追求されたくなかったシドは少しわざとらしく話を変える事にした。


「……ところで、良くフォーシーズン新聞の記者なんて知り合えたな」

 フォーシーズン新聞はフェリス国一を誇る発行部数の国内最大手の新聞社だ。その新聞記事を書いている選り抜きの記者に話を聞けるなんて、幸運なことだ。いや、そもそも雑貨屋の主人の弟の、まあ赤の他人に行き着いたものだとシドは感心したような声音になった。


「フォーシーズン? 何を言っているんですかシド兄さん」

「フォーシーズン? 何でそんな大手の名前がでるんですかシド兄さん」

「え? さっきそう言ったじゃないか。なあ、ランカ」

 長男の言葉に、リズの口元を拭いていたランカは顔を挙げ、ちょっと困ったような表情になりながら口を開いた。

「え? あ、うん。俺もフォーシーズン新聞って聞いたけど?」

 困ったような顔も格好良く見える次男に一瞬遠い目になりながらも、シドは残った食事をかきこむ様に口の中に入れて咀嚼した。

 ランカの答えに双子はそろって同じ方向に首を傾げたあと、ぽんと手を叩いた。

「ああ。間違えました。フォーリーズ新聞です」

「ある意味、大手です」


 フォーリーズ新聞は心霊現象や貴族のスキャンダルをネタにしたゴシップ記事を書いているが、ガセネタも結構な頻度で入っていると言われているフェリス国の一部の愛好者に人気の新聞社だ。フォーリーズ新聞の記者と言われ印象に浮かぶのが、ハンチング帽にヨレヨレのベストを着た、薄汚れたまばら髭のおじさんだろうか。一気に権威がガタ落ちだ。ぎゅっと身近な出会いになった。もしかしたら近所にいるかもしれない水準になった。


「……似たような言葉で大違い……」

 双子の仕入れてきた情報の信憑性が、ガクンとなくなった気がした。

「まあ、俺としては怪我が無いならいいけど……。でも兄さん。ランとレイの情報がもし本当なら危ないから、そんなところで働かなくてもいいよ。稼ぎは少ないかもしれないけど、俺も学校の先生に許可貰って、なにか仕事を探すからさ」 

ランカにそう言われてしまい、兄妹に心配をかけていることをうすうす悟ったが、それでも、止めるとは言えないと思った。

「大丈夫だ。僕が一度でも不幸で命が脅かされるような大怪我したことがあったか? 母さん達が戻ってくる間だけだし、なにより、せっかく七日以上も続いている仕事なんだぞ? どうせなら最長記録を作りたいね」

 不安を感じさせないように、横を向き、ランカに視線を合わせて、シドはわざとおどけたように言うと、弟は一寸目を見開いた後、しょうがないな、と言わんばかりに口元を緩めた。


「さ、僕はそろそろ用意しないと。食器洗い、たのんだぞ」

 最後に残ったスープをすすり、シドは立ち上がり、若干慌てて自分の食器を台所に片しに行く。その後、身支度を整え、肩掛けの鞄を部屋に取りに行き、卓のある間に戻ると三つ子がさきほどよりはしっかりした顔つきになり、しきりに自分達の口周りを唇で舐めながら卓の上にある空になった皿をみて、三人で顔を見せ合い首を捻りあっていた。どうやら、自分達がいつ食事をしたのかが今日もわからなかったらしい。


「じゃあ、いってくるな。三つ子はいつも通りに町守の家に預けてくれ、帰りは僕が引き取りに行くから」

 そんな三つ子を横目で見て、笑いを誘われながら、シドは早口に言うと急いで玄関のノブに手をかけた。

「無茶はだめだよ。兄さん」

 ランカの言葉を背に受けて、シドは苦笑いを浮かべ少しだけ振り向いた。

「判っているよ。じゃあ、三人とも遅れずに学校に行くんだぞ」

「了解、いってらっしゃい!」

「「いってらっしゃい。シド兄さん」」

 台所のほうから双子のぴったり息の合った声だけが聞こえた。

「んー? いてらーしゃい」

「……しゃー」

「ぐあんまだー」

 ランカの傍にいた、三つ子はランカの言葉を聞いて、玄関のほうに顔を向け、リズにアレンは出かける長男に挨拶をかけるのに対して、クランは食事を要求する声を上げている。

 玄関の扉を閉める寸前にランカが「さっき食べていただろう」と窘めている声を背中で聞きながら、シドは屋敷に向かうために早足で掛け始めた。

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