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玄関ホールに着くと、ホールの真ん中辺りに佇む人の背中が見えた。その人物はシドの接近に気がついたのか、ゆっくりと振り向く。
「……あら、シドおはよう。今日も一日がんばって生き抜いてね?」
ホールにいたのはリエッタだった。彼女はシドが近づいたのを確認すると、にっこりと優しい微笑みをつけて物騒なことを平然と言った。
「あはは…。おはようございます」
仕事が始まる前から、気力がなくなりそうになる台詞にシドは乾いた笑みを貼り付けて返えすことしか出来なかった。
「……あ、そうだ、リエッタさん。いい加減、何の仕事をしているのか、教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「またその話し? 言いこと後輩君。女性はミステリアスな部分があるモノなのよ。それを根掘り葉掘り聞くなんて、男として見て貰えないぞ~」
リエッタはニヤニヤした笑みを浮かべて、ちゃかすように言う。
「なんで仕事内容を聞いただけで、男としてのあり方まで揺らぐ問題に発展するんですか!」
シドははぐらかそうとしているのは判ったが、とりあえず、男の子として物申すところを主張することを最優先にした。
「え? 揺らいでみたいの? スカート掃かせちゃうわよ?」
「断る! 何でそうなる!」
リエッタが真面目な顔をして聞き返してきたので、シドは思わず先輩に対しての敬語をすっとばして全力で否定した。
「やあねぇ。冗談に決まってるじゃない?」
力の限りツッコミを入れて、肩で息しているシドにリエッタはカラカラと笑っていなした。そのあまりの変わり身に、からかわれたことに気がついたシドはモップを持っていた右手にぐっと体重をかけ、肩から力を抜くように大仰なため息をついて、俯いた。
「それで、今日はどこを掃除するつもりなの?」
シドのため息なぞどこ吹く風で、リエッタはシドに近づきながら平然と聞いてきた。
「……今日は、この玄関ホールの埃をいい加減どうにかしようと思いまして」
蒸し返して本当にスカートを穿かされるような事態は避けたいシドはリエッタの話題転換にありがたく乗ることにした。
「ああ、そうよね。いつも、入ってくるたんびにシドってば噎せたり咳き込んだりで、朝からお疲れになっているものねー」
「ええ、まあ……」
事実だが他人に指摘されると、なにやら虚しさを感じる。シドは言葉を濁して曖昧に返事を返すにとどめた。
「なのに、けなげに挨拶を欠かそうとしないなんて……」
一度言葉を中断し、リエッタはそっとエプロンのポケットからハンカチを取り出して、優しく目元をぬぐう仕草をしてからさらに言葉を続けた。
「……なんて、あほの子なんだろう、と思っていたわ~ほほほほほ~」
「あ、あほの子…………」
リエッタの高笑いを聞きながら、シドは口元が引きつるのを感じた。
「シドって行動が面白いのよねー。見てて飽きないわ~。……うん。あれね、自分の尻尾を追いかけるワンコみたい」
ぐるぐる回るワンコを想像して、ほっこりするような、温い笑みを浮かべたくなるような。
(そんな、おばかなワンコに似ていると……)
リエッタのなんとも言えない喩えに釈然としないが、なんとなく想像がついてしまい、自分が変な人だと見られていたことにシドは衝撃を受けた。
「見ていて面白いから、これからも変な行動は大歓迎よー」
あははと高笑いするリエッタにシドは虚ろな目を向けた。
「先輩、ヒドイ……」
力なく呟くのも虚しかった。
「うふふ。ごめん、ごめん。落ち込まないでよ。可愛いと思っているんだから」
「可愛い、ですか。……それもそれで複雑です」
男が可愛いと言われると、どうして心理的衝撃を受けるのだろう。シドはさらにへこんだ気分になった。
「あら、そう? 可愛いって言われると嬉しいわよ?」
「男の子はかっこいいって言われたいんです」
「……シドは目つきが悪いから、可愛いほうが愛嬌があると思うわよ?」
こてんとリエッタが首を傾げて、それこそ可愛い仕草で答える。
ちょっと釣り目なだけです。決してと目つきが悪いわけではありません。とシドは心中でそっと訂正しておいた。




