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8-1

今日もシドは朝から足早に慣れ始めた道を通り、屋敷の近隣にある竿に干され、風になびく染物を横目に見ながら、門を開けて入っていく。

「……朝から見るものじゃない外観だよなー」


 一寸だけ立ち止まり、肩掛けのバックを左肩から斜めにかけていたシドは、よっと、と小さく声を出して、バックのかける位置を一度調整してからまた歩き出した。その歩みにはどこかまだ場に慣れないぎこちなさを醸し出していた。


 門の内と外とで雰囲気がまったく違う。外は活気があり、内は今日も幽霊屋敷だ。


 いつになったら、庭も手が回せるのだろう、と死んだ魚のような目で思わず庭先を眺めてしまった。

 七日。そう、あれからもう七日がたった。初日の納屋崩壊はお咎めなく、今日も仕事があるのは嬉しいのだが、いっこうに屋敷が綺麗になっていないような気がするのは、気のせいだと思い込もうとし始めているがうまくいっていない。


 今日もまだヘドロがこびりついている庭の噴水を横切り、屋敷の玄関へとたどり着いた。

「おはようございまーす。今日も一日お願いしまっす」

 そっと玄関のノブを押すと、ギイギイ悲鳴を上げながら扉が開く。シドはその扉から顔を覗かせ、小さな声で挨拶をすると、体を滑り込ますように俊敏にかつ必要最低限な動きで、さっと中に入った。まるで泥棒のような動きが、ここ数日で身についてしまった。その原因は、元気な挨拶の所為だ。


 二日目に玄関に入ったときは、元気な挨拶をしようとして玄関ホールに溜まった埃を吸って盛大に咳き込んだ。三日目は前日の失敗を含めて、玄関の前でまず息を吸って、ホールに入ってから声を上げようとしたら、背後からリエッタに肩をたたかれ、挨拶が悲鳴に変わった。


 四日目になれば、今度こそと意気込み、呼吸も背後も確認して玄関ホールに入った。ホール中央辺りでの挨拶は成功したのだが、その後が大変だった。大声で挨拶したらなぜか玄関ホールのシャンデリアが揺れて、シャンデリアに積もっていた埃に砂。それにシャンデリアにつけられていた燃えて長さの違う蝋燭が幾つもポカポカとシドの頭を直撃するように落ちてきたのだ。おかげで、その日は掃除するとシドの肩や頭から埃が落ちて、それを掃くとまた落ちるといった感じで仕事が増えた。


 五日目からは、もう大声で挨拶なんてするもんか、とそっと入ってそっと小声で挨拶をして辺りを見回して危険が無いかを確認するようになった。それからは、ずっとそんな感じで玄関に入るときは小動物のように警戒心を発揮している。おかげで、五日目以降からは朝から頭に埃を被るような事態には陥っていない。


「さて、今日もがんばりますか」

 玄関ホールから中央に伸びた階段を眺め、シドは自分に言い聞かせるように呟いてから、一階の右棟のほうへと歩いていった。

掃除用具は初日に先輩メイドのリエッタに言われたとおり、右棟の調理場近くにあった灰色の扉を開くとあったのでそれを使っている。この七日間。掃除しているのは調理場を中心とした場所だけだ。食料が運びこまれるからと、真っ先に取り掛かってみたものの、調理場は広い。 

 あまりの広さにちょっとキレたシドが雑巾片手に、「広すぎだー」と叫んだのは仕方が無いかもしれない。丁度その時に、廊下を歩いていたリエッタが調理場付近を通りかかり、「そりゃ、最盛期には二十人くらいの使用人が入れ替わり立ち代り料理を運んだり、料理人五人が腕を振るっていたもの。これでも、ちょっと狭いって思われていたのよ」と言ってなんでもないことのように通り過ぎられた時には、貴族の知られざる生活について知れたことより、見られたことに対して顔が茹で蛸のように真っ赤になってしまったのは苦い思い出に刻まれている。


「まあ、結構綺麗になったよな?」

 調理場に着いたシドは、入り口から眺める景色が七日前とはまったく異なった様相になったことに満足げに一つ頷いた。

 調理場の石床は水を撒いてブラシで遠慮なく擦った。白塗りの壁も固く絞った雑巾で拭いて、純白とまではいかないが真っ白になっている。オーブンやガスレンジは顔を黒くしながらこびり付いた煤をゴシゴシ磨いていつでも使えるようにした。調理器具も一通り洗い直し、飾り棚なども一通り拭いた。


 仕切りの役目をしているカーテンはリエッタの忠告に従い、下手に洗わないようにと、軽く毛先の柔らかいブラシで埃を落として、庭先に衝立のまま日陰干した。そのおかげで、カーテンからはお日様の匂いがする。調理場に併設されている小さな三つの部屋も順次掃除していく予定だ。あと何日もすれば、調理場の掃除が完璧に終わるだろう。その時を想像すると、ワクワクする。まあ、もう暫く小部屋の掃除は後回しだ。今日の掃除する場所は決まっている。いい加減玄関ホールの埃をどうにかしようと思うのだ。


「……そうすれば、埃吸って噎せることもないよな?」

 毎朝玄関を開けるのがこそこそとしているのは、どうにもばつが悪い。これ以上こっそり入れば、泥棒に転職できるような気がしそうだ。


「七日で調理場の掃除だけか……」

 シドは歯がゆい思いでため息を零した。一人で掃除をするのは、やはり広すぎる。ぶちぶちと文句を言っても詮無い事だがどうしても口から出てしまうのは、仕方がないことだろう。


「よしっ! 今日もがんばろう」

 自分に言い聞かせるように、わざと声をだして、シドは衝立の向こうに置かれている卓へと歩く。シドの今の服装は支給された服ではなく、普段着だ。仕事をしていると近所の人に知られるのはどうにも、こそばゆい思いがして初日以降普段着で屋敷に来て、支給された服に着替え、帰りも普段着に着替えて帰るようにしている。それに、一日中掃除をしているので、服が真っ黒に汚れてしまう。そんな汚れた服で帰るのもばつが悪いと言うのも理由だ。


 卓の上には支給された服がおいてある。それを横目に、シドはバックを肩から外し、卓の椅子に置いた。バックを開き、昨日洗ったばっかりの支給された服を出して、卓の上におかれた服を隣に移して、持っていた服を積み上げるように置いた。バックから他にはタオルを出して卓の上におき、シドは横にずらして置いておいた服を掴んで、小部屋の一つに入って手早く服を着替えた。

「さて。始めますか」

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