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7-3

「……庭の木も絶対刈ってやる」

 せっかく言いつけられたんだから、逃げる姿を隠してしまう木はまず丸坊主に刈ってから切り倒してやろうか、などと凶悪な考えが浮かんでしまうほど、先輩の逃亡には一瞬殺意が湧いてしまった。


 どう考えても、家主に説明すべきだろう。シドは虚しく伸ばしていた手を引っ込めて、もう一度倒壊した納屋へ体ごと向き直って見た。

「はあ、どうしよう……」

 ため息した零れない。


(いくら、ウィルフズの御当主が僕の『不幸』を知っていたとしても、建物崩壊はまずいよ。クビかも。いや、その前に、借金が出来るのか?)

 両親が残してくれた貯金で納屋の修理代なんて払ったら、唯でさえ出費ばかりで貯金が出来ていないのに。

 貴族が作ったんだから、きっと納屋も高いんだろう。そうなったら、シシリー家は困窮して兄妹が路頭に迷う。いや、路頭に迷うだけならまだしも、金が足りなくて借金地獄に陥ったりしたら目も当てられない。

 シドの頭には最悪な想像しか思い浮かばなかった。


「どうしよう…………ん?」

 思わず口から言葉が零れる。そのとき、ふと視線を下に送れば自分以外の気配を感じた。

「えっ! ヴァリアス様?」

 いつのまにか、日差しの中にヴァリアスが立っていた。


 シドは驚いた口まま固まった。言い訳を考えるまもなく家主が現れてしまった。これはもしやクビを宣告されるのだろうか。

(ま、まずい。まずいよ……まずいよ)

 シドは、まずい、という言葉しか考えられず、冷や汗をかいて死刑宣告を受ける囚人のように神妙な顔つきになり、わずかに俯いた。


 ざわっざわっ、と葉擦れの音が庭のそこかしこから聴こえた。

 二人の人間がいるはずなのに、自然の息遣いしか聴こえない。数十秒、もしかしたら数分の間、沈黙の時を過ごした。

 最初に口を開いたのは顔を上げて、怯えた子犬のような顔でヴァリアスを伺い見たシドだった。

「えっと……ヴァリアス様。 あの、これは、ですね……」


「………去ね。……死にたくなければ……今、すぐに…」

 ヴァリアスは無表情に、シドの方を見る事無く、壊れた納屋に視線を固定したまま淡々と言葉を発した。

 ああ、これは危ない。シドは直感的にそう感じた。ただ、何が危ないのかはよく判らなかったが、彼が自分を責めているようだとは思った。そう自分の思いを理解した途端、シドは言葉を零していた。

「あ、いや。すみません。これ、多分僕のせいです」

「お前の? 私がなんと言われていているのかを知りながら何を言っている?」

 眉根を寄せ、解せないと表情が少しだけ動いた。ヴァリアスはゆっくりと首を動かし、やっとシドと視線を合わせた。


「本当です。僕、近所じゃ有名な『不幸少年』って言われているんで!」

 制御不能に陥っていたシドの口がぽろっと自分から言いたくなかったことを言ってしまった。

(うわぁ……言っちゃったよ……)

 言い切った後、シドは自分の口に裏切られたような寂寥感を少し感じたが、考えたら雇い主たるウルフィズ家当主には知られていることだし、これから仕えるヴァリアスには知っておいて貰ったほうがいいだろうと思い直し、ぐっと表情を引き締めた。


「不幸、少年?」

 ヴァリアスは理解できないのだろうか、怪訝そうに聞き返してきた。

 シドはヴァリアスの言葉に首振り人形のように首を振って肯定してから口を開く。

「はい。僕、昔から幸運があった後にほぼ毎回変な不幸に見舞われるんです。親から、紋章が発生しているせいか、それとも何かしらの呪いかとか言われているんですが、原因不明で……」

 不幸の現象も多岐に渡っているのが、共通しているのが何かが起こる前の悪寒に似た寒気だ。今回もその寒気があった。だから自分の『不幸』の一端だと思ったシドは、さすがに納屋を壊してしまったのは初めてだ。現場を目撃されてしまったのだ。これはクビになるだろう。その不安から段々と言葉尻を窄め、目を伏せながらも言いたいことは言い切った。


 屋敷の主は口を開かない。

 シドが言葉を話し終えた後、ヴァリアスは淡々とした視線で倒壊した納屋を見つめていた。片腕を腹部に回し、もう片方の人差し指をそっと顎に添えて一考するかのように目を細める。

 いつ恐ろしい言葉を宣告されるのかとシドは縮こまったまま神妙な表情でヴァリアスの言葉を待った。

 暫しの後、心に溜まったものを吐き出すかのように、ヴァリアスは深い息を吐いた。


「……ヴァリ、アス様?」

 シドの恐る恐る発した弱弱しい声に、ヴァリアスはゆっくりと顔を向けた。

「……幸運とは?」

 ヴァリアスは組んでいた腕を解き、疑問をシドに投げかけた。その表情はあまり動いていなかったが、なんとなく、疑問を素直に口にする子供の顔だとシドは思った。

「え、えーと、そうですね……。このお屋敷で働くことができたことでしょうか?」

 シド自身、なにが幸運だと感じたのかは良くわかっていなかった。だから、今一番思いつく理由を、困ったのを誤魔化すように笑みを浮かべ頬をかきながら言う。


 ヴァリアスはシドの言葉の真偽をはっきりさせようと、疑義の視線を向ける。何も言わず、表情も殆ど変わらず、ただ見続けられるのは居心地が悪い。シドは呼吸をするのも神経を使い、あまり気取られないようにと、静かにしようとすればするほど普段は気にも留めない、肺が動くたびに上下する自分の胸の動きを鮮明に感じ、屋敷主の機嫌を損ねやしないかと気が気ではなくなってきた。

 暫く、シドの顔を眺めていたヴァリアスは不意に興味を失ったかのように、顔を逸らした。

「……え? ……」

 あまりの拍子抜けに、シドは小さく声を零す。

 ヴァリアスはそのまま足を動かしシドの前から去っていく。

「あ……」

 どんどんと遠ざかっていく後ろ姿に、シドは何も言えず、ただ見送ってしまった。

(クビって言われていないから、働いてもいいんだよ…ね?)

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