6-3
木箱に近づき、近くにあった一つ目の箱を開けてみた。
「おおっ!」
中身を見てシドは感嘆の声をあげた。
箱の中には食料がぎっしりと入っていた。ふわっとした食パンに、ベーコンなどの肉類、卵に野菜だ。野菜類は土が少しついているがつやつやしており、紙に包まれたパンは焼き立てなのか、ふわっと小麦の匂いが香る。
朝食を食べてきたはずなのに、ごくりと喉が鳴ってしまった。この食料はヴァリアス様の三日分の食料であり、またシドのお昼のまかないにも使っていいと言われている。こんなにいい食材を使った料理を食べられることに、シドは感激を覚えた。
「……貴族の人は太っ腹だなぁ」
屋敷の掃除はどれだけかかるか判らないが、毎日のお昼がこんなに新鮮な食材の料理ならいくらでも頑張れそうだ。シドはどんな料理を作ろうかと、今から楽しみで仕方が無い。
「……もう一つのほうは何だろうな」
ワクワクした気持ちでシドは残りの木箱も開けた。
中身は茶葉に瓶詰めされたジャムとビスケットなどの菓子類。それと見覚えのある同じ服が三セット。
「…………これって、僕の服?」
今来ているものと同じ物が何故こんなに入っているのだろう。疑問に思って木箱の中をがさごそと漁ると手紙を見つけた。蝋で封をされた封筒の宛名はシドになっていた。
首をかしげながらも、自分宛の手紙だったのでシドは封を破った。中には一枚の便箋が入っている。ざっと中身に目を通したシドは、あー、うー、と声にならない声を漏らした。
手紙には簡潔に『着替え用に服を三セット送る』と書かれていた。
「服は支給されるって執事さんが言っていたけど、自己申告しろって言っていたような気がするのに、なんですでに入っているのか……考えないほうがいいかなぁ?」
きっと、掃除で直ぐに汚れるから多めに作って入れてくれたんだろう、とあくまで好意的に考えておくことにする。自分の不幸体質で服が大惨事になると考えているからではないと、雇い主に自分の『不幸』を知られている身としては考えたくなかった。いや、もしかしたら、服がぼろぼろになる様なことがあっても雇ってくれると言う遠まわしの合図かもしれない。そう考えると、いい所に来たな、とシドは素直に思った。
「……っと、いい加減掃除を始めないと」
恩に報いるには仕事をこなすに限る。シドはとりあえず自分用の服はテーブルの上に置いておいて、残りの食材を片付けることにした。衝立のカーテンは良く見るとカーテンレールに着けられていたので、シドはカーテンを動かし衝立の柱についていたループで束ねる。すると、隠れていた場所と調理場が一つにつながり、通りやすくなった。
「さて、どれをどこに入れればいいのやら」
食料を入れる場所は調理場には見当たらない。シドは困ってぐるりと室内を見回すと、衝立に隠れていた扉の中をよく見ていないことを思い出した。
壁へ歩いていき、三つある扉の一番手前を開けてみる。中は人が二人も入れば一杯になりそうな小さな部屋だった。そこは木箱がたくさん置かれ、換気口はあるが、窓は無く日が差し込まないため暗く、すこし冷やっこい。部屋の中の目に付いた木箱を覗いて見ると中には干からびたジャガイモが入っていた。どうやらここは野菜を貯めておく場所のようだ。
「この部屋は、夜は明かりがないと見え無そうだなぁ。それに、けっこう木箱が雑に積んであるし……ここも掃除かな?」
次々と発覚する掃除場所に空笑いを浮かべて、シドは隣の扉を開いた。
二番目の部屋は先ほどの部屋と同じくらいの大きさで、違うところは扉から正面の上のほうに小さな窓が一つあり、レースのカーテンで遮光され、横の壁には大きな棚が置かれていた。中に入ってみると日差しの暑さはさほど気にならず、むしろ心地いい位に穏やかになっている。棚の中には乾燥した豆やスパイス、缶詰など乾物類が入っており、棚の真ん中当たりには作業が出来るような空間があり、そこには秤や空のガラス瓶などが置かれている。その下にも戸棚があった。
どうやら、ここは乾物系を貯蔵しておく場所のようだ。
「……ここの乾物系は……使える、よね?」
いくら乾燥している物だとしても、さすがに長い年月が経っていると食べられるか心配になる。あとで、確認作業をしなければとシドは脳内メモに書いておいた。
「さて、最後の扉か……」
シドはどこかワクワクした声で呟いた。考えてみれば、こんな豪華なお屋敷にいられるなんて、シドのような平民には幸運が無ければ中を見ることなど出来ないことだ。
今度の扉の先には何があるのだろう。シドはドアノブを捻って扉を開けた。
「……? キッチン?」
室内は先の部屋を三つくらい足した位ので広さで、簡易キッチンのような様相をしていた。窓は二番目に見た部屋と同じように入って直ぐに目に付いた。その下にシンクがあり、左壁にはレンジが。両方とも調理場のものより小さい物が手狭に並べられている印象を受ける。部屋の真ん中には引き出しのついた机が、右手側の壁側にも一回り小さい机が並べられ、埃のかぶった秤やまな板が置いてあった。その横には扉の近くまであるL字型の棚が置かれている。
中央の机の上からは、ほうろう製のブレットと書かれた長方形の缶の取っ手が鎖に繋がれ吊り下げられていた。ブレット缶には蓋がついている。シドは近づいて蓋を取った。中には、一欠けらのパンが入っていた。ネズミに齧られないように、この缶の中にパンを入れて保存しておいているようだ。振り向いて棚を覗くと、黒くて乾燥している物が入った瓶やキャニスターが置いてある。
シドは近づいて、薄らと埃を被った瓶を恐る恐る手にとって中身を確認してみることにした。瓶の蓋には今年の年号が印字されていた。云十年前の物では無いことにほっとし、蓋を取って確認する。中にはぱらぱらとした粗い粉のようなものが入っていた。顔を近づけて匂いを嗅いでみると、ふわっと甘さが鼻を擽り、続いて深い葉の匂いと渋みのような重くどこか懐かしい土のような香りがした。茶葉のようだ。
落ち着く香りに、シドはほうっとため息を零した。
手にあった瓶の蓋を閉め、棚をよくみると、似たような瓶が数個と中身の入っていないキャニスターがぽつぽつと棚に並べられていた。
「………ん? どうして、茶葉がここにちゃんと置かれているんだ?」
あの、書斎の主と化している屋敷の主人が律儀に置いたのだろうか?
ちょっと想像出来ない。
シドはもしかしたら、前の使用人が置いておいたのでは、という当たり障りの無い考えを張り巡らした。決して、幽霊が置いた、なんて恐ろしいことは考えたくなかった。
どうやら、ここは茶葉やパンを置いておく部屋のようだ。
三つ全ての部屋を見終えて、シドはため息を漏らした。
「すごいなぁ……」
シドはただ感心した声を上げることしかできなかった。
シドの家なら野菜もパンも台所の隅の冷暗場所にある箱一つに入れてあるだけなのに、お屋敷の調理場の広く細分化されていることに、平民のシドはただただ感嘆するだけだ。
きっと、使用人がたくさんいた時代には、この調理場も狭いと感じるほど人が動き回っていたのだろうが、今は見る影もない。
小さな調理場から出ると、シンと静まった空間に、いつの時代でも変わらずに差し込む日差しだけが、白い壁を照らし、壁掛けのラックに吊り下げられたお玉やフライ返しなどの調理器具を光らせ、昔の華やかさがあったことを伝えているようだ。
「……綺麗になったら、いろんな料理がつくれるのかな?」
どこよりも綺麗と言っても、この調理場も埃がうっすらと積もっているし、調理器具は一度洗ったほうが良さそうだ。
シドの心は決まった。この調理場をまず一番に綺麗にしよう。
「……木箱は……そうだ、この小さな調理場に置いておこう。他の小さな部屋が綺麗になったら、それぞれ分けて入れよう」
テーブルに置かれていた木箱は一つずつ持ち上げて、よたよたした足取りでシドは小さな調理場に運んでいく。二往復して木箱を全て別の場所に移動し終えたあと、テーブルの傍に寄った。服はそのままテーブルの上に置いておくことにし、シドは深く息を吐いた。
「結構、重かったなあ」
荷物を運んできたマークが持ち上げてテーブルの上に置いていた時は重そうに感じなかったのに。
鍛え方が足りないのだろうか。と男の子としては若干ショックを受けた。
シドはマークが紋章を使って荷物を軽くしていた、とは一切考え付かなかった。
後で暇があったら筋トレでも行おうかと密かに決意したシドは、手の平で肩を押さえて、腕をぐるりと回した。
どちらかと言えば、勉強より運動が好きなシドはちょっと脳筋の気があるのかもしれない。
「さて、掃除をいい加減始めないと………で、掃除用具はどこなんだろう?」
先輩たちは誰も教えてくれなかった。もしかして、新人いじめ? と埒も明かないことを一瞬考えたが、先ほどのマークの反応はでは屋敷に長いしたことがなく、どこに何があるのか知らない可能性のほうが高かったかもしれない。
「……あー、でも、リエッタさんは良くわからないな。そもそも、こんなに埃だらけのまま、なんの仕事をしているんだろう、あの人は?」
なぞの多い先輩だなあ、と呟くも答える人がいるわけでもなく、シドは扉が開いているままだった裏口に気がついて、戸を閉めようと近づいた。
「あれ? 家?」
裏口から一歩でて扉を閉めようかと、戸に手を伸ばしたとき、庭の木々の合間から建物が視界を掠めた。
シドはその建物が気になり、目を細めて確認する。
それは、木造の三角屋根のこじんまりとした造りの家に見えた。
どうして屋敷があるのに家があるのだろう、とシドは首を傾げて考えてみるが、貴族の屋敷なぞに縁があるわけでもないシドには適切な答えが見つかるわけでもない。
「……何のための家なんだろう?」
遠目から見るも、何のための家か判らなかったシドはそこへ行って見ることにした。




