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ヴァリアスは今しがた大きな音を立てて閉まった扉に視線を固定したまま、ぱちりと瞬きを一度だけした。
(あれは……自分がどれほど不遜で横柄な態度をとっていたのか、気がついていないのか?)
貴族に対して、ああも怒りの顔をわかりやすく見せる人間をヴァリアスは始めて見た。といっても、ヴァリアスの知っている人間は怯えながら愛想を浮かべる者や、初めから恐怖の表情になっている者ばかりだったが。
本来なら、そう、ヴァリアスが普通のフェリス国の貴族ならシドは不敬罪に問うても可笑しくない。貴族に対して「引きこもり」だの怒りを隠し切れずに大きな音を立てて扉を閉めるなど、使用人としてあってはならない態度だ。だが、ヴァリアスはそんなシドを罰しようとはさらさら思ってもいなかった。
ほんの少し、ほんの少しだけシドと話していたとき、ヴァリアスの心が波打ったような気がした。
それがなんなのか、ヴァリアスは考えることもなく億劫そうに軽く首を振る。
手元にあった閉じた本をもう一度開いた。
すとんと視線を落として本の文字を追っていくうちに、ヴァリアスは先ほどのあったやり取りが自分の心の中から消えていくのを感じた。
「……それでいい」
誰に聞かせることも無く、ヴァリアスは本から視線を上げないまま無意識に呟いた。
ヴァリアスの知っている世界は静寂が多い。それとほんの少しの騒がしい事象のみ。ヴァリアスは経験から知っていた。静寂こそ自分の世界の一番の幸いだということを。いや、幸いと呼ぶのもおこがましい。唯一つの夢であるということを。




